香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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再会編

美貌3

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「瞳の色と同じでしょ? この髪飾りは私からプレゼントさせていただくわね。ほんと、傑作だわ。今日ご注文いただいた分の服ができ上ってきたら、絶対に私の前で着せて見せてもらわないと。私がこちらに出勤の日にお越しいただくように手配しないとね」

 大きな壁一面、緞帳の向こうは鏡だったという姿見の前に立たされ、隣でぶつぶつ呟くマダムの迫力に押されながらもヴィオは自分の姿をまじまじと見つめた。

 実は里の家にはろくな鏡はなくて(入ってはいけない姉の部屋にはあったかもしれないが)セラフィンの家に姿見はあったが、日頃から全身を見て姿かたちをチェックする習慣がなかったヴィオは、これほど明るい場所で自分の全身をくまなく見たのはこれが初めてだった。

 確かにマダムが腕によりをかけたというだけあって、そこに立つ自分の姿はまるで別人のようにも見えた。マダムと並んでも思った以上に背が伸びているようにも感じたし、少し大人っぽく見えた。それがとても嬉しかった。

「僕、結構大きくなってるね」

 にっこりふんわり、しかし爽やかでもある笑顔にマダムは胸を撃ち抜かれて、再びヴィオの背を押しながら、すぐさまセラフィンの元まで駆け出していった。

 戻ってきたヴィオが見違えるほど美しさを増していることにセラフィンも目を見張って彼を迎え入れる。隣りに並んだヴィオは恥ずかしそうにしているが、そんな貌すら好ましく見えて微笑むセラフィンの姿もとても良い雰囲気を醸し出している。

 マダムは直観的に幼いころから知っているこの青年のただならぬ変化を感じ取って彼女にしてはあるまじきほど興奮してまくし立ててしまった。

「セラフィン様! 花嫁衣装を作る時は絶対に私のところに注文をしてくださいね。腕によりをかけ、一番素敵に見える麗しくかつ、可愛らしく清純な衣装をご用意しますわ。とにかく彼は。可愛すぎる、綺麗すぎる、作りたすぎる」

「マダム?」
「は、花嫁衣裳?」

 うろたえるヴィオの前髪の乱れを母親のように整えてやりながら、マダムは艶美に笑って二人を交互に見比べた。

「ええ? 貴方セラフィン様の恋人でしょう? オメガちゃんよね? 私にはわかるのよ。この仕事をしていたらね。身体つき見たら一発よ。セラフィン様が初めてここに連れてきたとっても愛らしい子! ああ。ジブリール様も一番心を砕いてらっしゃった貴方に舞い降りた幸せに、きっとお喜びになるわね。最高だわね」

「マダム落ち着いて……。マダムはもうデザイナーは一線で仕事をしないって決めたんじゃなかったんですか? 引退するって」

 セラフィンは意図的に話を変えようとしたようだが、それでも花嫁衣裳、恋人。の件のところをあえて否定しなかった。

 ヴィオはそのことに勘違いでもひと時でもそんな風に周囲から見てもらえるのなんてと、またまたセラフィンの顔をうっとりと見上げたまま、胸を高鳴らせた。

(僕やっぱりオメガになっちゃったからかな……。先生のことが好きな気持ちがどんどん大きくなってくみたい。ただ尊敬してお慕いしていただけなのに、それじゃ足りない気持ちになっちゃうよ。先生の隣にいると凄くドキドキするんだ。でもちゃんとお金を貯めて、家を出たらお洋服のお金も返さないとだよね。もっともっと頑張って働かないとだね)

 最早セラフィンと一緒にいたいから勉強をしたいのか、勉強をしたいから仕事を頑張っていつかはセラフィンと離れていきたいのか、ここに来てから情報が過多すぎて自分でも訳が分からなくなってきた。

「この似合いの麗しい二人を幸せにしてあげたいって、私の中の美の女神がそう言っているのよ。セラフィン様、絶対息子には見せないで。あの子、フェル族の美形に目がないんだから。横取りされたらたまらないわ」

 誰? という顔をしたヴィオに苦笑交じりのセラフィンが耳打ちした。

「マダムの一族は代々デザイナーやサロンを経営してきて、弟さんや息子さんも演劇の衣装を手掛けることで今一番脚光を浴びてるデザイナーの一人だ。もっとも今は中央に住んでいなくて……。ハレヘの街でサロンを……」

 セラフィンはそこまでいうと悲しげな顔をして言葉を切った。なぜだろうとヴィオは思ったが不自然な様子と『ハレヘ』の単語がどこかで聞き覚えがありそこにも気を取られる。
しかしそのあとのセラフィンがこともなげに確認していた話に耳を疑って驚いた。

「マダム。注文した服とは別に、既成のもので動きやすそうで若い子が好みそうなものを5着ほど欲しい。他に下着、靴下、靴。それから着心地がよさそうな夜具があるならばそれも。本当はマットレス新しいものを用意したいんだが……。それはまた今度にする。服はすぐに見繕って明日の朝にはモルスの本宅に届けて置いて欲しい。明日すぐ使うから一着だけそのまま持ち帰る。包んで。残りは仕立てあがったらまた連絡を」

「5着?! でき上ったら?! 先生注文し過ぎです。僕……」

「坊や、私たちのお仕事を取り上げないで頂戴?」

 冗談めかしたが半分本気のようなマダムの迫力に押されてヴィオはそれ以上何も言わずにただ深々とセラフィンに頭を下げた。

 マットレス、というのはヴィオが今使わせてもらっているあれのことだと思った。

 ヴィオが転がり込んだ翌日の夕方。
 当初、部屋の片隅に置いて下さいなどと言って強引にセラフィンのところに居候をされてもらっているヴィオは、タオルケットだけ借りたら本当に寝室の端っこの床で(絨毯ふかふかだし)眠る気満々だった。しかし同じ寝室をアルファである自分とオメガであるヴィオが使っては万が一間違いが起こっては困ると言われ、自分はソファーに寝るからヴィオはベッドに寝なさいとセラフィンと言い出された。

 流石に家主にそんなことをさせられない、だったら昔みたいに一緒に寝て欲しい、いやそれは無理だ、アルファとオメガが同じ布団で寝るなど言語道断。

 などと押し問答になっているところに、突然訪ねてきたモルス家の元侍女頭をしていたという老女が現れた。ヴィオ用のマットレスをセラフィンの寝室の奥のとても広い、元々もう一つの寝室だった場所を衣装部屋の中改造したところにマットレスを運び入れるというアイディアを出してきたのだ。(ちなみに寝巻はないためセラフィンのものを丈が合わず上だけ借りている。)

 セラフィンの実家の本宅はとても近くにあるそうで、セラフィンは『しまったマリアに来なくていいという忘れていた』と苦虫をつぶしたような顔をしていたが、マリアはヴィオを見たら上機嫌になってあっという間に本宅から見繕ったマットレスを設置して帰っていったのだ。

 それ以来、なんとなくその衣裳部屋がヴィオの寝室になっていて、勉強するときはセラフィンと並んで居間のソファーで座り、互いに別の本を読んだりたまに話をしたりと、互いのぬくもりを感じる距離間で共にある時間を過ごせていた。

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