香りの鳥籠 Ωの香水

天埜鳩愛

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6 ハレへの街は大騒ぎ

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 翌朝というか昼。

 いつもどおりの快晴の朝だが、いつもよりも更に空は青く美しくみえるし、吹き込む風の爽やかさはさらに清々しく感じる。
 メテオは思わず窓辺から遠く白波の立つ海を眺めて伸びをした。

 結局昨晩は宵の口から日付が代わってもランを愛してしまい、先に気を失ったランがそのまま眠ってしまっても、メテオは興奮冷めやらずなかなか眠れなかった。ヒートの症状はすっかりおさまったから、今回はまだカラダが未成熟なところを無理矢理起こしたプレ発情だったのかもしれない。

 愛しい番がこんこんと眠り続けてぴくりとも動かず起きないので、メテオは今朝方流石に焦った。目元が赤く腫れたままでも呼吸は穏やかな彼を抱きしめて、昨夜はメテオの精を受け止め続けた薄い腹を撫ぜながら、幸せな気持ちで自分も朝寝した。

 アスターの店は当然臨時休業だ。

 女将が奢ってくれた部屋はこの宿でも上階の一室で壁は白く広々と開放的な作りをしている。昨日の夜は気が付かなかったが寝台は二人で両手を伸ばせるほど広く、黄色や水色の小さな花々が刺繍された薄布の天蓋がついていた。

 それが風にそよそよと揺れ、白い寝具に裸で横になるランの華奢な姿と相まって美しく、メテオは一生心にとどめておきたい姿だと思った。
 
 しかし、よく見ると昨日の情事の痕跡が色濃く残り、ランは他のオメガでは見たこともないほど大きな噛み跡を首に残し、身体中も貪られた鬱血で痛々しい。メテオは昨日はすべての欲望が引き出されたような心地になっていた。我ながら自分の所業を恐ろしくランに申し訳なく思った。

 今日からは当分は家事のすべてを引き受け、お店も休ませ身体を労ろうと心に誓う。そして首の傷はかなりひどいのでオメガ専門医に見せに行こうと思った。

 太陽が天頂に届きそうだ。
 そろそろここを出なければならないだろう。
 柔らかな頬に手をあてて指の背でするっと撫ぜながら優しく声をかけた。

「ラン、起きて」

 長い睫毛をに2.3度瞬かせ、ランのいつ見ても美しい明け方の空のように煌めく瞳が開かれメテオをとらえた。

 いつもの朝と同じく、メテオの姿を見つけると好物を見つけたように嬉しそうに笑って朝の挨拶をしようとした。
 しかし、完全に声が枯れてしまっていて、けほけほと咳込み、その拍子に身体中の痛みに気が付き顔をしかめた。

「ラン、身体は大丈夫か?」

 メテオは自分でも信じられぬほど甘い優しい声を出してランを再び抱き寄せる。

 ランは驚いたような顔をすると、瞬時に顔を赤くして、口をパクパクさせている。

「昨日俺たちは番になったんだ。覚えている?」

 ランは少しだけ考えたあと、首の傷に手を当てて考えながら頷いた。
 そしてぎゅっとメテオに抱きつきスリスリと顔を胸へと擦りつけた。
 嬉しそうな様子にメテオはほっと胸を撫でおろした。
「メテオ……」
 名前を呼ばれただけなのに、泣けるほど愛おしくて、二人はしばしそのまま裸で抱き合ってお互いの体温を感じていた。



 一つ問題が生じた。
 宿をあとにしようにも、服が一組しかない。
 メテオは服をとりに帰りたかったが、しかしどうしてもランを一人にすることが忍びなかった。湯浴み後に着られる帷子を着させ、昨日女将が投げつけてきた大きなショールでランを包むと、抱き上げてロビーまで運んでいった。

 この宿から二人の家までは歩いて15分もかからない。ソフィアリの館までランを探しに行っていたのに、結局ランがいたのは本当にごくごく近所だったわけだ。

 それにしてもへんてこな格好だ。できるだけ知り合いには会いたくはなかったのだが……

「ランくん、メテオ番成立おめでとう」
 お礼を言いに降り立った華々しいロビーで、女将や支配人からいきなり花束をもらった。

 ついでにソフィアリとラグに渡すようにと破壊したドアの請求書も渡される。

 二人はとにかく恐縮したが、また泊まりに来なさいねと快く送り出してくれた。

 しかしそれはまだ始まりに過ぎない。
 10分ほど歩いて観光客向けの商店街に入ると、顔見知りの店主たちがみなニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべながら手を振り、口々におめでとうといってくる。

 中にはすごいヒートだったなあ、フェロモンが通りの先まで漂ってきたぞとか、お前たちが大騒ぎしてランを探すから誰でも知っているぞとか、フェロモン夜中に消えたから番になったんだなあと思ったとかかなり大げさにからかわれた。

 ランはみなはどういうふうにすると番になるのだと知っているのかと思うと、乱れに乱れた昨夜が思いだされ、恥ずかしくて真っ赤になった顔をメテオの胸に伏せた。
 そしてもう明日から外を歩けないとショールをひき被ってうなだれた。

 家につくと隣の小間物屋の店主が朝から沢山の人が二人に祝の花や食べものを届けてくれているのを代わりに預かってくれていた。

 二人は揃ってただいまをいって、我が家に帰ってきた。家の中は再びフェロモンの花畑に満たされたときのような頂き物の花々の香りが溢れかえった。

 家に帰るとホッとしたのか、居間にある黄色いカバーのソファーに座ったランは、急に不安げな顔をして目に涙をためていた。

「ラン? 身体が辛いのか?」

 ランは首を振ると前に跪くメテオの袖をぎゅっと掴んだ。そして、まだ掠れた小さな声でいった。

「……オメガの香水、僕のせいで、作れなくなったら困る?」

 メテオはいじらしい様子のランに胸を打たれつつ、やはり昨晩のすべてを覚えているわけではないのだろうなとひと回り以上小さなランの両手をとってきゅっと握りしめた。

「俺が番になってとランに頼んだんだよ。覚えていないの? ランもなりたいっていってくれたんだよ。香水のことは俺がなんとかするから大丈夫。ランは今までどおり俺を傍で支えてほしい。ランがいないと、俺の人生は空っぽになる。お前がいるから俺は満たされて生きていけるんだよ」

 ポロポロ、涙を溢しながらランもうなずく。

「僕が兄さんを支えているなんて思えたことない。いつも面倒を見てもらうばかりで…… でもこれからは沢山勉強して、支えられるようになるから。番はそうして生きていくんでしょ?」

 そういうと、自分から顔を寄せて兄の唇に優しく吸い付いた。

 オメガの香水を作れなくなったからって、メテオを誰にも悪くは言わせない。
 愛されて愛して。ランは強くなった気がした。

 メテオに自分と番になったことを後悔させない。

 もちろんメテオがそんなことを思うはずはないが、ランは決意をもって、これからこの人と共にあろうと思った。






「だから、あのとき無理矢理番にしようとしたことは悪いと思ってるさ。
 でもなあメテオがランのことをひどく扱っていたと思っていたし、実際とんだ束縛野郎だし、番にもしないでずっとランを縛りつけようと思ってるなら、それなら俺が番にしたほうが幸せだと思ったんだよ」

「わかった、わかった。俺も乱暴しすぎたと思ってる。全治2週間だったしな。しかしああでもしないとお前に番にされてたしなあ」

 ソフィアリはまた酒に酔ってラグとクィートは同じ話をしているよと、呆れ気味に微笑みながら双子のわが子に交互に乳を与えた。
 ランは赤子たちが可愛くてしょうがなくて、一人を抱っこさせてもらいながら、ずっと張り付きその様子を見ている。

 ランとメテオが番になって1年半近くの歳月が流れた。

 あれからなぜかこの街を気に入ったクィートは、メテオに嫌がられながらも休暇や時間に空きができるとこの街を訪れている。

 ソフィアリはずっと気がかりだった弟のことのつかえが取れたせいか、程なく妊娠した。
 長いこと異種族間に近い二人は、なかなか子宝に恵まれなかったのだが、双子を授かりにぎやかに暮らしている。

 ランは番になったことにより束縛の緩んだメテオの許しを得て職業訓練校に通い出した。髪を切り、青年らしく少しだけ輪郭がはっきりした顔立ちになった。髪を切ったことにより他に見ないほど大きな歯型もバッチリ晒されるのでいい虫よけになっている。
 ランは香水の知識を一から学び直す傍ら、経理の勉強も更にはじめ、すっかり頼もしい青年の雰囲気を醸し出すようになった。
 その凛とした姿はやはりミカに似ていると内心はこっそり惚れ直しているクィートだ。

 そしてメテオは……

「メテオ、お前あまりにああいうことして見せつけるのはやめてくれないかな?」

 クィートが、かばんから取り出したのは今中央で大流行している官能の香り。
 通称サンライズⅡだ。

 ラグの隣に腰を掛け、ドヤ顔で笑いかけるメテオにクィートが歯噛みする。

「サンライズⅠは咲きたての花々のような、ランの開花したてのオメガフェロモンを模してつくった。Ⅱはヒートを起こしたときの咲き乱れる花々の香りだ」

 オメガのフェロモンを模した香水を作れなくなったメテオだが、
 妙香方式という独自の香水の組み方を開発し、今はそれを使って客の好みに合わせた香水を調香している。

 それとは別に番を持ったことでしかできないライフワーク、愛するランの成長やライフイベントに合わせて移ろうフェロモンの香りをサンライズというシリーズとして作っていた。

 特にサンライズⅡは番のヒート時の香りという、父親のアスターですらに世に出せなかった香りであり、あまりのめくるめく妖艶さから一時期中央で発禁になった代物だった。
 むしろプレミアが付き高値で取引されたという。

 オレンジの小瓶と言うを愛称を得たランは恥ずかしいけれどメテオとの愛の記録ということで……と思うことにしている。

「ところで今日は何か話があるってきたようだが?」

 するとランはメテオの腰かけるソファーに駆け寄りぴょこんと隣に座った。

 そして二人で目配せしながらソフィアリたちにつげたのだった。

 秋には家族が増えて、ますます忙しくなるのだと。
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