チルドレン

サマエル

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6話

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「ふー、満腹」
 酒場でステーキとライスを注文して、それを平らげて私はそこから出て行った。
 現金なものだな。

 ふと、そう思う。母が今大変(たいへん)な目をしているというのに、こっちは討伐隊(とうばつたい)に入ったことから収入面で期待ができ、ちょっと豪華なものを注文してしまった。
 まあ、食べでもしないとやってやれないちゅうの。

 早くジムのところに行こう。そして話して、母の面倒を私が出た後に見てもらえるように話してみよう。まあ、ジムも仕事があるから、主に見てくれるのはエリーナさんだけど。

 しかし、実のところジムもあの集合住宅に住んでいる。今朝はバタバタして会えなかったが、真面目なジムのことだ。仕事を優先させたのだろう。
 だから、ジムがどれだけあてにできるかと言えば微妙(びみょう)なところだけど………

 しかし、私は嘆息(たんそく)した。わかっている、本当に間違っているのは私なんだと。老い先短い母を残して、他の地で仕事をしている私が本当に悪い存在(そんざい)だということだと。
「ちょっと、そこの彼女」

 私は声をかけられたことに気付いて振り向いた。
 そこにはローブをネックレスで装った、キザな男がいた。領主(りょうしゅ)専属の魔術師(まじゅつし)の印である黒と黄色の専用のローブを羽織っている。

「俺、レバント様のお抱えの魔術師(まじゅつし)なんだけどさ」
 男が私の目を見て話す。その瞬間。
 幻術(げんじゅつ)か。

 男は私にある魔術をかけた。それは幻術(げんじゅつ)。相手をマインドコントロールする魔術だ。本来なら、力は強いが知能が小学生並みの魔物に対して使われるものであって、人に使ってはいけない。
 男はじっとこちらの目を見るとゆっくりと顔を近づけてきた。

「ねえ、どう」
 私の心は相手の魔術の刺激を受けて、相手が魅力的(みりょくてき)に写り、私の心が彼に欲情(よくじょう)するように感覚(かんかく)を刺激(しげき)されている。だが。
「あち!」

 幻術(げんじゅつ)は相手に知らせずに自然にかけるのが一流の幻術(げんじゅつ)使い。私は幻術(げんじゅつ)返しをし、彼の意識が体がひどく熱くなるようにした。
「暑い!暑い暑い、暑い!」
 すぐさま、彼はスッポンポンになる。すぐさま街中(まちなか)で若き乙女に悲鳴が響き渡る。

「てめ!よくも!お前も魔術師(まじゅつし)だったのか!?所詮(しょせん)女のくせに!」
「そういうあなたはその、『所詮(しょせん)の女』にやられて、どの程度小さな存在(そんざい)なんですか?」
 それに彼はワナワナと体を震わす(ふるわす)。

「てめえ!うご!」
 臨戦態勢(りんせんたいせい)も取るも、彼の体は横からの拳に吹き飛ばされる。見ると全身甲冑(かっちゅう)に覆われた(おおわれた)大男が立っていた。こちらの甲冑(かっちゅう)も領主(りょうしゅ)お抱えの専属の甲冑(かっちゅう)だ。しかもこのデザインは隊長クラス。

 その私を幻術(げんじゅつ)にかけた男がすぐさま立ち上がってその男に懇願する。
「隊長!聞いてくださいよ!この女がですがね!ゴホッ!」

今度は鳩尾にモロボディブローが決まり本当に動かなくなった。
 その魔術師(まじゅつし)は倒れたまま叫ぶ。

「な、なにをするんですか!?隊長!?」
 あ、案外(あんがい)根性あるな、こいつ。
隊長と呼ばれた男は肩で大きく息をした。

「お前はなんということをしてくれたのだ?ザイル?」
「い、いや、先に手を出したのはこいつで、私は………」
「弁明(べんめい)は警察署で聞こう。だが、お前が関わったこの女性はレバント様のご息女だぞ?」

 明らかにザイルの顔色が青ざめる(あおざめる)。すぐに起き上がる、ザイル。
 あ、回復力がすごい。
「そんな!そんなことは聞いていませんよ!レバント様のご息女は彼女ではないはずです!」

「正式なご息女ではないが、彼女はレバント様が奴隷(どれい)に作らせた子供だ。もう十何年前の話だが、ついこないだまで、レバント様はアイリス様の母上、セン様に養育費(よういくひ)を支払っていたし、いまセン様の治療費(ちりょうひ)だってレバント様が払っているのだぞ?ザイル、お前何年も王領魔術師(まじゅつし)をやっているのに知らなかったのか?」

ザイルはだらだらと汗を滝(たき)のように流した。
実はこの人、天然?
隊長はザイルの方をガッチリ掴む(つかむ)。

「さ、行こうか。ザイル。何レバント様は公正な方だ。自身の娘が性犯罪被害者になりかけても公平に裁いてくれるはずだ」
「ヒィィィィ」
 隊長のカブトはこちらを振り向いた。

「すまなかったな。アイリス殿。この度(このたび)の非礼(ひれい)は近いうちに詫び(わび)おう」
「いえ、それはいいですから、それよりも!」
 隊長がこちらを振り向く。

「あの、私のことはいいですから、領主(りょうしゅ)様に伝えてくれませんか?私の母が危篤(きとく)で、医者の話だと後1年も持たないらしいんです。だから!一眼でもいいからあってくれませんか!?」
 隊長は私に背を向けた。
「いいだろう、伝えておこう」
「本当ですか!?」

 いい隊長さんでよかった。
 だが、すぐにその隊長の言葉に私は現実に引き戻さられた。
「だが、レバント様が実際に行くかどうかはわからない」
「あ」

 そして、隊長とザイルは去って行った。
 私はしばらく立ち尽くし(たちつくし)たが、やがてシオン婆のところに向かって歩き出した。
 実際に合うかどうかはわからない、か。

 それはそうだ。実際に会ってくれるかわかるはずはない。というよりも、会ってくれない可能性が高いだろう。
でも………
 
キュッと唇(くちびる)を結ぶ(むすぶ)。
 会ってくれるかもしれないじゃない。
 そういうのは一縷(いちる)の望みだと知っていても、それに私は縋り(すがり)付きたかった。

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