チルドレン

サマエル

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チルドレン


                                    サマエル


 どんなことも7代先までのことを考えて決めなさい       インディアンの言葉



 序章



「それはそれは私たちの出会いは運命的なものだったんだから」
 そう言ってお母さんは笑った。笑いシワが深くなった。
「それはお父さんと?」
「そうよ」

 それは既(すで)にわかっていた。でも、私が聞いたのはそういうお母さんの表情があまりに生き生きとしていて、その喜びを感じたくて、いつも知っていることなのに聞いてしまったのだ。

「お父さんかっこよかった?」
 笑いのシワが深くなる。

「それはもうすごく」
「お母さん!」

 私はお母さんを抱きしめる。
「おやおやまあ」

 そう言いつつ、お母さんは私を優しく抱きしめてくれる。
 私は好きだった。お母さんがお父さんのことで生き生きとした感情を表すのが、私はその幸福にいつもつかりたかった。

 そんな幸福の浴槽(よくそう)に身を委ねて(ゆだねて)いて、不意に意識が遠くなる。
「おやすみ、アイリス」
 それは、そう、私の大好きなお母さんとお父様の記憶。












1章 旅立ちの日



 ゴホッ!ゴホッ!
 その咳(せき)で私は目を覚ました。視界に見えるのは闇。それはそうだ。ここは石で作られた窓ひとつしかない集合住宅なのだから。
 ゴホッ!ゴホッ!

「ライト」
 私は明かりの魔法を使う。
 すると一点がたいまつのような明かりの光球が浮かんだ。そして、すぐに隣のベッドのお母さんのもとに向かう。
「大丈夫?お母さん?」
 私は咳き込んでいるお母さんの背中をさすった。
 お母さんが顔を上げる。ハリがなく、シワが何条にものぼる普通のおばちゃんの顔だ。しかし、普通のおばちゃんよりはかなり顔色が悪い。

「どうも、ありがとうアイリス」
「病院に行く?」
「ああ、いきたいねぇ。でも………」
「お金のことは気にしないで、お父さんからもらっているから」

 それにお母さんが私の手を包む。
「ありがとう。あの人に機会があればお礼でも言っておいてくれ。そして、あんたにも運命の殿方が現れるだろう。その方とあんたたちの子供のために働いてくれた方が私はそれが一番の満足さ」
「お母さん」
 お母さんは知っている。自分が長くはないということは。それはもう医者から聞かされたことだ。なんでも、肺炎(はいえん)という病気らしく。現在の医術ではどうにもならないものらしい。

「ちょいと、疲れたよ。横にさせおくれ」
「ゆっくりしてね」
 そう言って、お母さんはベッドに横になって目を閉じた。
 私はパジャマから、ローブに着替えて(きがえて)、鏡(かがみ)の前に向かう。

 私は自分の顔をそんなに好きではない。プラチナブロンドのロングヘア、大きな目と小さな鼻梁、スッとした唇。
 みんな私のことを美少女だ、美少女だ、と言うけれど、私自身こう言うアクの強い顔は嫌だった。

 本当に女優みたいな顔でみんなからもてはやされるのがなんとなくしっくりこなかったのだ。
 まあ胸はぺったんこで、男の人は胸がない女性をよく貧乳と言ったりするが、個人的に、胸が全くないと、楽で、個人的に楽乳と言っている。
 
 ま、ともかく顔の話に戻せば、幼馴染のジム言ってたけな。隣(となり)の柴生(しばふ)は青いって、まあ、ブスよりかはいいけれどさ、もうちょっと地味(じみ)めな顔つきの方が良かったな。

 綺麗(きれい)な女子が怖いと言うのではなく、なんか自分の顔が自分ではないようなそんな違和感(いわかん)がある。私は平凡の女の一生に憧れて(あこがれて)いるんだ。まあ、確かに今は騎士団の試験を受けたが、やっぱり優しい(やさしい)旦那(だんな)さんと元気な子供たちのいる普通の家庭に憧れる(あこがれる)。だから、女の子っぽさを出したくて髪を伸ばしているのだ。手入れ(ていれ)は大変(たいへん)だけど。

 こう言ういかにも波乱万丈(はらんばんじょう)な出来事が起きそうな顔は、正直言ってノーサンキューだ。
 そして、最低限の化粧(けしょう)をしたあと私はローブを羽織って出かけた。

 私たちがいるところはフェドラ町の集合住宅に住んでいる。窓ひとつない、お世辞(おせじ)にもいいとは言えないところだが、私たちには魔法がある。だから、明かりで困ることはない。

集合住宅(しゅうごうじゅうたく)は4階まで建てられていて、石造りのアパートだ。その2階にわたしたちは住んでいる、
フェドラ朝は商業が盛んな(さかんな)街で比較的(ひかくてき)この世界では栄えている町だ。そう学校からは聞いたものの他の街がどんなものかはそこまで知っているわけではない。

ただ、ここら辺はスラム街で治安(ちあん)が多少悪いが、しかし、おおむねこの町は治安(ちあん)も良く。私はこの街に住んでよかったと思っている。
しかし、今はお母さんの病気もあるし、何より、あの試験に受かっているかどうか。
私は一階に降りてきて集合住宅のポストを調べた。すると、それがあった。

「あ」
最初は感動よりも実感(じっかん)のなさだった。しかし、書面(しょめん)を何度も読んでいるうちに徐々(じょじょ)に現実味(げんじつみ)が起きて(おきて)きた。

「お母さん!」
 お母さんのもとに行こうとして、しかしすぐに歩みを止めた。

 寝ているよね。起こしちゃ悪いか。
 それで、私は恩師(おんし)とも言える人のもとへ歩き出した。
 アパートを抜けて、塗装(とそう)がされていない道、走れば砂埃(すなぼこり)が舞い上がるスラムの道。そして、至る所に立ち並んでいる集合住宅。しかし、元気に子供たちが遊んでいた。それに私は目を細める。

 可愛い(かわいい)なぁ。
 そう思ってニコニコとしている、突然馬蹄(ばてい)の音が鳴り響いた(なりひびいた)。
「え?」
 馬に乗っている一人の人間が集合住宅街を走り抜けた。

「ちょっと!そこのあなた!」
 しかし、その人はまるで私の声が聞こえないようにすぐに視界から消えた。
 
それに私は地団駄(じだんだ)を踏む(ふむ)。
「予定変更(よていへんこう)だ」
 そして、私はその場所へ足を進めた。

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