モブに転生した原作者は世界を救いたいから恋愛している場合じゃない

霞花怜

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第Ⅰ章 ゲーム本編①

44.魔法を口移しで

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 ノアが感心するでもなく、色のない顔でノエルを眺める。

「頭の回転が速い奴と話すのはストレスがなくて良いが、時に詰まらんものだな。特にお前は、生意気で可愛げもない。ユリウスがお前の何処に惚れたのか、疑問に思う」

 さすがにちょっとイラとするが、同意できないわけでもない。

「ユリウス先生が気に入っているのは、私の特異体質と中和術です。惚れたわけではないと思います」

 けっ、と吐き捨てんばかりに応える。
 ノアが愉快そうに笑った。

「どうだろうな。何なら今ここで本音を聞き出してやることも出来るが、命じてやろうか?」
「結構です。話を戻しましょう」

 ノエルは下からノアを睨み上げた。

「呪いなど使わなくても、私は貴方の飼い猫になっていい。だからユリウス先生とウィリアム皇子の『呪い』を解呪してほしい、と言ったら聞き入れていただけますか?」
「却下だ。私に利がない」

(やっぱりダメか。そりゃそうだよな。ノアにとっては、どっちでもいいんだ。私が無事にここから出ようが、呪い持ちになろうが、ノアにはどっちでも利がある)

 ノエルが脱出できれば、禁忌の中和術の実用性を見せ付けられる。
 ノエルを呪い持ちにできれば、使える駒が増える。結果、戦闘系中和術のプレゼンが可能になる。
 後者の方がノアには、より都合がいい。

(ユリウスほどの魔術師がここまで影響を受けるんだ。私なんか一溜りもない。埋め込まれたら冗談じゃなく一生、ノアの飼い猫だ)

 全身に寒気が走る。
 大好物系の悪役だが、現実世界で鉢合わせて嬉しい相手では決してない。
 できれば一生関わり合いにならず、遠くから眺めていたい系の人間だ。

「そろそろ話にも飽きたな。お前に『呪い』を埋め込んで、終わりにするか」

 ノアの手の中に野球ボール大の黒い球が現れた。

(さっきユリウスにあたった闇魔術の塊。いろんな形に変えられる『呪い』の原型だ)

 ウィリアムに学生が仕掛けた時のように武器に宿したり、食べ物に混ぜたり、『呪い』はその形を変えられる。
 だから魔術師でもなかなか気づけない。
 その原型が、あの球体だ。
 ノエルの血の気が下がる。

「予備がないとでも思ったか? こんなもの、いくらでも作れる。付与されている術式はユリウスが受けた『呪い』と同じだ。お揃いだぞ、良かったな」

 ノアが愉悦を込めた笑みを見せた。
 言い回しも表情も、何処までもイライラする。

(ラスボスとしては最高に心抉る好きさ加減だが、だからこそ、こんな奴の言いなりで一生過ごすのだけは、ごめんだ。ユリウスの『呪い』も何とかしないと。どうすれば……)

 ノアを納得させるだけの交渉材料をノエルは持ち合わせていない。
 どう考えても、ノエルに『呪い』を埋め込む方がノアには都合がいい。

(空間魔法を蹴破って逃げるのは既に詰んでるし、他に逃げる方法なんて)

 当初の予定だったノアの『魔力封印』はノエルにも可能な術式だが、ノエル一人でノアの魔力を封印できるほど、ノアに隙がない。
 更には今、ユリウスはノアの手中だ。
 ユリウスの妨害を躱してノアの魔力を封じる自信はない。

(ああ、くっそ。ノアもユリウスも期待以上に強い、私のキャラたち最高。故に詰んでる、マジで策がない。こっちの手を全部封じられた状態だ。まるで事前に知っていたみたいに。……あぁ、そうか。そうだよな。ノアは私が中和術を使えると知っている。情報漏洩が、それだけなはずがない。最初から全部、筒抜けってことか)

 今回の作戦も、ノエルの能力も、これまでの行動すべて。
 クラブメンバー以外で知っている人間は、一人しか知らない。

「貴方の間諜は、アーロですね。禁忌の中和術も、私の計画も貴方は最初から把握していた。学院に貴方を招き入れたのも、魔国の現状を貴方に教えたのも、アーロですか」

 学院にはシエナが来ている。ノアがおいそれと入れるはずがない。

 アーロは一年のほとんどを国内外の様々な場所で過ごす。
 それは彼が聖魔術師の偵察部隊だからだ。

 昨今、関係が緊張している魔国の近況も調べているはずだ。
 魔国は今、革命軍が奮起し国内が荒れている。
 隣接する精霊国に、いつ影響があっても不思議ではない状況だ。

(まさにそれが、物語後半の肝だ。だからこそ、国防を訴えるノアの判断は正しすぎるほど、正しい)

 現にシナリオの中のノアも国王に国防のための魔術師強化を強く訴える。
 その訴えが、主人公たちが聖魔術師に列する一因にもなる。

(けど、こんな強引な方法はとらない。ノアは悪役側だけど、狡猾で聡明な魔術師だ。自分が非を被る可能性がある、こんなやり方、普通はしない)

 少なくとも自分が書いたシナリオの中のノアはしない。
 それだけ逼迫した状態が存在するのかもしれない。
 ノエルがまだ気が付いていない破綻が既に始まっているのかもしれない。

 焦りと恐怖でどんどん顔が俯く。
 ノアがニタリ、と笑った。

「ユリウスの『呪い』にも怯まんお前が、アーロの裏切り如きで冴えない顔をするとはな。ユリウスも報われん」

 ノアがノエルの顎を掴み上げた。
 何か勘違いされたらしい。

「アーロのこと、ユリウス先生は信頼していました。ユリウス先生が信じた人にユリウス先生を裏切ってほしくないだけです。私はアーロと仲が良いわけでもないので、どうでもいいです」

 目を逸らさずに、睨みつけた。
 悪役の台詞が自分に向くと、腹が立つものだ。

「ユリウスを語るお前の目には、虫唾が走るな」

 ノエルを眺めていたノアが、乱暴にノエルの顎を払った。

「もういいだろう。どれだけ対話してもお前に私を説得するだけの話術も材料もない。ここから逃げることも出来ん」

 ノアが黒い球体をノエルの胸に押し当てる。
 慌てて身を捩り、逃げた。
 ユリウスがノエルの体を拘束する。

「待って、待ってください。わかりました。それは受け入れます。だけど、最後に、自分が自分でいられるうちに、ユリウス先生と話をさせてください。ノア大司教様なら、それくらいの猶予はくださるでしょう」

 ごくり、と生唾を飲む。
 これが最後の交渉だ。ここで失敗したら、もう後がない。
 ノエルの胸に押し当てた『呪い』の球体を、ノアが引いた。

「話、か。いいだろう。それなら、面白い趣向を混ぜてやろう」

 ノアが指を鳴らした。
 ユリウスの腕の拘束が緩む。

「ノ、エル……。生きて、る」

 ユリウスの上体がノエルに倒れ込む。

「ユリウス? ユリウス先生! 私の顔、見えますか? わかりますか?」

 振り返り、ユリウスを抱きしめた。

「ノエル、逃げろと、言ったのに。何故まだ、ここにいるの」
「私一人では無理でした。だから、ユリウス先生が助けてください。一緒にここから出ましょう」

 ユリウスの体はぐったりと力なく、相当に魔力を消費していることがわかる。

「私の魔力を貰ってください。これ以上抗ったら、本当に核が壊れてしまいます」
「僕より、君が、早く、逃げないと、取り返しが、つかなくなる」

 懸命に体を起こし、ノエルから離れる。
 ノアに手を向けて、魔法を放とうとする。
 思わずその手を止めた。

「無茶です。今そんな真似したら、本当に死んじゃいます!」
「相打ちなら、構わないよ」

 ユリウスの額の汗が止まらない。
 こんなに追い詰められたユリウスを見るのは、初めてだった。

(ゲームでだって、ユリウスはいつも優雅で誰よりも強くて、いつだって主人公を余裕の笑みで助けてくれる。私は、そんなユリウスしか、書いてない。追い詰められたユリウスなんか、書いてない。私のユリウスを、ノアなんかに上書きさせない)

 ユリウスを押しのけて、ノエルは前に出た。
 ノアに向かい両手を広げる。
 ゴミを見るような目で、ノアがノエルを一瞥した。

「相打ちは有り得んぞ。自分の立場を把握しろ。お前であろうと、『呪い』には逆らえない。好いた女とさっさと話しを付けろ。なんなら、ここで抱いてやれ。思い出くらいには、なるだろう」

 ノアが指を鳴らした。
 ユリウスの体が、びくりと跳ねた。

「ぁ……は、んんっ」

 ユリウスの顔が赤らみ、目が潤む。
 両腕を強く抑えて、懸命に耐えている。

(まさか、今のノアの命令で、急激に欲情してる⁉)

 ユリウスの震える指がノエルの頬に掛かる。

「ノエル、離れろ。こんな風に、したいわけじゃ……」

 ユリウスの腕がノエルに伸びる。
 後ろに下がろうとしたが、腕を強く引かれて、強引に口付けられた。

(ユリウスの意識はあるのに、体の動きが伴ってない。意識を保ったまま動きだけ操作してるのか? やり方が鬼畜過ぎる)

 ユリウスの舌がノエルの口内を犯す。
 ノエルの舌を貪る舌が、唇を噛んで、首筋に落ちた。
 鎖骨を強く吸われて、痺れが走る。

「ぁっ……ユリウス、せんせ、待って、しっかり……」

 しっかりするために抗えば、魔力を消費する。
 これ以上は、本当に命に係わる。

(いや待て、今なら使える手がある。違和感なくユリウスを助ける方法……)

 ユリウスの指が、ノエルのシャツのボタンを器用に開ける。
 口付けが首から肩に、胸に落ちて、服がはだける。

「ぁ! ぁ……んっ」

 胸の柔らかいところを吸い上げられて、背筋に痺れが走った。
 ユリウスの大きな手がノエルの小ぶりな胸に触れる。

「ノエル、もっと……欲しい」

 ノエルの体を倒して、ユリウスが馬乗りになった。
 胸のふくらみに舌を這わせる。

「んんっ……、や……先生、待って、胸じゃなくて……キス……ぁっ!」

 視界が潤んで、涙目になる。
 腹の奥から得も言われぬ快感が込み上げる。

(意識まで持ってかれちゃった。早く、自分からキスで、口移ししないと……)

「ノエ、ル……」

 ユリウスが顔を上げた。
 苦しそうな顔が迫って、ノエルの胸に力なく倒れ込んだ。

「最後に好きな男に触れてもらえて、満足か?」

 すぐそばで、ノアがノエルを覗き込んだ。

「可愛げがない女も、悦楽には逆らえんか。多少、可愛い顔をしているぞ」

 ノアの指がノエルの頬をなぞる。ぞっとして、肌が粟立った。
 思わず起き上がったら、ユリウスに抱き寄せられた。
 ノエルの体を拘束したまま、胸に舌を這わせる。
 ユリウスの大きな手がノエルの胸を包み上げ、吸い上げる。

「んっ、……ぁ、ぁっ!……ユリ、ウス! ユリウス、戻ってきて!」

 痺れが体を走り抜ける。
 体が上手く動かない。

(私の声、届け! 一瞬でいいから、正気に戻れ!)

 何とか腕を伸ばして、自分からユリウスの体を抱き寄せた。

「そのまま快楽に溺れていろ。すぐに何もわからなくなる」

 ノエルの背中に、ノアが黒い球体を押し付ける。
 ユリウスの手が、ノアの腕を掴んで止めた。

「それ以上、ノエルに何もするな」

 ユリウスの息が荒い。ノアの腕を掴む手が震えている。
 ギリギリの理性が戻ってきたのだとわかった。

(戻ってきてくれた。今なら、いける。一か八か、上手くいくかは運だけど)

 ノエルは口の中に一際強く魔力を集中した。

(言霊魔法を、結界じゃなく空間魔法で二個。一個は空間魔法を、もう一つは中和術を閉じ込めて。ユリウスの中に流し込んだら、きっと気付いてくれる)

 体をずらして、ノアから少しだけ逃げた。
 ユリウスの顔を両手で覆う。

「もし私が『呪い』でノアの飼い猫になったら、ユリウス先生が殺してくださいね。あんな男の飼い猫になるくらいなら死んだ方がマシです」
「ノエっ……」

 初めて自分から、ユリウスにキスをした。
 舌で唇を割開いて、舌を絡める振りをして言霊魔法を二つ、流し込む。

「!」

 ユリウスの目が驚きを纏ってノエルを見詰めた。
 流し込んだノエルの意図に気が付いたんだとわかった。
 次の瞬間、ユリウスの瞳からまた意志の色が消えた。

「しっかり押さえておけ」

 ノアの声に反応して、震えるユリウスの手がノエルの体を強く拘束した。
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