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第4章 異変

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「知らぬ間に、気に障ることをしてしまっただろうか?」

 いつも難しい表情をしているリードだが、今日はいつにも増して眉間にシワが寄っていた。それを人差し指でテンダーが突いてくるのも放っておいている。

「んー、別にリードは悪くないと思うよ。デモリスがおかしくなったのはディオスの件があってからだし、僕はあれがきっかけだと睨んでるんだけど」

 休憩時間、運搬部隊隊長のリードと諜報部隊隊長のテンダーは、最近リードに対してどこかよそよそしいデモリスについて話し合っていた。

「お前に対しては、いつも通りだからな。俺に何かあるんだとは思うが‥‥‥」
「リードにっていうより人間ヒューマに、かもね。あの一件以来、人間ヒューマを見るデモリスの目つきが明らかに険しくなったから」
「となると、ディオスも人間ヒューマであったことが原因か」
「そうかもしれないないね。もしそうなら、時間が解決してくれるのを待つしかないよ」
「早く以前の関係に戻れるといいんだが」

 自分に対してだけではないと分かったリードの表情が少し明るくなったように見える。共に馬鹿騒ぎし、苦難を乗り越えてきた親友に嫌われてしまったのではないかと、不安で仕方がなかったようだ。

 一方で、デモリスの様子がおかしいのは本当にそれだけの理由なのかと、テンダーは訝しんでいた。
 確かに、タイミング的にもディオスの一件がトリガーになったのは間違いないだろう。しかし、根本的なところが、以前のデモリスとは違うように感じていた。

「今のあいつを見たら、リエルは何て言うかな? 僕だって、ディオスのことを憎いとは思ったよ。でも、だからって人間ヒューマ全員のことを嫌いになったりしない。今のデモリス相手だったら、僕も負ける気はしないんだけどなぁ」
「テンダー‥‥‥」

 テンダーがリエルに片想いしていたことは、リードも知っている。彼女が今のデモリスを見たら、きっと呆れたことだろう。かつてのデモリスもそうだったなら、自分にも勝機はあっただろうにとテンダーは笑った。十年以上経った今でも、彼女への想いは変わっていなかった。
 リエルがずっとデモリスを追っていることに気がついてからは、大人しく身を引き、二人の幸せを祈っていた。自分のことよりも、他人の幸せを願える強さを持った男だった。
 リエルがテンダーに振り向くことは結局なかったが、何かきっかけがあれば、そのは起こり得たかもしれない。テンダーの言葉に、リードが異を唱えることはなかった。

「もー、そこはそんなことあり得るか! って突っ込むところだよ。僕なんかがデモリスに敵うわけないじゃん」

 沈黙に耐えられなくなったのか、テンダーが務めて明るい声を出す。そんな彼に、リエルの面影を見た。
 彼女も暗い雰囲気が苦手で、今のテンダーのようなことをしていた。三人の中では、一番テンダーがリエルに近い感性を持っていたのかもしれない。彼女がいなくなってからも三人の関係が崩れなかったのは、テンダーが彼女の役を自然と買って出たからなのだろう。

「まったく、お前は変なところで真面目なんだよ」

 呆れたようにため息をつくリードを、テンダーは目を丸くして見つめるのだった。

****

 アブソリュート本部の一角に、ひっそりと彼女は眠っている。
 他の場所だと、世界でも珍しい天使族であったリエルの亡骸を掘り返す輩が現れないとも限らない。その点を考慮して、彼女は本部の墓地に埋葬された。

 ディオスに操られ、組織の敵に回ってしまったリエル。今ほど情報機器が出回っていなかったため、大きな騒ぎにはならなかったが、境遇としてはエイドに近い。彼女の悪い噂が出回らないように、組織も尽力した。
 そのお陰で、リエルが悪役にされることはなかった。しかし、同時に彼女のことを知る者は今ではほとんどいない。

 静かに眠る親友の元に、デモリスは弔いの花を持ってやってきた。定期的にこの場所を訪れては、他愛もない話を彼女の名が刻まれた石碑に向かって語り掛ける。
 しかし、この日は少し特別だった。彼女の死の原因であったディオスを打ち倒してから、初めて足を運んだ日だった。今日はその報告も兼ねている。

「リエル、ようやく仇が打てたよ」

 花を石碑の前に置き、デモリスは穏やかに話しかける。もちろん返事はない。それでも、デモリスは話を続ける。

「お前は優しいから、こんな報告を聞いても喜ばないとは思うが。私の中では一区切りついた感じだ」

 ずっと背負ってきた肩の荷が下りた心地だった。だが、同時にぽっかりと心に穴が開いたような気持ちにもなる。

「こんなことをしても、お前は戻ってこないのにな」

 叶わない望みだと分かっていても、彼女が再び自分の隣で笑ってくれる世界を何度思い描いたことだろう。失われた命が戻ることはない。戦闘部隊に身を置く者として、命のやり取りは嫌というほど見てきた。そんなこと分かり切っているというのに、未だに彼女の面影を探している。
 そんな自分に呆れながら、デモリスはその場を後にしようとする。その時だった。

『リエルを蘇らせたくはないか?』

 そんな悪魔のささやきが聞こえたのは。
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