奏でる調べは癒しの旋律

霞花怜

文字の大きさ
25 / 36

ep.24 神の意志を受け継ぐ者

しおりを挟む
 ハルの真っ直ぐにカナデを見据える目には感情がまるでない。
 抑揚のない声は、余計に少女の心を隠しているように思えた。

「神の意志を受け継ぐ? 俺たちが?」

 カナデと同じように戸惑う声音のセスティにも、ハルは表情のない顔で頷く。

「お前たちは選ばれた。なのに『儀式』を間違った。だから、試練が与えられた。知らないから、間違う。知らないから、何を間違ったのかすら、気付けない」

 カナデとセスティは息を飲んだ。
 『儀式』の時に、あの少年がカナデたちに向かって吐き捨てた言葉だ。
 罪の中心は治癒楽師だと、少年は言った。

「俺がオメガであることを隠して『儀式』に望んだことが、罪なのか? だから『儀式』は失敗したのか?」

 カナデの焦燥を纏った言葉を、ハルは首を振って否定した。

「知らないことが、罪。だから、教える。人間が忘れた、神様の話。カイリは、お前たちには教える価値があると、私に言った」

 カナデはカイリを振り返った。

「ハルの話も聞かせてあげてほしいんだけど、先にキルリスの居場所を教えてあげてほしいかな。心配で話どころじゃないかもしれないし」

 カイリがカナデの肩に手を置く。
 少女は俯きがちに黙った。

「キルリスはもう、人の世には出さない。だから、会わせない」

 セスティが慌てて前のめりになった。

「しかしそれでは、『儀式』をやり直せない。我々は、同じメンバーで再度『儀式』に望めと啓示されている。キルリスを返してほしい」

 ビクリと肩を震わせて、ハルがセスティを睨みつけた。

「キルリスはお前たちのものじゃない。『儀式』にキルリスは必要ない。これ以上、キルリスを、精霊を傷付けるなら、お前たちを歓迎しない」

 ハルがセスティに向かい、手を伸ばす。
 小さな手に魔力が渦を巻き始める。セスティに向かい放たれる直前で、ハルの手を掴んだ大きな手があった。

「ダメよ、ハル。キルリスは私たちの仲間だけれど、この方々の友人でもあるのだから」

 優しく諭されて、ハルは手の中の魔力を収めた。
 背の高い女性に、ハルが抱き付く。
 長い髪が、まるで柔らかな木の枝のように伸びる。彼女の髪に小鳥が止まり囀って飛んでいく。宿木にしている鳥が、首の後ろから姿を見せた。
 まるでこの森そのものを人の形にしたような女性は、実際の背丈よりもとても大きく感じられた。

「ごめんなさいね。ハルは、まだあまり人に慣れていなくて。最近、カイリと話せるようになったばかりなの」

 ハルの耳元で女性が何かを囁く。
 納得のいかない顔で、仕方なくハルが頷く。セスティを一睨みすると、駆け出して行った。

「改めて、精霊の里へ、ようこそ。私は大精霊ハンナ。精霊の里を守る者。まずは貴方方の友人の元へ、案内するわ」

 ハンナと名乗った大精霊が歩き出す。
 カイリに倣って、カナデたちも歩き出した。

「あの、ハルという子に、嫌われてしまったかな。言い方を考えるべきだった。あとで、謝れるといいのだけど」

 ちょっと反省した顔で、セスティが落ち込んだ顔をしている。

「そんなに気にすることはないよ。精霊は人間が得意じゃないからね。特にハルはあまり人間を良く思っていない子だから、急に距離を詰めないほうが良いよ」

 カイリにしては真面なことを言っているように聞こえる。
 ハンナがセスティを振り返った。

「その気持ちを持ってもらえることを、私は一番に嬉しく思いますよ。人間族の皇子様」

 ハンナが優しく微笑む。

「どうして、精霊族は人間が苦手なんだ?」

 カナデは純粋な疑問を投げた。

「人間が精霊を狩るから。だから、里には結界が張られた。人間が精霊を物のように扱い殺すから、精霊族は人間が嫌い。シンプルでわかりやすい理由でしょ」

 カナデとセスティは絶句した。

「精霊の血は万能薬でね。高値で取引されるんだ。それ以外にも、目玉、声帯、臓器、骨、何でも使い方次第で魔力を増強できる。見目が美しい精霊をペット感覚で飼っている人間もいる」

 カナデ以上にセスティが驚きと困惑の表情を深めている。

「そんな話、聞いたことがない。いや、俺が知らないことが、問題なのか」

 ハルの言葉が身に沁みたのか、セスティが怒りを噛み締めている。
 狩りをする人間への怒りであり、気付けなかった自分への怒りでもあるのだろう。

「闇オークションで取引されてる裏社会案件だしね。気配や魔力だけで精霊を見分けるって優秀な魔術師じゃないと無理だから、気が付かなくても仕方ないよ」

 カイリの慰めの言葉は、セスティには慰めにはなっていないようだった。
 セスティが悔しそうな表情で口を噤んでいる。

「それなのに俺たちを受け入れてくれた。そのことに今は感謝すべきだな。キルリスは、ここにいた」

 ジンジルの言葉に、カナデもセスティも同じ気持ちだった。
 感覚を頼りに探し回っていたジンジルの行動は間違っていなかったということだ。

「私たちは、本当は人間族と仲良くなりたいのですよ。それが神話の時代から我々に備わっている本能であり、本来の我らは共存すべき存在なのです」

 ハンナの視線が、カナデに向いた。

「貴方は、特別なオメガです、カナデ。貴方を取り巻く人々もまた、特別で大切な、神様に愛された人々なのですよ」

 神様に愛されているのなら、どうして自分は異世界《日本》に飛ばされ、仲間たちは散り散りになったのだろうか。

(愛の鞭的なことか? だとしたら、鞭が過ぎる)

「必要なことだったからですよ。貴方方への試練であり、この国の未来のためです」

 ハンナがカナデに笑いかける。
 心を読まれたのだと気付いて、さっと血の気が下がった。

「そのお話は、後程ゆっくりさせてくださいね。私たちは、カナデが来てくれるのをずっと待っていたけれど。キルリスが目覚めれば、カナデにもきっと変化がある。それからにしましょう」

 ハンナの声が胸の中に沁み込んでくる。
 穏やかで柔らかくて、安心する声音だ。少しゆっくりめな話のテンポも言葉の抑揚も、心を平らにしてくれる。

(すごく不思議な感覚だ。まるで、何かの楽器みたい。声や歌も、奏でる音楽みたいなものだもんな)

 精霊の里は自分たちにとって、きっと悪い場所ではないと、カナデは直感的に感じていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

悪役令息(Ω)に転生したので、破滅を避けてスローライフを目指します。だけどなぜか最強騎士団長(α)の運命の番に認定され、溺愛ルートに突入!

水凪しおん
BL
貧乏男爵家の三男リヒトには秘密があった。 それは、自分が乙女ゲームの「悪役令息」であり、現代日本から転生してきたという記憶だ。 家は没落寸前、自身の立場は断罪エンドへまっしぐら。 そんな破滅フラグを回避するため、前世の知識を活かして領地改革に奮闘するリヒトだったが、彼が生まれ持った「Ω」という性は、否応なく運命の渦へと彼を巻き込んでいく。 ある夜会で出会ったのは、氷のように冷徹で、王国最強と謳われる騎士団長のカイ。 誰もが恐れるαの彼に、なぜかリヒトは興味を持たれてしまう。 「関わってはいけない」――そう思えば思うほど、抗いがたいフェロモンと、カイの不器用な優しさがリヒトの心を揺さぶる。 これは、運命に翻弄される悪役令息が、最強騎士団長の激重な愛に包まれ、やがて国をも動かす存在へと成り上がっていく、甘くて刺激的な溺愛ラブストーリー。

後宮に咲く美しき寵后

不来方しい
BL
フィリの故郷であるルロ国では、真っ白な肌に金色の髪を持つ人間は魔女の生まれ変わりだと伝えられていた。生まれた者は民衆の前で焚刑に処し、こうして人々の安心を得る一方、犠牲を当たり前のように受け入れている国だった。 フィリもまた雪のような肌と金髪を持って生まれ、来るべきときに備え、地下の部屋で閉じ込められて生活をしていた。第四王子として生まれても、処刑への道は免れられなかった。 そんなフィリの元に、縁談の話が舞い込んでくる。 縁談の相手はファルーハ王国の第三王子であるヴァシリス。顔も名前も知らない王子との結婚の話は、同性婚に偏見があるルロ国にとって、フィリはさらに肩身の狭い思いをする。 ファルーハ王国は砂漠地帯にある王国であり、雪国であるルロ国とは真逆だ。縁談などフィリ信じず、ついにそのときが来たと諦めの境地に至った。 情報がほとんどないファルーハ王国へ向かうと、国を上げて祝福する民衆に触れ、処刑場へ向かうものだとばかり思っていたフィリは困惑する。 狼狽するフィリの元へ現れたのは、浅黒い肌と黒髪、サファイア色の瞳を持つヴァシリスだった。彼はまだ成人にはあと二年早い子供であり、未成年と婚姻の儀を行うのかと不意を突かれた。 縁談の持ち込みから婚儀までが早く、しかも相手は未成年。そこには第二王子であるジャミルの思惑が隠されていて──。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

新年に余り物でおせちを作ったら、冷酷と噂の騎士団長様に「運命の番」だと求婚されました

水凪しおん
BL
料理人だった俺が転生したのは、男性オメガというだけで家族に虐げられる不遇の青年カイ。 新年くらいはと前世の記憶を頼りに作ったのは、この世界にはない『おせち料理』だった。 それを偶然口にしたのは、氷のように冷酷と噂される最強の騎士団長リアム。 「お前は俺の運命の番だ」 彼の屋敷に保護され、俺の作る料理が彼の心を溶かしていく。 不器用で、だけどまっすぐな愛情を注いでくれる彼と、美味しい料理で紡ぐ、甘くて温かい異世界スローライフ。

悪役令息(Ω)に転生した俺、破滅回避のためΩ隠してαを装ってたら、冷徹α第一王子に婚約者にされて溺愛されてます!?

水凪しおん
BL
前世の記憶を持つ俺、リオネルは、BL小説の悪役令息に転生していた。 断罪される運命を回避するため、本来希少なΩである性を隠し、出来損ないのαとして目立たず生きてきた。 しかし、突然、原作のヒーローである冷徹な第一王子アシュレイの婚約者にされてしまう。 これは破滅フラグに違いないと絶望する俺だが、アシュレイの態度は原作とどこか違っていて……?

追放されたおまけの聖女♂は冷徹王太子の腕の中から離してもらえない〜今さら戻れと言われても、もうこの人の魔力しか受け付けません!〜

たら昆布
BL
聖女のおまけで召喚されたと思われて追放された不憫受けが拾われて愛される話

処理中です...