94 / 222
略奪編
告白2
しおりを挟む「でもヴィオ、いいお話もありますよ。先生たちは貴方が賢くて面倒見がよく優しい子だから、是非中央で沢山のことを学んでほしいと。そのあとは自分たちと共に学校を助けてくれるもう一人の先生になって欲しいと願っていたようですよ。貴方はみなからとても愛されているわね。そういわれたことは?」
セラフィンが厳しい表情を見せていたが、ジブリールは涼しい顔だ。
それには心当たりがあった。こうして中央に急遽出てきてしまったが、来年の春から中央に行くのであれば、将来就くべき職業についてはもう少しゆっくり考えてもよいのではと言われていた。
『森の学校』の手伝いをして後輩たちの面倒を見るのは楽しかったし、ヴィオは教え方も上手だと皆が褒めそやしてくれていた。
「貴方にはその仕事が向いているんじゃないかと手紙にあったのです。それならば里からも通えて、貴方を常に心配しておられるお父様の傍にもご納得いただけるのではないかしら? どうかしら?」
父も含め先生たちがそんな話していたなんて知らなかった。確かにあの一つの家族みたいに皆が助け合い、励ましあい仲良く過ごしている森の学校はヴィオにとって安らげる居場所だった。
「学校の仕事は楽しかったです……でも」
里にはセラフィンはいないのだ。それが今のヴィオにとってのすべてだった。
(先生の傍にやっとこられたのに。僕が先生と一緒にいるためにはどんな資格が必要なの? 誰が教えて)
年も身分も生まれた場所も育った環境もまるで違うセラフィンとどうしたら一緒にいられるのか。
『項噛んでもらいなさい』
数日前に姉に𠮟咤激励されたその言葉が強く頭をよぎるが、そんなことヴィオの口からとても言えるわけがない。だからこそセラフィンを手伝うことができる仕事をもち、傍にいようと思ったのだから。
(でも勇気を出したい。先生の傍にいたいんだって、言いたい)
「ま、待ってください! 僕は……」
何とか気持ちを伝えようと口を開いた途端、ヴィオは急にまた体温が急に上がり、かあっと熱くなった。しかし顔からは血の気が引いてくらくら眩暈がする。そんな自分の変化に驚いて、吸い込んだ息で喉の奥がひゅうっと鳴った。ヴィオが座っていながらも僅かに身体をかしがせたので慌ててセラフィンは腕を伸ばして抱き留めた。
「貧血かしら? あまり興奮させては駄目よ。未成熟なオメガは気持ちの揺れが体調に現れるんだから。なにか身体に障るようなことはしてないわよね?」
「興奮させたのは母さんも同じでしょう?」
再び氷のような目をかっと見開いた母に、昨晩まさしくその心当たりのあるセラフィンはそのまま押し黙ると、ヴィオを壊れ物でも扱うようにそっと大事に抱え上げた。
マリアが高齢とは思えぬ俊敏な動きで周りで見守っていた侍女たちに指示を出して柔らかなショールを持ってこさせる。それを手渡されたセラフィンはヴィオの身体を覆ってやった。
抱き上げた身体は昨夜の残り火が燃えているように熱く、潤んだ瞳が縋るようにセラフィンを仰ぎ見る。僅かだが彼の甘く清潔感のある香りが漂ってきてセラフィンの鼻孔を擽っていった。
(やはり俺のものも含めてアルファのフェロモンを大量に浴びたからか、抑制剤が効きにくくなっている。このまま徐々に初めての発情期に入るかもしれないな。落ち着くまでヴィオはここで暮らした方がいい)
セラフィンとジブリールの話し声がいやに遠く朧気にぼんやりとしたヴィオの頭には聞こえてくる。
「セラ、もしかしたら……。こういう発熱を繰り返すようならば発情期が近づいているのかもしれないわよ」
「……俺の周りで少し問題が起きていて、ヴィオによくない影響を与えているのだと思う。抑制剤の容量も少し調整しようと思うが、問題が落ち着くまで安全なここにヴィオを置いてやって欲しい」
「いくらでもお預かりするわよ」
(いやだ、先生、置いていかないで)
そう言いたいのに、頭にもやがかかったように思考がまとまらない。
しかし幼いあの日車で走り去るセラフィンを見送った光景が急に脳裏に蘇ってヴィオは涙をぽろぽろとこぼしてセラフィンの袖をぎゅっとつかんだ。
「ヴィオ、具合が悪くなったの? 無理しては駄目よ」
自分がいない間、ベラがまたやってきてセラフィンに何かするのはとても耐えられないし、今度こそヴィオは先生を守り抜きたいそう決心していた。それが果たせず共にいられないならば中央にいる意味などない。
(目の前がぐるぐる回る、頭の中がまとまらない、言いたい言葉がぜんぜんいえない)
今まで風邪一つひいたことのない丈夫な身体をしていたヴィオにとって初めて感じる、自分の身体がまるで自分の思うとおりにならない恐怖に打ちひしがれる。セラフィンの腕の中で背を丸め、小さく荒い呼吸を繰り返しながら意識は徐々に混濁し、夢と現実の境をさまよう。
置いて行かれるぐらいなら、セラフィンの重荷になるぐらいならば……。いっそ迷惑ならば……。
「……ドリの、家に帰る……」
涙声の小さな小さな無意識の呟きはセラフィンの耳に届き、彼は愛おしいヴィオの告白を真に受けて大きく頷いた。
「わかった。体調が落ち着いたら、里に帰るといい」
(ヴィオ、オメガとして急激に身体が変化してきて、やはり心細くなっているのだな。里が恋しいのか)
新しい環境に必死で慣れようとして頑張ってきたヴィオも、オメガとしての急激な身体の変化がもたらす大きな波にのまれて溺れかけている。彼を勇気づけたくて、セラフィンは必死で手を握ってやった。
「慣れた場所に戻れば、体調も落ち着くかもしれない」
もちろんセラフィンの中では自分が帰省に同行するのが大前提だ。ヴィオの為ならばなんとか仕事に都合をつけ長期でドリの里に滞在しようとも思う。そこでアガともちろんヴィオも共に交えてこれから彼がこれからどうしていったら一番幸福に暮らせるのかを心ゆくまでじっくり話し合いたいと思った。
(その時こそ、伝統に則りフェル族の長であるアガに、愛息子であるヴィオとのことをどうにか許してもらおう)
多くのフェル族と対話してきた中で、彼らの伝統を重んじる生き方に敬意を表することが大切だと感じていた。ヴィオには親や親族に祝福された人生を送って欲しい。一度家族との縁が切れかけたセラフィンだからこそ切にそう思うのだ。
(ヴィオはドリの里の中ではだれにも代えがたい、皆の宝。それでも……。
俺はどうしても、この子と共にいたい。皆にとって大切な子であろうとも、俺にとってもヴィオはもう他の誰にも代えがたいんだ)
セラフィンの瞳に強い決意が宿っていたが、けだるさと暑さでぼんやりとしたヴィオの頭には『さとに。かえると、いい……』セラフィンのその言葉だけが反響していた。
1
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
二人のアルファは変異Ωを逃さない!
コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります!
表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡
途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。
修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。
βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。
そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡
【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~
一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。
そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。
オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。
(ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります)
番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。
11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。
表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)
ちゃんちゃら
三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…?
夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。
ビター色の強いオメガバースラブロマンス。
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
Accarezzevole
秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。
律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。
孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。
そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。
圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。
しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。
世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。
異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。
【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる
grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。
幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。
そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。
それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。
【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】
フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……?
・なぜか義弟と二人暮らしするはめに
・親の陰謀(?)
・50代男性と付き合おうとしたら怒られました
※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。
※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。
※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる