香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

語らい1

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 むっとした顔をしてヴィオは小リスのように紅潮した頬を膨らませて、滑かな寝台の上からじいっとセラフィンを上目遣いに甘い目線で睨みつけてきた。
 どんな様もセラフィンからしてみたら愛おしくもあるが、だが充分機嫌が悪そうにも見える。

 (そういえばヴィオは今まで俺の前で機嫌が悪かったことなど、一度もなかった。それだけ俺や周りに気を使い続けていたということだな)

 それがこうして普段からありのままの気持ちをぶつけてくるようになったということは、すっかりセラフィンと共にいることに慣れて、自分が出せるようになってきたということだろう。

 ヴィオは上掛けを被り続けたせいで頬が紅潮して全身が再びしっとり汗をかいている。屋敷から持ち込ませた青みが強い淡いラベンダー色の夜具が胸に張り付いて首筋にも汗が伝って光っていた。
 ホテル備え付けのハレヘ産の高級石鹸に交じった、彼特有の甘い香りが絶え間なくセラフィンを誘惑してくるが、それに酔いきれないのは正面から丸見えになっている赤く歯型の形に傷になっている首の付け根のそれが目につくせいだ。正直、ヴィオの甥でなかったらそのまま警察に突き出してやろうかと思っていたが、運命の悪戯か、彼は探し人に近しいものだった。

(それにあの悪ガキがどんなにヴィオを想っても、ヴィオは一生手に入らない。それが結局一番の制裁になっただろう)

 明らかにヴィオに興味を持ち、彼の気を引きたくてアダンが行った行為は、幼く身勝手で。もしかしたら未成熟のアルファだったかもしれぬ少年にヴィオが奪われていたら取り返しがつかないことになるところだった。
 色々な偶然が重なり起こったことだが、結果当初の目的を果たすことができそうだ。

 しかしやはりヴィオを髪一筋ほども傷つけたくないセラフィンが傷を見て無意識に柳眉を顰めたのを、敏いヴィオは見過ごさない。つられて彼も顔色を変えた。

「せっかく汗を流した後なのに、また身体が冷えてしまうぞ」

 ヴィオは川に落ちた濡髪のまま歩いてきたうえに、セラフィン以外の男が贈った服を着ていることがまた腹立たしく苛つきが募ったため、部屋についてすぐ強制的に湯あみをさせていた。頭の怪我のこともあるから何かあったら大変だとシャワーの最中もずっとセラフィンが見張ったままでまるで保護者丸出しの過保護な様子はヴィオを内心辟易とさせていた。

「誤魔化さないで。先生が僕のしたことに呆れて、怒ってて。だからずうっと喋ってもくれないで不機嫌だったんでしょ! 船から考えなしに飛び降りたのは悪かったって思ってるよ。でもこのブレスレットは大切なものなんだもん。あんなことされたらどうしたって許せなかったんだ」

 珍しく食って掛かってきたヴィオは目が吊り上がって興奮し早口でまくしたて、でもやや怠そうだ。まるで出会ったころの幼さに戻ったようなヴィオにセラフィンは逆に医師らしく冷静に立ち返って考えた。

(プレ発情期が近いための発熱がぶり返したのか? それとも川に落ちて身体を冷やしたせいか)

 セラフィンが喉や舌の状態など確認しようと身体を触ろうとすると、普段はけしてしないような乱暴な風情で、ヴィオが力なくぱしっと手を振り払う。

「先生! ちゃんと話聞いて。」
「先生じゃない。セラだ」

 まるで柳に手押しで激高するヴィオの気持ちを反らす、いつも通り麗しいセラフィンの顔を見上げて、再びむうっとしたヴィオが巣穴に戻るようにまた上掛けに潜り込もうとするのでセラフィンは大きく深い息をついた。そして小さな子供にでもするように細い彼の身体にふざけてその上からのしかかった。もちろん腕をかばいつつ、体重を分散させて入るが、体格の差があるためヴィオはまた幼子のように騒ぎ立てた。

「重い! せんせい重たい! やだ! やめて! 子供みたいに扱わないで」
「先生じゃない、セ、ラ」
 
 そのまま頭だけ被った上掛けをまた引きはがそうとすると、ヴィオが長く筋肉質な足をばたつかせて抵抗する。セラフィンは怪我している方の腕に脚が当たらないように注意しながら、左腕で上掛けごとヴィオを抱きこんでゴロンと横向きに寝台に寝転がった。
 そしてそのまま、まだごそごそと身じろぎを繰り返すヴィオにため息交じりにつぶやいた。

「ヴィオ。お前こそいつまでも俺の事は保護者で先生としか思えないのかもしれないが、俺にとってはお前は大切な恋人で番なんだ。勿論ブレスレットよりもお前が大切だということはいうまでもないだろう? お前に何かあったら、あれをお前に贈ったことを一生後悔しそうだった。無事に俺の元に戻ってきてくれてありがとう」

 
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