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第11章 アイテール城にて

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 休暇を終え、帰還したゼロと共にラウディは最高司令官室へと報告に向かっていた。
 数日ぶりに再会してみれば、ゼロは派手な赤い制服に身を包んでいた。目立つので、廊下を歩く隊員たちの視線が痛い。
 ゼロはまったく気にしていないが、隣を歩くラウディはさすがに気がついていた。ゼロの天然な行動はこれに限ったことではないため、付き合いの長いラウディは無視して歩く。この程度、軽くスルーできなければ彼の友人などやっていられない。

「失礼します。ゼロ・グランソール、ラウディ・ハーン、以上2名、任務の報告に参りました」

 ゼロが最高司令官室の扉をノックして声をかけると、中からネオの了承が返ってくる。
 アブソリュート最高司令官は、ゼロの父親だ。しかし、仕事中は他の隊員と変わらぬように接している。
 中に入ると、以前よりも少し疲れて見えるネオが仕事机に座っていた。机に積み上げられた書類の山が、留守にしていた間の組織の仕事量を物語っている。
 久々に顔を合わせただろうに、ネオ、そしてゼロの表情は仕事中のそれと同じだった。さすがは世界組織を統べる最高司令官とその息子といったところだろうか。
 仕事机を挟んで向かい合うようにして並ぶと、やはり似ている。彼の母リーンがネオの面影を重ねるのも不思議ではなかった。

「任務ご苦労だった。報告を聞かせてもらおうか。詳しくは後で報告書にまとめてもらうことになる。重要そうなことだけ、簡潔に話してくれ」

 ゼロは、特に重要な事項として「現国王レクス・リアン・アイテールの不調」を挙げた。これは、国王の代がかわりかねない重大問題である。
 国王の不調は1年以上前から組織でも話題になっていたものの、ゼロたちが城で務めていた半年の間にかなり悪化の傾向にあった。
 ネオもこの急変ぶりに内心穏やかではない。国王には組織の支援などとても世話になった。温和で、純粋で、民の心を敏感に感じ取れる良き王。失うには惜しい存在だった。

 そして、ネオがこの件を危惧するのにはもうひとつ理由がある。レクスの後を継ぐのは誰か。
 王位継承権は、順当にいけば第一王子アルベール、第一王女マリアム、第二王子ディンの順である。しかし、他にも彼らの親族が黙ってはいないだろう。
 第一王子アルベールは25歳。王としての素質はあるものの、ずっと歳が上の王位を狙う者たちの圧力を受けていると聞く。
 現国王の不調。母親である王妃も今は他界し、彼が頼れる親族は妹と弟くらいのものだ。マリアムはまだしも、ディンはまだ幼い。アルベールは若くして重いものを背負っていた。
 現国王の意志を受け継いでいくのなら、アルベールが最も適任だろう。そして、民もそれを強く望んでいる。ネオとしても、それが一番望ましいと考えてはいるが、これからの動向には目を光らせていなければならない。

 報告が終わり、話が途切れる。そこで、ようやくネオは入室してきた時から気になっていたことを問いかけた。

「それにしてもゼロ……その服はどうした?」

 だいたい察しはついているものの、真っ赤な長袖の制服に白いスラックスという、普段着るものではないだろうという服装をしている。すると、やはりその予想と相違ない答えが返ってくる。

「母上にいただきました。防護に優れた素材でできているそうです」
「やはり、リーンか……」

 少々押しが強いところはあるものの、仕事で世界中を渡り歩き、妻としても申し分ないリーンに対して尊敬の念すら抱くが、こういうところは今になっても理解しがたい。
 息子も息子で、この歳になっても周りからの目は気にならないのだろうかと、親心で心配になることは少なくなかった。

「色は目立ちますが、姿を隠さなければならない任務以外で支障はないかと」
「しかしな……」

 ちらりとラウディの方に視線を移す。支障が出るとすれば、この隣の青年の方だろう。
 しかし、意外にもラウディは淡々といつもの口調で言う。

「いいんじゃないですか、ゼロが納得してるなら」
「君が気にならないならいいんだが」
「もう慣れてますよ」

 諦めたようにそう言うラウディに、ネオは苦笑する。ゼロはそんなやり取りを首を傾げて見ているのだった。

 ゼロとラウディ担当回の城勤めに関しての報告は終わったが、ラウディにだけは残るように告げられる。ゼロは諜報部隊員の仕事には秘密が多いことも承知しているので、素直に退室していった。

 残されたラウディに、ネオは密かに頼んでいた城の異変に関する調査の結果を尋ねる。ラウディは気持ちを落ち着けるようにひとつ息を吐き、言った。
 
「アイテール城の中に、裏切り者がいます」

 告げられた言葉に、ネオは表情を堅くした。続けてラウディが口を開く。

「レクス国王の不調は、策略によるものです。ただ、何が目的なのかは明言できませんが」
「犯人に心当たりがあるんだな?」

 ラウディの物言いからはそう感じられた。そして、それは肯定される。

「まぁ、そうですね。ひとりじゃなさそうですが」
「君の考えでいい。誰が怪しいか教えてくれ」
「分かりました。ただ、面倒なことになりそうですよ」

 重い口調で言葉を続ける彼の口から、犯人と思しき者の名が告げられた。

****

 廊下でばったりメディアスと鉢合わせた俺は、ここ最近起こった出来事を話していた。
 インダストリア邸でデゼルと会ったこと、海岸警備でクヴァレと遭遇したこと、そしてエイドがアイテール城へ向かったことなど。
 初めて耳にする話もあったらしく、メディアスは興味深そうに詳細を求めた。

「そうか、あいつが城に……」

 エイドが城に行ったという話をしたところで、メディアスは何やらぼそりと呟いた。しかし、その件を深くは追求せず、別な話に移る。

「それにしても、またデゼルと遭遇するとはな。つくづく縁があるようだな、ウィズ」
「そんな縁はいらないけどな」

 俺は肩をすくめる。

「お前も目を付けられている可能性が高い。気をつけろ」

 何だかんだでメディアスは優しいし、よく気を配れる。入隊してからの半年ほどで、彼に対する印象はだいぶ変わった。
 思っていたより堅いやつではないが、厳しいところはちゃんと厳しい。場面ごとの対応をよく知っていて、歳以上に大人だなぁと思う。
 俺の周り──といっても交流の少ない俺の身近にいるやつは限られているが──にいる先輩にあたる隊員は、フォグリアとか、あと一応ロジャードとか、あまり先輩らしくないことが多い。そういう中で、メディアスは数少ない頼れる年上だ。

 俺とメディアスが話していると、こちらに向かって歩いてくる青年の姿が目に入った。
 黄緑色の瞳の青年は少し驚いたように目を見開き、それに気がついたメディアスも同じ様な反応を見せる。

「メディアス、久しぶりだな」
「ああ、お前か。オプセルヴェと入れ替わりで戻って来ていたんだな」

 どうやら知り合いだったらしく、軽く言葉を交わす。年齢的にもきっと同じ歳くらいだろう。もっと上に見えるが、メディアスは20歳だったはずだ。青年の方もそれくらいに見える。同期だろうか。
 黄緑色の瞳の青年は、俺の存在に気がつくと自分から名乗った。
 
「諜報部隊のラウディ・ハーンだ」
「戦闘部隊のファス・ウィズだ」

 同じ様に俺が名乗ると、ラウディと言った青年は何か思い出したような顔をする。

「ああ、お前が噂の。エイドから話は聞いてる」

 どうにも、エイドの知り合いに会うと、俺のことが知れ渡っていることが多い。先ほどもそうだった。
 ちょうど、メディアスがその時の話をする。

「グランソールにもさっき会ったぞ。もしお前に会ったら、後で話があると伝えてくれと言っていたが」

 先ほど、ゼロ・グランソールと名乗る青年とも会った。彼もまた、俺のことは分かっていたようだった。
 とはいえ、俺も彼のことは知っていた。エイドから聞いていた司令官の息子だ。とても真面目らしく、後輩の俺に対しても丁寧に挨拶をしていった。しかし、あの服装はどうかと思ったが。

「なんだろう? 分かった、ありがとな」

 ラウディは首を傾げながらも頷いた。

「こっちも色々あって本部を離れていたからオプセルヴェとはしばらく会っていないのだが、お前はどうだ?」

 メディアスはアクスラピア復興のためにしばらく本部を空けていたため、エイドが城に行ったことも知らなかった。
 アクスラピアの方も落ち着いてきたので、あとは他の隊員とキュアリス教授たちに任せて、彼自身は本部へ戻るという話を先ほど聞いていた。
 メディアスの問いかけに、ラウディは少し前に会った旨を伝える。

「エイドとは帰還する前に会った。弟が心配だとは言ってたけど、お前もいるし大丈夫だろうってさ。特に変わりなかったぜ」

 相変わらず、心配性だな。でも、城に行くと決めたということは、少しは俺も手が掛からなくなったと判断されたのだろうか。
 いつまでも世話になるわけにはいかないと思っていたので、そうならば嬉しいが。

 話の途中で、おもむろにラウディが俺に話題を振る。

「それにしても……お前、どっかで会ったことあるか?」

 ラウディは、俺の方をじっと見て考え込む。思い返しても、俺には見覚えがない顔だ。

「いや、初対面のはずだけど……」
「そうか、気のせいかな」

 何か引っかかる顔をしながらも、それ以上は聞いてこなかった。
 もう一度思い出そうとしてみるも、やはり覚えがない。どこかで偶然すれ違っていたとか、似ているやつに会ったことがあるとか、そういう類だろう。
 この件について、俺はこれ以上深く考えなかった。
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