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略奪編
対決5
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ものすごい圧力に潰されて上からマウントを取られたセラフィンが、身体の下に巻き込まれた腕を逆手に捻りながらついにカイに取られてしまった。
「うっ」
「ヴィオを俺から奪おうっていうのなら、大切な腕の一本や二本、くれてやっても構わない覚悟だよな?」
カイの目の色は元に戻っていたが、正気ではないほどの興奮に歪んだ口元から犬歯がのぞいている。制御できないほどの暴力的な衝動に見舞われているのだ。
万能にも見えるドリ派の膂力を爆発的に増幅される力は、実は制御することができるようになるには集中力と相応の訓練がいる。すぐに体得できる天才肌もいるにはいるが、早くに里を離れたカイはこの力を自在に操ることはできずに精神を完全に飲まれてしまっているのだ。
万力の力で捻り上げられた腕は骨が軋み、腱すらぶちぶちとちぎられるのではないかというように軋む。腕がどんどんと嫌な方向に曲がっていくが、セラフィンは唇を血が滲むほど嚙みしめて、意地でも声を上げなかった。
「クソ! これまでか」
ジルとテンがヴィオから腕を離し、駆け出そうとしたその動きよりさらに素早く。まるで一迅の風のように一瞬ジルの視界から消えたその人物は気が付くと残像だけを残して遥か前方にいた。まるで大きな羽が生えたような疾風のごとき、ソート派の神がかった動き。
その直後に鈍い音がして、ついにセラフィンの腕がねじ切られたのではないかとテンは叫び声をあげて目を覆った。
しかし身動きが一歩遅れたジルの目に飛び込んできたのは、先ほどセラフィンに傷つけられた額の傷から目が塞がり気味のカイの死角を正確に狙って、渾身の延髄蹴りを見舞い、そしてそのまま勢い余って反対側に転がっていくヴィオの捨て身の雄姿だった。
(一撃、必殺)
ジルの脳裏のそんな言葉が浮かんで消えた。一瞬でも遅れていたらセラフィンの腕は文字通りねじ切られ使い物にならなくなっていたかもしれない。
とっさの判断にジルは後れを取った。ヴィオは少しも迷わなかった。
隣りでテンが興奮と衝撃から大きな声で喚き、悲鳴を上げているのをジルはどこか遠くの出来事のように感じたまま内省していた。
(俺としたことが……。完敗だな)
ドサッと音を立ててカイが潰れるように倒れ伏し、腕を掴まれたままだったセラフィンも巻き込まれてカイの下敷きになる。
ヴィオは身体中悲鳴を上げるほどの不調をものともせずに、金色に耀く瞳をしたまま死に物狂いでがばりと起き上がると、獣のように床を四つん這いになって愛する者に駆け寄ってきた。そしてカイの重たい身体の下からセラフィンの腕を引っ張り出してすぐさま彼の首に腕を回すと必死に抱き着いたのだ。
「先生、腕! 僕の大切な先生の腕!」
ヴィオは一度顔を上げ、セラフィンに覆いかぶさるような姿勢で彼を気づかわし気に覗き込んでくる。ヴィオの瞳の色はすっと波が引くように元の穏やかな紫色を取り戻していった。ぼろぼろと大粒の涙が雨粒のようにセラフィンの顔にぽたぽたと熱い雫となって落ちる。
「大切なのは腕だけかい?」
そう冗談めかしながらも本当はどこか確実に骨が折れているのかもしくはヒビが入っていると感じながら、セラフィンはやせ我慢しヴィオに微笑み返した。
「俺はヴィオの丸ごとすべてを愛しているよ」
その言葉にさらなる涙が滝のように流れ落ちてヴィオの少しやつれた顔がさらにぐしゃぐしゃにみっともなくなったが、セラフィンにはそのすべてが愛おしくてたまらなかった。
「うーうん。僕も先生の全部がいい。全部好き。先生が大好き。もうずっと、一緒がいい」
「俺もだ。もう離れないでくれ。今のままの君でも、俺にはこの世で一番大切な子なんだよ。このままずっと、俺の傍にいて欲しい」
「い、いる。ずっと一緒にいるぅ」
セラフィンは流石に倦怠感を感じて床に寝転がったまま、それでも抱き着いてくるヴィオの熱い身体に左腕を回して精一杯強く抱きしめると、彼はわんわん大声を上げて子どものように泣きじゃくった。
伝わるヴィオの温もりを感じながら目の端には複雑な表情を宿したジルが近寄ってくる。
彼の少し呆れたようにも見える顔が見下ろしてくるのと目が合うと、いつか二人でよくしていた下らない仮想の話の記憶がふいに蘇ってきた。
『フェル族最強の戦士と素手で争うだって? そんなもの普通の人間には無理無理。熊を素手で倒すようなものだろ? でもさあ。先生はどうして一人で倒そうとするの? 頭が固いんだよ。誰が決めたんだよ、一人で戦えって。誰かと共闘するか、もしくは欲しいものがこっち側にきて加勢してくれたらきっと勝てるんじゃないか?』
セラフィンはそんなの卑怯だろうと反論したし、ジルは何恰好をつけているんだ、そんなんじゃ勝てないだろうと応酬した。
(でも結局、あの時お前が言ったとおりになったな)
愛する者が自分を選んでくれるということを、セラフィンは初めて経験した。そして共に戦い見守ってくれる人を得ることもできた。
何かを成し遂げるために自分の力だけではどうしようもないことがあったとして、諦めるか逃げるかばかりだった人生の周り道も、今ここにたどり着く為必要な迂回だったのだとしたら。
(人生において無駄なことなど何もないのかもしれないな……)
「うっ」
「ヴィオを俺から奪おうっていうのなら、大切な腕の一本や二本、くれてやっても構わない覚悟だよな?」
カイの目の色は元に戻っていたが、正気ではないほどの興奮に歪んだ口元から犬歯がのぞいている。制御できないほどの暴力的な衝動に見舞われているのだ。
万能にも見えるドリ派の膂力を爆発的に増幅される力は、実は制御することができるようになるには集中力と相応の訓練がいる。すぐに体得できる天才肌もいるにはいるが、早くに里を離れたカイはこの力を自在に操ることはできずに精神を完全に飲まれてしまっているのだ。
万力の力で捻り上げられた腕は骨が軋み、腱すらぶちぶちとちぎられるのではないかというように軋む。腕がどんどんと嫌な方向に曲がっていくが、セラフィンは唇を血が滲むほど嚙みしめて、意地でも声を上げなかった。
「クソ! これまでか」
ジルとテンがヴィオから腕を離し、駆け出そうとしたその動きよりさらに素早く。まるで一迅の風のように一瞬ジルの視界から消えたその人物は気が付くと残像だけを残して遥か前方にいた。まるで大きな羽が生えたような疾風のごとき、ソート派の神がかった動き。
その直後に鈍い音がして、ついにセラフィンの腕がねじ切られたのではないかとテンは叫び声をあげて目を覆った。
しかし身動きが一歩遅れたジルの目に飛び込んできたのは、先ほどセラフィンに傷つけられた額の傷から目が塞がり気味のカイの死角を正確に狙って、渾身の延髄蹴りを見舞い、そしてそのまま勢い余って反対側に転がっていくヴィオの捨て身の雄姿だった。
(一撃、必殺)
ジルの脳裏のそんな言葉が浮かんで消えた。一瞬でも遅れていたらセラフィンの腕は文字通りねじ切られ使い物にならなくなっていたかもしれない。
とっさの判断にジルは後れを取った。ヴィオは少しも迷わなかった。
隣りでテンが興奮と衝撃から大きな声で喚き、悲鳴を上げているのをジルはどこか遠くの出来事のように感じたまま内省していた。
(俺としたことが……。完敗だな)
ドサッと音を立ててカイが潰れるように倒れ伏し、腕を掴まれたままだったセラフィンも巻き込まれてカイの下敷きになる。
ヴィオは身体中悲鳴を上げるほどの不調をものともせずに、金色に耀く瞳をしたまま死に物狂いでがばりと起き上がると、獣のように床を四つん這いになって愛する者に駆け寄ってきた。そしてカイの重たい身体の下からセラフィンの腕を引っ張り出してすぐさま彼の首に腕を回すと必死に抱き着いたのだ。
「先生、腕! 僕の大切な先生の腕!」
ヴィオは一度顔を上げ、セラフィンに覆いかぶさるような姿勢で彼を気づかわし気に覗き込んでくる。ヴィオの瞳の色はすっと波が引くように元の穏やかな紫色を取り戻していった。ぼろぼろと大粒の涙が雨粒のようにセラフィンの顔にぽたぽたと熱い雫となって落ちる。
「大切なのは腕だけかい?」
そう冗談めかしながらも本当はどこか確実に骨が折れているのかもしくはヒビが入っていると感じながら、セラフィンはやせ我慢しヴィオに微笑み返した。
「俺はヴィオの丸ごとすべてを愛しているよ」
その言葉にさらなる涙が滝のように流れ落ちてヴィオの少しやつれた顔がさらにぐしゃぐしゃにみっともなくなったが、セラフィンにはそのすべてが愛おしくてたまらなかった。
「うーうん。僕も先生の全部がいい。全部好き。先生が大好き。もうずっと、一緒がいい」
「俺もだ。もう離れないでくれ。今のままの君でも、俺にはこの世で一番大切な子なんだよ。このままずっと、俺の傍にいて欲しい」
「い、いる。ずっと一緒にいるぅ」
セラフィンは流石に倦怠感を感じて床に寝転がったまま、それでも抱き着いてくるヴィオの熱い身体に左腕を回して精一杯強く抱きしめると、彼はわんわん大声を上げて子どものように泣きじゃくった。
伝わるヴィオの温もりを感じながら目の端には複雑な表情を宿したジルが近寄ってくる。
彼の少し呆れたようにも見える顔が見下ろしてくるのと目が合うと、いつか二人でよくしていた下らない仮想の話の記憶がふいに蘇ってきた。
『フェル族最強の戦士と素手で争うだって? そんなもの普通の人間には無理無理。熊を素手で倒すようなものだろ? でもさあ。先生はどうして一人で倒そうとするの? 頭が固いんだよ。誰が決めたんだよ、一人で戦えって。誰かと共闘するか、もしくは欲しいものがこっち側にきて加勢してくれたらきっと勝てるんじゃないか?』
セラフィンはそんなの卑怯だろうと反論したし、ジルは何恰好をつけているんだ、そんなんじゃ勝てないだろうと応酬した。
(でも結局、あの時お前が言ったとおりになったな)
愛する者が自分を選んでくれるということを、セラフィンは初めて経験した。そして共に戦い見守ってくれる人を得ることもできた。
何かを成し遂げるために自分の力だけではどうしようもないことがあったとして、諦めるか逃げるかばかりだった人生の周り道も、今ここにたどり着く為必要な迂回だったのだとしたら。
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