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愛すべき日常
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窓の外から鳥のさえずりが聞こえてくる。
とはいえ、寒さの残るこの時期はまだ少し薄暗い。
そんな時間から彼女の戦争は始まる。
彼女はむっくりと布団の中から顔を出し、静かに起き上がった。
まずは、隣で寝ている同居人を起こさなければ。
彼女はのっそりとベッドに入り、大好きなその寝顔に優しくキスする。
眠りの深い同居人はなかなかそれに気付かない。
何度か同じ事をしてみたが、全くの無反応。
彼女は一つ小さな溜息を吐いて、また隣に潜り込んだ。
このまま一緒に二度寝するのも悪くは無いが、そうなると仕事をしている同居人は遅刻する羽目になる。
(全く朝に弱いんだから……)
自分が起こしてやらないと、携帯のアラームにすら気付かない。
起きるまでに一時間以上も要することだって稀ではない。
だから彼女は、いつも決まってこんな薄暗いうちから同居人を起こし始めるのだ。
今日はいつもに比べ頗る寒い。
こんな寒い日の同居人の寝起きの悪さを彼女はよく理解していた。
隣に横になりもう一度その寝顔にキスして優しく起こす計画だったが、同居人が寝ぼけ眼にいきなり腕枕なんかしてくるものだから、彼女はその心地よさについうっかり眠り込んでしまった。
(はっ、しまった)
彼女が気付いたのは、そのおよそ30分後のこと。
そのぬくもりにもう少し包まれていたかったけれど、それでは彼女の目的は達成されないのだ。
彼女は心を鬼にして、次の手段に打って出た。
いまだ寝こけている同居人の顔をその手で軽く叩きだす。
同居人はようやく「ううん」とうなって眉間に皺を寄せ、ほっそりとその目を開いた。
彼女はほっとして、その横顔に頬ずりする。
同居人は寝ぼけた笑顔で、
「おはよう」
と、彼女の頬を撫でる。
彼女は嬉しくなってまたキスをした。
「ふふ」
と、笑いながら携帯の時間を確認する。
途端に同居人の顔が不貞腐れた色になった。
画面の強い光がその目に飛び込んできたのが辛かったのか片目を瞑り、
「まだ時間あるじゃない……」
といって、携帯を手にしたまま眠りについてしまった。
(また!)
彼女の安心も束の間、戦争はまだまだ終らないらしい。
彼女は眉間に皺を寄せて同居人の顔を覗きこんだ。
寝ている。
やたら夜更かしの癖に、いやそのせいか、朝の弱さには辟易する。
仕方なく彼女は一度ベッドを出てキッチンに行き、一口水を飲んだ。
気合を入れて同居人の寝ているベッドへ向かう。
(今度こそは起こさないと)
彼女は硬い決意の元、今度はベッドへは入らずに枕の辺りに腰掛けた。
一緒に住み始めた頃は、彼女がこうすれば同居人はすっと起きて仕事へ行くまでの短い朝の時間を二人で楽しく過ごしていたものなのに。
二年半という歳月で、そんなものはいつの間にかすっかり色褪せてしまった。
今では、仕事に間に合うぎりぎりの時間まで起きようとはしない。
それも同居人に言わせれば、
「仕事から帰ってくれば、ゆっくりできるんだから、いいじゃない」
という言い訳になるのだが、読書好きの同居人は本を読んでいるときに話しかけられるのを嫌うのでやはり夜も充分な二人の時間を持っているとは言い難かった。
しかし彼女はそれに大きな不満を持っているわけでもなかった。
ただ傍に居られれば良い。
同居人が少しでも自分のことを考えてくれて、大切にしてくれて、必要としてくれれば良い。
そんな風に思っていたのだ。
だから余計に朝のこの戦争は彼女にとって大きな意味を持っていた。
(私が起こしてあげないと、社会人失格だわ)
ベッドに座ったまま優しく顔を撫でる。
同居人は心地よさそうな顔で寝息を立てる。
その顔に彼女も自然と笑顔を浮かべる。
そしてはっとする。
(これではいけない)
もう時間は刻々と迫っている。
あと20分もすれば取り返しのつかない時間だ。
彼女は心を鬼にして同居人の顔に自分の顔をこすり付けた。
同居人がやや不快そうな顔をする。
それでも目は瞑ったままだ。
(もう少し)
今後はぐいぐぐいとその頬を押してみる。
「もう」
といいながら、同居人は彼女のほうに寝返りを打った。
(今朝はしぶとい)
その工程を何度か繰り返した。
同居人は動きはするものの、まだ目を開けない。
(かく成る上は)
彼女は意を決して、同居人の鼻っぱしらに思いっきり噛み付いた。
「うわあああああ」
悲鳴のような酷い声を上げて同居人が飛び起きる。
「こなつ!」
大きな声で名前を呼ばれて、彼女はベッドの枕元から飛び降りた。
「いったぁい」
寝ぼけた声で言いながら、携帯の時間を確認する。
途端に青ざめて、
「やっば」
と、同居人はようやくベッドから重い身体を這い出した。
「噛むことないじゃないよぉ」
少し恨めしそうに彼女を見ていたが、軽く一つ息を吐いて、
「でもまぁ、今朝もあんたのおかげで目が覚めたわ」
と、彼女をふわりと抱き上げ頬ずりをした。
彼女は同居人の腕の中でゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。
「ご飯にしようね」
そういいながら同居人はキッチンへと向かい、彼女の大好きなカリカリを皿にてんこ盛りに盛ってくれる。
「にゃあん」
小さく一つ返事して、彼女は嬉しそうにそのカリカリを頬張った。
その姿を笑顔で見つめていた同居人はあくびをしながら大きく背伸びして、
「さぁて、そろそろ準備するかぁ」
と、洗面所の方へ歩いていった。
(ミッションクリア)
そんな同居人の姿を眺めて彼女が心の中で呟く。
朝、同居人を起こして美味しいご飯にありつくまでが毎日の彼女の戦争なのだ。
(明日はどんな起こし方をしようかな)
悪戯顔でそんなことを考えながら、彼女はいつものように仕事へ行く同居人を見送った。
とはいえ、寒さの残るこの時期はまだ少し薄暗い。
そんな時間から彼女の戦争は始まる。
彼女はむっくりと布団の中から顔を出し、静かに起き上がった。
まずは、隣で寝ている同居人を起こさなければ。
彼女はのっそりとベッドに入り、大好きなその寝顔に優しくキスする。
眠りの深い同居人はなかなかそれに気付かない。
何度か同じ事をしてみたが、全くの無反応。
彼女は一つ小さな溜息を吐いて、また隣に潜り込んだ。
このまま一緒に二度寝するのも悪くは無いが、そうなると仕事をしている同居人は遅刻する羽目になる。
(全く朝に弱いんだから……)
自分が起こしてやらないと、携帯のアラームにすら気付かない。
起きるまでに一時間以上も要することだって稀ではない。
だから彼女は、いつも決まってこんな薄暗いうちから同居人を起こし始めるのだ。
今日はいつもに比べ頗る寒い。
こんな寒い日の同居人の寝起きの悪さを彼女はよく理解していた。
隣に横になりもう一度その寝顔にキスして優しく起こす計画だったが、同居人が寝ぼけ眼にいきなり腕枕なんかしてくるものだから、彼女はその心地よさについうっかり眠り込んでしまった。
(はっ、しまった)
彼女が気付いたのは、そのおよそ30分後のこと。
そのぬくもりにもう少し包まれていたかったけれど、それでは彼女の目的は達成されないのだ。
彼女は心を鬼にして、次の手段に打って出た。
いまだ寝こけている同居人の顔をその手で軽く叩きだす。
同居人はようやく「ううん」とうなって眉間に皺を寄せ、ほっそりとその目を開いた。
彼女はほっとして、その横顔に頬ずりする。
同居人は寝ぼけた笑顔で、
「おはよう」
と、彼女の頬を撫でる。
彼女は嬉しくなってまたキスをした。
「ふふ」
と、笑いながら携帯の時間を確認する。
途端に同居人の顔が不貞腐れた色になった。
画面の強い光がその目に飛び込んできたのが辛かったのか片目を瞑り、
「まだ時間あるじゃない……」
といって、携帯を手にしたまま眠りについてしまった。
(また!)
彼女の安心も束の間、戦争はまだまだ終らないらしい。
彼女は眉間に皺を寄せて同居人の顔を覗きこんだ。
寝ている。
やたら夜更かしの癖に、いやそのせいか、朝の弱さには辟易する。
仕方なく彼女は一度ベッドを出てキッチンに行き、一口水を飲んだ。
気合を入れて同居人の寝ているベッドへ向かう。
(今度こそは起こさないと)
彼女は硬い決意の元、今度はベッドへは入らずに枕の辺りに腰掛けた。
一緒に住み始めた頃は、彼女がこうすれば同居人はすっと起きて仕事へ行くまでの短い朝の時間を二人で楽しく過ごしていたものなのに。
二年半という歳月で、そんなものはいつの間にかすっかり色褪せてしまった。
今では、仕事に間に合うぎりぎりの時間まで起きようとはしない。
それも同居人に言わせれば、
「仕事から帰ってくれば、ゆっくりできるんだから、いいじゃない」
という言い訳になるのだが、読書好きの同居人は本を読んでいるときに話しかけられるのを嫌うのでやはり夜も充分な二人の時間を持っているとは言い難かった。
しかし彼女はそれに大きな不満を持っているわけでもなかった。
ただ傍に居られれば良い。
同居人が少しでも自分のことを考えてくれて、大切にしてくれて、必要としてくれれば良い。
そんな風に思っていたのだ。
だから余計に朝のこの戦争は彼女にとって大きな意味を持っていた。
(私が起こしてあげないと、社会人失格だわ)
ベッドに座ったまま優しく顔を撫でる。
同居人は心地よさそうな顔で寝息を立てる。
その顔に彼女も自然と笑顔を浮かべる。
そしてはっとする。
(これではいけない)
もう時間は刻々と迫っている。
あと20分もすれば取り返しのつかない時間だ。
彼女は心を鬼にして同居人の顔に自分の顔をこすり付けた。
同居人がやや不快そうな顔をする。
それでも目は瞑ったままだ。
(もう少し)
今後はぐいぐぐいとその頬を押してみる。
「もう」
といいながら、同居人は彼女のほうに寝返りを打った。
(今朝はしぶとい)
その工程を何度か繰り返した。
同居人は動きはするものの、まだ目を開けない。
(かく成る上は)
彼女は意を決して、同居人の鼻っぱしらに思いっきり噛み付いた。
「うわあああああ」
悲鳴のような酷い声を上げて同居人が飛び起きる。
「こなつ!」
大きな声で名前を呼ばれて、彼女はベッドの枕元から飛び降りた。
「いったぁい」
寝ぼけた声で言いながら、携帯の時間を確認する。
途端に青ざめて、
「やっば」
と、同居人はようやくベッドから重い身体を這い出した。
「噛むことないじゃないよぉ」
少し恨めしそうに彼女を見ていたが、軽く一つ息を吐いて、
「でもまぁ、今朝もあんたのおかげで目が覚めたわ」
と、彼女をふわりと抱き上げ頬ずりをした。
彼女は同居人の腕の中でゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らす。
「ご飯にしようね」
そういいながら同居人はキッチンへと向かい、彼女の大好きなカリカリを皿にてんこ盛りに盛ってくれる。
「にゃあん」
小さく一つ返事して、彼女は嬉しそうにそのカリカリを頬張った。
その姿を笑顔で見つめていた同居人はあくびをしながら大きく背伸びして、
「さぁて、そろそろ準備するかぁ」
と、洗面所の方へ歩いていった。
(ミッションクリア)
そんな同居人の姿を眺めて彼女が心の中で呟く。
朝、同居人を起こして美味しいご飯にありつくまでが毎日の彼女の戦争なのだ。
(明日はどんな起こし方をしようかな)
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