香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
63 / 222
再会編

ラズラエル百貨店1

しおりを挟む
クリスタルアーケードのある駅の名前は『ラズラエル』というらしい。なんでも南北に走るこの鉄道路線自体、ラズラエル百貨店を持つグループが国と協力して敷いたものなのだそうだ。
 駅舎自体もガラス張りで空が見えるようになっていて、人ごみの中でつったってそれを見上げたヴィオを、セラフィンはさりげなく庇ってその手をにぎった。
 どうやらカイに続いてセラフィンまでもヴィオとは手を繋がないと危ないと思っているらしい。

「先生、手……」
「いくぞ」

 甘く小さな声で咎めるようにつぶやき、ヴィオは瞳を揺らしたが、セラフィンは構わずヴィオの温かい手を長い指を指を絡めるようにして握ったまま、まま駅からアーケードに直結している階段を下りていった。

(これがクリスタルアーケード)

 階段の上から見ていた時、蛇のようにつらつらと長くガラスの屋根が連ねって見えたが、中に入ると小さな商店街がガラス屋根の下にたくさん詰まっていて、その華やかさにヴィオの心は踊った。

「先生すごい! 沢山あるよ。ここだけで隣の街がはいっちゃうかもしれない! すごいすごい!」

 感動して歓声を上げたヴィオの声を聴くだけで連れてきたかいがあったというもの。こんな声をどんどんあげさせたいと、セラフィンは頭の中に彼に見せたいものを次々に浮かべていった。

「一つ一つ全部の店を見ていたら時間が足りなくなる。先にラズラエル百貨店にいこう」

 繋がった手先が妙に熱く感じられてそこから脈打つようだ。ヴィオは周りの人が振り返るほど端正で素敵なセラフィンを、こんなに間近で見上げられる位置に置いてもらえていることを奇跡のように感じていた。

 セラフィンは意外と歩くのが早くてさっさか自分のペースで歩いていくから、ヴィオも頑張ってトコトコとその後ろをついていく。

 長い長いアーケードの真ん中にその百貨店はあり、そこからまたアーケードは横向きにくっついて伸びているようだ。
(どこまであるんだろう。一回端までいってみたいな)

 すると非常に気になる甘い香りが角にある店から漂ってきて、思わず気になってちらちらとみてしまうと、セラフィンはそんな様子を面白がって笑いかけた。

「美味しそうな匂いだな? 今買って持って帰るとつぶれてしまうからあそこで食べるか」
「え、いいよ、先生」

 セラフィンが指さしたのは、店の入り口前のあたりでそこにはシンボルツリーのような小さな白い花の咲く木があった。その下にはベンチがぐるりと置いてある。プレートに「リボンの木」とあり、確かに小さな花一つ一つがリボンかさもなくば蝶々のような形になっている。僅かに甘い香りも漂いとても愛らしい。

(先生でも買ったものをお外でそのまま食べるようなお行儀悪いことするんだ。それとも中央では普通なのかな? わからないけど嬉しい)

 セラフィンはそのベンチにヴィオを座らせると甘い菓子と自分とヴィオの分の飲み物を買いに行ってくれた。
 申し訳ないやら嬉しいやらで、もじもじそわそわとしたまま椅子に腰かけている。その間もセラフィンから目が離せない。

(先生は街の人と比べて、背が高い方だ。髪の毛もあんなに真っ黒で艶々した人なんて他に見当たらない)

 どちらかといえば明るい色やぼやっとした栗色からこげ茶ぐらいまでが多い中央の街中で、白いジャケットの上に垂らされたセラフィンの黒髪はとてもきれいだ。
 後ろ姿だけでも素敵だとわかる。しなやかだけど力強くて、ヴィオだけを見つめてくれている姿に胸が暖かくなりながらも疼くような切なくも、不思議な高揚感を感じた。
 そのセラフィンは今は店員と言葉を交わしているようだが、ヴィオをおもむろに振り返ると手招きをしてくる。
 ヴィオはそれはもうご主人様が大好きな若い犬のように一目散に傍に駆け寄った。

「どうしたんですか? 先生」
「フレーバーががいくつかあるらしくて、ヴィオが好きなものを選んでくれ」

 甘い香りの正体は鉄板に生地を挟み込んで焼く焼き菓子だった。白、こげ茶、少しびっくりするほどのピンク色の三種類。

「どれも美味しそうなのでどれでも大丈夫です。先生は好きなのはあるんですか?」

「これは最近はやり始めた菓子だから私も初めて食べるな」

 その言葉にヴィオは破顔して思わずセラフィンの腕にしがみついて額をこつんとぶつけてしまった。

「嬉しいなあ。先生も僕も一緒に初めてのことができるんだ。じゃあ僕はピンク色のにしますから、先生は別のにしますか?」

「こちらのチョコレート味も人気ですよ」

 店員の女性がセラフィンを見上げて頬を染めながらにこやかに勧めてくれた方を選んで、片手に飲み物、片手に菓子を受け取った二人はベンチまで戻って腰を掛けた。

 夏の間日の入りは少し遅くなっているがガラス張りの屋根の上には赤と紫が混ざったような空のが見えた。
 周りが薄暗くなってきたら、店店に明かりが灯り、夕方ともいうのにとても明るい。ヴィオの住む里では日が落ちてから後は本当に真っ暗になる。それが普通だったのだけれど、中央は夜でもずっと明るくて慣れないけれどもドキドキする。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...