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第1章 囚われの神子編

対面

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 しばらくして、美しい銀糸のような髪をもつ女性がサラの元へやってきた。空を写したような青い瞳は、すべてを包み込むような優しさを秘めている。
 サラの雑用係を自称しているマキディエルは、フェリシアが入室してくると膝を折って礼をとった。リュシオンだけの時はゆるい態度だが、フェリシアの前では特別気を遣っているようだった。

「はじめまして、サラさん。フェリシア・レイリアと申します。あなたには数々の無礼を‥‥‥本当にごめんなさい」

 フェリシアはサラの姿を見とめると、深々と頭を下げた。その後ろに控えるようにリュシオンが立ち、同じように腰を折っている。

「レイリア王国があなたにしたことは、決して許されることではありません。ですが、リュシオンは陛下の命令に異を唱えてでも、あなたを生かそうとしました。そのことだけは、どうか知っていてください」
「私が生かされている理由は何なんですか? あなたに会えば、分かるようなことを言われましたが‥‥‥」

 やはり、レイリア国王の命令では光の神子を消すよう言われていたようだ。それをフェリシアの言葉の節々から感じ取ったサラは、命令に反してまで自分を生かしている理由を尋ねた。
 
「あなたは、今の世界を見て、何か感じることはありませんか?」

 悲し気に目を伏せながら、フェリシアはサラに問いかける。

「ルクシア王国とレイリア王国が戦争を始めて、光の勢力は衰えつつある。私も光の神子だから、世界を廻る光の力が弱まっているのは感じているわ。フェリシア様は光の国に来た際、このままでは光と闇の力のバランスが崩れ、やがて世界は崩壊する‥‥‥そう言っていたと兄から聞いています」
「あなたは、その話を信じますか?」

 フェリシアの瞳が不安げに揺れる。
 話を聞いてくれるだけでも嬉しい――そうリュシオンが言っていた意味が分かった気がした。サラは神子であったため、世界から光の力が失われていく様子が感覚として理解できた。しかし、神子以外の人間からすれば、世界を廻る光と闇の力のバランスが崩れていることすら感じ取ることはできない。
 誰もフェリシアの話を信じようとしない。話も聞いてもらえなかったかもしれない。そのことに心を痛める姉を、リュシオンはどんな気持ちで見ていたのだろうか。
 サラを生かそうとしたのも、姉の言葉を信じ、光の力を守ろうとしたためだった。そして、打算的ではあるが、光の国にフェリシアの話を信じてもらうための橋渡しをしてもらえないかと期待している部分もあった。

「私は光の力しか感じることはできない。だから、光と闇のバランスがどうのっていう話は完全に理解できたわけじゃないけど‥‥‥あなたの話を信じるなら、これ以上、光の力が失われないようにする必要があるのよね? 私が生かされているのも、光の力を守るため。そうよね?」

 サラの言葉に、フェリシアは頷く。
 少し思案したあと、サラは覚悟を決めたように口を開いた。

「それなら、私はあなたに協力する。光の力を守るためにあなたが動いてくれるのなら、光の神子として私も黙って見ているわけにはいかないもの」

 その返答に、ぱっとフェリシアの表情が明るくなった。つられてリュシオンもほっとした様子を見せる。
 あまり似ていない姉弟だが、ふとした時に見せる仕草には近いものがあった。

「それで、私は何をすればいいの?」
「光の力も持っているといっても、闇の国出身の私の言葉を聞いてくれる光の国の人々は少ない。あなたには、光の国の人々にも、世界の崩壊が迫っていることを伝えてほしいの。このまま光と闇が争い続ければ、いずれそうなると。私は闇の国を中心に戦いを止めるよう呼びかけます」

 闇の国でも半端者扱いされ、話を聞いてもらいにくい彼女にとって、光の国はかなりの難所となっていた。ソルのように話を聞いてくれる人間は、ごくわずかだ。二国の争いが激化してきた今となっては、名ばかりとはいえレイリア王国第一王女として顔の知れたフェリシアは、入国すら危うい。
 光と闇の争いをなくすには、闇の国だけが剣を置いても解決にはならない。光の力が守られても、今度は闇の力が弱まることだってあり得るのだ。
 そうならないように、光の国の人々にも世界の崩壊について理解してもらう手助けを、サラにしてもらう必要があった。

「問題は、どうやって君をこの国から無事に帰すかということだが‥‥‥」

 リュシオンの言葉で、サラは自分の置かれた状況を思い出す。彼女はレイリア王国に囚われの身で、そう簡単にルクシア王国に帰ることなどできない。重い沈黙が流れる。

「それなら良い案がありますよ」

 突然、今まで黙っていたマキディエルが口を開く。一斉に視線が集まる中、彼は平然と言ってのけた。

「とりあえず、お嬢ちゃんには死んでもらいましょう」
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