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第2章 脱走した植物を追え!

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「ルルちゃんのとこ行ってる間に全滅してんじゃん。やっばいなぁ」

 フォグリアは扉を開けると困ったように頭をかく。
 俺は、その状況を理解するのに数秒かかった。

 なぜか黄緑色の巨大植物が暴れていて、床には植物研究会の会員だと思われる隊員たちが倒れていた。
 ……なんで、植物が歩いてるんだ?
 当たり前のように、そいつは根っこを足代わりにして動いている。それから、花が咲く代わりに頭のような膨らみがあって、目はないが、ギザギザの歯が生えた大きな口らしきものがひとつ、存在感を放っていた。
 
「モルドーレ!? これどうしたの?」

 エイドは、さらりとそいつの名前を言い当てた。どう考えても危険生物モンスターの類だ。そういうものに関して、エイドはかなり詳しい。危険生物モンスターの情報収集が趣味とは、俺には理解し難いが。
 危険生物モンスターといえど、薬の材料となるものなどは、飼われていることもある。こいつも、そうだったのだろう。

「出張から帰って来てみたら、思いのほか成長しちゃっててさぁ。植木鉢が成長に合わないとストレス溜まって、暴れ出すことがあるんだよね。いや、びっくり」

 びっくりしたのは、こっちの方だ。

「びっくり、じゃないだろ。早く何とかしないと」

 どんどん壊されていく温室を見て、エイドがフォグリアを諭す。

「分かってるって。だから、この植木鉢を探しに行ったんだから。これに移し替えてやれば、たぶん大人しくなるよ。でも、移し替えにもうちょい手が欲しかったんだよねぇ」

 フォグリアは頭から植木鉢を床に降ろすと、俺たちの方を見る。何か、嫌な予感。

「まさかとは思うけど、それで俺たちを呼んだの?」

 エイドは苦笑する。俺もエイドと同じことを思っていた。もう、そんな気しかしない。
 フォグリアは満面の笑みを浮かべると、びしっと右手の親指を立てた。

「何かちょうどいいところにいたからさぁ。あたしがここを出る前より、手伝いも減ってることだし、ね?」

 ああ、それはこの惨劇を見れば分かる。減ってるっていうか、もう手伝い全滅してるよな。

「ね? じゃないよ……モルドーレって、確か毒持ってたよね?」
「うん、持ってるよ。大丈夫、大丈夫、死なないから」
「3日は動けなくなるやつだろ?」
「よく知ってるね。さすが、危険生物博士モンスターマスター。でも、この子はそんなに危険じゃな──」

 その時、フォグリアは後ろから首をもたげた……いや、茎の方が正しいのだろうか?
 それはどちらでもいいが、とにかくモルドーレに頭から食べられてしまった。

「フォグリア!?」

 エイドが慌ててフォグリアを引っ張る。引っ張ってやると、思いのほか簡単にモルドーレはフォグリアを放した。頭は……よかった、無事のようだ。
 モルドーレはくるりと向きを変えると、壁に体当たりし始めた。
 とりあえず安心したのもつかの間、フォグリアはその場に倒れてしまう。慌てて駆け寄ってみると、フォグリアはなぜか感極まっていた。

「大きくなったんだなぁ、モル吉……あたしは嬉しいよ……」

 自分の心配しろよ! だが、この調子なら心配いらないか。
 痺れているのか言葉が発しづらかったり、体が思うように動かなくなっているようだが、意識もあるし、命に別状はなさそうだ。
 これがさっき言っていた毒なのだろうか。痺れるだけなのかもしれないが、このまま放っておくわけにもいかないだろう。

「いやいやいや、誰か救護部隊員呼んでくるから!」
「その必要はない」
 
 エイドが出口に向かうと、そこにはこれまた存在感のある青年が、恐い顔をして立っていた。

「メディ! どうしてここに……」
「大きな植木鉢を頭に乗せて走っているのを目撃した。あれだけ目立っていれば、嫌でも気がつくだろう」

 恐い顔のまま、メディアスは温室の壁に体当たりを繰り返すモルドーレと、マヒして動けなくなったフォグリアとを交互に見る。

「また何かやらかしたのかと来てみれば……アルラウネ、これはどういう有り様だ?」

 低い声で、メディアスはフォグリアに問いかける。これは恐い。

「え~……モル吉の成長の証?」

 この状態のメディアスにそう言えるとは、大した度胸だと思う。

「お前が出張前にちゃんと管理しておかなかったせいだろう」
「この子の成長が早かったんだって~。大丈夫だよ、ちょっとビリビリするけど」
「どこが大丈夫なんだ。責任者のはずのお前が動けなくてどうする」
「メディアス、何とかしてよ~」

 フォグリアが泣きついた。まぁ、本当に泣いている訳ではなさそうだが。

「そうやってお前の後始末をさせられるのは何度目なんだ」

 メディアスは、やれやれと額に手を当てる。どうやら、これが初めてではなさそうだ。なんだか、メディアスに同情したくなる。

「ごめんよ~、もうしないから」
「そのセリフも何度聞かされたことか。……だが、このままにもしておけないからな。仕方がない」

 大きなため息をひとつついて、メディアスが暴れるモルドーレに近づこうとした時だった。

「はっ! だめだ、待てメディ!」

 エイドが突然、血相を変えてメディアスを止める。モルドーレが暴れているのを見た時よりも慌てているように感じるのは、俺だけだろうか?

「どうした?」

 メディアスが怪訝そうな顔をする。

「こいつらを移し替える時に、噛まれる可能性もあるだろ?」
「覚悟の上だ。だが、このままにしておいたら、もっと被害が広がる」
「3日後、何があるか忘れたのか?」
「3日後? ……あぁ、あれか」

 首を傾げたメディアスは、それが何のことなのか分かったようで、顔を曇らせた。何だ、何があるんだ?

「お前が動けなくなったら、それこそアブソリュートが崩壊しかねないよ」

 アブソリュートが崩壊しかねないことって、3日後が恐ろしいんだが。何があるっていうんだよ。

「だったらどうする? このままにはしておけないぞ」
「俺がやるから、メディは噛まれた隊員たちの治療を……」

 2人が話し合っていた時だった。
 ドカン、と凄まじい音と共に壁が崩壊する。壁に開けた大穴から脱走したのは、他でもない。あのモルドーレだ。俺は思わずぽかんと口を開けたまま固まってしまった。

「お? モル吉、逃げちゃったなぁ」

 呑気なこと言ってないで、捕まえろよ……って、動けないんだったな。

「あ~もう! メディはここで患者を診てて。俺が捕まえてくるから」
「待てよ、俺も行く。あいつを探すなら数は多い方がいいだろ?」

 俺はそう提案した。まぁ、だめだと言われてもついていくが。
 さっき、メディアスが倒れたら組織が崩壊するとか言っていたが、崩壊まではいかなくとも、エイドが動けなくなったって周りにかなりの迷惑がかかってしまう。ここは、噛まれても問題なさそうな俺がやった方がいい。

「……分かったよ。だめだって言っても、ついてくるんだろ? でも、見つけたらすぐ俺に知らせろよ。絶対に自分で捕まえようとするな」

 エイドの忠告には、曖昧な返事を返した。
 その後、さっそく出発しようとした俺たちに、フォグリアが懇願する。

「くれぐれも、モル吉無傷で頼むよ~!」
「はは……善処するよ。じゃあ、行くぞファス」

 あいつ無傷で捕獲って、ってなんだよ! 俺たちは、別にいいのだろうか。
 そんなことを考えながら、俺たちは脱走したモルドーレを追った。


 走っていくエイドとファスの背が見えなくなると、メディアスは床に倒れたフォグリアを見下ろした。

「さて、お前は治療だぞアルラウネ」

 メディアスは、異変に気がついた。さっきまで笑っていたフォグリアが、急に黙り込んでいる。

「どうした?」
「……モル吉、処分されちゃうのかなぁ?」

 ぽつりと発された言葉の裏に隠されたものを、メディアスは感じ取った。それは、彼女の背負い続けてきた過去。いくら笑っていても、片時も忘れることはないのだろう。
 それを知っていたメディアスは、ため息をつくとフォグリアに言葉をかける。

「……あいつの持つ毒は、死に至るほど強力なものではない。仮に処分されそうになったら、俺が何とか掛け合ってやる。それに今回に関しては、幸か不幸か3日後にが待っているからな。噛まれておいた方が、感謝されるかもしれないぞ」
 
 メディアスの言葉には、そこまで深く気に病むなという意味合いが含まれていた。本当はそれなりに大参事なのだが、フォグリアをこれ以上追い詰める気にはなれなかったのだ。仕事は増えるが、死者が出ないのなら大目に見ようと、メディアスは目をつぶった。
 メディアスの言葉に、フォグリアは微笑む。

「……メディアス」
「今度は何だ?」

 治療を再開しようとしたところに声をかけられ、メディアスは眉間にしわを寄せる。

「ありがとね」

 フォグリアは一言だけそう言うと、後は大人しくなった。メディアスは少し驚いた顔をしたが、すぐ元の表情に戻り、眼鏡を右手の中指で押し上げる。

「次はないからな」

 メディアスはそれだけ言うと、後は黙々と治療を始めた。
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