香りの献身 Ωの香水

天埜鳩愛

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溺愛編

帰省4

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 リアは以前より固く逞しく感じた弟の胸から身を起こすと、傍らに立つセラフィンとヴィオとを交互に見比べる。そして弟によく似た大きな瞳に歓喜の色をたたえて破顔一笑した。

「ヴィオ! 先生と番になったのね?」

 そう思うのも無理はない。昔からあれほど恋焦がれた相手と手に手を取り合って里に帰ってきたならばそう考えて当然だ。ヴィオは僅かに力なく笑うと至極残念そうにつぶやいた。

「それがね……。まだなんだよね」
「アガさんにヴィオと番になるお許しをいただくため、共に参りました」

 リアに対して淑女に接するように優雅に礼をしたセラフィンの姿に、リアは顔を赤らめてどきまぎしながらヴィオの腕を引っ張った。

「やだ、先生こんなに恰好が良かったでしたっけ?? なんだか雰囲気が前と全然違うわ」

 相変わらず明け透けな姉がちょっと恥ずかしかったが、同時に嬉しくも思った。確かに以前のセラフィンと違って迷いや憂いが晴れた笑みを浮かべた顔は自信に満ち溢れてより魅力的に見えたのかもしれない。

 段々と里のものたちが集まってきたが、アガはこちらが良く見える位置にまで僅かに移動してきたものの、遥か頭上の祠のある道筋から降りてはこない。
 その姿を目にしてヴィオはごくりと生唾を飲み込んだ。

「ねえ、昼食まだよね? 食べるわよね? あんたの好きな豆菓子、叔母さんところからもらってきてあげるわよ?」

 そう言ってヴィオの腕に腕を絡ませ引っ張る姉にヴィオはセラフィンと目配せをしてから首を振る。

「その前に、まずは父さんに挨拶してくるよ」
「そう……。そうよね」

 畑や家々に沿ってうねる坂道を一歩一歩二人で踏みしめるように進んでいく。父を見上げてみている距離よりもそれはずっと長く遠く感じた。遥々やってきた息子たちに迎合せずにいる父との距離は中々縮まらぬ気がして、ヴィオは思わず足がすくみそうになる。
 そんなヴィオの気持ちを正確にくみ取っているのか。セラフィンは時折自分がヴィオの前に立ち手を引き、ヴィオが勇気を取り戻して足早になると見守る様に後ろに下がって彼の歩調に常に合わせてくれる。

(大丈夫。僕は一人じゃない。セラがいる。父さんにだってちゃんと自分の気持ちを伝えられる)

 秋の日に濃い木陰の落ちる祠の道筋に父は静かに立っていた。日頃は相変わらず寡黙で年齢を重ねても見上げるほどの大きさに厚みのある堂々たる体躯。
 セラフィンを見劣りするとは決して思わないが、父にはやはり独特の存在感があるのだ。それこそがこれまで父がたった一人で背負ってきた里の歴史と重圧からくるものではないかと感じて身震いする。ヴィオはとてもこれからこの里を自分が担う一翼になりたいなどと口が裂けても言えない心地になった。

「父さん。ただいま戻りました」

 父は静かに頷いて依然厳しい視線を息子とその傍らに佇む男に向けたままだ。

「無事で、なによりだ。……しかしなぜ後ろにその男がいるのか、説明しろ。ヴィオ」
「そのお話は、私からさせて下さい。アガさん」

 アガがセラフィンを彼ら特有の金の環が広がる眼で睥睨してきたが、セラフィンはまるでひるまず静かな闘志を湛えた青い瞳で見つめ返した。アガはそのまま裏山のそのもっと奥、霧がかった遠い山々に視線をやる。その方角にヴィオはすぐに父が言わんとしていることに勘づいてセラフィンの腕を引っ張った。

「これから道普請のため、一族の山に入るところだ。長い話になるようならば、帰ってから聞く」

 





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