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第6章 破壊と炎

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 メディアスは、相手に位置がばれたことを知ると、すぐに持っていた小さな茶色の瓶のようなものを地面に叩きつけた。それはパリンと音をたてて割れると同時に、中から赤い煙を吐き出し始める。どうやら、救援信号のようだ。
 帽子の男は、もくもくと立ち昇る赤い煙を見上げ、綺麗な赤色だなぁなどと呑気なことを言っている。この男は救援信号だと分かっていないのか、それとも余裕の表れなのか。

「なぜ、こんなことをした?」

 俺は背後に立っているためその表情は分からないが、決して声を荒げているわけではないのにメディアスの怒りが伝わってきた。
 帽子の男は、そんなメディアスの神経を逆なでするようにニヤニヤと笑みを浮かべている。

「随分と早かったな。もう少し来るのが遅かったら、もっとここのやつらで遊んでやろうと思ってたのに」
「答えろ」
「俺は別に興味ないけど、もうある程度壊すだけ壊したし、少しは命令にも従っておいたほうが後々楽、か。命令では生け捕りだっけ? 死んでなきゃ、多少は遊んでもいいんだったかな」
「答えろ……なぜ、この村を破壊したのかと聞いている」

 地を這うような声に、帽子の男はわざとらしく肩をすくめて見せる。

「お前は冷静なのが長所なんだろう? そう熱くなるなよ」
「俺は冷静だ。冷静に、お前をどうするか考えている」
「俺と戦うのは賢明な判断とはいえないと思うけどね。戦闘向きじゃないだろう、お前?」

 男の赤い瞳が、ギラリと光った。
 すぐにでも戦闘が始まってしまいそうな状況に、一気に緊張が走る。落ち着けメディアス、そう言おうと俺は近づいた。
 しかし、それは無用な心配であったとすぐに思い知る。

「……ウィズ、俺がやつの注意をひく。その隙に教授たちを避難させろ、いいな?」

 その目には確かに怒りが宿っているものの、声は驚くほど冷静だった。
 
「なっ!? お前ひとりでか? 無茶苦茶だろ!」
「静かにしろ。――いいか? やつの狙いは、どうやら俺にありそうだ。俺が動けば、必然的にやつも追いかけてくるだろう。だから、これはお前にしか頼めない」

 俺に注意し、小声で話を続ける。

「かすかに聞こえてきたが、命を取られることまではなさそうだ。上手くやり過ごすさ」

 それだけ言うと、メディアスは男に視線を戻した。
 どうしようか迷ったが、男の実力が定かでない以上、戦いをけしかけるのは賢明ではないだろう。ざわ、と頭の隅でが抗議の声をあげるのが分かったが、聞こえなかったふりをして抑えつけた。

 メディアスと男のやり取りを見ながら、俺は女性が立っている場所まで後ずさる。そうしてすぐに、前に立つ2人の会話が聞こえてきた。

「ウルカグアリの爆破、加えて巫女を誘拐したのもお前か?」
「他の奴の心配より、自分の今の立場を考えた方がいいと思うよ」

 どちらともつかない答えを返し、男はさっと自分の身体の前で右手を払う。それが何であるか瞬時に察知したメディアスも同じ動作を返した。
 帽子の男の手から放たれた炎の斬撃と、メディアスの手から放たれた水の斬撃とがぶつかり、熱い蒸気が立ち込める。俺の背後で女性の悲鳴があがった。

 攻撃を止められたことに対してか、男がひゅうと口笛を吹く。そこから、男がまだまだ本気を出していないことが伺えた。
 対するメディアスは火傷を負ったらしく、左腕に右手を当てている。破けた制服から見える火傷の跡は、見ているこちらも痛々しい。しかし、メディアスの右手から黄色っぽい光が溢れたかと思うと、たちまち火傷の跡はなくなってしまった。

「やっぱり、噂通り治癒魔法は得意なんだな。旦那も診てやって欲しいくらいだね。まぁ、戦闘能力に関しては予想範囲内だったけどな」

 メディアスは何も言わないが、優勢なのは帽子の男の方だろう。
 しかし、その一撃のあとは、何かを考えているように動かなくなった。次なる男の行動に身構えていると、男は短い言葉を吐き出す。しかし、短いが、こちらを動揺させるには十分だった。

「アクスラピア、唯一の生き残り――だろ、メディアス・クラスト」

 ピクリ、とメディアスが反応する。明らかに驚いているようだ。
 それも無理はないだろう。だって、こいつは知っているはずがないのだ。メディアスの過去に何があったかなんて。

「旅先から帰ってきた住民のひとりが感染源。発症までは数週間を要し、その間村の住民たちは病原菌が撒き散らされていることに気がつかなかった。気づいた時には村中に広がって、もう手遅れ。ざっとこんな感じだったか?」

 さらりとそう言ってのけ、男は口角を上げる。
 そこまでは、俺も聞いたことがない。この詳細を、一体どこで知ったというのだろうか。

「それで、お前は運よく生き残ったんだよね」
「運が良かったわけじゃない」

 そこでようやくメディアスが口を開く。

「俺は、生かされるべくして生かされた。それだけだ」

 その返答に、男は虚を突かれたような顔をした。

「生かされるべくして、ねぇ?」

 男がメディアスの話に食いつく。その間に、俺は女性を連れて物陰に身を隠した。男もそれには気がついているのだろうが、追ってくる様子はない。
 2人が話しているうちに、俺は女性に案内してもらいながら負傷者たちが避難しているという地下へと向かった。
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