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第4章 要塞グランバレル
力を重んずる国
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「次は、どこに行くんだっけ?」
「アストル、忘れたの? 覇の大陸、要塞グランバレルだよ。本当にアストルは……」
アクアレーンに乗っているアストルに向かって、ナルクルの背からクローリアは答えた。
「あーあー、そうだった。どんなところなんだろうな?」
クローリアのお説教を聞かされそうになり、慌てて話題を変えた。
「ちょっと、楽しみ。ね、アストル?」
後ろに乗っているリエルナがアストルに笑いかける。
「あ、ああ」
アストルは少しどきりとした。やっぱり、女の子がいるというのには慣れない。母親もアストルを産んですぐに亡くなり、アストルと同様に女性の苦手なルクトスが近くにあまり女性を置かなかったため、こういう時どう接していいのか迷ってしまう。
「どうしたの?」
リエルナがアストルの顔を覗き込む。アストルは慌てて前を向いた。
◇◇◇◇
──ピーッ! 通信機故障、通信機故障! マクエラからの通信が途絶えました。
「ヴァグラがやられたようですね」
その頃、サイモアの作戦室では、ザイクとゼロがマクエラの様子を伺っていた。
「構わん。やつはいてもいなくても、さほど変わらん手駒だ。役に立てばよし、そうでなくてもこちらに痛手はない」
「フェルムンドは奪還されたようですが」
「あそこは、ヴァグラがいてもいなくても奪還されただろう。ますます興味がでてきたよ……アストル王子、ルクトスの息子か‥‥‥。ルクトスは、まだ何も吐かないのだろう?」
ゼロは頷く。
「何を聞いても無言のままです」
「だろうな。あいつは、そういうやつだ。……ところで、ドガーはまだ暴れているのか?」
「はい。このところずっと自宅にこもっていたようですが、今朝、俺が様子を見に行った時には家がなくなっていました。彼が壊してしまったようです。民間人に被害が出る前にと思って、俺が気絶させて強制的に訓練室に閉じ込めておきました」
ゼロは相変わらず感情のこもっていない声で言った。
彼に関しての情報は非常に少ない。見た目は25歳くらいだが、ザイクとは非常に長い付き合いらしく、信頼は一番だという。
しかし、ザイク以外の人間とはほとんど口をきかないため、どういういきさつで今に至るのかなど、詳しいことはさっぱり分からない。彼の担当は暗殺や密偵。そのせいもあってか、人もなかなか近寄ろうとはしない。
実際に見たことのあるものは少ないが、ゼロの戦闘力は極めて高いようで、さきほどの会話からも伺えるように、暴れるドガーをわけもなく気絶させられるくらいの力は持ち合わせている。
「そうか、ご苦労だったな。ドガーが暴れ始めたのは、シャンレルから戻ってからか。やはり原因はあいつなのだろう?」
「そのようです」
「しばらくは様子を見る。お前には悪いが、ドガーの相手を頼む。ドガーは……あいつに最大の罰を与えるための、大切な手駒だからな」
ザイクは怪しく微笑んだ。
◇◇◇◇
夜の海は、一面に黒を映し出している。飲み込まれてしまいそうな、深い深い黒。水竜のように海を網羅していなければ、方向が分からなくなるだろう。暗く、恐怖さえ覚える夜の海だが、波の音は心地いい。アストルがそれを聞いていると、ぽすりと背中に何かがもたれかかった。
「寝ちゃったのか……」
見ると、リエルナがすうすうと寝息をたてながら、幸せそうに眠っている。
「落っこちるなよ……」
アストルは起こすのもかわいそうだと思い、リエルナの手を掴んで支えてやった。
その様子を、クローリアは懐かしそうに眺めている。
「なんか、僕も昔のこと思い出すな……。あの時はたしか──」
そこまで言って、クローリアは言葉を飲み込んだ。シルゼンが不思議そうにクローリアを見る。
「たしか、何だ?」
「何でも……ないんだ」
クローリアは何かを思い出すように目を閉じた。
【……クローリア、このまま行けば夜明けと同時にグランバレルに着くだろう。グランバレルはマクエラとは異なり、かなり攻撃的な国。気を引き締めるのだ】
ナルクルがクローリアを叱咤する。
「分かってるよ、ナルクル。アストルは……守る」
ナルクルに答えながらも、それは自分に向けて言っているようにも聞こえた。
【アストル、アストル! 見えたよー】
アクアレーンの明るい声が響いた。
「元気だな……俺は、眠い……」
水竜から振り落とされないように一睡もしていないアストルはあくびをしながら後ろを見た。リエルナはまだ眠っている。ナルクルに乗った2人の方を見ると、2人は何ともないようにしゃっきりしていた。クローリアもシルゼンも寝ていないはずなのに、どうしてそんな風にしていられるのか……。
「アストル、しゃきっとしようよ。もうすぐ、グランバレルに着くんだから」
「ああ、分かってる。ふわぁ……」
眠い目を擦りながら、アストルは返事をする。
【さぁ、上陸するぞ】
【早く帰ってきてねー!】
4人は、大きな岩場に立った。
──要塞グランバレル。マクエラとは対照的に攻撃的な国らしい。要塞というだけあって、アストルたちが降り立った海岸からずっと陸地にかけて、巨体な岩が隆起して外敵の侵入を阻んでいる。おまけに、国の中心であると思われる場所には頑丈そうな造りの建物が見えた。
「あの建物に、この国の王が住んでいるらしい」
シルゼンはそびえ立つ建物を眺めている。
「シルゼンは、ここに来たことあるのか?」
「いや、俺も初めてだ。どんな王なのかもよく分からん」
「どうやってあそこまで行こうか? 僕らはまだしも、リエルナが一緒じゃあ……」
「大丈夫なの、クローリア。私こういうの得意だから」
そういうと、リエルナはひょいひょいと険しい岩場を飛び越えていく。
「おいてくよー」
呆気にとられる3人をよそに、リエルナはずんずん先へ行ってしまった。
「……これは、俺たちの方が厳しいかもな」
「うん……余計な心配だったね」
「まさか彼女も軍人なのではあるまいな?」
「いやいや……それはないだろ」
リエルナの素性はまだ分からないが、あのほわほわした雰囲気と軍人は結びつかない。しかし、こういうとき、さらっととんでもない行動をしてしまうところを見ると、普通の人間とは違うのかなと思う。
シルゼンはさすがに軽々とついていくが、アストルとクローリアには厳しかった。海育ちの彼らに、いきなり山登りやロッククライミング的要素を提示したのだから無理もない。
やっとの思いで、目指していた建物に着いた。しかし、すぐに入れてもらえそうな雰囲気ではないようだ。高くそびえ立つ鋼鉄の門の前には、かなり鍛え込まれた肉体を黒い鎧で固めた大男が2人立って見張っている。
(あれ、どうやって入ればいいんだよ……)
アストルが小声で尋ねる。
「こういうときは、正直に話してみるの」
リエルナが、何のためらいもなく門の方に歩いていく。
「おい、リエルナ!?」
アストルたちも慌てて追いかける。
門番がこちらに気づいた。2人はこちらを睨んで、腰に差した剣に手をかける。
「何者だ!」
「許可のない者を通すわけにはいかん!! お前たち、許可はあるのか?」
リエルナは動じずに、首を横に振った。
「ないけど、王様にお願いがあるの」
リエルナは、じっと門番の2人を見つめた。
「お主……なかなか肝の据わった女だな、気に入った。どうしてもここを通りたいと言うのなら、この国の法に従ってもらおう。よいな?」
「うん、ありがとうなの」
リエルナはいかつい門番を説得(?)してしまった。
「すごいな、リエルナ……でも、その法って?」
アストルが首を傾げた。門番は話し始める。
「この国は、何よりも力を重んずる国。力あるものには従う、それがこの国の法だ。よって……」
門番の2人は剣を抜いた。
「我らを倒せたなら、王との面会を許そう!」
「そういうルールね……どうする、アストル?」
クローリアがアストルの返答を仰ぐ。アストルは拳を突き合わせた。
「なら、やるしかないだろ。さて……2対2でいいのか?」
「4対2でも構わんぞ」
見た目だけであれば、戦力になりそうなのはシルゼンだけだ。甘く見られているというのが、何となく伝わってくる。
アストルはその提案に首を横に振った。
「いや、2対2でやろう。こういうのは、公平に。その方が、はっきりするだろ?」
「その心意気、気に入った。存分にやるとしよう!」
その返答に満足したのか、門番たちは気合いを入れるために高らかに声をあげた。
「アストル、忘れたの? 覇の大陸、要塞グランバレルだよ。本当にアストルは……」
アクアレーンに乗っているアストルに向かって、ナルクルの背からクローリアは答えた。
「あーあー、そうだった。どんなところなんだろうな?」
クローリアのお説教を聞かされそうになり、慌てて話題を変えた。
「ちょっと、楽しみ。ね、アストル?」
後ろに乗っているリエルナがアストルに笑いかける。
「あ、ああ」
アストルは少しどきりとした。やっぱり、女の子がいるというのには慣れない。母親もアストルを産んですぐに亡くなり、アストルと同様に女性の苦手なルクトスが近くにあまり女性を置かなかったため、こういう時どう接していいのか迷ってしまう。
「どうしたの?」
リエルナがアストルの顔を覗き込む。アストルは慌てて前を向いた。
◇◇◇◇
──ピーッ! 通信機故障、通信機故障! マクエラからの通信が途絶えました。
「ヴァグラがやられたようですね」
その頃、サイモアの作戦室では、ザイクとゼロがマクエラの様子を伺っていた。
「構わん。やつはいてもいなくても、さほど変わらん手駒だ。役に立てばよし、そうでなくてもこちらに痛手はない」
「フェルムンドは奪還されたようですが」
「あそこは、ヴァグラがいてもいなくても奪還されただろう。ますます興味がでてきたよ……アストル王子、ルクトスの息子か‥‥‥。ルクトスは、まだ何も吐かないのだろう?」
ゼロは頷く。
「何を聞いても無言のままです」
「だろうな。あいつは、そういうやつだ。……ところで、ドガーはまだ暴れているのか?」
「はい。このところずっと自宅にこもっていたようですが、今朝、俺が様子を見に行った時には家がなくなっていました。彼が壊してしまったようです。民間人に被害が出る前にと思って、俺が気絶させて強制的に訓練室に閉じ込めておきました」
ゼロは相変わらず感情のこもっていない声で言った。
彼に関しての情報は非常に少ない。見た目は25歳くらいだが、ザイクとは非常に長い付き合いらしく、信頼は一番だという。
しかし、ザイク以外の人間とはほとんど口をきかないため、どういういきさつで今に至るのかなど、詳しいことはさっぱり分からない。彼の担当は暗殺や密偵。そのせいもあってか、人もなかなか近寄ろうとはしない。
実際に見たことのあるものは少ないが、ゼロの戦闘力は極めて高いようで、さきほどの会話からも伺えるように、暴れるドガーをわけもなく気絶させられるくらいの力は持ち合わせている。
「そうか、ご苦労だったな。ドガーが暴れ始めたのは、シャンレルから戻ってからか。やはり原因はあいつなのだろう?」
「そのようです」
「しばらくは様子を見る。お前には悪いが、ドガーの相手を頼む。ドガーは……あいつに最大の罰を与えるための、大切な手駒だからな」
ザイクは怪しく微笑んだ。
◇◇◇◇
夜の海は、一面に黒を映し出している。飲み込まれてしまいそうな、深い深い黒。水竜のように海を網羅していなければ、方向が分からなくなるだろう。暗く、恐怖さえ覚える夜の海だが、波の音は心地いい。アストルがそれを聞いていると、ぽすりと背中に何かがもたれかかった。
「寝ちゃったのか……」
見ると、リエルナがすうすうと寝息をたてながら、幸せそうに眠っている。
「落っこちるなよ……」
アストルは起こすのもかわいそうだと思い、リエルナの手を掴んで支えてやった。
その様子を、クローリアは懐かしそうに眺めている。
「なんか、僕も昔のこと思い出すな……。あの時はたしか──」
そこまで言って、クローリアは言葉を飲み込んだ。シルゼンが不思議そうにクローリアを見る。
「たしか、何だ?」
「何でも……ないんだ」
クローリアは何かを思い出すように目を閉じた。
【……クローリア、このまま行けば夜明けと同時にグランバレルに着くだろう。グランバレルはマクエラとは異なり、かなり攻撃的な国。気を引き締めるのだ】
ナルクルがクローリアを叱咤する。
「分かってるよ、ナルクル。アストルは……守る」
ナルクルに答えながらも、それは自分に向けて言っているようにも聞こえた。
【アストル、アストル! 見えたよー】
アクアレーンの明るい声が響いた。
「元気だな……俺は、眠い……」
水竜から振り落とされないように一睡もしていないアストルはあくびをしながら後ろを見た。リエルナはまだ眠っている。ナルクルに乗った2人の方を見ると、2人は何ともないようにしゃっきりしていた。クローリアもシルゼンも寝ていないはずなのに、どうしてそんな風にしていられるのか……。
「アストル、しゃきっとしようよ。もうすぐ、グランバレルに着くんだから」
「ああ、分かってる。ふわぁ……」
眠い目を擦りながら、アストルは返事をする。
【さぁ、上陸するぞ】
【早く帰ってきてねー!】
4人は、大きな岩場に立った。
──要塞グランバレル。マクエラとは対照的に攻撃的な国らしい。要塞というだけあって、アストルたちが降り立った海岸からずっと陸地にかけて、巨体な岩が隆起して外敵の侵入を阻んでいる。おまけに、国の中心であると思われる場所には頑丈そうな造りの建物が見えた。
「あの建物に、この国の王が住んでいるらしい」
シルゼンはそびえ立つ建物を眺めている。
「シルゼンは、ここに来たことあるのか?」
「いや、俺も初めてだ。どんな王なのかもよく分からん」
「どうやってあそこまで行こうか? 僕らはまだしも、リエルナが一緒じゃあ……」
「大丈夫なの、クローリア。私こういうの得意だから」
そういうと、リエルナはひょいひょいと険しい岩場を飛び越えていく。
「おいてくよー」
呆気にとられる3人をよそに、リエルナはずんずん先へ行ってしまった。
「……これは、俺たちの方が厳しいかもな」
「うん……余計な心配だったね」
「まさか彼女も軍人なのではあるまいな?」
「いやいや……それはないだろ」
リエルナの素性はまだ分からないが、あのほわほわした雰囲気と軍人は結びつかない。しかし、こういうとき、さらっととんでもない行動をしてしまうところを見ると、普通の人間とは違うのかなと思う。
シルゼンはさすがに軽々とついていくが、アストルとクローリアには厳しかった。海育ちの彼らに、いきなり山登りやロッククライミング的要素を提示したのだから無理もない。
やっとの思いで、目指していた建物に着いた。しかし、すぐに入れてもらえそうな雰囲気ではないようだ。高くそびえ立つ鋼鉄の門の前には、かなり鍛え込まれた肉体を黒い鎧で固めた大男が2人立って見張っている。
(あれ、どうやって入ればいいんだよ……)
アストルが小声で尋ねる。
「こういうときは、正直に話してみるの」
リエルナが、何のためらいもなく門の方に歩いていく。
「おい、リエルナ!?」
アストルたちも慌てて追いかける。
門番がこちらに気づいた。2人はこちらを睨んで、腰に差した剣に手をかける。
「何者だ!」
「許可のない者を通すわけにはいかん!! お前たち、許可はあるのか?」
リエルナは動じずに、首を横に振った。
「ないけど、王様にお願いがあるの」
リエルナは、じっと門番の2人を見つめた。
「お主……なかなか肝の据わった女だな、気に入った。どうしてもここを通りたいと言うのなら、この国の法に従ってもらおう。よいな?」
「うん、ありがとうなの」
リエルナはいかつい門番を説得(?)してしまった。
「すごいな、リエルナ……でも、その法って?」
アストルが首を傾げた。門番は話し始める。
「この国は、何よりも力を重んずる国。力あるものには従う、それがこの国の法だ。よって……」
門番の2人は剣を抜いた。
「我らを倒せたなら、王との面会を許そう!」
「そういうルールね……どうする、アストル?」
クローリアがアストルの返答を仰ぐ。アストルは拳を突き合わせた。
「なら、やるしかないだろ。さて……2対2でいいのか?」
「4対2でも構わんぞ」
見た目だけであれば、戦力になりそうなのはシルゼンだけだ。甘く見られているというのが、何となく伝わってくる。
アストルはその提案に首を横に振った。
「いや、2対2でやろう。こういうのは、公平に。その方が、はっきりするだろ?」
「その心意気、気に入った。存分にやるとしよう!」
その返答に満足したのか、門番たちは気合いを入れるために高らかに声をあげた。
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