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④毎朝校門の前に立つ先生と彼に挨拶するのが楽しみな男の話
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彼には会うと元気を貰える人がいる。毎朝通勤途中に前を通る中学校の先生だ。自転車で走っていくと、ぴしっと背筋が伸びた姿が目に入ってくる。先生は毎日校門の前に立ち、登校してくる子ども達はもちろんのこと、彼にも伸びやかな声で「おはようございます」と挨拶してくれる
彼は最初、無言で通り過ぎていた。しかし毎日通るとなんとなく顔見知りになるものだ。先生の声が聞こえると思わずちらっとみてしまう。そのたびばっちり目が合う。先生は爽やかにニコっとしてくる。そうなると無視もし辛い。
だからある時思い切って挨拶を返してみた。
「お、おはようございます」
尻つぼみで、会釈がメインにといった感じだ。それでも先生はさらなるいい笑顔を返してくれた。髪型が若干古めかしいとこは残念だけれど、先生の笑顔は感じが良くて温かいと思った。
次第に大きな声で苦手な挨拶ができるようになった。朝から背筋を伸ばして挨拶をする、その習慣が心地よく感じられた。
日差しが眩い日も、憂鬱で気乗りしない日も、挨拶の声に背中を押してもらえる。その声に今日も頑張ろうと思えるのだ。たったそれだけの習慣が一日の始まりを正してくれる。美容師の癖に会話が苦手で苦痛だった受けは、挨拶が得意になった。元々技術に自信があったから、次第に心にも余裕が生まれた。
ある時彼は大事にしていたお守りを、知らぬうちに落としてしまっていた。気が付かずに自転車で通り過ぎようとしたら、後ろからあの声が「おーい! 君、待って」と追いかけてきた。信号の手前で彼が止まると、先生がすごい勢いで追いかけてきてくれているのが見えて驚いた。
「これ。落としただろう」
「あ。これ。美容師の試験の時に貰ったやつ……。俺いつの間に落としてたんだろ」
「昨日君が通った後に落ちていた。ほら、そのリュックについてて真っ赤だから目立った」
隣に立つと先生は見上げるほどに長身だ。急に走ったせいで乱れた髪が額にかかりべったり後ろに撫ぜつけているよりずっといい。
「わざわざ、ありがとうございます」
すると先生の眼鏡の奥の瞳が照れたように細められた。
(間近で見たら、印象が変わる。先生ハンサムだったんだな)
眼鏡をはずして、髪をもっと短くして、ぺたんこでなくふわっと。綺麗な骨格のラインは目立たせるようにして……。
頭の中で勝手にスタイリングを考えてしまう。
「あの……。お礼に。よかったらこれどうぞ」
「え……」
思わず手渡したのは店の割引チケット。
「お礼にいつか髪の毛いじらせて下さい」
しかし、一週間待っても先生が店を訪ねてくることはなかった。そうしているうちに、ほどなく彼は系列店に異動が決まる。
新しい店舗は市内とはいえ自転車で通える距離ではない。春を待たずしてそちらへ応援に行かねばならず、中学校の前を通ることはなくなった。
会えなくなってみると、あのきちんとよく通る声が恋しい。彼は先生の事を自分で思っている以上に慕っていたんだなあと思った。
(なんであの時、割引券じゃなくて名刺を渡さなかったんだろう)
そう後悔したがもう遅い。
ある日、新しい店舗に先生が訪れるまで。そのまま縁は切れたものだと思っていた。
新しい店舗は職場体験の中学生を受け入れている店だった。美容師に憧れを持つ生徒たちに仕事の説明や簡単な作業を教えていたら
店の扉があき、あの懐かしい声が聞こえた。
「こんにちは。あっ!」
「あ!」
先生は相変わらずのちょっと野暮ったい髪型だ。
「ねえ、みんな。先生のイメチェン見てみたくない?」
焦る先生を尻目に、生徒たちと一緒に先生のイメチェン計画を企てた。鋏を入れるたびに、自分の手で変化していく先生に
ドキドキしていることを悟られないように平静を装う。カットが終わり、眼鏡まで悪乗りでとったら周りから歓声が起こるほどのイケメンが鏡に映っていた。
先生は恥ずかしそうに赤くなったがそんなところがまた可愛い。
「こんなところでお会いできてご縁がありますね」
「ええ。お礼ができてよかった」
「実は図々しくも、いただいたチケットをもってお店に伺ったんです。貴方がいつもお洒落で綺麗だから、僕も少し変化してみたくて」
「え。そうだったんですか。俺異動しちゃったから」
「でもまた、お会いできた。お守りのお陰かな」
確かにあのお守りは、受験ではなくおっちょこちょいの祖母が『縁結び』を買ってきてしまったという可愛い曰くつきだ。
先生は次の店舗にほかの生徒たちを見に行くと告げ、別れ際にこっそり囁いてくれた。
「また、お店に来てもいいですか?」
「是非お待ちしてます」
お客さんに言うようにきちっと返したら、少し寂し気な顔をされた。
「朝、先生と挨拶ができないと調子が出ないなってこの数か月ずっと思ってた。また会いたかったから、俺嬉しいんです」
「僕も久しぶりに貴方のお顔が見られて。すごく嬉しかった。僕も、異動してから調子が出ないんです。だけど今日からまた、頑張れそうだ。このお礼に今度お食事でもいかがですか?」
それから二人はたびたび一緒に食事に行ったり、出かけたりするようになった。
「お守りというのはお礼参りに行ってお返しするといいですよ」
と先生が言うので、二人で遠出をしてお参りに行った。
「お守りって無理して返さなくてもいいんだって」
「僕意外にご縁ができるのは困ります」と手を握られた。
先生も毎日通る、髪色がころころ変わる美青年の事が気になっていて、挨拶するたびちょっとドキドキしていたことは。お付き合いしてから彼も知ることになったのでした。 おしまい💛
彼は最初、無言で通り過ぎていた。しかし毎日通るとなんとなく顔見知りになるものだ。先生の声が聞こえると思わずちらっとみてしまう。そのたびばっちり目が合う。先生は爽やかにニコっとしてくる。そうなると無視もし辛い。
だからある時思い切って挨拶を返してみた。
「お、おはようございます」
尻つぼみで、会釈がメインにといった感じだ。それでも先生はさらなるいい笑顔を返してくれた。髪型が若干古めかしいとこは残念だけれど、先生の笑顔は感じが良くて温かいと思った。
次第に大きな声で苦手な挨拶ができるようになった。朝から背筋を伸ばして挨拶をする、その習慣が心地よく感じられた。
日差しが眩い日も、憂鬱で気乗りしない日も、挨拶の声に背中を押してもらえる。その声に今日も頑張ろうと思えるのだ。たったそれだけの習慣が一日の始まりを正してくれる。美容師の癖に会話が苦手で苦痛だった受けは、挨拶が得意になった。元々技術に自信があったから、次第に心にも余裕が生まれた。
ある時彼は大事にしていたお守りを、知らぬうちに落としてしまっていた。気が付かずに自転車で通り過ぎようとしたら、後ろからあの声が「おーい! 君、待って」と追いかけてきた。信号の手前で彼が止まると、先生がすごい勢いで追いかけてきてくれているのが見えて驚いた。
「これ。落としただろう」
「あ。これ。美容師の試験の時に貰ったやつ……。俺いつの間に落としてたんだろ」
「昨日君が通った後に落ちていた。ほら、そのリュックについてて真っ赤だから目立った」
隣に立つと先生は見上げるほどに長身だ。急に走ったせいで乱れた髪が額にかかりべったり後ろに撫ぜつけているよりずっといい。
「わざわざ、ありがとうございます」
すると先生の眼鏡の奥の瞳が照れたように細められた。
(間近で見たら、印象が変わる。先生ハンサムだったんだな)
眼鏡をはずして、髪をもっと短くして、ぺたんこでなくふわっと。綺麗な骨格のラインは目立たせるようにして……。
頭の中で勝手にスタイリングを考えてしまう。
「あの……。お礼に。よかったらこれどうぞ」
「え……」
思わず手渡したのは店の割引チケット。
「お礼にいつか髪の毛いじらせて下さい」
しかし、一週間待っても先生が店を訪ねてくることはなかった。そうしているうちに、ほどなく彼は系列店に異動が決まる。
新しい店舗は市内とはいえ自転車で通える距離ではない。春を待たずしてそちらへ応援に行かねばならず、中学校の前を通ることはなくなった。
会えなくなってみると、あのきちんとよく通る声が恋しい。彼は先生の事を自分で思っている以上に慕っていたんだなあと思った。
(なんであの時、割引券じゃなくて名刺を渡さなかったんだろう)
そう後悔したがもう遅い。
ある日、新しい店舗に先生が訪れるまで。そのまま縁は切れたものだと思っていた。
新しい店舗は職場体験の中学生を受け入れている店だった。美容師に憧れを持つ生徒たちに仕事の説明や簡単な作業を教えていたら
店の扉があき、あの懐かしい声が聞こえた。
「こんにちは。あっ!」
「あ!」
先生は相変わらずのちょっと野暮ったい髪型だ。
「ねえ、みんな。先生のイメチェン見てみたくない?」
焦る先生を尻目に、生徒たちと一緒に先生のイメチェン計画を企てた。鋏を入れるたびに、自分の手で変化していく先生に
ドキドキしていることを悟られないように平静を装う。カットが終わり、眼鏡まで悪乗りでとったら周りから歓声が起こるほどのイケメンが鏡に映っていた。
先生は恥ずかしそうに赤くなったがそんなところがまた可愛い。
「こんなところでお会いできてご縁がありますね」
「ええ。お礼ができてよかった」
「実は図々しくも、いただいたチケットをもってお店に伺ったんです。貴方がいつもお洒落で綺麗だから、僕も少し変化してみたくて」
「え。そうだったんですか。俺異動しちゃったから」
「でもまた、お会いできた。お守りのお陰かな」
確かにあのお守りは、受験ではなくおっちょこちょいの祖母が『縁結び』を買ってきてしまったという可愛い曰くつきだ。
先生は次の店舗にほかの生徒たちを見に行くと告げ、別れ際にこっそり囁いてくれた。
「また、お店に来てもいいですか?」
「是非お待ちしてます」
お客さんに言うようにきちっと返したら、少し寂し気な顔をされた。
「朝、先生と挨拶ができないと調子が出ないなってこの数か月ずっと思ってた。また会いたかったから、俺嬉しいんです」
「僕も久しぶりに貴方のお顔が見られて。すごく嬉しかった。僕も、異動してから調子が出ないんです。だけど今日からまた、頑張れそうだ。このお礼に今度お食事でもいかがですか?」
それから二人はたびたび一緒に食事に行ったり、出かけたりするようになった。
「お守りというのはお礼参りに行ってお返しするといいですよ」
と先生が言うので、二人で遠出をしてお参りに行った。
「お守りって無理して返さなくてもいいんだって」
「僕意外にご縁ができるのは困ります」と手を握られた。
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