香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
80 / 222
再会編

仲裁

しおりを挟む
 ゆっくりと女の方に近寄りながら、ジルはセラフィンに目配せをして動くように促した。セラフィンはゆっくりとベラを締め上げていた腕を徐々に緩める。暗示の余韻にまだ下肢に力が入りにくく、みっともなくも腕の力を使って寝台の上を這うようにしてヴィオの傍らに移動し、ようやくぐったりし熱い吐息をつくそのヴィオの細い身体をやっと腕の中に取り返した。

「ヴィオ、すまなかった。怖い思いをさせたね」
「せんせい、勝手に部屋をでて、ごめんなさい」

 それだけいうとセラフィンに潤んだ眼を向け微笑むヴィオを、セラフィンは額の汗も拭わずにベラによって乱されたヴィオのシャツを掻き合わせながら軋むほどの力で抱きしめた。ヴィオの蠱惑的な甘い香りに脳髄を揺さぶられるが、唇を噛みしめて我慢し、部屋にあと二人いるアルファを無意識に牽制して滑らかな項にマーキングの口づけを落とす。

「んっあぁ」

 ヴィオが急所の項に初めて与えられた淫靡な刺激に、セラフィンにだけ聞こえるほどの小さな声で喘ぎ、余計にくたりとなって顔を仰のかせてセラフィンに身をもたれかけさせた。

 ジルは日頃彫像のようなセラフィンらしからぬ血が通い生々しく人間味溢れる動作に、両眉毛を下げて一瞥をくれると、一応相棒に声をかけた。

「大丈夫かセラ?」
「なんとかな。みっともないところをみせた」

 続いた緊張からやや嗄れたらしくない声を出すセラフィンに、ジルはいつもの調子で明るく声をかけるがベラからは目を離さない。

「見せてる、の間違いだろ? もっと見せろよ。みっともないとこ。悪くないぜ」

 警棒の切っ先を向けられたままのベラは痛めつけられた腕の可動を曲げつ伸ばしつ確かめたのち、落ち着き払った顔で細いシガーを魔法のように取り出して、ふてぶてしく口元に持っていった。

「火が欲しいわ、セラ。ハンサムな警官さん? 私に何の御用があるっていうの?」
「他国の諜報員がうちの国に入り込んでいること自体が犯罪じゃないのか?」
「それは戦時中の話。今はただの宝石商よ? ただ昔の恋人に会いに来たのがそんなにいけないの?」
「俺は先日起きた窃盗未遂事件との関与を疑っている。それ以前にセラとヴィオを傷つけている。俺にとっては既に極悪人だ」
「ベラ、この家は禁煙です。吸いたいならよそにいって吸ってください」
「ねえ」

 セラフィンに抱きかかえられて安心し、だるそうにしながらも起き出したヴィオが小さな声で呼びかけるが年長者たちは気が付かない。

「また暗示をかけられたい? 大事な人たちの前で私にいたぶられたいの?」
「ねえ」
「いいかげんにしろ、この魔女」
「ねえってば! 話をきいて」

 ついに今できる限りの大声をはりあげた少年から今まで以上に官能的で強いフェロモンが香りたち、アルファはみな頬を張り付けられたかのように彼の方を見た。

「ベラさんはどうしてして欲しいことがあるならきちんと頼めないの? 先生は本当は嫌なのにどうしてベラさんのされるがままになったの? ジルさんも少し待って。お話聞いて。みんな……。ちゃんと話をしないからいけないんだよ。本当はどう思っているのか、僕の前でちゃんと話して。言わないと誰にも気持ちは届かないよ」

 三人は呆気にとられた表情になった。セラフィンは興奮したのちにまたぐったりしたヴィオの弾むような瑞々しい身体を後ろから抱き込み、労うように彼の頬に優しくに口づける。
 ジルは一身にヴィオに愛を捧げるその仕草を見て胸の奥が疼くのを感じたが、気を引き締め再びベラを睨みつけた。
 ベラは銀鼠色の瞳を大きく見開くとそのあとすぐに身体を二つに折るほど吹き出しながら大笑いをした。

 セラフィンとジルは気でも触れたかといぶかし気に彼女をみたが、ヴィオだけは笑わなかった。笑わずに、またまっすぐにベラを見つめている。

「は、はは。そんなこと私に正面から言ってきた子なんて……」

 遠い昔にはいた。健康的な浅黒い肌に、表情豊かな団栗のような瞳。人懐っこくて、どこまでも彼女を許し、彼女を愛してくれた青年。

『ベラ。言ってごらん。して欲しいことはちゃんと言葉して。僕は君の言葉を信じるよ。君の想いに、沿いたい』

(ベン、貴方みたいだわ……。本当に純真で、まっすぐで……温かい)

「先生もジルさんも、お話を聞いてあげて。お願い」

 仰のき逆さまにセラフィンをまなかいに見たヴィオはセラフィンの暖かな懐中から腕を伸ばし、愛しい男を宥めようと白皙の頬に触れてきた。背中に当たるセラフィンの呼吸は愛するものを奪われかけたことより荒く、彼の心は乱れ制しきれていなかった。しかしセラフィンは自分の頬に触れるヴィオの手を握るとその柔らかな指先の動き一つで心をすっかり落ち着けて、いつもの彼を取り戻した。

「……分かった。聞こう」
「ありがとう。せんせい」

 ベラの顔つきもまるで憑き物が落ちたかのようだ。婀娜っぽさは鳴りを潜め、高い頬骨が目立つ顔は嘲けた表情が消えると職業軍人だったころの怜悧さが戻る。部屋の中は夏だというのに冬の雪に全ての音が吸い込まれたような静けさに包まれ、三人はベラが口を開くのを我慢強く待った。
ベラは素の表情で大きく息を吸うと、思い切ったように口にした。

「……彼の、ベンの名誉を回復させたい。そのためにはセラフィンの持つ資料が必要なのよ」






しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...