香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
100 / 222
略奪編

婚約者1

しおりを挟む
 その青年にジルは見覚えがあった。周りを圧倒するようなその存在感に思わず目を合わせてしまったのが運の尽き。薄墨色の軍服姿の美丈夫が向こうからつかつかとこちらに歩いてやってきた。やや乱れた黒い前髪の間からぎらつく緑色の瞳がジルを捉え、まっすぐに射抜いてくる。

「覚えていますか? ドリの里で一度お会いしたことがあります。カイ・ドリです」

 握手を求められ、ジルに負けぬほど大きな厚い掌を握り返す。昨晩からここに泊まり彼の前に立ったジルはところどころ伸びた無精ひげ面のまま軽く会釈した。
 相手を見上げる経験をほとんどしたことのないジルでも、僅かに見上げる背丈。カイは5年前に会った時よりずっと逞しく、筋肉質で厚みのある身体はあの頃より一回りは大きくなっていた。
 しかし彼はこんな翳りのある表情をした青年だったであろうか。
 一種独特のカリスマ性あふれる雰囲気はまさにアルファのそれだろうが、日中の警察署内で佇むにはまず剣呑すぎるオーラを発している。署内にいるものはみな怖いもの見たさの表情でこちらの様子をうかがってくる。

「覚えているよ。ヴィオの従兄だったよな? ジル・アドニアだ」

 なんだか彼には色々と聞いてみたいことが山積みだったが、ジルは自分の姿かたちがあまりにぼさっとしていると気が付いて言い訳じみた言葉をはいた。

「ちょっと事情があって昨晩ここに泊まったんだが……。君これからすぐに職場に戻るのか?」
「いえ……。今日は午後からです」
「そうか。俺は今日は非番だからこれから遅い朝飯だ。君には昼かな? せっかくだし一緒に行かないか? もしなにか助けられることがあったら話を聞こう。支度してくるから少し待っていてくれないか?」

 カイがここに来た事情をおおよそ知りえていながら、ジルは頷くカイに食えない笑顔を浮かべた。


 署の近くの食事処は昼間から空いて夜には酒を提供する。じつはヴィオと出会った日セラフィンと彼を連れて行った店はそこからほんの目と鼻の先だから皮肉なものだ。

 二人は大柄な身体を押し込めるようにして窓側の明るい席につくと、手早く同じ料理を注文する。ジルは乾きを覚えて水を飲みほすと改めて眼の前の青年をつぶさに観察した。

 野性味が溢れる褐色よりの肌に黒檀のような艶のある黒髪。そして深い緑色の瞳と精悍でありつつ端正な顔立ち。恵まれた体格と先程の堂々たる立ち姿。これはどこにいっても女が放っては置かないだろう。

 年の頃もセラフィンよりヴィオに近く、同じ里出身の従兄弟同士。しかもアルファ。冷静に考えたらこれほどヴィオに相応しい相手はいないはずだ。

 (アガもお墨付きに間違いない。婚約者というのは本当だろうな。では問題はなぜヴィオは一緒に中央に来たはずの従兄を振り切って逃げたのかということか)

 行きつけの店のため、顔見知りの若い女性の給仕さんからにこにこと手を振られ返しながらも、さてどう話を切り出そうかとジルは頭を巡らせていたが、男らしい眉をひそめたまま愛想笑いの一つも浮かべぬカイが先に口火を切った。

「アドニアさん。偶然お会いできてよかった。こちらに俺を誘ってくれたということは何かご存知なのではないですか?  」

 いきなり核心に攻めてくるカイに、ジルは顔色一つ変えずに明りに透けて向日葵のように光る瞳を細めて頬杖をついた。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

二人のアルファは変異Ωを逃さない!

コプラ@貧乏令嬢〜コミカライズ12/26
BL
★お気に入り1200⇧(new❤️)ありがとうございます♡とても励みになります! 表紙絵、イラストレーターかな様にお願いしました♡イメージぴったりでびっくりです♡ 途中変異の男らしいツンデレΩと溺愛アルファたちの因縁めいた恋の物語。 修験道で有名な白路山の麓に住む岳は市内の高校へ通っているβの新高校3年生。優等生でクールな岳の悩みは高校に入ってから周囲と比べて成長が止まった様に感じる事だった。最近は身体までだるく感じて山伏の修行もままならない。 βの自分に執着する友人のアルファの叶斗にも、妙な対応をされる様になって気が重い。本人も知らない秘密を抱えたβの岳と、東京の中高一貫校から転校してきたもう一人の謎めいたアルファの高井も岳と距離を詰めてくる。叶斗も高井も、なぜΩでもない岳から目が離せないのか、自分でも不思議でならない。 そんな岳がΩへの変異を開始して…。岳を取り巻く周囲の騒動は収まるどころか増すばかりで、それでも岳はいつもの様に、冷めた態度でマイペースで生きていく!そんな岳にすっかり振り回されていく2人のアルファの困惑と溺愛♡

【本編完結】あれで付き合ってないの? ~ 幼馴染以上恋人未満 ~

一ノ瀬麻紀
BL
産まれた時から一緒の二人は、距離感バグった幼馴染。 そんな『幼馴染以上恋人未満』の二人が、周りから「え? あれでまだ付き合ってないの?」と言われつつ、見守られているお話。 オメガバースですが、Rなし全年齢BLとなっています。 (ほんのりRの番外編は『麻紀の色々置き場』に載せてあります) 番外編やスピンオフも公開していますので、楽しんでいただけると嬉しいです。 11/15 より、「太陽の話」(スピンオフ2)を公開しました。完結済。 表紙と挿絵は、トリュフさん(@trufflechocolat)

ちゃんちゃら

三旨加泉
BL
軽い気持ちで普段仲の良い大地と関係を持ってしまった海斗。自分はβだと思っていたが、Ωだと発覚して…? 夫夫としてはゼロからのスタートとなった二人。すれ違いまくる中、二人が出した決断はー。 ビター色の強いオメガバースラブロマンス。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

Accarezzevole

秋村
BL
愛しすぎて、壊してしまいそうなほど——。 律界を舞台に織りなす、孤独な王と人間の少年の運命の物語。 孤児として生きてきた奏人(カナト)は、ある日突然、異世界〈律界〉に落ちる。 そこに君臨するのは、美貌と冷徹さを兼ね備えた律王ソロ。 圧倒的な力を持つ男に庇護されながらも、奏人は次第に彼の孤独と優しさを知っていく。 しかし、律界には奏人の命を狙う者たちが潜み、ソロをも巻き込む陰謀が動き始める。 世界を背負う王と、ただの人間——身分も種族も違う二人が選ぶのは、愛か滅びか。 異世界BL/主従関係/溺愛・執着/甘々とシリアスの緩急が織りなす長編ストーリー。

【完結】陰キャなΩは義弟αに嫌われるほど好きになる

grotta
BL
蓉平は父親が金持ちでひきこもりの一見平凡なアラサーオメガ。 幼い頃から特殊なフェロモン体質で、誰彼構わず惹き付けてしまうのが悩みだった。 そんな蓉平の父が突然再婚することになり、大学生の義弟ができた。 それがなんと蓉平が推しているSNSのインフルエンサーAoこと蒼司だった。 【俺様インフルエンサーα×引きこもり無自覚フェロモン垂れ流しΩ】 フェロモンアレルギーの蒼司は蓉平のフェロモンに誘惑されたくない。それであえて「変態」などと言って冷たく接してくるが、フェロモン体質で人に好かれるのに嫌気がさしていた蓉平は逆に「嫌われるのって気楽〜♡」と喜んでしまう。しかも喜べば喜ぶほどフェロモンがダダ漏れになり……? ・なぜか義弟と二人暮らしするはめに ・親の陰謀(?) ・50代男性と付き合おうとしたら怒られました ※オメガバースですが、コメディですので気楽にどうぞ。 ※本編に入らなかったいちゃラブ(?)番外編は全4話。 ※6/20 本作がエブリスタの「正反対の二人のBL」コンテストにて佳作に選んで頂けました!

処理中です...