26 / 27
三日月旗の下で
鬼姫の動揺と憧れ
◆
サーリフが群青玉葱城に戻ってから、一週間が過ぎた。
出兵の準備は順調で、マディーナにはサーリフ麾下の奴隷騎士達が集まり、戦の前の喧騒が、日々、凄まじい。
それでも街の治安が悪化しないのは、ひとえにサーリフの武威とファルナーズの指揮監督の故である、と俺は思っている。
それが分かるくらいには、俺だって勉強しているのだ。何しろ、俺は奴隷騎士《マムルーク》に就職したという事だから、この上は頑張るのだ。
なにしろ。この会社は終身雇用がウリで骨まで拾ってくれるというのだから、頑張らない訳にはいかないだろう? 俺はそんな日本人なのだ。
うん、ホントは解ってる。終身雇用なのは大体が殉職……というか、戦死するからなんだ。そういう仕事だから、生き残った人には手厚いんだよ……。
俺は生き残りたいから頑張るんだ。くすん。
さて、今日はファルマルディーン月のラマダーン曜日だ。
言っている俺も最初は意味が解らなかったが、日本語に直すと、三月あたりの断食曜日って感じである。まあ断食と言っても、俺たち奴隷騎士は体力勝負だから関係無いけれど。
さしあたり、俺はこの一週間でかなり色んな知識を身に着けた。流石に単なる奴隷と百人長では、学ぶべき事が違うというべきか。もちろん、すでに俺の頭がパンク寸前なのは言うまでもない事だろう。
だが、得なければならない知識は、まだまだある。
例えば、俺が常々疑問に思っていた宗教関連の事。これはネフェルカーラとアエリノールから、今日、自宅で教えてもらった。
まず、シバール国というのは、国教として「真教」というものがある。対になるようにオロンテスをはじめとした北西諸国が奉じているのが、「聖教」というものだ。
どちらも同じく唯一神を信じているそうなのだが、解釈が違うらしい。俺としては解釈などどうでも良いのだが、俺みたいにどうでも良い、などと言っていてもあまり問題にならないのが「真教」の方、という事だ。
「あらゆる者を救済する、それが真教の教えなれば、別に信じていようと信じていまいと、神の慈悲は平等に訪れるのだ」
「あんたね! それじゃ何でもありじゃないの! だから魔族にも神の加護がある、なんて変な事を言い出すんでしょ!」
「む? 信じただけで悪人でも救われるような聖教よりはマシだと思うが……ともかく、我等は信じるも信じぬも自由。されど戒律を守る者には、より多くの幸が訪れると考えておる。
アエリノール、考えてもみよ。
なぜ聖教では、信じぬ者は如何なる庇護も加護も受けられぬのだ? 神とは、それ程に狭量なのか? 何より、救われる者を選ぶのは聖者なり法王なり聖騎士なりの人であろう? それ自体がおかしな事だと思わんのか?」
「むむ……どっちにしても、信じようとする心が大事なのよ! 大体アンタ今、お酒飲んでるでしょ! どういうことなのよっ! 真教なら禁止でしょ!」
「ふむ? 聖典にはな、酒は理性を失う可能性がある故、控えよ、と書かれておるだけだ。無論、それを根拠に酒を飲んではいかん、という者も居る。しかし、それは解釈の違いであろう? そやつとおれの信じる神は共に一つ、いつか分かり合える日も来よう……わはははは」
ネフェルカーラの説明に一生懸命噛み付いているが、なんとなくやり込められてしまう金髪の上位妖精である。
丁度夕食時でもあったので、アエリノールは悔し紛れに食卓の中央にある堅く平べったいパンに手を伸ばし、憤怒の形相でかじっていた。
それにしても俺を間に挟んで言い合いとか、止めて欲しい。
「……どうでもいいけどねっ! ていうか、このパン堅いわよ!」
「なんだ? 生どんぐりが主食の貴様が、この程度の固さで文句を言うなどおかしな話だな?」
「いつの話をしてるのよ! 今はそんなにどんぐり食べないわよ!」
結局のところアエリノールは宗教に関して、意外とどうでも良いらしい。
そうでなければ、あっさりと奴隷騎士になったりしないだろう。
それにしても、生どんぐりってなんだろう? 緑眼の魔術師が悪戯っぽい表情を浮かべているけど、寝る前にまたアエリノールと喧嘩するのは止めて欲しいな。
ふと、セシリアの事も俺は気になった。
視線を正面に向けると、神に関する自論をシャジャルに対してセシリアが展開している姿が目に入ったからだ。
「いいか、シャジャル。神は……いるんだぞ!」
「えっ! ジン? ジンニーヤかな? 神様って?」
「ばっか! それは魔神や妖精だろ! もっとアレだ。でかくて、バーン! ってした何かなんだよ!」
「凄いね! セシリア! 凄いね! 今度見に行こうよ!」
「おう! あ! でも、神様はめちゃくちゃ強いと思うから、身体をしっかり鍛えないとダメだぞ!」
「わかった!」
セシリアは、隣に座るシャジャルにドヤ顔で説明している。だがこの調子なら、宗教的な話は基本的に分かっていないのだろう。多分、騎士団に入った理由は戦いたかったから、とか、その程度なんだと俺は確信した。
何より神様と戦うつもりとか、やば過ぎるだろう……セシリア。
そしてシャジャル……素直すぎるのもどうかと、お兄ちゃんは思うんだ。
それにしても、シャジャルの皿に妙に生野菜が多いと思ったら、セシリアと食べ物を交換していたようだ。セシリアのスープにある羊肉が、やたらと増えている。どうやらセシリアは肉食で、シャジャルは野菜が好物らしい。
セシリアの背が高い理由は、肉食だからだろうか? 俺と比べてもあんまり身長が変わらない気がするし、一七〇センチは越えているんだろうなぁ。俺も、今度からもっと肉を食おう。
伸びろ俺の身長、せめて一七五センチは欲しい! あと一センチなんだっ! でも、今年一九歳だから、もう無理だろうか? ふむぅ。
ハールーンはセシリアの横で黙々とパンを頬張っていたけど、どうやら野菜はシャジャルに取られ、肉はセシリアに奪われた様だ。
一番の料理上手なのに、今日の料理を作ってくれた人なのに、なんて可哀想なのだろう。
俺はそっと、ハールーンに最後のパンを渡してやった。
◆◆
翌日、天気は快晴、竜も元気!
俺は自分の部隊の訓練を早朝に済ませると、アエリノール、シャジャル、セシリアを伴ってファルナーズの執務室を訪れた。
そろそろ、ファルナーズの警護を彼女たちに任せても良いと思ったのだ。
丁度、ネフェルカーラとハールーンは近衛隊の兵舎に詰めている。
そう、ファルナーズだって女の子だ。俺につきっきりで居られるよりは、この三人に守られる方が気楽かもしれないじゃないか!
「ほ、ほう……そ、そなたがアエリノールか」
片膝をついて低頭するアエリノールに、座卓から立ち上がってトコトコと近づくファルナーズ。しかし、途中でぴたりと足を止めた。
「はっ!」
対するアエリノールは、最下級の奴隷騎士が着用する鎖帷子に曲刀という身なりだが、それでも漂う威厳は見事なものだ。
純白の絹衣を着た銀髪の小鬼が圧倒されたように、ある一定の距離から近づく事が出来ないでいる。
多分、一足で飛べるアエリノールの間合いに入りたくないのだろう。最近、俺はサーリフとの稽古で、そういった事も分かるようになってしまったのだ。
ほんと、剣の達人に教わると、びっくりする位色んな事が分かる。
「アエリノール、セシリア、シャジャル、刀を床に」
確かに他の二人はともかく、アエリノールだけはファルナーズの実力さえ圧倒するだろう。護衛とは言え、初対面で武装させておく訳にもいかない。だから、俺は三人に武器を置くように指示を出した。
「はっ」
三人とも俺の指示通りに、一糸の乱れもなく、同時に前方の床に曲刀を置いた。
「あ、い、いや。構わぬ。護衛が武器を持たぬなど、襲撃してくれと言っているようなものじゃ。それに、シャムシールの部下をわしが信用せぬ訳が無かろう。
……ほら、立つのじゃ。武器を持って立ち上がり、配置につかぬかっ!」
しかし、慌てたのはファルナーズであった。
俺の指示が、自身の動揺を見透かしたものであったと気がついたらしい。ファルナーズ、ツインテールが”ぶんぶん”揺れる程に、首を横に振って照れ隠しをしていた。
「その前に……」
「ん? あ、ああ」
俺の声に、ファルナーズがまたしても動揺する。
近衛隊入隊の儀式を、まだ済ませていないのだ。そのまま配置に就く、というのもどうだろうか?
儀式は主となる者の右手の甲に自らの額をつける、といった簡単なモノ。しかし、実は俺は苦労した。
最初、俺は、手の甲にキスをするのだと思っていた。だから最初に近衛隊に入ったときは、うっかりファルナーズの手の甲にキスをしてしまったのだ。
だって、後ろから他の人がやっているのを見ていただけだから、勘違いしても仕方ないじゃないか。
だからその時は、すかさずファルナーズに殴られ、ネフェルカーラには氷漬けにされたのもである。
……今となっては、良い思い出だ。
当然、今居る三人には俺の失敗を教えてあるので、そんな間違いをすることもない。皆、無事に儀式を終え、立ち上がり、再び刀を腰に戻していた。
「アエリノールにございます」
「う、うむ……う、美しい。アエリノールは、ほんっとうに美しいな!」
アエリノールを見上げ、赤い瞳を潤ませる鬼の姫君。なんだろう? ちょっとした憧れでも抱いていたのだろうか。
「セシリアです。お見知りおきを」
「うむ。元は聖騎士であったとか。頼りにしておる。それにしても、おぬしは大きいのう、羨ましいのう!」
立ち上がったセシリアに、目を白黒させるファルナーズ。確かに、セシリアは女性としては大きい。
暫く視線をセシリアの足元から頭上まで上下に行き来させていたファルナーズは、もしかして身長コンプレックスなのかもしれないな。
「シャジャルです」
「おお、シャジャル。カワユイのう……! さすが、水が族の姫巫女じゃ」
最低限の礼儀は守るシャジャル。しかし、アシュラフの部下の部下だという思いから、いまいちファルナーズにも好感を抱けないでいるのだろう。言葉少なく立ち上がり、静かに刀を腰に戻す。
それにしても曲刀の訓練は最近始めたばかりなのに、シャジャルは中々に刀を扱うのが上手だ。今も、隙のない振る舞いは見事と言える程だった。
ファルナーズは何故か自分と目線の等しい青髪の少女を気に入ったようで、シャジャルの両手を掴んで、握手をするように何度も上下に振り回している。
それから暫くすると、四人でキャッキャワイワイし始めたので、俺としては立場が無くなった。
溶け込むの早すぎんだろ、こんちくしょう、ていうか、てめーら配置につけ! と思わなくも無かったが、考えてみれば、この四人を襲って一体誰に勝算があるというのだろう。
……群青玉葱城に、ここ以上安全な場所はない。
そういえば、もうすぐ昼になる。
ここ最近、午後からの一時間から二時間がサーリフとの稽古の時間になっていた。
ちょっと早いけど、サーリフの所に行こう。
俺はそう決めて、ファルナーズに退出する旨を告げる。
「ん? うむ、父上に壊されないように気をつけるのじゃぞ?」
一応ファルナーズが心配するような事を言って、手を振ってくれた。しかし、それは俺がサーリフに手も足も出ないと言われているようなもの。うぐぐ、小鬼め……!
サーリフが群青玉葱城に戻ってから、一週間が過ぎた。
出兵の準備は順調で、マディーナにはサーリフ麾下の奴隷騎士達が集まり、戦の前の喧騒が、日々、凄まじい。
それでも街の治安が悪化しないのは、ひとえにサーリフの武威とファルナーズの指揮監督の故である、と俺は思っている。
それが分かるくらいには、俺だって勉強しているのだ。何しろ、俺は奴隷騎士《マムルーク》に就職したという事だから、この上は頑張るのだ。
なにしろ。この会社は終身雇用がウリで骨まで拾ってくれるというのだから、頑張らない訳にはいかないだろう? 俺はそんな日本人なのだ。
うん、ホントは解ってる。終身雇用なのは大体が殉職……というか、戦死するからなんだ。そういう仕事だから、生き残った人には手厚いんだよ……。
俺は生き残りたいから頑張るんだ。くすん。
さて、今日はファルマルディーン月のラマダーン曜日だ。
言っている俺も最初は意味が解らなかったが、日本語に直すと、三月あたりの断食曜日って感じである。まあ断食と言っても、俺たち奴隷騎士は体力勝負だから関係無いけれど。
さしあたり、俺はこの一週間でかなり色んな知識を身に着けた。流石に単なる奴隷と百人長では、学ぶべき事が違うというべきか。もちろん、すでに俺の頭がパンク寸前なのは言うまでもない事だろう。
だが、得なければならない知識は、まだまだある。
例えば、俺が常々疑問に思っていた宗教関連の事。これはネフェルカーラとアエリノールから、今日、自宅で教えてもらった。
まず、シバール国というのは、国教として「真教」というものがある。対になるようにオロンテスをはじめとした北西諸国が奉じているのが、「聖教」というものだ。
どちらも同じく唯一神を信じているそうなのだが、解釈が違うらしい。俺としては解釈などどうでも良いのだが、俺みたいにどうでも良い、などと言っていてもあまり問題にならないのが「真教」の方、という事だ。
「あらゆる者を救済する、それが真教の教えなれば、別に信じていようと信じていまいと、神の慈悲は平等に訪れるのだ」
「あんたね! それじゃ何でもありじゃないの! だから魔族にも神の加護がある、なんて変な事を言い出すんでしょ!」
「む? 信じただけで悪人でも救われるような聖教よりはマシだと思うが……ともかく、我等は信じるも信じぬも自由。されど戒律を守る者には、より多くの幸が訪れると考えておる。
アエリノール、考えてもみよ。
なぜ聖教では、信じぬ者は如何なる庇護も加護も受けられぬのだ? 神とは、それ程に狭量なのか? 何より、救われる者を選ぶのは聖者なり法王なり聖騎士なりの人であろう? それ自体がおかしな事だと思わんのか?」
「むむ……どっちにしても、信じようとする心が大事なのよ! 大体アンタ今、お酒飲んでるでしょ! どういうことなのよっ! 真教なら禁止でしょ!」
「ふむ? 聖典にはな、酒は理性を失う可能性がある故、控えよ、と書かれておるだけだ。無論、それを根拠に酒を飲んではいかん、という者も居る。しかし、それは解釈の違いであろう? そやつとおれの信じる神は共に一つ、いつか分かり合える日も来よう……わはははは」
ネフェルカーラの説明に一生懸命噛み付いているが、なんとなくやり込められてしまう金髪の上位妖精である。
丁度夕食時でもあったので、アエリノールは悔し紛れに食卓の中央にある堅く平べったいパンに手を伸ばし、憤怒の形相でかじっていた。
それにしても俺を間に挟んで言い合いとか、止めて欲しい。
「……どうでもいいけどねっ! ていうか、このパン堅いわよ!」
「なんだ? 生どんぐりが主食の貴様が、この程度の固さで文句を言うなどおかしな話だな?」
「いつの話をしてるのよ! 今はそんなにどんぐり食べないわよ!」
結局のところアエリノールは宗教に関して、意外とどうでも良いらしい。
そうでなければ、あっさりと奴隷騎士になったりしないだろう。
それにしても、生どんぐりってなんだろう? 緑眼の魔術師が悪戯っぽい表情を浮かべているけど、寝る前にまたアエリノールと喧嘩するのは止めて欲しいな。
ふと、セシリアの事も俺は気になった。
視線を正面に向けると、神に関する自論をシャジャルに対してセシリアが展開している姿が目に入ったからだ。
「いいか、シャジャル。神は……いるんだぞ!」
「えっ! ジン? ジンニーヤかな? 神様って?」
「ばっか! それは魔神や妖精だろ! もっとアレだ。でかくて、バーン! ってした何かなんだよ!」
「凄いね! セシリア! 凄いね! 今度見に行こうよ!」
「おう! あ! でも、神様はめちゃくちゃ強いと思うから、身体をしっかり鍛えないとダメだぞ!」
「わかった!」
セシリアは、隣に座るシャジャルにドヤ顔で説明している。だがこの調子なら、宗教的な話は基本的に分かっていないのだろう。多分、騎士団に入った理由は戦いたかったから、とか、その程度なんだと俺は確信した。
何より神様と戦うつもりとか、やば過ぎるだろう……セシリア。
そしてシャジャル……素直すぎるのもどうかと、お兄ちゃんは思うんだ。
それにしても、シャジャルの皿に妙に生野菜が多いと思ったら、セシリアと食べ物を交換していたようだ。セシリアのスープにある羊肉が、やたらと増えている。どうやらセシリアは肉食で、シャジャルは野菜が好物らしい。
セシリアの背が高い理由は、肉食だからだろうか? 俺と比べてもあんまり身長が変わらない気がするし、一七〇センチは越えているんだろうなぁ。俺も、今度からもっと肉を食おう。
伸びろ俺の身長、せめて一七五センチは欲しい! あと一センチなんだっ! でも、今年一九歳だから、もう無理だろうか? ふむぅ。
ハールーンはセシリアの横で黙々とパンを頬張っていたけど、どうやら野菜はシャジャルに取られ、肉はセシリアに奪われた様だ。
一番の料理上手なのに、今日の料理を作ってくれた人なのに、なんて可哀想なのだろう。
俺はそっと、ハールーンに最後のパンを渡してやった。
◆◆
翌日、天気は快晴、竜も元気!
俺は自分の部隊の訓練を早朝に済ませると、アエリノール、シャジャル、セシリアを伴ってファルナーズの執務室を訪れた。
そろそろ、ファルナーズの警護を彼女たちに任せても良いと思ったのだ。
丁度、ネフェルカーラとハールーンは近衛隊の兵舎に詰めている。
そう、ファルナーズだって女の子だ。俺につきっきりで居られるよりは、この三人に守られる方が気楽かもしれないじゃないか!
「ほ、ほう……そ、そなたがアエリノールか」
片膝をついて低頭するアエリノールに、座卓から立ち上がってトコトコと近づくファルナーズ。しかし、途中でぴたりと足を止めた。
「はっ!」
対するアエリノールは、最下級の奴隷騎士が着用する鎖帷子に曲刀という身なりだが、それでも漂う威厳は見事なものだ。
純白の絹衣を着た銀髪の小鬼が圧倒されたように、ある一定の距離から近づく事が出来ないでいる。
多分、一足で飛べるアエリノールの間合いに入りたくないのだろう。最近、俺はサーリフとの稽古で、そういった事も分かるようになってしまったのだ。
ほんと、剣の達人に教わると、びっくりする位色んな事が分かる。
「アエリノール、セシリア、シャジャル、刀を床に」
確かに他の二人はともかく、アエリノールだけはファルナーズの実力さえ圧倒するだろう。護衛とは言え、初対面で武装させておく訳にもいかない。だから、俺は三人に武器を置くように指示を出した。
「はっ」
三人とも俺の指示通りに、一糸の乱れもなく、同時に前方の床に曲刀を置いた。
「あ、い、いや。構わぬ。護衛が武器を持たぬなど、襲撃してくれと言っているようなものじゃ。それに、シャムシールの部下をわしが信用せぬ訳が無かろう。
……ほら、立つのじゃ。武器を持って立ち上がり、配置につかぬかっ!」
しかし、慌てたのはファルナーズであった。
俺の指示が、自身の動揺を見透かしたものであったと気がついたらしい。ファルナーズ、ツインテールが”ぶんぶん”揺れる程に、首を横に振って照れ隠しをしていた。
「その前に……」
「ん? あ、ああ」
俺の声に、ファルナーズがまたしても動揺する。
近衛隊入隊の儀式を、まだ済ませていないのだ。そのまま配置に就く、というのもどうだろうか?
儀式は主となる者の右手の甲に自らの額をつける、といった簡単なモノ。しかし、実は俺は苦労した。
最初、俺は、手の甲にキスをするのだと思っていた。だから最初に近衛隊に入ったときは、うっかりファルナーズの手の甲にキスをしてしまったのだ。
だって、後ろから他の人がやっているのを見ていただけだから、勘違いしても仕方ないじゃないか。
だからその時は、すかさずファルナーズに殴られ、ネフェルカーラには氷漬けにされたのもである。
……今となっては、良い思い出だ。
当然、今居る三人には俺の失敗を教えてあるので、そんな間違いをすることもない。皆、無事に儀式を終え、立ち上がり、再び刀を腰に戻していた。
「アエリノールにございます」
「う、うむ……う、美しい。アエリノールは、ほんっとうに美しいな!」
アエリノールを見上げ、赤い瞳を潤ませる鬼の姫君。なんだろう? ちょっとした憧れでも抱いていたのだろうか。
「セシリアです。お見知りおきを」
「うむ。元は聖騎士であったとか。頼りにしておる。それにしても、おぬしは大きいのう、羨ましいのう!」
立ち上がったセシリアに、目を白黒させるファルナーズ。確かに、セシリアは女性としては大きい。
暫く視線をセシリアの足元から頭上まで上下に行き来させていたファルナーズは、もしかして身長コンプレックスなのかもしれないな。
「シャジャルです」
「おお、シャジャル。カワユイのう……! さすが、水が族の姫巫女じゃ」
最低限の礼儀は守るシャジャル。しかし、アシュラフの部下の部下だという思いから、いまいちファルナーズにも好感を抱けないでいるのだろう。言葉少なく立ち上がり、静かに刀を腰に戻す。
それにしても曲刀の訓練は最近始めたばかりなのに、シャジャルは中々に刀を扱うのが上手だ。今も、隙のない振る舞いは見事と言える程だった。
ファルナーズは何故か自分と目線の等しい青髪の少女を気に入ったようで、シャジャルの両手を掴んで、握手をするように何度も上下に振り回している。
それから暫くすると、四人でキャッキャワイワイし始めたので、俺としては立場が無くなった。
溶け込むの早すぎんだろ、こんちくしょう、ていうか、てめーら配置につけ! と思わなくも無かったが、考えてみれば、この四人を襲って一体誰に勝算があるというのだろう。
……群青玉葱城に、ここ以上安全な場所はない。
そういえば、もうすぐ昼になる。
ここ最近、午後からの一時間から二時間がサーリフとの稽古の時間になっていた。
ちょっと早いけど、サーリフの所に行こう。
俺はそう決めて、ファルナーズに退出する旨を告げる。
「ん? うむ、父上に壊されないように気をつけるのじゃぞ?」
一応ファルナーズが心配するような事を言って、手を振ってくれた。しかし、それは俺がサーリフに手も足も出ないと言われているようなもの。うぐぐ、小鬼め……!
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
安全第一異世界生活
朋
ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん)
新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使っていたら賢者になっちゃいました〜
犬社護
ファンタジー
この度、書籍化が決定しました!
5月13日刊行予定です。
書籍化に伴い、タイトルを少しだけ変更します。
変更前
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜
↓
変更後
転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使っていたら賢者になっちゃいました〜
2026/05/12 犬社護
あらすじ
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中に呆然と佇んでいた。
馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出したのだ。前世、日本伝統が子供の頃から大好きで、小中高大共に伝統に関わるクラブや学部に入り、卒業後はお世話になった大学教授の秘書となり、伝統のために毎日走り回っていたが、旅先の講演の合間、教授と2人で歩道を歩いていると、暴走車が突っ込んできたので、彼女は教授を助けるも、そのまま跳ね飛ばされてしまい、死を迎えてしまう。
享年は25歳。
周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっている。
25歳の精神だからこそ、これが何を意味しているのかに気づき、ショックを受ける。
大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。
精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。
人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ポーション必要ですか?作るので10時間待てますか?
chocopoppo
ファンタジー
【毎日12:10更新!】
松本(35)は会社でうたた寝をした瞬間に異世界転移してしまった。
特別な才能を持っているわけでも、与えられたわけでもない彼は当然戦うことなど出来ないが、彼には持ち前の『単調作業適性』と『社会人適性』のスキル(?)があった。
第二の『社会人』人生を送るため、超資格重視社会で手に職付けようと奮闘する、自称『どこにでもいる』社会人のお話。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。