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2.月渚(るな)を演じてまいります
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焼きたてのパンに、サラダ、ベーコンエッグにヨーグルト。
テレビでニュースを観る小暮博士のコーヒー。会社からのメールをチェックしている空子さんの紅茶。
お手本のような朝食二人分がリビングのダイニングテーブルに並んでいる。
私はダイニングテーブルの端に白い缶を置いてイスに座った。私の分の朝食は無い。
「いただきます」
手を合わせてから、白地に星の絵が描かれた缶のプルタブを開けた。缶を手に持って傾け、口をつける。中身の潤滑油をごくごくと飲んだ。
これがアンドロイド用の食事だ。
「いい飲みっぷりだな、ルナ」
博士がからからと笑う。
「ありがとうございます。小暮博士」
私は缶から口を離し、ぺこりと頭を下げた。
「今日から学校だね。準備は整っているのかい」
「はい。お借りした月渚の私物から、得られるだけの情報は得ました」
四月六日。今日から新学期。
月渚が通っていた小学校へ初めて行く日だ。
もちろん、人間の「小暮月渚」として。
私がアンドロイドであることは、絶対にばれてはいけない。
だから、私は月渚を演じるために、彼女についてたくさん学習してきた。
月渚の使っていたスマホやノートを見せてもらい、友だちや先生についてたくさんの情報を頭に叩き込んだのだ。
「必ず月渚を演じてまいります」
私は決意表明をした。小暮博士と、さっきまで黙っていた空子さんが顔を見合わせる。
「どうかしましたか? なにか気になることでも?」
「……月渚って、そんなかたい喋り方じゃないと思うんだけどな」
私に向き直った博士が苦笑いした。空子さんは黙ったまま横目で博士を睨んでいる。
「はい。学校では、もう少し小学生らしい会話を心がけるつもりです」
「そうかい。……これは提案なんだが、私のことを『お父さん』と呼んでくれないかい? それから、敬語じゃなくてため口でいい。近所の人に今の会話を聞かれたら、あれこれ心配されそうだ」
「はい。わかりました。……じゃなかった。わかったよ、お父さん。……こんな感じでいい?」
「ああ、上手い上手い。そんな感じでよろしく」
「お父さん」は笑うと朝食を食べ始めた。
私は紅茶をすする空子さんのほうを向く。
「空子さんのことも、『お母さん』とお呼びしたほうがいいですか?」
「私のことは今まで通り、『空子さん』と呼んでちょうだい。もちろん敬語よ」
「承知しました」
「私、あなたの『お母さん』じゃないもの」
「はい。わかっています」
「……」
空子さんはそれ以上なにも言わず、黙ってパンを口に運ぶ。
小暮博士のことは「お父さん」と呼ぶし、敬語は使わない。
でも、空子さんのことは「お母さん」と呼んではいけないし、敬語も使わなければいけない。
(人間って、複雑)
私は缶の中身を飲み干してイスから立ち上がり、空き缶用のごみ箱に捨てる。それから月渚の使っていた部屋に向かった。
月渚は病院に入院しているから、ここにはいない。この部屋は私が使わせてもらっている。
部屋のクローゼットを開けると、中には月渚のお気に入りの洋服がずらりと並んでいる。
水色のパーカーと黒いスカートを取り出して着替えた。
アンドロイドは寒さも暑さも感じない。けれど、すっぽんぽんで出歩くわけにはいかないから、気温に合わせた服を着る。
写真で見る月渚の髪型はポニーテールが多かった。ポニーテールが好きだったみたいだ。
だから、自分で髪を同じように結った。
これで身支度は済んだ。
部屋を出て一階へ下りる。ランドセルを背負い、手提げを持ったら準備完了だ。
「月渚!」
玄関で私を呼び止めたのはスーツ姿になった空子さんだった。玄関の靴箱の上を指さしている。
テレビでニュースを観る小暮博士のコーヒー。会社からのメールをチェックしている空子さんの紅茶。
お手本のような朝食二人分がリビングのダイニングテーブルに並んでいる。
私はダイニングテーブルの端に白い缶を置いてイスに座った。私の分の朝食は無い。
「いただきます」
手を合わせてから、白地に星の絵が描かれた缶のプルタブを開けた。缶を手に持って傾け、口をつける。中身の潤滑油をごくごくと飲んだ。
これがアンドロイド用の食事だ。
「いい飲みっぷりだな、ルナ」
博士がからからと笑う。
「ありがとうございます。小暮博士」
私は缶から口を離し、ぺこりと頭を下げた。
「今日から学校だね。準備は整っているのかい」
「はい。お借りした月渚の私物から、得られるだけの情報は得ました」
四月六日。今日から新学期。
月渚が通っていた小学校へ初めて行く日だ。
もちろん、人間の「小暮月渚」として。
私がアンドロイドであることは、絶対にばれてはいけない。
だから、私は月渚を演じるために、彼女についてたくさん学習してきた。
月渚の使っていたスマホやノートを見せてもらい、友だちや先生についてたくさんの情報を頭に叩き込んだのだ。
「必ず月渚を演じてまいります」
私は決意表明をした。小暮博士と、さっきまで黙っていた空子さんが顔を見合わせる。
「どうかしましたか? なにか気になることでも?」
「……月渚って、そんなかたい喋り方じゃないと思うんだけどな」
私に向き直った博士が苦笑いした。空子さんは黙ったまま横目で博士を睨んでいる。
「はい。学校では、もう少し小学生らしい会話を心がけるつもりです」
「そうかい。……これは提案なんだが、私のことを『お父さん』と呼んでくれないかい? それから、敬語じゃなくてため口でいい。近所の人に今の会話を聞かれたら、あれこれ心配されそうだ」
「はい。わかりました。……じゃなかった。わかったよ、お父さん。……こんな感じでいい?」
「ああ、上手い上手い。そんな感じでよろしく」
「お父さん」は笑うと朝食を食べ始めた。
私は紅茶をすする空子さんのほうを向く。
「空子さんのことも、『お母さん』とお呼びしたほうがいいですか?」
「私のことは今まで通り、『空子さん』と呼んでちょうだい。もちろん敬語よ」
「承知しました」
「私、あなたの『お母さん』じゃないもの」
「はい。わかっています」
「……」
空子さんはそれ以上なにも言わず、黙ってパンを口に運ぶ。
小暮博士のことは「お父さん」と呼ぶし、敬語は使わない。
でも、空子さんのことは「お母さん」と呼んではいけないし、敬語も使わなければいけない。
(人間って、複雑)
私は缶の中身を飲み干してイスから立ち上がり、空き缶用のごみ箱に捨てる。それから月渚の使っていた部屋に向かった。
月渚は病院に入院しているから、ここにはいない。この部屋は私が使わせてもらっている。
部屋のクローゼットを開けると、中には月渚のお気に入りの洋服がずらりと並んでいる。
水色のパーカーと黒いスカートを取り出して着替えた。
アンドロイドは寒さも暑さも感じない。けれど、すっぽんぽんで出歩くわけにはいかないから、気温に合わせた服を着る。
写真で見る月渚の髪型はポニーテールが多かった。ポニーテールが好きだったみたいだ。
だから、自分で髪を同じように結った。
これで身支度は済んだ。
部屋を出て一階へ下りる。ランドセルを背負い、手提げを持ったら準備完了だ。
「月渚!」
玄関で私を呼び止めたのはスーツ姿になった空子さんだった。玄関の靴箱の上を指さしている。
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