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溺愛編
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☆ちょっと重苦しく続きますが、次辺りですっきりすると思います💕
太い眉根を寄せたヴィオは自分のことにこれ以上踏み込まれたくなくて、意趣返しのつもりで本題を振った。じっと兄を見つめる睫毛の伸びた大きな瞳はひたむきで美しく、しかし兄はそんな弟の心の揺れも見抜いているのだろう。飛びつくように答えるようなことはしないのが憎らしいほどだ。
成人したてのヴィオなど、サンダにとっては息子のアダンとそう変わらないはずだ。しかしいくらヴィオが年少者だとしても、同じ兄弟として対等に接してもらいたい。けして小手先であしらわれたくなかった。
兄弟の間に居心地の悪い沈黙が流れた時、扉が叩かれた。まん丸の顔に笑顔を湛えたチュラが暖かな湯気を立てた茶器を持ってきてくれたのだ。三人は一呼吸入れようと同時に口にする。
「ああ、これは。ウリ派の白花茶ですね。芳しい」
少しだけ表情をやわらげたヴィオを盗み見てから、花の香りのする茶をセラフィンは味わい、くゆる湯気の中三日月のように瞳を細めた。
透明のガラスの茶器に開いた小さな花々と薬草が浮いているのが見える。確かにフェル族に造詣の深いセラフィンにサンダは少し満足気味に見える微笑を浮かべた。
「流石先生。これは大陸の東の山岳地域で取れる茶葉だ。中央でこの品質の茶を百貨店に卸しているのは俺たちだけだな。ゲツトが大陸中から買い付けてきた商品を色々な販路でうりさばくのが俺の仕事の一つだな。まあ、うちの不肖の倅はまだ何もわかっちゃいない。俺が湖畔の土産物屋の店主だと思っているだろうがなあ。親が忙しいのにかまけて周りの大人にちっとばかし甘やかされて育ちすぎたな、お前にも迷惑かけたようですまなかったな」
「……昨日はちょっとびっくりしたけど、大丈夫」
ヴィオはこの兄との距離の詰めかたに戸惑っている最中だったのでやっとそれだけ絞り出した。セラフィンは白っぽい青磁の茶器を傾け、涼しい顔で静かに兄弟の初めての語らいを見守るに徹しているようだ。三人は馥郁と甘い茶を含み、香りを堪能しつつ息をつくと、再び焦れたようにヴィオが本題に戻っていった。
「兄さん、さっきの質問の答えだけど……」
「雪崩の後、里の復興の仕方で、父さんと俺とゲツトとは意見が割れたとは聞いたことがあるか?」
父に似た低く説得力のある声で逆に質問を投げかけられ、ヴィオは無意識に下腹に力を込めて応える。
「よくは知らない……。僕にそういう話を詳しくしてくれる人はまわりにいなかったから。でもね……結局元の場所に集落をつくれなかったんだから、もしも兄さんたち若い人が里に残ってくれたら今よりこの里も栄えたのにって言ってる人たちがいるのは知ってる」
ヴィオの話にサンダは口の端を持ち上げ皮肉げな表情をする。ヴィオもここにいたり、兄も父とは別の意味で難しいところがある人なのではと身構えた。
「……勝手なものだな。そもそもな。雪崩が起きなかったとしても俺が里を継いだとは限らん。父さんは俺に継がせたかっていたが、反対の声もあるにはあった。どうしてかわかるか?」
直系の男子の長男が里長になるというのが伝統だとは里の老人たちが言っていた話だ。だからこそヴィオも兄に里のことをどう思っているのか話を聞きに来たのだから。なのに反対の声があったというのはどういうことなのだろうか?
在りし日の山里を知らないヴィオにとっては、故郷は今ある山の小さな集落だ。他所の土地に行けなかった年寄りが多く残り、みなただ静かに日々を生きていくことだけをこなし繰り返すような、そんな凪いだ場所。争いも波風も取り立ててヴィオの前には見当たらなかった。
(でもそれは多分……。僕がみんなから甘やかされていたからだ。リア姉さんが言ってた。『みんなあんたを特別扱いする』って。だから僕の耳に入らなかっただけで、きっとドリ派には色々な考えの人がいるんだ)
ふるふるとヴィオは素直に首を振って降参した。見当もつかなかったからだ。
「わからないよ。僕は雪崩が起きたころは赤ちゃんだったから……」
「それはな。俺たちがソートの血を引いてるからだ」
「……どういうこと?」
「そもそもドリ派以外の妻を娶った里長は長い歴史の中でも父さんだけだ。里には先代の里長が決めた許嫁もいたが、どうしても母さんと番になりたいと、それを許してもらえるのならば生涯里を離れず守り続けると父さんは皆に誓ったんだそうだ。若い頃父さんも俺みたいに外の世界に飛び出そうとしたこともあったから母さんと他所に行かれるぐらいならと皆了承したらしい。だから父さんは里の再興にこだわったんだろう。肝心の母さんが死んじまったのにな……。それに比べて次男の息子だがカイは純粋なドリ派のアルファだ。だから俺よりドリの里に相応しいって考える者もいるだろう。お前と番えばより好都合だ」
「初めて聞いたよ……。そんな話……」
(それが本当だとして、カイ兄さんは僕と番になることを自分の意志で望んでいたのか……。分からなくなる……)
カイは幼い頃に雪崩で亡くした父の兄であるアガを慕っていたから、アガの決定ならばきっと従ったことだろう。自分は番を別に求めた癖に、ヴィオはそれならばそれで寂しいと感じる少し狡い自分に気がついた。
黙ってしまった弟の顔色を伺いながらも、サンダはヴィオの三廻は太い腕で繊細な茶器を掴むと中身を飲み干してからまた口を開く。
「まあ、しかし。そもそも俺にとっては万難排してまで継ぐほどあの山里に魅力を感じられなかった。父さんは俺に直系長男の務めとして里を継げと迫ったが……。父さんと違ってベータの俺には荷が重く感じられたし、俺には中央での暮らしが性に合っていた。妻のフレイもこの土地でやりたい仕事があったから、彼女と離れて生きるのも、彼女を里に連れていくことも俺にはとても無理だった。里には帰らないと父さんの前で啖呵を切って大喧嘩になって……それであの雪崩だ。俺だってな、初めは新しい場所で里を再興しようって案をゲツトと練って、どうにかしたいと思ったんだ。大事な時に母さんたちを守れなかった俺たちの罪滅ぼしのつもりだった……」
太い眉根を寄せたヴィオは自分のことにこれ以上踏み込まれたくなくて、意趣返しのつもりで本題を振った。じっと兄を見つめる睫毛の伸びた大きな瞳はひたむきで美しく、しかし兄はそんな弟の心の揺れも見抜いているのだろう。飛びつくように答えるようなことはしないのが憎らしいほどだ。
成人したてのヴィオなど、サンダにとっては息子のアダンとそう変わらないはずだ。しかしいくらヴィオが年少者だとしても、同じ兄弟として対等に接してもらいたい。けして小手先であしらわれたくなかった。
兄弟の間に居心地の悪い沈黙が流れた時、扉が叩かれた。まん丸の顔に笑顔を湛えたチュラが暖かな湯気を立てた茶器を持ってきてくれたのだ。三人は一呼吸入れようと同時に口にする。
「ああ、これは。ウリ派の白花茶ですね。芳しい」
少しだけ表情をやわらげたヴィオを盗み見てから、花の香りのする茶をセラフィンは味わい、くゆる湯気の中三日月のように瞳を細めた。
透明のガラスの茶器に開いた小さな花々と薬草が浮いているのが見える。確かにフェル族に造詣の深いセラフィンにサンダは少し満足気味に見える微笑を浮かべた。
「流石先生。これは大陸の東の山岳地域で取れる茶葉だ。中央でこの品質の茶を百貨店に卸しているのは俺たちだけだな。ゲツトが大陸中から買い付けてきた商品を色々な販路でうりさばくのが俺の仕事の一つだな。まあ、うちの不肖の倅はまだ何もわかっちゃいない。俺が湖畔の土産物屋の店主だと思っているだろうがなあ。親が忙しいのにかまけて周りの大人にちっとばかし甘やかされて育ちすぎたな、お前にも迷惑かけたようですまなかったな」
「……昨日はちょっとびっくりしたけど、大丈夫」
ヴィオはこの兄との距離の詰めかたに戸惑っている最中だったのでやっとそれだけ絞り出した。セラフィンは白っぽい青磁の茶器を傾け、涼しい顔で静かに兄弟の初めての語らいを見守るに徹しているようだ。三人は馥郁と甘い茶を含み、香りを堪能しつつ息をつくと、再び焦れたようにヴィオが本題に戻っていった。
「兄さん、さっきの質問の答えだけど……」
「雪崩の後、里の復興の仕方で、父さんと俺とゲツトとは意見が割れたとは聞いたことがあるか?」
父に似た低く説得力のある声で逆に質問を投げかけられ、ヴィオは無意識に下腹に力を込めて応える。
「よくは知らない……。僕にそういう話を詳しくしてくれる人はまわりにいなかったから。でもね……結局元の場所に集落をつくれなかったんだから、もしも兄さんたち若い人が里に残ってくれたら今よりこの里も栄えたのにって言ってる人たちがいるのは知ってる」
ヴィオの話にサンダは口の端を持ち上げ皮肉げな表情をする。ヴィオもここにいたり、兄も父とは別の意味で難しいところがある人なのではと身構えた。
「……勝手なものだな。そもそもな。雪崩が起きなかったとしても俺が里を継いだとは限らん。父さんは俺に継がせたかっていたが、反対の声もあるにはあった。どうしてかわかるか?」
直系の男子の長男が里長になるというのが伝統だとは里の老人たちが言っていた話だ。だからこそヴィオも兄に里のことをどう思っているのか話を聞きに来たのだから。なのに反対の声があったというのはどういうことなのだろうか?
在りし日の山里を知らないヴィオにとっては、故郷は今ある山の小さな集落だ。他所の土地に行けなかった年寄りが多く残り、みなただ静かに日々を生きていくことだけをこなし繰り返すような、そんな凪いだ場所。争いも波風も取り立ててヴィオの前には見当たらなかった。
(でもそれは多分……。僕がみんなから甘やかされていたからだ。リア姉さんが言ってた。『みんなあんたを特別扱いする』って。だから僕の耳に入らなかっただけで、きっとドリ派には色々な考えの人がいるんだ)
ふるふるとヴィオは素直に首を振って降参した。見当もつかなかったからだ。
「わからないよ。僕は雪崩が起きたころは赤ちゃんだったから……」
「それはな。俺たちがソートの血を引いてるからだ」
「……どういうこと?」
「そもそもドリ派以外の妻を娶った里長は長い歴史の中でも父さんだけだ。里には先代の里長が決めた許嫁もいたが、どうしても母さんと番になりたいと、それを許してもらえるのならば生涯里を離れず守り続けると父さんは皆に誓ったんだそうだ。若い頃父さんも俺みたいに外の世界に飛び出そうとしたこともあったから母さんと他所に行かれるぐらいならと皆了承したらしい。だから父さんは里の再興にこだわったんだろう。肝心の母さんが死んじまったのにな……。それに比べて次男の息子だがカイは純粋なドリ派のアルファだ。だから俺よりドリの里に相応しいって考える者もいるだろう。お前と番えばより好都合だ」
「初めて聞いたよ……。そんな話……」
(それが本当だとして、カイ兄さんは僕と番になることを自分の意志で望んでいたのか……。分からなくなる……)
カイは幼い頃に雪崩で亡くした父の兄であるアガを慕っていたから、アガの決定ならばきっと従ったことだろう。自分は番を別に求めた癖に、ヴィオはそれならばそれで寂しいと感じる少し狡い自分に気がついた。
黙ってしまった弟の顔色を伺いながらも、サンダはヴィオの三廻は太い腕で繊細な茶器を掴むと中身を飲み干してからまた口を開く。
「まあ、しかし。そもそも俺にとっては万難排してまで継ぐほどあの山里に魅力を感じられなかった。父さんは俺に直系長男の務めとして里を継げと迫ったが……。父さんと違ってベータの俺には荷が重く感じられたし、俺には中央での暮らしが性に合っていた。妻のフレイもこの土地でやりたい仕事があったから、彼女と離れて生きるのも、彼女を里に連れていくことも俺にはとても無理だった。里には帰らないと父さんの前で啖呵を切って大喧嘩になって……それであの雪崩だ。俺だってな、初めは新しい場所で里を再興しようって案をゲツトと練って、どうにかしたいと思ったんだ。大事な時に母さんたちを守れなかった俺たちの罪滅ぼしのつもりだった……」
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