夢買屋 ー夢喰い獏の商い事情 アナタの夢という未練、高値で買い取りますー

霞花怜

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夢ノ四

夢ノ四 茜色の夕焼け《ヘ》

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 外から大勢の人の気配がした。
 どたばたと大きくなった足音が、部屋の前でぴたりと止まると、部屋の戸が勢いよく開いた。

「お優さん! 太一、見付けたぜ!」

 長屋の住人に抱かれて、太一が上目遣いにお優を窺っていた。

「太一……!」

 お優は布団から飛び起き、覚束無い足取りで太一に歩み寄る。
 勢いのまま倒れ込むように、太一を抱きしめた。

「太一、良かった。太一、ごめんね……ごめんね……」

 涙を流して太一を強く抱きしめる。
 顔を上げると、長屋の皆に向かって頭を下げた。

「皆さん、本当に本当に、ありがとうございます」

 何度も何度も礼をして、深々と頭を下げる。

「何、言ってんだい。こういう時は、お互い様だぜ」
「そうだよ、見つかって良かったじゃないか」

 長屋の住人から口々に出る言葉に、涙が溢れた。
 そこへ、必死の形相で平吉が走り込んできた。

「お優、太一! 無事か!」
「平吉さん……」

 驚くお優に、いつの間にか凜の隣に戻っていた優太が得意げな顔をする。

「おいらが、ひとっ走り行って伝えてきたんです」

 平吉が優と太一の姿を見比べる。
 安堵の顔で肩を撫でおろすと、二人を力一杯抱きしめた。

「お優、太一、良かった」

 二人の体温を直に感じる。
 お優の瞳からは涙が溢れて止まらない。
 太一を探す手助けをしてくれた長屋の皆も、目を潤ませて三人を見詰めていた。
 ふと、太一が手に持っている花に、凜が気が付いた。

「その花は、福寿草じゃないかぇ」

 福寿草は春を告げる花で縁起が良いとされており、元日に飾ったりもする。
 冬に咲く花だが、今時分はまだ季節が早い。
 太一は小さな腕を精いっぱい伸ばして、福寿草を優に差し出した。

「母ちゃんにあげる」
「え?」

 太一が下を向いて、口籠った。

「母ちゃん、元気なかったから。俺の秘密の場所に咲いている、きれいな花、取りに行ったんだ。これ見たら、母ちゃん、元気になるかと思って」

 お優の胸に温かい感情が込み上げた。

「そう、だったの。そうだったの。太一、ごめんね。ありがとう」

 お優はもう一度強く、太一を抱きしめた。
 長屋の皆に見守られる中で、三人は幸せそうに笑いながら涙を流していた。
 その輪をこっそり抜け出して、凜と優太は静かに帰って行った。
 部屋の台所に、持ってきた長芋と夢の代金を置いて。


 次の日にみた夢は、今までと違っていた。

 夕陽の中を、母親と手を繋いで歩いている。
 何かの歌を口遊みながら歩く姿は、とても楽しそうで、幸せそうで。
 母は何度かお優を振り返り、笑顔をくれる。
 夕陽に照らされた母の笑顔は、とても美しかった。

 前にも何度か、みた夢。
 この夢のあと、決まって苦しそうな母の姿をみていた。
 しかし、その夢はもう、みなかった。
 凜が夢を買ってくれたというのは、どうやら本当らしい。

 お優は大事な事実に、気付いた。
 母が苦しそうに鬼の形相をしていたのは、死に際だけだった。
 生前の母は、お優の前では、ずっと笑っていた。
 血に触れたのを叱ったのも、突き飛ばされたのも、一度きりだ。
 きっと苦しくて辛い時もあった筈なのに、そんな時ですら、笑っていたのだ。

(こんな大切なことを、忘れていたなんて)

 お優の胸に閊えていた何かが、すとんと落ちた。

「お凜さんの、お蔭なんだ」

 診療所に来ていたお優が、にっこりと笑う。

「あたしは、あんたの夢を買っただけだよ。それは、あんたが自分で思い出した昔だろ」

 胸の診察が終わり、お優は着物を直す。

「怖い夢より、もっと大切な夢を見ていたこと。思い出せたのは、やっぱりお凜さんのお陰だよ」

 凜は何も言わずに、静かに微笑むと、いつもの薬を手渡した。

「咳止めを強めにしてあるから、いつものように煎じて日に二度、飲みなぁよ」

 お優は頷いて、薬を大事そうに抱えた。

「お凜さん、私さ、残っている時を笑って過ごすって決めたよ。家族三人で楽しい思い出をいっぱい作ろうって、思ったんだ。太一にも平吉さんにも、私の笑っている顔を、いっぱい覚えていてもらいたいからさ」

 翳りのない真っ新な笑顔を見て、凜が表情を改めた。

「話すのかぃ」

 お優は伏した目で、こくりと頷いた。

「平吉さんだって、私から何も聞かされないのは、かえって辛いだろ。だから、話してみようと思ったんだ。話してどうなるかは、わからないけどね」

 労咳は人にうつる病だ。
 お優の病の進行具合からすれば、家族と共に暮らすのは難しいかもしれない。
 それは、母親が労咳であったお優本人が一番よくわかっている。

「そうかい」

 凜が只一言、呟いた。

「うん」

 少しの沈黙が二人の間に流れた。

「いやだ、湿っぽい顔しないでおくれよ。私は残りの人生を、楽しく暮らすって決めたんだからさ」

 ははっと笑う優に、凜が煙管をくるくる回しながら笑う。

「そんな顔、しちゃぁいないよ。あんたが、そう決めたなら、良かったさ」

 どこか照れを隠しているような凜が珍しくて、お優は、ぷっと吹き出す。
 少しだけばつの悪そうな顔になった凜に、優は改めて向き直った。

「だからね、本当に、ありがとう」

 お優は柔らかい気持ちで微笑んだ。
 凜が同じ顔で微笑んで、頷いた。
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