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第18章 強さの在り方

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「じゃあ、やるか」

 帰ってきたら訓練するぞと言われていたが、本当に戻ったらすぐ訓練場に呼び出された。こうして教官と対峙するのは本当に久しぶりだ。
 先ほど購入した剣を片手に、教官は俺の前に立っている。さっそく手合せでもする気だろうか。

「手合せからですか?」
「いや、今回はお前の精神鍛え直すのが仕事だからな。まずは、あいつと代われ」
「あいつって、まさか……」
「そうだ、代われ」

 あまりにも教官は簡単に言う。
 自分でも、顔が引きつっているのが分かった。あいつとは、アンヴェールのことを指しているのだ。

「無理ですよ! そんな都合よく」
「それくらいやれるだろ、ちゃんと力がコントロールできるなら。無理じゃない、やれ」
「……どうなっても知りませんからね」

 有無を言わさぬ勢いに、俺はしぶしぶ従った。目を閉じて意識を集中させ、アンヴェールの意識を表に出しつつ、俺の意識も消えない程度に残す。しかし、これはかなり難しく、少しでも気を緩めればあっという間にアンヴェールに乗っ取られてしまうだろう。
 だんだんと俺の意識は息を潜め、あいつの声が頭に響いた。

「君の顔なんて、もう二度と見ないと思ってたよ」

 ゆっくり持ち上げられた瞼の奥で、白を帯びた瞳が怪しく光る。

「よお、久々だな」
「それで、何の用? 僕が自由に表に出てこられなくなった大きな原因は君にあるわけだから、あんまり君のことはよく思ってないんだけど」
「だろうな」

 顔は笑っているが、殺気を放っているのはレオンにも分かった。
 ファスが抑えられなくなったら、自分の身が危ないことは明らかだ。それでも、レオンは平常心を保ち、それに応じた。昔と比べれば、こんなの可愛いものだとレオンは思う。

 淡々と調子の変わらないレオンに、アンヴェールは面白くないとでも言いたげに、ふんと鼻を鳴らした。

「用件は? さっさとしてくれる?」
「そう焦るなよ。聞いておきたいことがあったんだ」

 レオンは真面目な顔で、アンヴェールに問いかける。

「お前は、何のために存在してるんだ?」
「なに、それ?」
「お前は、最初から在った存在じゃない。何かきっかけがあったはずだ」

 何を言っているのか分からない、という顔をしているアンヴェールにレオンはさらに続けた。

「分からないなら、もっと分かり易く言ってやろうか。お前が生まれるきっかけは、十年前のあの日が関係してる」
「それが何?」
「俺は、十年前のことを知ってる。お前らはどういうわけか忘れてるが、いつかは思い出さないといけないことだ」
「だったら何?」
「目を背けるな。そろそろ、過去と向き合う覚悟を決めろ」
「わけわかんない」

 だんだんと、アンヴェールの声には苛立ちがこもってくる。これ以上、刺激するのは危険だった。
 そろそろ限界か、と念のため戦闘態勢に入る。しかし、その心配はいらなかった。がくり、とアンヴェールが体勢を崩したかと思うと、そこには黒い瞳に戻った少年がいた。

「これ以上は、危険です」

 アンヴェールの意識が俺を飲み込んでいくのが分かって、咄嗟に抑え込んだ。しかし、それを見た教官は呆れたようにため息をつく。

「情けないな、もう少し粘れよ」
「今の俺にはこれが限界です!」

 そう叫ぶように言えば、教官はそうかよ、と呟き呆れた顔で腰を下ろした。アンヴェールをずっと外に出しつつ、俺の意志が消えない状況を維持するのはそんなに簡単なことじゃない。これでも、もった方だ。
 額の汗を拭きつつ、俺も教官の隣に座った。

「俺の過去について知ってるって、どういうことですか?」
「なんだ、聞こえてたのかよ」

 教官は面倒くさそうに俺を見た。アンヴェールが表に出ている時のことは、おぼろげながらも覚えていることが多い。特に、今回のように自分からあいつと入れ替わった時の記憶はより鮮明だ。あいつの場合は、俺が表に出ている時のこともよく分かっているようだが。

「全部じゃないですけど。あいつと違って、俺はあいつが表に出てるときのことはおぼろげですから」
「だろうな。だから思い出せないんだ」
「それは、十年前のあの日に、あいつが表に出ていたからってことですか?」
「真相はお前しかわ分からねーよ。ただ、そういう可能性もあるんじゃないかって話だ」

 確かに、教官の考えも一理ある。むしろ、その可能性は非常に高いようにも思えた。

「もしそうなら、あの時のことは、あいつが思い出さないと分からないのか」
「まぁ、それより前のことも覚えてないわけだし、お前も忘れてることがあるのは確かだろうけどな」

 十年前のあの日の記憶がほとんどないことはアンヴェールのせいだと結論づけることもできるが、それ以前の記憶も曖昧なのだ。
 本当の両親のことも、村のことも、どういう生活を自分がしてきたのかもほとんど思い出せない。その全てをアンヴェールのせいだとすることはできないだろう。
 俺が忘れていることも、少なからずあるということだ。どうして、俺は忘れてしまったのだろう。大事なことだったはずなのに。
 
「俺は、俺以外の村のみんなが、危険生物モンスターに襲われて死んだってことしか教えてもらってません。俺が助かったのは、その危険生物モンスターを俺が倒したからだって。当時の俺にそんな力はなかったはずだから、たぶん、その時にあいつが出てきたんだろうと思ってますけど……その他にも、何か知ってるんですか?」

 その問いに、教官は気まずそうに頭をかく。そして、頷くと同時に、話す意志がないことを示した。

「それ以上は口止めされてるんだよ。もしされてなくても、俺が話す気はない。自分で思い出せ」
「どうしても教えてはもらえないんですか?」
「俺も、俺に話してくれたひとたちも、その現場の状況から、そこであったことを想像したに過ぎない。それが真実かは分からないんだ。もし聞いたとしても、それをお前が信じるか微妙なところだしな」
「それは、どういう……」
「自分で考えろ。俺は、もうこれ以上話さない」

 口を閉ざして、教官は顔を逸らす。もう少し詰め寄ろうとしたが、それは異変によって遮られることになる。
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