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第3章 学園編(二年生)
23 和解(エル視点)
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紅玉国の村の一つを借り、話し合い用のテントが設営された。エルメラド王国側でなく、あえてこちらを選んだのは少しでも獣人たちを安心させるためだ。
村には、少ないながらも住民が残っており、獣人の子どもが物陰からこちらの様子を窺う姿も見られた。
ここまで人間の姿はまったく見ていない。紅玉国ーー今もそう呼ばれているかは定かでないがーーは、獣人の国と化しているのだろう。
子どもは好奇心を、大人は恐怖と憎しみを。そんな感情がこもっているような視線を向けられていた。
獣人でありながら人間と親しげに話す私のことも、よく思ってはいないだろう。
こうなるだろうことは、戦いが始まる前から分かっていた。心苦しくはあるが、後悔はしていない。
獣人と人間が共に生きる未来。それを掴み取るために、私はここに立っている。
(可能性としては、十分ありましたけど……兄さんがあちら側の代表ですか)
紅玉国の獣人たちの解放に一役買っていたのなら、皆をまとめる立場にあってもおかしくはないだろう。
テントの中に置かれた円卓を、エルメラド王国代表のディーン様、サフィーア帝国代表(今回は仲介役だが)のヴァールハイト様、そして紅玉国代表の兄が囲んでいる。
それぞれの代表の後ろには護衛たちが控えており、私はヴァールハイト様とディーン様の間に立っていた。私はエルメラド王国の騎士ではあるが、何かあった時はヴァールハイト様の護衛として動くことになっている。
形式的にはディーン様にも護衛がついているが、王国筆頭魔導士である彼に護衛が必要かどうかは微妙なところだ。それもあって、こちら側の護衛は実質ヴァールハイト様のためにいるようなものである。ディーン様からも、緊急事態の際には皇子を優先するよう言われていた。
一瞬、兄と目が合う。だが、すぐに逸らされてしまった。今は対立する立場にあるのだから仕方ない。けれど、一抹の寂しさを覚えずにはいられないのだった。
「では、皆さんお揃いのようですから、和解に向けた話し合いを始めまショウカ」
エルメラド王国と友好関係にはあるものの、中立の立場をとるサフィーア帝国の第三皇子ヴァールハイト様が進行を務める。
互いに手短に自己紹介をした後、この戦いを終え、和解するための話し合いが始まる。
そもそも今回の戦いは紅玉国側が始めたもので、エルメラド王国側はそれに対抗したに過ぎない。幸い、今回の世界で犠牲者は出ていないので、誰かが騒がなければ大きな問題に発展することはないはずだ。
戦いを終えること自体はさほど難しくもない。だが、獣人たちがこの戦いを仕掛けてきた根本的な原因が解決しなければ、また同じようなことを繰り返すだろう。
「エルメラド王国側としては、これ以上攻撃する意志がないのであれば特に要求することもありません」
「随分と寛大な処遇だな。何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる」
「初めから、私たちはあなた方と争うつもりはなかったんですよ。こちらも国を守るために兵を動かしましたが、防衛以外の目的はありませんでした」
獣人たちの一方的な攻撃であったことは、兄も分かっているのだろう。それにも関わらず、エルメラド王国側が何も要求しないことに疑問を感じている顔だ。
獣人たちから物資等を受け取ることはできる。だが、最終的な目標は、獣人と人間がいがみ合うことのない関係を作り上げることだ。
人間から搾取されているという認識を与えないためにも、獣人たちに物資や資金を求めることはしないと初めから決めていた。
それに、紅玉国の獣人たちが置かれている環境は、決して恵まれたものではない。
獣人たちが紅玉国を拠点にしてから日は浅く、人間たちへの復讐のためだけに存在するような集団であり、国としての機能はほとんど果たしていなかった。
環境整備や食糧生産、その他の生活に必要な政策は不十分。
エルメラド王国が何も求めない以前に、獣人たちには用意できるものがないのだ。
兄もそれは重々承知のはず。それでも何も求めてこないことを怪しむ裏側には、これまでのように、獣人たちを物のように扱うのではないかという思いがあったからなのだろう。
「心配せずとも、もう俺たちに攻撃する意志はない。こうなってしまった以上、受け入れる覚悟はできている」
半ば諦めたような、そんな投げやりな言葉にヴァールハイト様が待ったをかける。
「無理して自分の気持ちを偽ることはありまセンヨ。そう簡単に自分の気持ちを変えることなんて出来ないのですカラ」
「俺が嘘を言っていると?」
獣人たちの、人間への憎悪。それは、そう簡単になくせるものではない。
この短期間で本当に受け入れる覚悟などできているのか。ヴァールハイト様でなくても疑問に思うだろう。
「これは和解のための話し合いですカラ。念のためデス」
「本当のことをおっしゃってもらって構いませんよ。わだかまりを残す方が問題ですから」
ディーン様にもそう言われ、不機嫌な顔をしていた兄が少し考えるそぶりを見せる。
「先ほども言った通りだ。和解の話し合いをする以上、抵抗する気はない」
ふるふると首を横に振ると、本当にもう攻撃の意志はないと繰り返した。
さすがにここまで力の差を見せつけられて、諦めたのだろうか? 剣を交えた時には、例え全員を倒すことができなくとも、人間に一矢報いてやるという気迫が感じられたのだが。
すっかり大人しくなった兄を見ていると、ヴァールハイト様がちょいちょいと手招きしていることに気がつく。明らかに私のことを呼んでいた。
さっとそばに寄って口元に耳を寄せる。
「僕の従者たちに夕飯には遅れると伝えてもらって構いまセンカ?」
「承知致しました」
その言葉にはっとする。
このタイミングで退出するよう促されれば、兄の発言が嘘であることを伝えに行けという意味だと分かる。
もう抵抗する気はないなど、獣人たちにそんな考えはないことを。
この話し合いの場で行動を起こすつもりなのかもしれないし、伏兵が隠れている可能性もある。
抵抗するのが今でない可能性もあるが、ここは用心深い彼の判断に従おう。
この場にはディーン様がいるので、ヴァールハイト様のことは心配いらないだろう。
だが、外にいる騎士や魔道士の人たちは。せっかくここまで犠牲者が出なかったというのに、最後の最後で取り返しのつかない事態に陥っては元も子もない。
いくらルナシアさんといえども、もし奇襲されたら。嫌な考えが頭を過ぎる。
煩く脈打つ心臓の音を聞きながら、私は早足でその場から離れた。
村には、少ないながらも住民が残っており、獣人の子どもが物陰からこちらの様子を窺う姿も見られた。
ここまで人間の姿はまったく見ていない。紅玉国ーー今もそう呼ばれているかは定かでないがーーは、獣人の国と化しているのだろう。
子どもは好奇心を、大人は恐怖と憎しみを。そんな感情がこもっているような視線を向けられていた。
獣人でありながら人間と親しげに話す私のことも、よく思ってはいないだろう。
こうなるだろうことは、戦いが始まる前から分かっていた。心苦しくはあるが、後悔はしていない。
獣人と人間が共に生きる未来。それを掴み取るために、私はここに立っている。
(可能性としては、十分ありましたけど……兄さんがあちら側の代表ですか)
紅玉国の獣人たちの解放に一役買っていたのなら、皆をまとめる立場にあってもおかしくはないだろう。
テントの中に置かれた円卓を、エルメラド王国代表のディーン様、サフィーア帝国代表(今回は仲介役だが)のヴァールハイト様、そして紅玉国代表の兄が囲んでいる。
それぞれの代表の後ろには護衛たちが控えており、私はヴァールハイト様とディーン様の間に立っていた。私はエルメラド王国の騎士ではあるが、何かあった時はヴァールハイト様の護衛として動くことになっている。
形式的にはディーン様にも護衛がついているが、王国筆頭魔導士である彼に護衛が必要かどうかは微妙なところだ。それもあって、こちら側の護衛は実質ヴァールハイト様のためにいるようなものである。ディーン様からも、緊急事態の際には皇子を優先するよう言われていた。
一瞬、兄と目が合う。だが、すぐに逸らされてしまった。今は対立する立場にあるのだから仕方ない。けれど、一抹の寂しさを覚えずにはいられないのだった。
「では、皆さんお揃いのようですから、和解に向けた話し合いを始めまショウカ」
エルメラド王国と友好関係にはあるものの、中立の立場をとるサフィーア帝国の第三皇子ヴァールハイト様が進行を務める。
互いに手短に自己紹介をした後、この戦いを終え、和解するための話し合いが始まる。
そもそも今回の戦いは紅玉国側が始めたもので、エルメラド王国側はそれに対抗したに過ぎない。幸い、今回の世界で犠牲者は出ていないので、誰かが騒がなければ大きな問題に発展することはないはずだ。
戦いを終えること自体はさほど難しくもない。だが、獣人たちがこの戦いを仕掛けてきた根本的な原因が解決しなければ、また同じようなことを繰り返すだろう。
「エルメラド王国側としては、これ以上攻撃する意志がないのであれば特に要求することもありません」
「随分と寛大な処遇だな。何か裏があるんじゃないかと勘繰りたくなる」
「初めから、私たちはあなた方と争うつもりはなかったんですよ。こちらも国を守るために兵を動かしましたが、防衛以外の目的はありませんでした」
獣人たちの一方的な攻撃であったことは、兄も分かっているのだろう。それにも関わらず、エルメラド王国側が何も要求しないことに疑問を感じている顔だ。
獣人たちから物資等を受け取ることはできる。だが、最終的な目標は、獣人と人間がいがみ合うことのない関係を作り上げることだ。
人間から搾取されているという認識を与えないためにも、獣人たちに物資や資金を求めることはしないと初めから決めていた。
それに、紅玉国の獣人たちが置かれている環境は、決して恵まれたものではない。
獣人たちが紅玉国を拠点にしてから日は浅く、人間たちへの復讐のためだけに存在するような集団であり、国としての機能はほとんど果たしていなかった。
環境整備や食糧生産、その他の生活に必要な政策は不十分。
エルメラド王国が何も求めない以前に、獣人たちには用意できるものがないのだ。
兄もそれは重々承知のはず。それでも何も求めてこないことを怪しむ裏側には、これまでのように、獣人たちを物のように扱うのではないかという思いがあったからなのだろう。
「心配せずとも、もう俺たちに攻撃する意志はない。こうなってしまった以上、受け入れる覚悟はできている」
半ば諦めたような、そんな投げやりな言葉にヴァールハイト様が待ったをかける。
「無理して自分の気持ちを偽ることはありまセンヨ。そう簡単に自分の気持ちを変えることなんて出来ないのですカラ」
「俺が嘘を言っていると?」
獣人たちの、人間への憎悪。それは、そう簡単になくせるものではない。
この短期間で本当に受け入れる覚悟などできているのか。ヴァールハイト様でなくても疑問に思うだろう。
「これは和解のための話し合いですカラ。念のためデス」
「本当のことをおっしゃってもらって構いませんよ。わだかまりを残す方が問題ですから」
ディーン様にもそう言われ、不機嫌な顔をしていた兄が少し考えるそぶりを見せる。
「先ほども言った通りだ。和解の話し合いをする以上、抵抗する気はない」
ふるふると首を横に振ると、本当にもう攻撃の意志はないと繰り返した。
さすがにここまで力の差を見せつけられて、諦めたのだろうか? 剣を交えた時には、例え全員を倒すことができなくとも、人間に一矢報いてやるという気迫が感じられたのだが。
すっかり大人しくなった兄を見ていると、ヴァールハイト様がちょいちょいと手招きしていることに気がつく。明らかに私のことを呼んでいた。
さっとそばに寄って口元に耳を寄せる。
「僕の従者たちに夕飯には遅れると伝えてもらって構いまセンカ?」
「承知致しました」
その言葉にはっとする。
このタイミングで退出するよう促されれば、兄の発言が嘘であることを伝えに行けという意味だと分かる。
もう抵抗する気はないなど、獣人たちにそんな考えはないことを。
この話し合いの場で行動を起こすつもりなのかもしれないし、伏兵が隠れている可能性もある。
抵抗するのが今でない可能性もあるが、ここは用心深い彼の判断に従おう。
この場にはディーン様がいるので、ヴァールハイト様のことは心配いらないだろう。
だが、外にいる騎士や魔道士の人たちは。せっかくここまで犠牲者が出なかったというのに、最後の最後で取り返しのつかない事態に陥っては元も子もない。
いくらルナシアさんといえども、もし奇襲されたら。嫌な考えが頭を過ぎる。
煩く脈打つ心臓の音を聞きながら、私は早足でその場から離れた。
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