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夢ノ二
夢ノ二 消えない想い《イ》
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萌える緑が鮮やかに景色を縁取る初夏。
江戸は、ほんのり汗ばむ陽気になってきた。
「良い季節ですね」
優太は上機嫌で歩きながら、境内の藤を仰ぎ見る。
亀戸天満宮は藤の見頃を迎え、見物客で溢れていた。
頬にかかる風が、今が盛りと咲き乱れる藤を優しく揺らしている。
「本に鮮やかだ。ここの藤は見事だねぇ。良い匂いだ」
凜が藤を見上げてほっそり微笑んだ。
今日は天気が良いので、二人は仕事を一時中断して散策に出ていた。
もっとも、そうそう客が来るわけでもない。
ごろ寝して煙をふかしている凜を見兼ねた優太が、仕方なしに誘い出したわけだが。
「お凜さん、あっちの店に葛餅がありますよ」
優太が指さした方向には何軒かの店が軒を連ねている。
『葛餅』の、のぼりの前には人混みが出来ていた。
「この季節の亀戸天神と言えば、葛餅だからね。食べていくかい?」
優太が、目をきらきらと輝かせる。
「良いんですか!」
「お前さんにぁ、世話になっているからね。今のうちにゴマ擂っておくよ」
「ありがとうございます!」
気怠そうに歩く凜に先立って、優太は小走りに店に向かう。
「あの姿だけ見ていりゃぁ、ただの童なんだけどねぇ」
普段、凜の部屋を掃除したり仕事をしろと叱る優太はしっかりしすぎていて、鬱陶しい。
稲荷神社の神に使える神使だから、当然ともいえるが。
もう何年になるか忘れたが、一人ではしだらない凜を見兼ねて、知り合いの稲荷の神が神使を一人、寄越してくれた。
それから凜の診療所に居座り、健気に世話を妬いてくれる。
「お凜さん、早く! こっちです」
店先から手を振る優太は、既に二人分の葛餅を注文して長椅子に腰掛けていた。
「あんたは、何をやっても手際が良いねぇ」
感心して呟いた凜が椅子に腰かけると、丁度葛餅が運ばれてきた。
「ごゆっくり」
可愛らしい茶屋の娘が、ぺこりと頭を下げて去って行く。
優太は早速、葛餅を頬張った。
「んん、美味しい。藤を観ながら食べる葛餅は、格別に美味しいですね!」
「そりゃ、良かった」
凜は葛餅を一口食べると残りを優太にやって、自分は煙草を吸い始めた。
「もう要らないんですか?」
「あたしは一口で充分だ。後は、あんたが食べな」
あっという間に自分の分を平らげて、手持ち無沙汰にしていた優太が、ぱっと顔を上げる。
「それじゃ、遠慮なく」
凜の分の葛餅を、美味そうに食べ始める。
「葛餅も、それだけ美味い美味いと食ってもらえりゃ、本望だろうよ」
呆れる凜を他所に、優太が、じっと何かを見詰めていた。
視線の先を辿る。
藤を見上げて歩く人混みの中に、一人佇む侍の姿があった。
勤めの途中なのだろうか、袴姿に二本差しで呆けたように藤棚を見上げている。
しかしその瞳は、何も映っていないような、別の何かを見ているような、そんな顔だった。
「あの人、何しているんでしょうね」
優太が侍を、まじまじと見つめる。
「さぁねぇ。藤が綺麗だから、見惚れているんじゃないかぇ」
気のない返事をする凜だったが、何だか気になった。
優太と一緒になって、その侍を眺めていた。
江戸は、ほんのり汗ばむ陽気になってきた。
「良い季節ですね」
優太は上機嫌で歩きながら、境内の藤を仰ぎ見る。
亀戸天満宮は藤の見頃を迎え、見物客で溢れていた。
頬にかかる風が、今が盛りと咲き乱れる藤を優しく揺らしている。
「本に鮮やかだ。ここの藤は見事だねぇ。良い匂いだ」
凜が藤を見上げてほっそり微笑んだ。
今日は天気が良いので、二人は仕事を一時中断して散策に出ていた。
もっとも、そうそう客が来るわけでもない。
ごろ寝して煙をふかしている凜を見兼ねた優太が、仕方なしに誘い出したわけだが。
「お凜さん、あっちの店に葛餅がありますよ」
優太が指さした方向には何軒かの店が軒を連ねている。
『葛餅』の、のぼりの前には人混みが出来ていた。
「この季節の亀戸天神と言えば、葛餅だからね。食べていくかい?」
優太が、目をきらきらと輝かせる。
「良いんですか!」
「お前さんにぁ、世話になっているからね。今のうちにゴマ擂っておくよ」
「ありがとうございます!」
気怠そうに歩く凜に先立って、優太は小走りに店に向かう。
「あの姿だけ見ていりゃぁ、ただの童なんだけどねぇ」
普段、凜の部屋を掃除したり仕事をしろと叱る優太はしっかりしすぎていて、鬱陶しい。
稲荷神社の神に使える神使だから、当然ともいえるが。
もう何年になるか忘れたが、一人ではしだらない凜を見兼ねて、知り合いの稲荷の神が神使を一人、寄越してくれた。
それから凜の診療所に居座り、健気に世話を妬いてくれる。
「お凜さん、早く! こっちです」
店先から手を振る優太は、既に二人分の葛餅を注文して長椅子に腰掛けていた。
「あんたは、何をやっても手際が良いねぇ」
感心して呟いた凜が椅子に腰かけると、丁度葛餅が運ばれてきた。
「ごゆっくり」
可愛らしい茶屋の娘が、ぺこりと頭を下げて去って行く。
優太は早速、葛餅を頬張った。
「んん、美味しい。藤を観ながら食べる葛餅は、格別に美味しいですね!」
「そりゃ、良かった」
凜は葛餅を一口食べると残りを優太にやって、自分は煙草を吸い始めた。
「もう要らないんですか?」
「あたしは一口で充分だ。後は、あんたが食べな」
あっという間に自分の分を平らげて、手持ち無沙汰にしていた優太が、ぱっと顔を上げる。
「それじゃ、遠慮なく」
凜の分の葛餅を、美味そうに食べ始める。
「葛餅も、それだけ美味い美味いと食ってもらえりゃ、本望だろうよ」
呆れる凜を他所に、優太が、じっと何かを見詰めていた。
視線の先を辿る。
藤を見上げて歩く人混みの中に、一人佇む侍の姿があった。
勤めの途中なのだろうか、袴姿に二本差しで呆けたように藤棚を見上げている。
しかしその瞳は、何も映っていないような、別の何かを見ているような、そんな顔だった。
「あの人、何しているんでしょうね」
優太が侍を、まじまじと見つめる。
「さぁねぇ。藤が綺麗だから、見惚れているんじゃないかぇ」
気のない返事をする凜だったが、何だか気になった。
優太と一緒になって、その侍を眺めていた。
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