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第1部 プロローグ
初任務③
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夕食をとり、俺はすぐに自室に戻った。備え付けのクローゼット以外の家具は、ベッドと机がひとつずつしかない簡素な部屋だ。窓もあるが、見えるのは道路とか住宅くらい。場所がよければ海も見えるのだが、ここは反対側。いい部屋は埋まってるんだから仕方がない。
目覚まし時計で時間を確認すると、現在18時半ごろ。どうせすぐに汚れるのだから、風呂は後回しにして今は眠ろう。
目覚ましを23時にセットし、制服を着たままベッドに横になる。寝る前に任務の準備しておかなくてはとも思ったが、準備するものといえば、いつも使ってる武器くらいしかない。初回だということもあり、他に必要なものは今回チームを組む隊員たちがやってくれるそうだ。
今日はいろいろと変化があって疲れた。目を閉じると、あっという間に眠りに落ちていった。
◇◇◇◇
──ジリリリリ!!
「うーん……もう時間か」
けたたましい目覚ましの音に、俺は目を覚ました。枕元に置いておいた目覚ましを止めて、部屋の灯りをつける。準備もあっという間に終わったので、早めに集合場所に向かおうと部屋を出た。
「お、ファス。ちゃんと休んだか?」
すると、ばったりエイドと鉢合わせた。そうだ、あの後何をしていたのだろうか。
「どこ行ってたんだよ。夕飯は?」
「これから食べてくる。その前に、これを渡したかったんだ」
エイドは、何やら布に包まれたものを差し出した。それを開いてみて、俺は目を丸くした。
「グラディウス……これ、支給されたやつじゃないな」
渡されたのは、短めで幅広の刀剣。俺がいつも訓練で使っている種類の剣だが、これは支給されていたものより軽く、質もいい。使われた形跡はあるものの、手入れはしっかりされている。
「昔、俺が使ってたやつだ。今は別な武器使ってるから、家に置いてきちゃっててさ。本当なら、初任務の前にはお前にちゃんと合うやつ選んでやりたかったんだけど、急で準備できなかったから。それで我慢してくれ」
「それで家まで帰ってたのか? 俺は別に支給されたやつでいいのに」
いくらアイテール内に家があるとはいえ、この国は広い。そのため、電車で片道2時間はかかる。
「まぁ、慣れたやつの方が楽ならいつものを使えよ。こいつは気が向いたらでいいから」
「……一応、使うけど」
「まぁ、今度新しいの買ってやるから、それまでの代用品ってことで」
どこまで過保護なのか。さすがに、そこまでしてもらうわけにはいかない。
「いい。次は自分で買う」
「金ないだろ?」
痛いところをついてくる。まぁ、確かに今はない、今は。入隊してから任務らしい任務は今回が初めてだし、これからだ、これから。
「それは……お前こそ、どうなんだよ?」
「俺はいろいろ任務に参加してるから、給料はそれなりにあるし、セカンドもたまにしてるしな」
給料は、月末にその月の仕事分支払われるようになっている。とはいえ、アブソリュートは依頼・相談料を基本取らない。そのため、給料もそれほど高くできない。アブソリュートに所属している間は、隊員証を提示すれば、組織運営の店のものは割引がきくため、大体はそれでやりくりする。
しかし、性能のいい武器などは、組織運営の店であっても安くはない。だから、そういうものが欲しいときは、セカンド・ミッション──略してセカンドを請け負う必要が出てくるのだ。
セカンドというのは、商業関係など、アブソリュートが無償で受けることができない仕事を、時間のある隊員たちが引き受けることを言う。主に個人的都合のもので、商品の運搬やら旅行会社の護衛やら、店の用心棒やら様々だ。掲示板に募集が張り出されるので、隊員たちはそれを見て選ぶことになる。
「ただでさえ忙しいのに、仕事を増やすなよ」
戦闘員以外ならまだ時間もあるだろうが、いくらエイドが諜報部隊員だとはいえ、俺が駆り出されるくらい手が足りない状況だ。エイドのように力のある隊員が休む暇なんてないだろう。
あるとすれば、何らかの事情でエイドが任務に参加できなくなるとか、そういう時だ。
「その分、給料は高くなるさ」
「金はいいから、少しは休めよ」
「お前に心配されるなんてねぇ」
エイドはそう言って笑う。
「べ、別に……心配してるわけじゃない」
「はは、ありがとな。今度、ちゃんと休みはとるから。じゃあ、後でな」
そう言って、エイドは行ってしまった。エイドのことだ、今度がいつになることやら。
しかも、今だって休む気はないのだ。現在の時刻は間もなく23時を迎えようというところ。今から夕食をとるということは、仮眠する時間もない。エイドのことだから、どうせ聞いても『電車の中で寝たから』とでも言うのだろう。
しかし、あの時間帯の電車の中はとても混雑していることを俺は知っている。席が空いていれば奇跡だが、空いていたとしてもエイドは自分から座らない。
どう考えても、休まずに任務に行くことになる。まったく、本当にエイドは自分のことをおろそかにする、どうしようもない馬鹿だ。
──エイドと別れてから1時間後
午前0時を回った時には、すでに今回の任務に参加するメンバーが正門前に揃っていた。その中には、もちろんエイドもいる。
人数確認のため隊ごとに整列するよう促されたが、エイドは諜報部隊の先頭に立っていたのですぐ分かった。並び順はあらかじめ伝えられているのだが、こういう時に最前列に立つ者は、その任務で自分の隊をまとめるリーダーであることが多い。
対する俺は、戦闘部隊の後ろの方。まぁ、当たり前といえば当たり前だ。本来なら、ここに立つことすらないはずなのだから。
いくら実戦で使えると言われていたとしても、やはり幾度も戦いを潜り抜けてきた戦闘員たちとは、埋められない経験値の差がある。
「今回、皆さんの送迎を担当する運搬部隊員エルフィア・ウィンガードです。今年から戦闘任務にも参加していますが、基本は運搬専門なのでよろしくお願いしますね」
俺の前に立っている隊員の背が大きくてよく見えなかったが、頭にゴーグルをつけた若い女性が一同に挨拶しているようだった。今年から戦闘任務への参加ということは、俺のような場合を除き18歳くらいといったところか。
運搬部隊は、荷物を運ぶ以外に、隊員たちの重要な足にもなる。今回の任務はそれほど人数の多いものではないため、彼女と彼女に何かあった時のための運搬部隊員もうひとりの参加のみのようだ。
挨拶を終えると、エルフィアは俺たちを今回の乗り物の場所に案内する。
「今回は、フェニックスで行きます。フェニックスのオプション効果として、操縦士が土のコアを使える場合、搭乗者に治癒魔法が常時適応されます。私もそれに該当するので、危なくなったら戻ってきて下さい」
案内された先にあったのは、赤やオレンジで美しく塗装された、不死鳥フェニックスをモチーフにした飛行機。機内では任地まで自由に過ごしていいと言われたので、みんな知り合いの隊員たちとかたまって動き出す。
続々と隊員たちが乗り込む中、入口付近に立っているエルフィアにエイドが声をかけていた。
「エルフィアが、この任務の操縦士なんだな」
「お久しぶりです、エイドさん」
「知り合いか?」
乗り込もうとしていた俺は、立ち止まってエイドに聞いてみた。
「ああ。この前の任務で一緒になってさ」
「そちらの方は?」
エルフィアが俺のことをエイドに尋ねる。近くで見ると、エルフィアは茶色のショートカットで、動きやすそうな上下カーキ色の制服を着ていた。その左胸には、赤、黄、緑、白の石がはめられた銀の隊員証が輝いている。
「こいつは、ファス」
エイドが俺のことを紹介した。俺の名前を聞いたエルフィアは、記憶を探るように何かぶつぶつ言っていたが、やがてポンと手を叩いた。
「もしかして、噂になってた15歳ですか?」
「噂……そういえば、ルーテルがそんなこと言ってたな」
俺はルーテルが言っていたことを思い出した。
「優秀な方だと聞いています。今回はよろしくお願いしますね」
エルフィアは、そう言ってにっこりと微笑む。
「別にそんなんじゃないけど……」
対する俺は、よろしくと返せばいいのに、もごもごと言葉を発し顔を逸らしてしまった。
初対面のやつと話すのは、どうも苦手だ。別に雰囲気を悪くしたいわけではないのだが、気持ちとは裏腹な行動をとってしまう。
そんな俺の様子を見かねたエイドがため息をつく。
「お前なぁ……その人見知り何とかしろよ。そんなんじゃ、俺がずっとついててやらなくちゃならないんだけど?」
「はぁ!? そんなの必要ない……何とかする」
エイドといると、エイドが俺の代わりに喋ってしまうから、俺も自分が話す必要性を感じない。だが、いい加減それはやめようと思っている。
何となく気まずくなった俺は、そそくさと機内に乗り込んだ。
「それならいいんだけど」
エイドは少し困ったように笑いながら、俺の後からフェニックスに乗り込んだ。
エルフィアは、一番最後にフェニックスに乗り込むと、操縦席の隣にあるパネルに何かカードを乗せた。すると、ウィィンと起動音がし、フェニックス内部に電気がつく。ああ、あのカードは免許証だったのか。ちらりと確認したところ、エルフィアの写真の横に、名前、それから人間と書いてあるのが見えた。
乗り物には、何であれ免許証が必要になる。エルフィアがやったように、免許証をセットすることにより、エンジンがかかる仕組みだ。免許証は各乗り物別に異なり、取得するためには試験を受けなくてはならない。
免許証の埋め込みチップのデータには、使用者のコアやその量が記憶されており、本人以外使用できなくなっている。乗り物の動力は操縦士のコアエネルギーなので、免許証に記録されたデータと異なるエネルギーを感知すると動かない仕組みになっているそうだ。
フェニックスが浮上し、機体が安定したところで、作戦部隊の隊員たちが一同を集めた。
隊長不在の任務中は、作戦部隊員たちが指揮を執ることが多い。そのため、今回も機内でその作戦を聞きながら、俺たちは目的地へと向かっていた。
とりあえず、村の状況の把握をしなくてはならないが、まずは住民の安全優先だ。それから、プリュネルたちがどこから現れたのか特定もしなくてはならない。この特定作業は、エルフィアが担当することになった。残った隊員たちは、村をプリュネルから守る。今回、この任務に参加している隊員のほとんどが光のコア持ちだ。プリュネルたちは光を嫌う特性があるそうなので、四方八方から光魔法でプリュネルたちを村の中央に集め、そこで一気に片を付ける。
ひと通り作戦を聞き終わって、後は目的地に着くのを待つばかり。仲のいい隊員たちは固まっていろいろ話しているようだが、俺はエイドの横で大人しく座っていた。知り合いとか、いないしな。
「エイド、お前は誰か話すやついないのか? 俺に気を遣わなくていいぞ」
「今回は俺も初めて会うやつが多いよ。エルフィアは操縦が忙しいし、話し相手はお前くらいかな」
「ふーん……」
だが、特別話すこともないので、黙ったまま時間を過ごしていると、遠慮がちにひとりの女性が近づいてきた。エイドよりは年下に見える。その女性は、少しためらっていたが、覚悟を決めたのかエイドに声をかけてきた。
「あ、あの! エイド・オプセルヴェさんですよね? 全属性使いの」
「そうだけど……何か?」
エイドも彼女のことは知らないのか、突然話しかけられて戸惑っているようだ。そして、彼女はそんなエイドに対し、右手を差し出して唐突に頭を下げた。
「ふ、ファンです! あっ、握手して下さい!」
怒濤の勢いに圧されるようにして、エイドは握手した。しかし、状況が飲み込めていないのか、首を傾げている。
「えーと……嬉しいけど、俺のファンだなんて珍しいね」
「そんなことないです! ファンクラブまであるんですよ」
「え、何それ!? 初耳なんだけど……」
「ありがとうございました!」
驚くエイドにお礼を言うと、嬉しそうに友人と思しき隊員たちの元へ帰って行った。その輪の中で、やったねとか、羨ましいなんて言葉が聞こえてくる。
エイドのファンクラブの噂は、ルーテルほどではないが聞いたことがある。
「なぁ、お前知ってた?」
エイドが真顔で俺に聞いてくる。
「噂で聞いたことはある気がする」
「そうなのか? 俺が知ってるファンクラブっていったら、ルーテルのくらいだな」
ルーテルのは、アイテールに住んでいれば知らない方が逆に珍しい。
ルーテルのファンの目は常に光っているという話で、なんだかんだでルーテルと一緒にいる時間の長い俺は、いつかファンから奇襲を受けないかとヒヤヒヤしていたりする。
「知っとけよ、諜報部隊員だろ? 自分のことになると疎いよな、お前」
「そうかな? 危険生物の名前なら、いくらでも出てくるんだけど」
「お前なぁ……」
「そういう顔するなよ。危険生物って呼んでるけど、あいつらもちゃんと特徴さえ分かってれば可愛いところが──」
エイドのマニアックな話が始まりそうになったとき、タイミングよくエルフィアのアナウンスが入る。
「皆さん、そろそろ目的地に到着します! 作戦や装備の最終確認を行ってください」
そのアナウンスに、一気に場の空気が張り詰める。さっきまでの雰囲気が嘘のようだ。みんな戦闘モードに切り替わったのか。
「行くぞ、ファス」
エイドも自分の武器である刀を2本携え、着陸に備える。
「ああ」
俺は深呼吸し、エイドから渡されたグラディウスを左手に構えた。
目覚まし時計で時間を確認すると、現在18時半ごろ。どうせすぐに汚れるのだから、風呂は後回しにして今は眠ろう。
目覚ましを23時にセットし、制服を着たままベッドに横になる。寝る前に任務の準備しておかなくてはとも思ったが、準備するものといえば、いつも使ってる武器くらいしかない。初回だということもあり、他に必要なものは今回チームを組む隊員たちがやってくれるそうだ。
今日はいろいろと変化があって疲れた。目を閉じると、あっという間に眠りに落ちていった。
◇◇◇◇
──ジリリリリ!!
「うーん……もう時間か」
けたたましい目覚ましの音に、俺は目を覚ました。枕元に置いておいた目覚ましを止めて、部屋の灯りをつける。準備もあっという間に終わったので、早めに集合場所に向かおうと部屋を出た。
「お、ファス。ちゃんと休んだか?」
すると、ばったりエイドと鉢合わせた。そうだ、あの後何をしていたのだろうか。
「どこ行ってたんだよ。夕飯は?」
「これから食べてくる。その前に、これを渡したかったんだ」
エイドは、何やら布に包まれたものを差し出した。それを開いてみて、俺は目を丸くした。
「グラディウス……これ、支給されたやつじゃないな」
渡されたのは、短めで幅広の刀剣。俺がいつも訓練で使っている種類の剣だが、これは支給されていたものより軽く、質もいい。使われた形跡はあるものの、手入れはしっかりされている。
「昔、俺が使ってたやつだ。今は別な武器使ってるから、家に置いてきちゃっててさ。本当なら、初任務の前にはお前にちゃんと合うやつ選んでやりたかったんだけど、急で準備できなかったから。それで我慢してくれ」
「それで家まで帰ってたのか? 俺は別に支給されたやつでいいのに」
いくらアイテール内に家があるとはいえ、この国は広い。そのため、電車で片道2時間はかかる。
「まぁ、慣れたやつの方が楽ならいつものを使えよ。こいつは気が向いたらでいいから」
「……一応、使うけど」
「まぁ、今度新しいの買ってやるから、それまでの代用品ってことで」
どこまで過保護なのか。さすがに、そこまでしてもらうわけにはいかない。
「いい。次は自分で買う」
「金ないだろ?」
痛いところをついてくる。まぁ、確かに今はない、今は。入隊してから任務らしい任務は今回が初めてだし、これからだ、これから。
「それは……お前こそ、どうなんだよ?」
「俺はいろいろ任務に参加してるから、給料はそれなりにあるし、セカンドもたまにしてるしな」
給料は、月末にその月の仕事分支払われるようになっている。とはいえ、アブソリュートは依頼・相談料を基本取らない。そのため、給料もそれほど高くできない。アブソリュートに所属している間は、隊員証を提示すれば、組織運営の店のものは割引がきくため、大体はそれでやりくりする。
しかし、性能のいい武器などは、組織運営の店であっても安くはない。だから、そういうものが欲しいときは、セカンド・ミッション──略してセカンドを請け負う必要が出てくるのだ。
セカンドというのは、商業関係など、アブソリュートが無償で受けることができない仕事を、時間のある隊員たちが引き受けることを言う。主に個人的都合のもので、商品の運搬やら旅行会社の護衛やら、店の用心棒やら様々だ。掲示板に募集が張り出されるので、隊員たちはそれを見て選ぶことになる。
「ただでさえ忙しいのに、仕事を増やすなよ」
戦闘員以外ならまだ時間もあるだろうが、いくらエイドが諜報部隊員だとはいえ、俺が駆り出されるくらい手が足りない状況だ。エイドのように力のある隊員が休む暇なんてないだろう。
あるとすれば、何らかの事情でエイドが任務に参加できなくなるとか、そういう時だ。
「その分、給料は高くなるさ」
「金はいいから、少しは休めよ」
「お前に心配されるなんてねぇ」
エイドはそう言って笑う。
「べ、別に……心配してるわけじゃない」
「はは、ありがとな。今度、ちゃんと休みはとるから。じゃあ、後でな」
そう言って、エイドは行ってしまった。エイドのことだ、今度がいつになることやら。
しかも、今だって休む気はないのだ。現在の時刻は間もなく23時を迎えようというところ。今から夕食をとるということは、仮眠する時間もない。エイドのことだから、どうせ聞いても『電車の中で寝たから』とでも言うのだろう。
しかし、あの時間帯の電車の中はとても混雑していることを俺は知っている。席が空いていれば奇跡だが、空いていたとしてもエイドは自分から座らない。
どう考えても、休まずに任務に行くことになる。まったく、本当にエイドは自分のことをおろそかにする、どうしようもない馬鹿だ。
──エイドと別れてから1時間後
午前0時を回った時には、すでに今回の任務に参加するメンバーが正門前に揃っていた。その中には、もちろんエイドもいる。
人数確認のため隊ごとに整列するよう促されたが、エイドは諜報部隊の先頭に立っていたのですぐ分かった。並び順はあらかじめ伝えられているのだが、こういう時に最前列に立つ者は、その任務で自分の隊をまとめるリーダーであることが多い。
対する俺は、戦闘部隊の後ろの方。まぁ、当たり前といえば当たり前だ。本来なら、ここに立つことすらないはずなのだから。
いくら実戦で使えると言われていたとしても、やはり幾度も戦いを潜り抜けてきた戦闘員たちとは、埋められない経験値の差がある。
「今回、皆さんの送迎を担当する運搬部隊員エルフィア・ウィンガードです。今年から戦闘任務にも参加していますが、基本は運搬専門なのでよろしくお願いしますね」
俺の前に立っている隊員の背が大きくてよく見えなかったが、頭にゴーグルをつけた若い女性が一同に挨拶しているようだった。今年から戦闘任務への参加ということは、俺のような場合を除き18歳くらいといったところか。
運搬部隊は、荷物を運ぶ以外に、隊員たちの重要な足にもなる。今回の任務はそれほど人数の多いものではないため、彼女と彼女に何かあった時のための運搬部隊員もうひとりの参加のみのようだ。
挨拶を終えると、エルフィアは俺たちを今回の乗り物の場所に案内する。
「今回は、フェニックスで行きます。フェニックスのオプション効果として、操縦士が土のコアを使える場合、搭乗者に治癒魔法が常時適応されます。私もそれに該当するので、危なくなったら戻ってきて下さい」
案内された先にあったのは、赤やオレンジで美しく塗装された、不死鳥フェニックスをモチーフにした飛行機。機内では任地まで自由に過ごしていいと言われたので、みんな知り合いの隊員たちとかたまって動き出す。
続々と隊員たちが乗り込む中、入口付近に立っているエルフィアにエイドが声をかけていた。
「エルフィアが、この任務の操縦士なんだな」
「お久しぶりです、エイドさん」
「知り合いか?」
乗り込もうとしていた俺は、立ち止まってエイドに聞いてみた。
「ああ。この前の任務で一緒になってさ」
「そちらの方は?」
エルフィアが俺のことをエイドに尋ねる。近くで見ると、エルフィアは茶色のショートカットで、動きやすそうな上下カーキ色の制服を着ていた。その左胸には、赤、黄、緑、白の石がはめられた銀の隊員証が輝いている。
「こいつは、ファス」
エイドが俺のことを紹介した。俺の名前を聞いたエルフィアは、記憶を探るように何かぶつぶつ言っていたが、やがてポンと手を叩いた。
「もしかして、噂になってた15歳ですか?」
「噂……そういえば、ルーテルがそんなこと言ってたな」
俺はルーテルが言っていたことを思い出した。
「優秀な方だと聞いています。今回はよろしくお願いしますね」
エルフィアは、そう言ってにっこりと微笑む。
「別にそんなんじゃないけど……」
対する俺は、よろしくと返せばいいのに、もごもごと言葉を発し顔を逸らしてしまった。
初対面のやつと話すのは、どうも苦手だ。別に雰囲気を悪くしたいわけではないのだが、気持ちとは裏腹な行動をとってしまう。
そんな俺の様子を見かねたエイドがため息をつく。
「お前なぁ……その人見知り何とかしろよ。そんなんじゃ、俺がずっとついててやらなくちゃならないんだけど?」
「はぁ!? そんなの必要ない……何とかする」
エイドといると、エイドが俺の代わりに喋ってしまうから、俺も自分が話す必要性を感じない。だが、いい加減それはやめようと思っている。
何となく気まずくなった俺は、そそくさと機内に乗り込んだ。
「それならいいんだけど」
エイドは少し困ったように笑いながら、俺の後からフェニックスに乗り込んだ。
エルフィアは、一番最後にフェニックスに乗り込むと、操縦席の隣にあるパネルに何かカードを乗せた。すると、ウィィンと起動音がし、フェニックス内部に電気がつく。ああ、あのカードは免許証だったのか。ちらりと確認したところ、エルフィアの写真の横に、名前、それから人間と書いてあるのが見えた。
乗り物には、何であれ免許証が必要になる。エルフィアがやったように、免許証をセットすることにより、エンジンがかかる仕組みだ。免許証は各乗り物別に異なり、取得するためには試験を受けなくてはならない。
免許証の埋め込みチップのデータには、使用者のコアやその量が記憶されており、本人以外使用できなくなっている。乗り物の動力は操縦士のコアエネルギーなので、免許証に記録されたデータと異なるエネルギーを感知すると動かない仕組みになっているそうだ。
フェニックスが浮上し、機体が安定したところで、作戦部隊の隊員たちが一同を集めた。
隊長不在の任務中は、作戦部隊員たちが指揮を執ることが多い。そのため、今回も機内でその作戦を聞きながら、俺たちは目的地へと向かっていた。
とりあえず、村の状況の把握をしなくてはならないが、まずは住民の安全優先だ。それから、プリュネルたちがどこから現れたのか特定もしなくてはならない。この特定作業は、エルフィアが担当することになった。残った隊員たちは、村をプリュネルから守る。今回、この任務に参加している隊員のほとんどが光のコア持ちだ。プリュネルたちは光を嫌う特性があるそうなので、四方八方から光魔法でプリュネルたちを村の中央に集め、そこで一気に片を付ける。
ひと通り作戦を聞き終わって、後は目的地に着くのを待つばかり。仲のいい隊員たちは固まっていろいろ話しているようだが、俺はエイドの横で大人しく座っていた。知り合いとか、いないしな。
「エイド、お前は誰か話すやついないのか? 俺に気を遣わなくていいぞ」
「今回は俺も初めて会うやつが多いよ。エルフィアは操縦が忙しいし、話し相手はお前くらいかな」
「ふーん……」
だが、特別話すこともないので、黙ったまま時間を過ごしていると、遠慮がちにひとりの女性が近づいてきた。エイドよりは年下に見える。その女性は、少しためらっていたが、覚悟を決めたのかエイドに声をかけてきた。
「あ、あの! エイド・オプセルヴェさんですよね? 全属性使いの」
「そうだけど……何か?」
エイドも彼女のことは知らないのか、突然話しかけられて戸惑っているようだ。そして、彼女はそんなエイドに対し、右手を差し出して唐突に頭を下げた。
「ふ、ファンです! あっ、握手して下さい!」
怒濤の勢いに圧されるようにして、エイドは握手した。しかし、状況が飲み込めていないのか、首を傾げている。
「えーと……嬉しいけど、俺のファンだなんて珍しいね」
「そんなことないです! ファンクラブまであるんですよ」
「え、何それ!? 初耳なんだけど……」
「ありがとうございました!」
驚くエイドにお礼を言うと、嬉しそうに友人と思しき隊員たちの元へ帰って行った。その輪の中で、やったねとか、羨ましいなんて言葉が聞こえてくる。
エイドのファンクラブの噂は、ルーテルほどではないが聞いたことがある。
「なぁ、お前知ってた?」
エイドが真顔で俺に聞いてくる。
「噂で聞いたことはある気がする」
「そうなのか? 俺が知ってるファンクラブっていったら、ルーテルのくらいだな」
ルーテルのは、アイテールに住んでいれば知らない方が逆に珍しい。
ルーテルのファンの目は常に光っているという話で、なんだかんだでルーテルと一緒にいる時間の長い俺は、いつかファンから奇襲を受けないかとヒヤヒヤしていたりする。
「知っとけよ、諜報部隊員だろ? 自分のことになると疎いよな、お前」
「そうかな? 危険生物の名前なら、いくらでも出てくるんだけど」
「お前なぁ……」
「そういう顔するなよ。危険生物って呼んでるけど、あいつらもちゃんと特徴さえ分かってれば可愛いところが──」
エイドのマニアックな話が始まりそうになったとき、タイミングよくエルフィアのアナウンスが入る。
「皆さん、そろそろ目的地に到着します! 作戦や装備の最終確認を行ってください」
そのアナウンスに、一気に場の空気が張り詰める。さっきまでの雰囲気が嘘のようだ。みんな戦闘モードに切り替わったのか。
「行くぞ、ファス」
エイドも自分の武器である刀を2本携え、着陸に備える。
「ああ」
俺は深呼吸し、エイドから渡されたグラディウスを左手に構えた。
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