香りの鳥籠 Ωの香水

天埜鳩愛

文字の大きさ
31 / 34

ぼく病気になっちゃった3

しおりを挟む
 というわけで体調を崩したかもしれぬランを心配になり、メテオは寝室まで起こしに来た。扉を開けるとすぐに目に飛び込む二人で眠る大きな寝台。
朝、メテオが寝台を後にした時と同様にすやすや愛らしく眠る姿を想像していたのに顔が見えない。
 代わりに寝台の真ん中にまるで亀の甲羅のようにこんもりとしたでっぱりがあって、当然布団をかぶったランがその中にいるとは決まり切っている。

 なんだか慌てて布団を引き被ったようで、もぞもぞしているから起きてはいるのだと思うのだが、しかしいつもの澄んだ声の返事が聞こえてこない。これは由々しき事態だ。

「ラン? どうしたのか? 体調が悪いのか」
「わるくない」
「じゃあ、そろそろ起きておいで。俺と一緒に朝食をとろう。トマトとチーズのサラダもあるぞ」

 ランの好物を出して気を引こうとするが、何故だかもぞもぞと布団が動くばかりで出てこない。

 ランに対して気の長いメテオもなにか普段と違う異変を感じて、強硬手段に出ることにした。
 ぐいっと母のお手製カバー付きのふわふわした上掛けをはぎ取ろうとすると、中でそれに気が付いたランが懸命に抵抗してきた。

「お兄ちゃん! だ、ダメなの! ちゃんと起きるから、待ってて」
「ダメじゃない。なにかあったのか? ラン少しおかしいぞ」
「だーめー!」

 喚く声が泣き声に近くてメテオは布団ごとランを抱え上げて自分が寝台にどかっと座った。11歳で細身のランと、19歳でもはや長身の父親より背が高くなったメテオとでは大人と子供ほどの体格差がある。羽のように軽いランの抵抗なんて無きに等しい。

 布団から出てきた顔は目元がうっすら赤くなって、頬には涙が垂れたあとがあった。細い眉を下げて情けない顔をしたランは顔を伏せると兄の胸にぐりぐりと頭を押し当ててきた。

「ラン、泣いていたのか? どうした。どこか痛いのか?」
「い、痛くないけど。僕……、しちゃったの……」
「なにを?」
「……」

 言いたがらず、メテオの胸に縋って顔と小さな掌を押し当てて抱き着いてきた。本当にかわいい。

 しかしまさかな、と思いながらそっとランのパジャマのズボンに手を這わそうとすると、いつもご機嫌なランが大慌てして棒のように細い脚をばたばたさせて暴れ始めたのでいよいよ心配になる。

「ラン、俺をみて。大丈夫だから話してごらん」

 下腹部に伸ばしかけた手を離し、メテオは布団の中から軽々とランだけを畑から野菜を引き抜く思い切りよく引っ張り出す。「きゃあ」と甲高い愛らしい声を上げたランを寝具とメテオの膝とが入り混じったようなふわふわしたところに着地させる。
 今朝は初めて見る、ランのきらきらとしたオレンジ色の瞳。大きな涙がみるみる浮かんで膜を張ると、綺麗な雫がぽたりぽたりと頬を伝って落ちていった。
 こんな貌すら、本当に可愛らしくて、身内の欲目なのかもしれないが、胸がきゅんとするのが止まらない。
 ランは兄の腕に抱かれたまま、桃色の花に似た小さな唇をわななかせて兄を上目遣いに見上げて本当にすまなそうに呟いた。

「お、おねしょしちゃったの…… 足と股のとこ、べたべたしてて。洗おうと思ったんだけど、恥ずかしくて下に降りられなくて」

 ランがおねしょ?! と声を上げかけたが、そんなことをしようものならランが傷つきそうでメテオはぐっとこらえた。自分の記憶でランがおねしょやお漏らしをした記憶はごくごく赤ちゃんの時以来ない。

「そんなこと気にしなくていいのに」

 優しく声をかけて背中をなだめる様に優しくさするが妙だ。
 いま明らかにランが寝ていた当たりのぬくもりの残った寝台に座っているがどこも濡れていない。

「それに…… その…… なんか変なの。僕、病気になっちゃったかもしれない。お兄ちゃん、どうしようっ?」

 そう言いながらランの柔らかな小さな掌が、メテオの股間のあたりをすりっと摺り上げ、急なことにメテオは驚いて腰を引きかけた。

「僕のここ、腫れちゃってていたいの」

 見れば確かに、ランのほっそりした足の間に僅かにふくらみが見られた。耳やほっそりした鶴首までも赤くして、ランは恥ずかしげに身震いしながらもぞもぞとそれを布団で隠そうとする。

 その時メテオはものすごく沢山のことが一気に頭に浮かんできたが、あまりに処理しきれぬほどの情報量で、まずは興奮を抑えようと口元に手をやってこらえた。

(ついに、ランも…… せ、精通か?)

 この時を待っていたと言ったら非常に変態臭く聞こえるだろうが、正直待っていた部分も大いにあるし、内心喜びを隠せない。

 赤子の頃から見守ってきたランがまた少し大人に近づいてきたのだ、嬉しいに決まっている。

 もちろんそれを顔には出さない。あくまでクールでかっこいい、憧れのお兄ちゃんがあくまでランの体調を心配しているように見せかけている。

 大陸一の色男として鳴らしてきた、父の顔を見て瓜二つの自分の顔の使いどころは心得ているし、すましてさえいればなにか思案深げと思ってもらえる。得な面差しなのだ。

 成人は越した兄が幼い弟の精通を喜ぶなんて、それこそ傍から見たら行き過ぎだろう。自分でもこの感情が周りから見て少し逸脱していると自覚している部分もある。
 つい先日、幼馴染のパン屋の娘に幼いランにばかり構うと、きつく言われたばかりだ。

『メテオ、おかしいよ。 私なら女だし、オメガだし、年も近いのにどうしてランばっかり大事なの? 小さな男の子だよ? 変でしょ? 変! それにランがオメガじゃなかったら、メテオどうするの? それでもランがいいの?!』
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

愛などもう求めない

一寸光陰
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

愛のない婚約者は愛のある番になれますか?

水無瀬 蒼
BL
Ωの天谷千景には親の決めた宮村陸というαの婚約者がいる。 千景は子供の頃から憧れているが、陸にはその気持ちはない。 それどころか陸には千景以外に心の決めたβの恋人がいる。 しかし、恋人と約束をしていた日に交通事故で恋人を失ってしまう。 そんな絶望の中、千景と陸は結婚するがーー 2025.3.19〜6.30

処理中です...