香りの献身 Ωの香水

鳩愛

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略奪編

ジルの策略2

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「俺はお前に話があってきたんだ」
「だろうね。ヴィオのこと? ヴィオ、ヴィオって。あの子は、婚約者が迎えに来たんだろ?」
「知ってたのか? やっぱりお前が……。」

 セラフィンが動きを止めた瞬間に上下の体勢を入れ替え、彼をソファーの上に組み敷く。黒髪がソファーに蛇のようにうねり広がり、日頃人形のように汗とは無縁な彼がしっとりと汗ばみ、めくれた黒いシャツから見える引き締まった腰元に欲情する。大きく呼吸を繰り返す胸元までシャツをたくし上げると、露わになる色の薄い胸の飾りに、顔に似合わずふっくらと逞しい胸筋。セラフィンが腰から胸にかけて滑らかな肌を撫で上げるジルの悪戯な手を掴みあげ、上目遣いにジルを睨みつけてきた。

「放せ。今すぐヴィオの居場所を教えるんだ」

 自分が傷つけた白い喉元に咲く赤い噛み痕。見上げてくる美しい蒼い目はいつものように甘えた雰囲気でジルを見つめてはくれない。鋭く厳しい視線がジルを貫く。こんな顔をさせるために思いを伝えたいわけじゃない。だからと言って今をヴィオのもとに向かわせたら、彼は永遠にジルの手には入らないだろう。

(どうしても俺の気持ちを伝えたいんだ。……心が丸ごと手に入らないなら、身体だけでも結ばれたい。それはそんなにいけないことなのか?)

「なあ? ずっとセラの傍にいて守ってきたのは俺じゃないのか?」

 逆の手で仕返しのように鷲掴みされていた前髪が手放され、セラフィンは諦め半ば身体の力を抜いたようにソファーに沈み込み横たわると、横を向いて薄い唇をゆがめ引き絞った。
 セラフィンもジルからこれまで与えてくれた、友情を超えた献身と狂おしいほどの思慕をわかっている。分かっているから刺し違える程の抵抗をジルに働けないのだ。

 そこに僅かな光明を見出し、ジルは昏い瞳にぎらりと欲を灯して彼が組み敷く美しい男を見下ろした。

 そして自身のアルファの支配フェロモンを明確な意思をもって開放する。セラフィンの頭から髪の先まで再び恭しく宝物ように撫ぜ、力の抜けた手を取り自分の頬にあてがうと、切なげで低い、しかし情熱的な声色で囁く。

「セラフィン、ずっとあんたのことが好きだった。友達なんかじゃ嫌なんだ。ずっとずっと、あんたを俺のものにしたかった。
『誰よりも情熱的に、あんたを抱く』から。ずっと傍にいるから。俺だけのあんたになって欲しい」

 紫の香水の香り、アルファのフェロモン、『情熱的に、抱く(抱かれる)』
 これがセラフィンに暗示をかけるきっかけになる手順の全てだ。

 あの女が親切にジルに暗示の掛け方を教えるとは思わなかった。半信半疑で。だから一世一代の告白の台詞に詰め込んだ暗号。

 彼女を信用したわけではなかったが、さっき香水入りのアンプルを落としてしまった時に腹をくくった。

 セラフィンの答えを聞きたかったのか。それとも聞きたくなかったのか。
 自分でもよくわからない。

「ああっ!」

 セラフィンはその言葉に抵抗し身悶えるように身体をよじると、弛緩した身体から腕が滑り床にはねるように落ちた。



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