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第11章 アイテール城にて
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荷造りを終えたゼロとラウディは、自分たちと交代で城へやってくる隊員たちの到着を、他の隊員たちと共に待っていた。
今回の交代は、諜報部隊員にとっては大きな意味を持つ。それはラウディも例外ではなく、城で起こっている異変を本部に報告するという仕事が残っていた。
最初に異変を察知したのは彼であり、中心となって密かに情報収集を行っていた。内容は、親友とも呼べるゼロに対してであっても話していない。諜報部隊員として、何よりも情報漏えいは避けるべきこととされていた。それが重い内容であれば尚更だ。
裏で行動し、彼らが仕事をしているのを目にすることはほとんどない。しかし、彼らの仕事がもたらす影響は決して小さくはなかった。
正午を回る2時間ほど前、本部から城勤めを交代する隊員たちがやってきた。誰が来るのかということは少し前に知らされていたが、その中にとある友人の名前があることにゼロとラウディは少し驚いていた。
城門の前で待つ隊員たちと入れ替わりで、ゼロたちは城から出る。城門前で待つ隊員たちの中にその友人の姿を見つけ、ゼロは声をかけた。
「久しぶりだな、エイド」
エイドもすぐにゼロに気がつき、笑顔で応じる。
「うん、久しぶり。ふたりとも元気だった?」
同期ということもあって、互いのことはよく知っていた。特に、ラウディとエイドは同じ隊に所属しているため、同じ任務に就いたこともある。
軽く挨拶を交わしたところで、ラウディは抱いていた疑問を投げかける。
「それにしても、お前が来るって聞いたときは驚いたな。弟はもういいのか?」
アイテール城の任務に就くということは、長期間帰還できないことを意味する。少し前に打診があった時には、弟が心配だから断ったという話を聞かされていた。
すると、エイドは少し寂しそうに微笑む。
「あいつも入隊したんだ。俺がいなくても、メディとかルーテルがいるからね。もちろん、心配なのは変わらないけどさ」
だから、俺が傍にいなくても大丈夫だ、とエイドは言った。
少し本部を離れている間に、色々と状況は変わったものだとラウディは思う。
「そうか。ならばどこかで会うかもしれないな」
ゼロは、入隊したというファスの話に興味を持ったらしかった。
「会ったらよろしく頼むよ」
「了解した」
ゼロは気がついていないようだが、エイドの表情が少し曇ったのをラウディは見逃さなかった。
その理由は、何となく予想できる。良くも悪くも、ゼロには迷いがない。以前、自分の弟はわけありなのだと打ち明けてくれたことがある。そして、それが他者を傷つける可能性のあるものだということも。
もし、ファスが原因で誰かが危険に晒されそうになったとしたら。その時は、容赦なく斬り捨てるだろう。
情がないというのではない。ただ、組織の隊員としてすべきことをしているだけだ。ゼロは、隊員としては文句のない逸材だった。
それに対して、エイドは私情を任務中にも持ち込みがちだ。他者の心情へも同化しやすく、お人好し過ぎる面も目立っている。波風立てないように、常に他者の顔色を伺って生活してきたエイドは、特に大きな問題を起こしたこともない。
しかし、相手に合わせ、場合によって変化する彼の態度を見ていると不安になることがある。
ゼロのように強い意志を持たない。そこまでいかなくとも、ぶれない自分の意見が言えない。少し押されれば簡単に変わる態度に、ラウディは何度か思ったことがある。「お前は誰なんだ?」、と。
そのエイドが、弟のことには一貫して同じ態度をとっていた。弟を守る、という自分の意見を主張できるようになっていた。
しかし、傍からそれを見ていたラウディには、執着しすぎているようにも思えていた。次第に、それがエイドの人生の道を決めてしまっているようにも見え、恐ろしくもあった。もし、その道標がなくなったら、彼はどうなるのか。
今回、エイドが城へやってくることを決めたのは、ファスに気を配る必要性が軽減したからだ。
ファスにとって、エイドという存在が必ずしも必要ではなくなったのなら。エイドが守る必要がなくなったのなら。彼はどうなってしまうのだろう、とラウディは考えていた。
しかし、こんなことを考えるのもお節介だなと思い、思考を切り替えた。
その後、少しして入城の許可が下り、エイドたちは城へと入っていく。去り際、エイドは表情を硬くしてラウディに耳打ちした。
「ラウ、色々と面倒なことになってるから気をつけてね」
「こっちもな。アルベール様たちを頼む」
「……分かった」
早口で返したラウディの言葉に、エイドは小さく頷いた。
短いやり取りだったが、互いに安心できない状況であることを把握して別れる。
城の中に消えていくエイドの背中を、見えなくなるまでラウディは目で追っていた。
姿が見えなくなると、ラウディたちも帰還に向けて歩き出す。
初めはぞろぞろと城勤めで一緒だった隊員たちは同じ方向へ歩いていたが、途中から皆バラバラに分かれていく。
それというのも、帰還の前に数日休暇が与えられており、それを利用して長く会っていなかった家族の元へ帰る隊員たちも多かったからだ。
他の隊員たちもまばらになったところで、ラウディはため息をつく。
「さすがに半年帰れないのはきつかったぜ」
それを聞いたゼロは、不思議そうに首を傾げる。
「そうか? 普段はできない経験がたくさんできて、非常に有意義だったと思うが」
「有意義だったってことに異論はないが、約半年もあんな堅苦しい環境にいたら疲れるって」
「そうか?」
「お前に共感してもらえそうにはないけど、そうなんだって」
うーん、と小さく唸りながら考えるゼロをわき目に、ラウディは歩いていく。いつの間にか、他の隊員たちの姿は見えなくなっていた。
ふと、何かを思いついた顔で、ゼロは提案する。
「疲れているなら、私の実家に寄っていかないか? 本部の寮に戻るよりも近いだろう」
ゼロの実家は、アイテール城の城下町にある。本部へ行くのも一駅くらいの距離だ。
対して、ラウディの実家はアイテール王国内にはない。帰るといっても、移動だけで終わってしまう距離だ。そのため、今回実家に帰るつもりはなかった。かといって、ゼロの家に行くつもりもない。
「やめとく。久々の休暇なんだし、家族とゆっくり過ごせよ。俺は読みかけの本を本部の寮に置きっぱなしだったんだ。早く続きを読みたいから戻るぜ」
「そうか。では、また後でな」
辞退の理由に納得したように頷き、ゼロは帰って行った。
その後ろ姿が小さくなったのを確認してから、ラウディは呟く。
「ゼロの家も結構な豪邸だから、気を遣うんだよなぁ……」
何度かお邪魔したことはあるが、彼の家にはメイドや執事がたくさんいて、落ち着けたものではない。
しかし、一番の原因はそこではなかった。
「本音を言えば、長期任務明けであいつに会うのは疲れるからなんだけどな」
ゼロには、3つほど歳の離れた妹がいる。
レイリ・グランソール。17歳の元気な少女だ。
彼女の母リーンは名の知れた貿易商であり、ゼロやレイリは裕福な家庭の育ちだ。父、母共に有名ということもあり、娘の身を案じて外出も単独では禁止されている。
ゼロを見ても分かる通り、グランソール一家は美形ぞろいだ。彼女もその枠に外れず、見合いの申し込みが後を絶たないらしい。
しかし、それを全て断っているのはラウディの存在があるからだった。
彼女は、ラウディに対して好意を持っている。そして、それを隠す素振りもないので、ラウディにもそれは分かっていた。
こうだと決めたら一途なのは、母譲りだろうか。リーンもまた、最高司令官ネオに猛アタックしたのち結ばれたのだという。
純粋に自分に対して向けられる好意は嬉しいものだが、それを素直に喜ぶことができないのはラウディの立ち位置にあった。
アブソリュートの諜報部隊員――組織員であるということは、常に危険と隣り合わせだ。そして、それは裏で暗躍する仕事が多いラウディも例外ではなく。
いつ自分が危険に巻き込まれるかも分からない状況で、レイリを幸せにできるとは思えなかった。
それに、母は仕事柄他国に出かけていることが多く、父も兄も組織に属し、家にいつもいないことを寂しがっていたではないか。それなのに、どうして自分に執着するのか分からなかった。
理由はどうであれ、ひとたび顔を合わせれば話がなかなか終わらない。聞いているの自体は嫌ではないが、長期任務明けの今はそれに付き合える気がしなかった。
誘いを断ったラウディは、重い身体を引きずるようにして一足先に帰還した。
今回の交代は、諜報部隊員にとっては大きな意味を持つ。それはラウディも例外ではなく、城で起こっている異変を本部に報告するという仕事が残っていた。
最初に異変を察知したのは彼であり、中心となって密かに情報収集を行っていた。内容は、親友とも呼べるゼロに対してであっても話していない。諜報部隊員として、何よりも情報漏えいは避けるべきこととされていた。それが重い内容であれば尚更だ。
裏で行動し、彼らが仕事をしているのを目にすることはほとんどない。しかし、彼らの仕事がもたらす影響は決して小さくはなかった。
正午を回る2時間ほど前、本部から城勤めを交代する隊員たちがやってきた。誰が来るのかということは少し前に知らされていたが、その中にとある友人の名前があることにゼロとラウディは少し驚いていた。
城門の前で待つ隊員たちと入れ替わりで、ゼロたちは城から出る。城門前で待つ隊員たちの中にその友人の姿を見つけ、ゼロは声をかけた。
「久しぶりだな、エイド」
エイドもすぐにゼロに気がつき、笑顔で応じる。
「うん、久しぶり。ふたりとも元気だった?」
同期ということもあって、互いのことはよく知っていた。特に、ラウディとエイドは同じ隊に所属しているため、同じ任務に就いたこともある。
軽く挨拶を交わしたところで、ラウディは抱いていた疑問を投げかける。
「それにしても、お前が来るって聞いたときは驚いたな。弟はもういいのか?」
アイテール城の任務に就くということは、長期間帰還できないことを意味する。少し前に打診があった時には、弟が心配だから断ったという話を聞かされていた。
すると、エイドは少し寂しそうに微笑む。
「あいつも入隊したんだ。俺がいなくても、メディとかルーテルがいるからね。もちろん、心配なのは変わらないけどさ」
だから、俺が傍にいなくても大丈夫だ、とエイドは言った。
少し本部を離れている間に、色々と状況は変わったものだとラウディは思う。
「そうか。ならばどこかで会うかもしれないな」
ゼロは、入隊したというファスの話に興味を持ったらしかった。
「会ったらよろしく頼むよ」
「了解した」
ゼロは気がついていないようだが、エイドの表情が少し曇ったのをラウディは見逃さなかった。
その理由は、何となく予想できる。良くも悪くも、ゼロには迷いがない。以前、自分の弟はわけありなのだと打ち明けてくれたことがある。そして、それが他者を傷つける可能性のあるものだということも。
もし、ファスが原因で誰かが危険に晒されそうになったとしたら。その時は、容赦なく斬り捨てるだろう。
情がないというのではない。ただ、組織の隊員としてすべきことをしているだけだ。ゼロは、隊員としては文句のない逸材だった。
それに対して、エイドは私情を任務中にも持ち込みがちだ。他者の心情へも同化しやすく、お人好し過ぎる面も目立っている。波風立てないように、常に他者の顔色を伺って生活してきたエイドは、特に大きな問題を起こしたこともない。
しかし、相手に合わせ、場合によって変化する彼の態度を見ていると不安になることがある。
ゼロのように強い意志を持たない。そこまでいかなくとも、ぶれない自分の意見が言えない。少し押されれば簡単に変わる態度に、ラウディは何度か思ったことがある。「お前は誰なんだ?」、と。
そのエイドが、弟のことには一貫して同じ態度をとっていた。弟を守る、という自分の意見を主張できるようになっていた。
しかし、傍からそれを見ていたラウディには、執着しすぎているようにも思えていた。次第に、それがエイドの人生の道を決めてしまっているようにも見え、恐ろしくもあった。もし、その道標がなくなったら、彼はどうなるのか。
今回、エイドが城へやってくることを決めたのは、ファスに気を配る必要性が軽減したからだ。
ファスにとって、エイドという存在が必ずしも必要ではなくなったのなら。エイドが守る必要がなくなったのなら。彼はどうなってしまうのだろう、とラウディは考えていた。
しかし、こんなことを考えるのもお節介だなと思い、思考を切り替えた。
その後、少しして入城の許可が下り、エイドたちは城へと入っていく。去り際、エイドは表情を硬くしてラウディに耳打ちした。
「ラウ、色々と面倒なことになってるから気をつけてね」
「こっちもな。アルベール様たちを頼む」
「……分かった」
早口で返したラウディの言葉に、エイドは小さく頷いた。
短いやり取りだったが、互いに安心できない状況であることを把握して別れる。
城の中に消えていくエイドの背中を、見えなくなるまでラウディは目で追っていた。
姿が見えなくなると、ラウディたちも帰還に向けて歩き出す。
初めはぞろぞろと城勤めで一緒だった隊員たちは同じ方向へ歩いていたが、途中から皆バラバラに分かれていく。
それというのも、帰還の前に数日休暇が与えられており、それを利用して長く会っていなかった家族の元へ帰る隊員たちも多かったからだ。
他の隊員たちもまばらになったところで、ラウディはため息をつく。
「さすがに半年帰れないのはきつかったぜ」
それを聞いたゼロは、不思議そうに首を傾げる。
「そうか? 普段はできない経験がたくさんできて、非常に有意義だったと思うが」
「有意義だったってことに異論はないが、約半年もあんな堅苦しい環境にいたら疲れるって」
「そうか?」
「お前に共感してもらえそうにはないけど、そうなんだって」
うーん、と小さく唸りながら考えるゼロをわき目に、ラウディは歩いていく。いつの間にか、他の隊員たちの姿は見えなくなっていた。
ふと、何かを思いついた顔で、ゼロは提案する。
「疲れているなら、私の実家に寄っていかないか? 本部の寮に戻るよりも近いだろう」
ゼロの実家は、アイテール城の城下町にある。本部へ行くのも一駅くらいの距離だ。
対して、ラウディの実家はアイテール王国内にはない。帰るといっても、移動だけで終わってしまう距離だ。そのため、今回実家に帰るつもりはなかった。かといって、ゼロの家に行くつもりもない。
「やめとく。久々の休暇なんだし、家族とゆっくり過ごせよ。俺は読みかけの本を本部の寮に置きっぱなしだったんだ。早く続きを読みたいから戻るぜ」
「そうか。では、また後でな」
辞退の理由に納得したように頷き、ゼロは帰って行った。
その後ろ姿が小さくなったのを確認してから、ラウディは呟く。
「ゼロの家も結構な豪邸だから、気を遣うんだよなぁ……」
何度かお邪魔したことはあるが、彼の家にはメイドや執事がたくさんいて、落ち着けたものではない。
しかし、一番の原因はそこではなかった。
「本音を言えば、長期任務明けであいつに会うのは疲れるからなんだけどな」
ゼロには、3つほど歳の離れた妹がいる。
レイリ・グランソール。17歳の元気な少女だ。
彼女の母リーンは名の知れた貿易商であり、ゼロやレイリは裕福な家庭の育ちだ。父、母共に有名ということもあり、娘の身を案じて外出も単独では禁止されている。
ゼロを見ても分かる通り、グランソール一家は美形ぞろいだ。彼女もその枠に外れず、見合いの申し込みが後を絶たないらしい。
しかし、それを全て断っているのはラウディの存在があるからだった。
彼女は、ラウディに対して好意を持っている。そして、それを隠す素振りもないので、ラウディにもそれは分かっていた。
こうだと決めたら一途なのは、母譲りだろうか。リーンもまた、最高司令官ネオに猛アタックしたのち結ばれたのだという。
純粋に自分に対して向けられる好意は嬉しいものだが、それを素直に喜ぶことができないのはラウディの立ち位置にあった。
アブソリュートの諜報部隊員――組織員であるということは、常に危険と隣り合わせだ。そして、それは裏で暗躍する仕事が多いラウディも例外ではなく。
いつ自分が危険に巻き込まれるかも分からない状況で、レイリを幸せにできるとは思えなかった。
それに、母は仕事柄他国に出かけていることが多く、父も兄も組織に属し、家にいつもいないことを寂しがっていたではないか。それなのに、どうして自分に執着するのか分からなかった。
理由はどうであれ、ひとたび顔を合わせれば話がなかなか終わらない。聞いているの自体は嫌ではないが、長期任務明けの今はそれに付き合える気がしなかった。
誘いを断ったラウディは、重い身体を引きずるようにして一足先に帰還した。
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