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溺愛編
血族3
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ほぼ初めてとなる兄との対面に向かう日頃朗らかなヴィオの横顔は、今日は緊張の為か仄かに青ざめ強張って見える。
昨夜セラフィンに初めて最後まで愛された噛み痕だらけの身体を歓びをもって受け入れてはいたが、やはりあちこち怠いことは怠い。特に腰やお腹の辺りの重々しさから伝わる気だるさが強くて無理をせずホテルから湖の反対岸にある兄たちの家まで車を出してもらえたことは正直ありがたかった。
肩をゆっくり引き寄せられたのでヴィオは素直に年上の恋人に甘えて、白雪色で糸の撚りが飛白模様となったお揃いで身に着けていた立ち襟のシャツの胸に凭れていた。
(あったかい。こうしていると、すごく落ち着く)
身体が結ばれてからセラフィンの香りをより強く感じて全身がそれに包まれているようなこの距離がひどく落ち着くようになった。まるでセラフィンの持つ縄張りの中で守られているような心底満たされる心地になっている。
セラフィンは体温が高く眠たそうとも感じるヴィオの左手を力づけるように握り、耳元で気づかわし気に囁いた。
「ヴィオ、身体が辛いならお兄さんのところに伺うのは日を改めても良かったんだぞ?」
昼下がりまでヴィオはホテルの寝台で過ごしていたのちに空がゆっくりと茜色に染まるころになってようやく兄の家に向かっているところだ。幸い昨日の怪我の影響は触ると少し痛む瘤ができた程度ですんでいたが、なんとなく全身に今まで感じた事がないような倦怠感がある。
アルファであるセラフィンに身も心も全て寵愛されるほどに、オメガとしての本能が目覚め、自分の身体に少しずつ変化が起きているのだと実感していた。
(今ならわかる気がする。僕の初めての発情期はすぐそこまで来ているのだと思う)
昨日の夜とて、そのまま発情期に入っていたらもう番になっても構わない気持ちでいた。ヴィオが心の奥底から望んでいるからこそ、オメガとして花開くことを今ならば祝福できる。だからこそ早めに兄に会っておきたいと考えたのだ。
「少しだけ怠いけど、セラが隣にいてくれるから大丈夫」
甘えた口調が可愛くてセラフィンも思わず目元を緩めて微笑んだ。もはやヴィオといる時はだらしない顔をしていると自分でも自覚していたが、端からみたら幸せそうなセラフィンの顔の耀かんばかりの美貌はまた一見の価値ありと思われていることであろう。
「もちろんだ。ずっと傍にいるから。お兄さんと気の行くまでゆっくり話すといいよ。でも身体が少しでもおかしいと感じたら素直に俺に教えて欲しい。その……。今日は怠いのは当たり前かもしれないけれど、ヴィオの動きが普段よりずっと淑やか気味だ。いつもは足の下にバネが入っているような歩き方なのに今はそろそろと歩いている。相当怠いのではないか?」
日頃よりもずっとずっとゆっくり歩くヴィオの姿は色疲れのような艶よりは感じられないが、何故だかいやに慎重に歩いている姿がセラフィンには不思議だったのだ。そもそもの基礎的な体力がずば抜けているフェル族とはいえ、昨夜、最後の方は夢中になってしまう自分を抑えきれなかった。あの甘い交接がそうさせたのかもしれないと心配になったのだ。
するとヴィオは大きな瞳を見張った後にふいっと反らして見る見るうちに頬を赤く染めたのだった。
「だってさ……。僕、気を付けないと走ったり跳んだりすぐしちゃうでしょう? もしも……。その、あか……」
「赤?」
益々顔を赤らめてセラフィンの手をきゅっと握るヴィオは小さな声でもごもごとつぶやく。
「……昨日、赤ちゃんできてたら、走った転んだり、また怪我したら……。
駄目でしょう? ね?」
とろりと耳に甘い声で言いながらいじらしい仕草でじいっとセラフィンを見上げる大きな瞳が本当に愛らしくてセラフィンはヴィオの身体がより近づく車の揺れに任せるように、運転手がいるのにもかかわらず思い切りヴィオの身体を腕の中に抱きしめてしまった。
(純粋なヴィオ。そうだな……。何も知らないはずだよな)
吐息でふっと笑ったセラフィンはぐりぐりとヴィオの頭を撫ぜまわす。
「セラ?」
「ヴィオ、この際だからちゃんと話をしておくけれど、男性のオメガは発情期じゃないと受胎しないと言われているよ。そもそもヴィオ、生理ないでしょう?」
「え? あ…。そういえば女性には生理があるよね……。姉さんも体調悪そうにしている時とかあったから流石に知っているよ。男のオメガも発情期がきたら生理来るのかと思ってた。あれ? それだと今は妊娠できなかったってこと? よくわからないや」
そんなことだろうとは思っていたが、ヴィオの無知は致し方ないことだ。一般的な人間の認識などもそんな程度であろう。そもそも数の少ないオメガの中でも男性オメガは希少な存在といえ、長年その生態は明らかでなかった。調べようにも番のアルファが研究など許すはずもなく、テグニ国の学者が自らの番である男性オメガについて書かれた著作が近年記されるまで謎とされてきた部分が多かった。
「男性のオメガは女性のオメガと違って生理がないんだ。性交時にだけ排卵される。猫と同じで交尾排卵動物といえるね。その上妊娠できるのは発情期にだけだと言われている。相手がアルファである方が受胎率は高くなるというのはまだ何の証拠もないらしい。何しろ男性オメガでベータと添い遂げたものがほとんどいないからだ」
「え……。じゃあ普通の時はその……。僕妊娠しないの? じゃあセラ、この前僕には、孕んじゃうって言ったの嘘だったの?」
嗜めるような口ぶりだったのはあの時、妊娠したらどうしようと心底悩みぬいていたからだ。勿論今はいつ子供を授かったとしてもセラと共に立ち向かっていこうという気持ちになれたがそれでもまだ少し怖いものは怖い。
「嘘じゃない。逆にいつ発情期に入るか分からない以上、発情した時にセックスしたら授かる可能性はいつでもあるということだ。……発情期に入ったら、アルファもラットになって意識も飛びがちになる。そうなったら避妊することはまず不可能だと思う。覚悟しておいて」
艶っぽい声色で見つめてきた蒼い目は昨晩の名残を感じさせる捕食者のそれで、ヴィオは捕まった子ウサギのような心地になり僅かに身震いしたがそれは恍惚とした震えだった。何もかもこのアルファに捧げ、すべて丸のみにされ一つになりたいと思わせる圧倒的な魅力が伝わるのだ。こんな気持ち、自分がオメガだからこそ湧きおこる衝動なのだろう。
「わ、分かった」
自分からもセラフィンにぎゅっと抱き着きなおすとまた少し心が温まって落ち着いてきた。
通常ではありえないような話を聞くにつけ、オメガとしての自分は別の生き物として生を受けなおしたのに違わぬ変化と言えた。17年間付き合ってきた自分自身という存在の輪郭があやふやになって心が落ち着かなくなる。
(それでもいいんだ。だって僕がオメガじゃなかったら、先生とこんな風にはなれなかった。僕が先生と出会えたのも、僕がオメガだったのも、全てよかったって思えるような人生を送ればいいだけなんだから)
兄たちが待つソートの一族の住まう地域は湖畔の観光地から少し山間に入った川沿いの地域にある。
もっと先には滝があるという標識の近くに車を止めてもらい、私有地に入っていくには急な斜面を階段で上がっていった。振り返ると夕焼けに赤々と染まる湖が見渡せて胸に迫るほど美しい。
微笑むセラフィンに優しく手を引かれて先を促されて上がっていくと、どこの国かは分からないが少し異国情緒の漂う何かまじないのような紋が赤い字で記された不思議な木造の門をくぐった。
森の木々とは違う植栽された植木に見慣れぬ異国の赤い花が咲き、砂利が引かれた道沿いに点々と白い紙で作られた明かりが置かれている。大分暗くなった屋敷の入り口ががらっと音を立てて引かれ向こうに鮮やかな朱赤の裾の長い上着を身にまとったふくよかな女性が立っているのが見えた。彼女のすぐ傍まで二人は自然に手を繋いだままゆっくりと歩み寄り挨拶をした。
昨夜セラフィンに初めて最後まで愛された噛み痕だらけの身体を歓びをもって受け入れてはいたが、やはりあちこち怠いことは怠い。特に腰やお腹の辺りの重々しさから伝わる気だるさが強くて無理をせずホテルから湖の反対岸にある兄たちの家まで車を出してもらえたことは正直ありがたかった。
肩をゆっくり引き寄せられたのでヴィオは素直に年上の恋人に甘えて、白雪色で糸の撚りが飛白模様となったお揃いで身に着けていた立ち襟のシャツの胸に凭れていた。
(あったかい。こうしていると、すごく落ち着く)
身体が結ばれてからセラフィンの香りをより強く感じて全身がそれに包まれているようなこの距離がひどく落ち着くようになった。まるでセラフィンの持つ縄張りの中で守られているような心底満たされる心地になっている。
セラフィンは体温が高く眠たそうとも感じるヴィオの左手を力づけるように握り、耳元で気づかわし気に囁いた。
「ヴィオ、身体が辛いならお兄さんのところに伺うのは日を改めても良かったんだぞ?」
昼下がりまでヴィオはホテルの寝台で過ごしていたのちに空がゆっくりと茜色に染まるころになってようやく兄の家に向かっているところだ。幸い昨日の怪我の影響は触ると少し痛む瘤ができた程度ですんでいたが、なんとなく全身に今まで感じた事がないような倦怠感がある。
アルファであるセラフィンに身も心も全て寵愛されるほどに、オメガとしての本能が目覚め、自分の身体に少しずつ変化が起きているのだと実感していた。
(今ならわかる気がする。僕の初めての発情期はすぐそこまで来ているのだと思う)
昨日の夜とて、そのまま発情期に入っていたらもう番になっても構わない気持ちでいた。ヴィオが心の奥底から望んでいるからこそ、オメガとして花開くことを今ならば祝福できる。だからこそ早めに兄に会っておきたいと考えたのだ。
「少しだけ怠いけど、セラが隣にいてくれるから大丈夫」
甘えた口調が可愛くてセラフィンも思わず目元を緩めて微笑んだ。もはやヴィオといる時はだらしない顔をしていると自分でも自覚していたが、端からみたら幸せそうなセラフィンの顔の耀かんばかりの美貌はまた一見の価値ありと思われていることであろう。
「もちろんだ。ずっと傍にいるから。お兄さんと気の行くまでゆっくり話すといいよ。でも身体が少しでもおかしいと感じたら素直に俺に教えて欲しい。その……。今日は怠いのは当たり前かもしれないけれど、ヴィオの動きが普段よりずっと淑やか気味だ。いつもは足の下にバネが入っているような歩き方なのに今はそろそろと歩いている。相当怠いのではないか?」
日頃よりもずっとずっとゆっくり歩くヴィオの姿は色疲れのような艶よりは感じられないが、何故だかいやに慎重に歩いている姿がセラフィンには不思議だったのだ。そもそもの基礎的な体力がずば抜けているフェル族とはいえ、昨夜、最後の方は夢中になってしまう自分を抑えきれなかった。あの甘い交接がそうさせたのかもしれないと心配になったのだ。
するとヴィオは大きな瞳を見張った後にふいっと反らして見る見るうちに頬を赤く染めたのだった。
「だってさ……。僕、気を付けないと走ったり跳んだりすぐしちゃうでしょう? もしも……。その、あか……」
「赤?」
益々顔を赤らめてセラフィンの手をきゅっと握るヴィオは小さな声でもごもごとつぶやく。
「……昨日、赤ちゃんできてたら、走った転んだり、また怪我したら……。
駄目でしょう? ね?」
とろりと耳に甘い声で言いながらいじらしい仕草でじいっとセラフィンを見上げる大きな瞳が本当に愛らしくてセラフィンはヴィオの身体がより近づく車の揺れに任せるように、運転手がいるのにもかかわらず思い切りヴィオの身体を腕の中に抱きしめてしまった。
(純粋なヴィオ。そうだな……。何も知らないはずだよな)
吐息でふっと笑ったセラフィンはぐりぐりとヴィオの頭を撫ぜまわす。
「セラ?」
「ヴィオ、この際だからちゃんと話をしておくけれど、男性のオメガは発情期じゃないと受胎しないと言われているよ。そもそもヴィオ、生理ないでしょう?」
「え? あ…。そういえば女性には生理があるよね……。姉さんも体調悪そうにしている時とかあったから流石に知っているよ。男のオメガも発情期がきたら生理来るのかと思ってた。あれ? それだと今は妊娠できなかったってこと? よくわからないや」
そんなことだろうとは思っていたが、ヴィオの無知は致し方ないことだ。一般的な人間の認識などもそんな程度であろう。そもそも数の少ないオメガの中でも男性オメガは希少な存在といえ、長年その生態は明らかでなかった。調べようにも番のアルファが研究など許すはずもなく、テグニ国の学者が自らの番である男性オメガについて書かれた著作が近年記されるまで謎とされてきた部分が多かった。
「男性のオメガは女性のオメガと違って生理がないんだ。性交時にだけ排卵される。猫と同じで交尾排卵動物といえるね。その上妊娠できるのは発情期にだけだと言われている。相手がアルファである方が受胎率は高くなるというのはまだ何の証拠もないらしい。何しろ男性オメガでベータと添い遂げたものがほとんどいないからだ」
「え……。じゃあ普通の時はその……。僕妊娠しないの? じゃあセラ、この前僕には、孕んじゃうって言ったの嘘だったの?」
嗜めるような口ぶりだったのはあの時、妊娠したらどうしようと心底悩みぬいていたからだ。勿論今はいつ子供を授かったとしてもセラと共に立ち向かっていこうという気持ちになれたがそれでもまだ少し怖いものは怖い。
「嘘じゃない。逆にいつ発情期に入るか分からない以上、発情した時にセックスしたら授かる可能性はいつでもあるということだ。……発情期に入ったら、アルファもラットになって意識も飛びがちになる。そうなったら避妊することはまず不可能だと思う。覚悟しておいて」
艶っぽい声色で見つめてきた蒼い目は昨晩の名残を感じさせる捕食者のそれで、ヴィオは捕まった子ウサギのような心地になり僅かに身震いしたがそれは恍惚とした震えだった。何もかもこのアルファに捧げ、すべて丸のみにされ一つになりたいと思わせる圧倒的な魅力が伝わるのだ。こんな気持ち、自分がオメガだからこそ湧きおこる衝動なのだろう。
「わ、分かった」
自分からもセラフィンにぎゅっと抱き着きなおすとまた少し心が温まって落ち着いてきた。
通常ではありえないような話を聞くにつけ、オメガとしての自分は別の生き物として生を受けなおしたのに違わぬ変化と言えた。17年間付き合ってきた自分自身という存在の輪郭があやふやになって心が落ち着かなくなる。
(それでもいいんだ。だって僕がオメガじゃなかったら、先生とこんな風にはなれなかった。僕が先生と出会えたのも、僕がオメガだったのも、全てよかったって思えるような人生を送ればいいだけなんだから)
兄たちが待つソートの一族の住まう地域は湖畔の観光地から少し山間に入った川沿いの地域にある。
もっと先には滝があるという標識の近くに車を止めてもらい、私有地に入っていくには急な斜面を階段で上がっていった。振り返ると夕焼けに赤々と染まる湖が見渡せて胸に迫るほど美しい。
微笑むセラフィンに優しく手を引かれて先を促されて上がっていくと、どこの国かは分からないが少し異国情緒の漂う何かまじないのような紋が赤い字で記された不思議な木造の門をくぐった。
森の木々とは違う植栽された植木に見慣れぬ異国の赤い花が咲き、砂利が引かれた道沿いに点々と白い紙で作られた明かりが置かれている。大分暗くなった屋敷の入り口ががらっと音を立てて引かれ向こうに鮮やかな朱赤の裾の長い上着を身にまとったふくよかな女性が立っているのが見えた。彼女のすぐ傍まで二人は自然に手を繋いだままゆっくりと歩み寄り挨拶をした。
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