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第15章 竜人の姫君
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昨日オボロと交わした約束のことを思いながら、サナキは竜王の元へと向かっていた。
しかし、その途中で何者かの気配を察知して木の陰に隠れる。仲間たちかとも思ったが、何か嫌なものを感じてサナキは気配のする方を伺った。
「おい、本当にこんなところに竜なんているのかよ?」
そこにいたのは、人間と思しき男が3人。明らかに自分たちの仲間ではない。
サナキは目を見開き、息を殺しながら会話に耳を澄ませた。
「探してるのに竜どころか、他の生き物の姿も見えないじゃないか。長い船旅で、しかもこんな険しい崖まで登って、収穫なしは止めて欲しいぜ」
「もっと奥にいるんだろ。ちゃんと探せって」
会話を聞いていたサナキは、彼らが密猟者だと気がついた。それならば、早く仲間に知らせないと危ない。そう思い、その場を離れようとした。
パキッ。
気づかずに踏みつけてしまった木の枝が折れ、乾いた音が響いた。それに気づいた男の一人とサナキの視線がぶつかる。
見つかった。
サナキが青ざめると、男はにやりと笑って仲間にそれを教える。
「いた、竜人だ!」
男の指さす方向に目をやった残りの2人は、サナキを見て首を傾げた。
「でも、翼がないぜ?」
「確かにな。でも、ここにいるのは竜族だけのはずだ。少しでも竜の血が入ってるなら、高値がつく。それに、まともに竜を相手にするより捕まえやすいだろ」
男たちはサナキに狙いを定めた。身の危険を察知したサナキは、その場から逃走を図る。ただ、森の奥に行くわけにはいかない。そちらには、竜王を含め、仲間たちが大勢いるのだった。ひとまず、反対側に向かって走り出す。
全力で走って逃げるが、どこまでも男たちは追ってきた。逃げても逃げても、男たちは諦めようとはしなかった。
撃退しようにも、学び舎でこういう時に使えるような魔法の訓練はしていないし、他の仲間たちのように空に逃げることもできない。こちらはひとり、向こうは3人。勝算はないに等しかった。
このまま逃げても、時間稼ぎにしかならない。じわじわと詰まる男たちとの距離に、サナキは自分の無力さを痛感した。
「くっそ……!!」
ついに森を抜け、目の前には断崖絶壁。仲間たちのいる方からは遠ざけることができたものの、これ以上の逃走は困難だった。
「サナキ!!」
逃げ場をなくし、サナキが諦めかけたその時、自分の名を呼ぶ声を聞いた。
はっと空を見上げれば、見慣れた幼馴染がそこにいた。オボロはサナキと男たちの間に割って入ると、低い声で男たちを威嚇した。
「貴様ら……覚悟はできているのだろうな?」
鋭い目つきで男たちを睨む。竜の翼を持った少女を見て、男たちは少し怯んだ。しかし、まだ自分たちの方が優勢だと思っているためか、逃げようとはしない。
「探す手間が省けたな。これで土産が増えるぞ」
そんな男の言葉は、オボロの逆鱗に触れた。
男たちのすぐ脇を風が通り過ぎる。本当に風が通り過ぎただけなのだが、気がついた時には男たちの後ろに生えていた巨木がすっぱりと切れ、地面に倒れていた。
その風はオボロが放った風魔法であり、その中でも風を刃物のように扱えるのは相当な魔法の使い手でなければあり得ないことくらいは、男たちも知っている。
「お前たちが土産の心配をする必要はない。帰る必要もなくなるのだからな」
冷ややかな視線を向けるオボロに、ようやく男たちも身の危険を察知したようだった。腰を抜かして地面に座り込む男たちに、オボロは詰め寄って行く。
その様子を見ていたサナキだったが、これからオボロがしようとしていることに気がつき、慌ててその腕を掴む。
「待て、オボロ。こいつらは、アブソリュートかテミスに連れて行こう」
「こいつらを許すというのか?」
振り返ったオボロはまだ怒りが収まらない様子で、黄色い瞳がギラギラと光っている。いつも見ている幼馴染の顔だが、この時ばかりはサナキも恐怖を感じた。
それでも、このまま放って置いてはいけないと思い、サナキはオボロを説得する。
「違うっての。ちゃんと罰を与えてもらうために、連れてくって言ってんだ」
「罰なら、私が与えてやる」
「やめろ。お前が今しようとしてることを、本当にしたら駄目だ」
「放せ、サナキ」
「やめろって言ってるだろ、聞けよ!!」
珍しく怒鳴ったサナキに、オボロは驚いて瞬きする。
そこでようやく気持ちが少し落ち着いたのか、俯きながらサナキに問う。
「怪我は?」
「してない」
「……行くなら、アブソリュートだ。テミスはここと違って極寒の地。すぐには身体が順応しないだろう。それに、あそこは入国自体困難だと聞く」
「ありがとな」
落ち着いたことを確認し、もう大丈夫だと判断して手を放す。オボロは、サナキが礼を言ったことに対して首を横に振った。
「お前が礼を言うことではないだろう。お前に感謝しないとならないのは、こいつらの方だ」
再びオボロに睨まれれば、男たちは震えあがり、何度も何度も、すみません、すみませんと謝り、頭を下げ続けた。
起こったことを竜王をはじめとした仲間たちに伝えてから、サナキとオボロ、そして男たちを運ぶためにサナキとオボロの父親たちも同行し、アブソリュート本部へと向かうことになった。近くに支部もあったが、まだ組織について詳しくなかったサナキたちはその存在を知らない。
この判断がのちにサナキの運命を左右することになるとは、誰も思っていなかった。
アイテール王国内に入ると、一気にひとの数が増えた。オボロたちはマントで翼を隠しながら、竜人であることがばれないように注意し、何とか本部までやってきた。
幸いなことに、その時間帯は一般のひとたちが少なく、簡単ではあるが、すぐに受付へ事情を説明することができた。
密猟者である3人の男たちはすぐに組織の隊員たちによってどこかへ連れて行かれる。残されたサナキたちは、一般のひとたちがいる場では話しづらいこともあるだろうと、別の待合室へ通された。
一般のひとたちがいない部屋で、サナキたちは詳しい事情を説明した。自分たちが竜族であること、そのせいでサナキが狙われたことも。
話をひと通り聞き終わると、受付で対応してくれた穏やかそうな男は、浮かない顔をしたサナキを見て思案する。
「ちょっと待っててね」
穏やかそうな男性――のちに、エイドの父であるアムールだと分かるのだが、彼はサナキたちに飲み物を出してから、どこかへ連絡を取っていた。
しばらくして待合室に顔を出したのは、そのときはまだ運搬部隊の隊員のひとりに過ぎなかった、現運搬部隊隊長であるリードだった。
彼は、父親たち、そしてサナキとオボロにも順に礼を述べた。
「俺は、アブソリュート運搬部隊のリード・ディフェンディアだ。やつらをここまで連れて来てくれたこと、まずはありがとう」
サナキは、アムールと違って厳しそうな見た目のリードを前に委縮しながらも、小さく頷く。
怖がらせてしまっていることに気がついたのか、リードは困ったように頭をかいた。
「やっぱり子ども相手は苦手だな……」
そんなことを呟いていた男が、5年後には幼い自分の娘を溺愛するようになるのだから、未来というものは分からない。
アムールから事情を聞いていたリードは、未だ顔色の優れないサナキを見て考え込む。
「その子に見せたいものがあるのですが、少し時間をいただけますか?」
まだ聞かなければいけないことはあるが、サナキのことをこのまま放って置くわけにはいかないだろうと判断したのだった。
リードの言葉に最初は躊躇っていた父親だったが、何か考えがあるのだろうとその目を見て思い直し、頷いた。許可をもらったリードは、事情の聞き取りをアムールに任せ、サナキに自分について来るよう促す。
リードは、サナキを運搬部隊が使用している乗り物を保管している倉庫に連れて行った。たまに、学校の活動の一環としてここを見学しにくる子どもたちがいるので、他の運搬部隊員たちも別段サナキが入ってきたことを気にすることはなかった。
竜族の集落から出たことがほとんどないサナキにとって、見るものがすべて真新しかった。きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しているサナキを、リードは手招きする。
多くの乗り物が並ぶ中、リードはサンダーバードという飛行機の前に立っていた。
「こいつを見たことはあるか?」
「ない」
「そうか、なら乗った方が早いな」
促されるまま、サナキはその中に乗り込んだ。リードは操縦席に座り、サナキは助手席でシートベルトを締める。何が始まるのか分からないサナキは困惑してリードの方を見たが、その真剣な横顔にはっとした。
そうこうしているうちに、ふわりと宙に浮く感覚がした。
「えっ!?」
驚きの声をあげたサナキに、リードは高揚した声で語り掛ける。
「はは、すごいだろう? だが、驚くのはまだ早いぞ!」
本部周辺だけであったが、サンダーバードでの空中散歩が始まった。
この機体は特にスピードが出る。操縦するリードの腕も良いので、颯爽と空を駆け抜ける様は何とも爽快だった。
「すげぇ……」
目まぐるしく変わる景色に、そして自在に空を飛んでいることに、思わず声が漏れた。
「アムールさんから聞いたが、空が飛べなかったから逃げられなかったと繰り返していたそうだな」
夢中になっているサナキに、リードは本題を切り出す。そこで、自分がここに来るまでの経緯を思い出し、ぽつりとサナキは話し出した。
「オレが飛んで逃げられれば、オボロまで危険な目にあわせることはなかったかもしれない」
オボロというのは、一緒に来ていた少女のことだなと思い出す。その少女のおかげで、この少年が無事であったことも聞いていた。今回は何ともなく済んだようだが、相手は大人3人。運が悪ければ、サナキもオボロもただでは済まなかっただろう。
この少年の話を聞いたときから、なぜ自分が呼ばれたのか何となく察しはついていた。つくづく、アムールさんはひとを選ぶのが上手いなと、リードは思う。
「俺は人間だ。もちろん、普通に考えて空を飛ぶことなんてできない。だがな、俺たちが産まれるよりずっと前に、その普通を覆したひとたちがいたんだ。だから、俺もこうやって空を飛ぶことができる」
落ち込む少年に、リードはそう語り掛ける。
「だから、今できないことがあっても悲観はするな。何かできるようになる方法があるかもしれない。誰かに相談してもいい。ひとりで悩んで変な方向に進むなよ」
その言葉にじっと耳を傾けていたサナキだったが、少し考えてから口を開く。
「……オレでも飛べますか?」
「努力次第だな」
操縦中のため、前を向いたままリードは答える。それが、サナキにとって道が開けた瞬間であった。
しかし、その途中で何者かの気配を察知して木の陰に隠れる。仲間たちかとも思ったが、何か嫌なものを感じてサナキは気配のする方を伺った。
「おい、本当にこんなところに竜なんているのかよ?」
そこにいたのは、人間と思しき男が3人。明らかに自分たちの仲間ではない。
サナキは目を見開き、息を殺しながら会話に耳を澄ませた。
「探してるのに竜どころか、他の生き物の姿も見えないじゃないか。長い船旅で、しかもこんな険しい崖まで登って、収穫なしは止めて欲しいぜ」
「もっと奥にいるんだろ。ちゃんと探せって」
会話を聞いていたサナキは、彼らが密猟者だと気がついた。それならば、早く仲間に知らせないと危ない。そう思い、その場を離れようとした。
パキッ。
気づかずに踏みつけてしまった木の枝が折れ、乾いた音が響いた。それに気づいた男の一人とサナキの視線がぶつかる。
見つかった。
サナキが青ざめると、男はにやりと笑って仲間にそれを教える。
「いた、竜人だ!」
男の指さす方向に目をやった残りの2人は、サナキを見て首を傾げた。
「でも、翼がないぜ?」
「確かにな。でも、ここにいるのは竜族だけのはずだ。少しでも竜の血が入ってるなら、高値がつく。それに、まともに竜を相手にするより捕まえやすいだろ」
男たちはサナキに狙いを定めた。身の危険を察知したサナキは、その場から逃走を図る。ただ、森の奥に行くわけにはいかない。そちらには、竜王を含め、仲間たちが大勢いるのだった。ひとまず、反対側に向かって走り出す。
全力で走って逃げるが、どこまでも男たちは追ってきた。逃げても逃げても、男たちは諦めようとはしなかった。
撃退しようにも、学び舎でこういう時に使えるような魔法の訓練はしていないし、他の仲間たちのように空に逃げることもできない。こちらはひとり、向こうは3人。勝算はないに等しかった。
このまま逃げても、時間稼ぎにしかならない。じわじわと詰まる男たちとの距離に、サナキは自分の無力さを痛感した。
「くっそ……!!」
ついに森を抜け、目の前には断崖絶壁。仲間たちのいる方からは遠ざけることができたものの、これ以上の逃走は困難だった。
「サナキ!!」
逃げ場をなくし、サナキが諦めかけたその時、自分の名を呼ぶ声を聞いた。
はっと空を見上げれば、見慣れた幼馴染がそこにいた。オボロはサナキと男たちの間に割って入ると、低い声で男たちを威嚇した。
「貴様ら……覚悟はできているのだろうな?」
鋭い目つきで男たちを睨む。竜の翼を持った少女を見て、男たちは少し怯んだ。しかし、まだ自分たちの方が優勢だと思っているためか、逃げようとはしない。
「探す手間が省けたな。これで土産が増えるぞ」
そんな男の言葉は、オボロの逆鱗に触れた。
男たちのすぐ脇を風が通り過ぎる。本当に風が通り過ぎただけなのだが、気がついた時には男たちの後ろに生えていた巨木がすっぱりと切れ、地面に倒れていた。
その風はオボロが放った風魔法であり、その中でも風を刃物のように扱えるのは相当な魔法の使い手でなければあり得ないことくらいは、男たちも知っている。
「お前たちが土産の心配をする必要はない。帰る必要もなくなるのだからな」
冷ややかな視線を向けるオボロに、ようやく男たちも身の危険を察知したようだった。腰を抜かして地面に座り込む男たちに、オボロは詰め寄って行く。
その様子を見ていたサナキだったが、これからオボロがしようとしていることに気がつき、慌ててその腕を掴む。
「待て、オボロ。こいつらは、アブソリュートかテミスに連れて行こう」
「こいつらを許すというのか?」
振り返ったオボロはまだ怒りが収まらない様子で、黄色い瞳がギラギラと光っている。いつも見ている幼馴染の顔だが、この時ばかりはサナキも恐怖を感じた。
それでも、このまま放って置いてはいけないと思い、サナキはオボロを説得する。
「違うっての。ちゃんと罰を与えてもらうために、連れてくって言ってんだ」
「罰なら、私が与えてやる」
「やめろ。お前が今しようとしてることを、本当にしたら駄目だ」
「放せ、サナキ」
「やめろって言ってるだろ、聞けよ!!」
珍しく怒鳴ったサナキに、オボロは驚いて瞬きする。
そこでようやく気持ちが少し落ち着いたのか、俯きながらサナキに問う。
「怪我は?」
「してない」
「……行くなら、アブソリュートだ。テミスはここと違って極寒の地。すぐには身体が順応しないだろう。それに、あそこは入国自体困難だと聞く」
「ありがとな」
落ち着いたことを確認し、もう大丈夫だと判断して手を放す。オボロは、サナキが礼を言ったことに対して首を横に振った。
「お前が礼を言うことではないだろう。お前に感謝しないとならないのは、こいつらの方だ」
再びオボロに睨まれれば、男たちは震えあがり、何度も何度も、すみません、すみませんと謝り、頭を下げ続けた。
起こったことを竜王をはじめとした仲間たちに伝えてから、サナキとオボロ、そして男たちを運ぶためにサナキとオボロの父親たちも同行し、アブソリュート本部へと向かうことになった。近くに支部もあったが、まだ組織について詳しくなかったサナキたちはその存在を知らない。
この判断がのちにサナキの運命を左右することになるとは、誰も思っていなかった。
アイテール王国内に入ると、一気にひとの数が増えた。オボロたちはマントで翼を隠しながら、竜人であることがばれないように注意し、何とか本部までやってきた。
幸いなことに、その時間帯は一般のひとたちが少なく、簡単ではあるが、すぐに受付へ事情を説明することができた。
密猟者である3人の男たちはすぐに組織の隊員たちによってどこかへ連れて行かれる。残されたサナキたちは、一般のひとたちがいる場では話しづらいこともあるだろうと、別の待合室へ通された。
一般のひとたちがいない部屋で、サナキたちは詳しい事情を説明した。自分たちが竜族であること、そのせいでサナキが狙われたことも。
話をひと通り聞き終わると、受付で対応してくれた穏やかそうな男は、浮かない顔をしたサナキを見て思案する。
「ちょっと待っててね」
穏やかそうな男性――のちに、エイドの父であるアムールだと分かるのだが、彼はサナキたちに飲み物を出してから、どこかへ連絡を取っていた。
しばらくして待合室に顔を出したのは、そのときはまだ運搬部隊の隊員のひとりに過ぎなかった、現運搬部隊隊長であるリードだった。
彼は、父親たち、そしてサナキとオボロにも順に礼を述べた。
「俺は、アブソリュート運搬部隊のリード・ディフェンディアだ。やつらをここまで連れて来てくれたこと、まずはありがとう」
サナキは、アムールと違って厳しそうな見た目のリードを前に委縮しながらも、小さく頷く。
怖がらせてしまっていることに気がついたのか、リードは困ったように頭をかいた。
「やっぱり子ども相手は苦手だな……」
そんなことを呟いていた男が、5年後には幼い自分の娘を溺愛するようになるのだから、未来というものは分からない。
アムールから事情を聞いていたリードは、未だ顔色の優れないサナキを見て考え込む。
「その子に見せたいものがあるのですが、少し時間をいただけますか?」
まだ聞かなければいけないことはあるが、サナキのことをこのまま放って置くわけにはいかないだろうと判断したのだった。
リードの言葉に最初は躊躇っていた父親だったが、何か考えがあるのだろうとその目を見て思い直し、頷いた。許可をもらったリードは、事情の聞き取りをアムールに任せ、サナキに自分について来るよう促す。
リードは、サナキを運搬部隊が使用している乗り物を保管している倉庫に連れて行った。たまに、学校の活動の一環としてここを見学しにくる子どもたちがいるので、他の運搬部隊員たちも別段サナキが入ってきたことを気にすることはなかった。
竜族の集落から出たことがほとんどないサナキにとって、見るものがすべて真新しかった。きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しているサナキを、リードは手招きする。
多くの乗り物が並ぶ中、リードはサンダーバードという飛行機の前に立っていた。
「こいつを見たことはあるか?」
「ない」
「そうか、なら乗った方が早いな」
促されるまま、サナキはその中に乗り込んだ。リードは操縦席に座り、サナキは助手席でシートベルトを締める。何が始まるのか分からないサナキは困惑してリードの方を見たが、その真剣な横顔にはっとした。
そうこうしているうちに、ふわりと宙に浮く感覚がした。
「えっ!?」
驚きの声をあげたサナキに、リードは高揚した声で語り掛ける。
「はは、すごいだろう? だが、驚くのはまだ早いぞ!」
本部周辺だけであったが、サンダーバードでの空中散歩が始まった。
この機体は特にスピードが出る。操縦するリードの腕も良いので、颯爽と空を駆け抜ける様は何とも爽快だった。
「すげぇ……」
目まぐるしく変わる景色に、そして自在に空を飛んでいることに、思わず声が漏れた。
「アムールさんから聞いたが、空が飛べなかったから逃げられなかったと繰り返していたそうだな」
夢中になっているサナキに、リードは本題を切り出す。そこで、自分がここに来るまでの経緯を思い出し、ぽつりとサナキは話し出した。
「オレが飛んで逃げられれば、オボロまで危険な目にあわせることはなかったかもしれない」
オボロというのは、一緒に来ていた少女のことだなと思い出す。その少女のおかげで、この少年が無事であったことも聞いていた。今回は何ともなく済んだようだが、相手は大人3人。運が悪ければ、サナキもオボロもただでは済まなかっただろう。
この少年の話を聞いたときから、なぜ自分が呼ばれたのか何となく察しはついていた。つくづく、アムールさんはひとを選ぶのが上手いなと、リードは思う。
「俺は人間だ。もちろん、普通に考えて空を飛ぶことなんてできない。だがな、俺たちが産まれるよりずっと前に、その普通を覆したひとたちがいたんだ。だから、俺もこうやって空を飛ぶことができる」
落ち込む少年に、リードはそう語り掛ける。
「だから、今できないことがあっても悲観はするな。何かできるようになる方法があるかもしれない。誰かに相談してもいい。ひとりで悩んで変な方向に進むなよ」
その言葉にじっと耳を傾けていたサナキだったが、少し考えてから口を開く。
「……オレでも飛べますか?」
「努力次第だな」
操縦中のため、前を向いたままリードは答える。それが、サナキにとって道が開けた瞬間であった。
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