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第9章 歪んだ世界
真実⑩
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シャンレルが幸福に包まれる中、ユナはひとり、ある不安を抱えていた。
「ねぇ、ルクトス」
「どうした?」
「私ね、この子の未来が見えないの」
「未来?」
ルクトスはその意味が分からず、首を傾げた。
「ううん……なんでもない」
この力のことは、まだ話していない。ルクトスに限ってそんなことはないと分かっているのだが、未来を見る力を持っていることを知って態度が変わってしまったらと思うと、それが怖かった。
結局、打ち明けることは止めてしまった。
「そうか? 何かあるなら言えよ。俺にできることなら、何でもするからな」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、この子を……アストルを守ってあげてね」
「アストル……名前、決めたのか?」
「未来を、その手に掴み取れますようにって。嫌かな?」
「いや、いい名前だ」
ルクトスはそう言って笑う。ユナもそれにつられて笑ったが、不安を拭い去ることはできなかった。
アストルの未来。ユナには、それがまったく見えなかった。誰であっても、何かしらの運命が嫌でも見えてしまう。それが、今までの経験で分かっていた。
ここまでは、まだ産まれていないのだから……とも思っていたのだが、ヴェインズの時は彼が産まれる前から、なんとなく見えていた覚えがある。
だとすると、もうすぐ産まれるであろう段階にあるにも関わらず、アストルの未来が何ひとつ見えないことに恐怖を感じずにはいられなかった。
それから数日経っても、アストルの未来が見える兆しはない。悩んだ挙句、ユナはひとつの手段をとることにした。
「ねぇ、ルクトス。私と初めて会った場所、覚えてる?」
「ああ、そりゃあんな海のど真ん中だったらな」
ルクトスは出会った日のことを思い出す。どうしてあんなところにいたのかは、未だに分からない。久しぶりにその話題が出たので考えていると、次の瞬間、ユナの口から思わぬ言葉が飛び出した。
「あそこに、私を連れて行ってほしいの」
「いや、でも……」
体調を考えれば安静にしていた方がいいのではと心配したのか、ルクトスはすぐにうんとは言わなかった。
それでも、ユナは引き下がらない。
「お願い」
「……分かった。ただ、無理はするなよ」
何か深い事情があるのか、とても真剣なユナの様子にルクトスは仕方なく頷いた。それを見届けると、ユナはふっと表情を崩す。
「ありがとう。なるべく早い方がいいから、今から行けないかな?」
「今から!? 船の用意もあるし、今からは……」
「ザナルカスには頼めない? あんまり、人は多くない方がいいな」
どうしても今すぐ行きたいようで、簡単には諦めそうにない。
「でもな……みんな心配するぞ?」
「ルクトスらしくないね。お城はしょっちゅう抜け出してるんでしょ?」
「お前、ジギルたちに黙って行く気かよ」
ユナに痛いところを突かれ、ルクトスは困ったように頭をかいた。
「たまには2人きりで出かけるのもいいでしょ?」
ユナの満面の笑みに、ルクトスも嫌とは言い辛くなってしまった。そうでなくとも、ユナはルクトス以上に頑固なところがある。
しばらく2人は見つめ合っていたが、ついにルクトスが折れた。
「……ザナルカスが協力してくれるかは、まだ分からないからな」
「うん。私からも、お願いしてみるね」
その後、ルクトスがザナルカスを呼び出し事情を話すと、思った通りの答えが返ってきた。
【またつまらん理由で我を呼ぶとは……いい加減にせんか!】
かなりの苛立ちが伺える。それもそうだ。ただでさえプライドの高い水竜なのに、その中でもザナルカスは王。さすがのルクトスも、これ以上怒らせては手が付けられなくなると思った。
「ごめんなさい。でも、今回だけはどうしてもお願いしたいの」
しかし、いくらザナルカスが怒っていても、ユナは怯むことなく頼み続けた。
【ふん、誰がお前の言うことなど……】
ザナルカスはユナと視線を合わせようともしない。このままではユナが危ないと、ルクトスが止めようとするも、ユナはザナルカスの向いている方へ移動して頭を下げた。
「お願いします」
深く頭を下げるユナを、ようやくザナルカスは見た。睨みつけるという表現の方が正しいかもしれないが、とにかくその眼中には入ることができた。
水竜は勘が非常いい。ユナの様子から何かを感じ取ったのか、また視線をそらすと吐き捨てるように言った。
【ふん……何を焦っているのか。よいか、これが最後だ。乗れ】
「ありがとう」
ユナは、ばっと顔をあげた。そして、ルクトスの手を引いてザナルカスの元まで連れていく。
「行こう、ルクトス」
「あ、ああ」
どうして、あんなに不機嫌だったザナルカスがユナの頼みを聞いたのか。その理由は、ルクトスにはさっぱり分からなかった。
穏やかな波の音に包まれながら、ザナルカスは青い海を渡っていく。果てしなく続く水平線を、ユナは黙ったまま見つめている。何もないはずの場所に、まるで何かがあるように。
しばらく進んでいくと、ザナルカスが急に動きを止めた。さすがにルクトスも、何の目印もないところで正確な位置を記憶していたわけではない。しかし、海を住みかとする水竜には、はっきりとあの日の場所が分かるのだろう。
ユナはじっと水面を睨むと、後ろで支えてくれていたルクトスを笑顔で振り返った。
「ルクトス、ごめんね。私、少し行ってくる」
ルクトスの手を振りほどき、ユナは海にダイブする。すると、ほぼ同時にあたりが光に包まれた。
「ユナ!?」
あまりの眩しさに、ルクトスは目を瞑る。再び目を開いたとき、海から立ち昇るまばゆい光に飲み込まれたユナの姿は、跡形もなく消えていた。
「ねぇ、ルクトス」
「どうした?」
「私ね、この子の未来が見えないの」
「未来?」
ルクトスはその意味が分からず、首を傾げた。
「ううん……なんでもない」
この力のことは、まだ話していない。ルクトスに限ってそんなことはないと分かっているのだが、未来を見る力を持っていることを知って態度が変わってしまったらと思うと、それが怖かった。
結局、打ち明けることは止めてしまった。
「そうか? 何かあるなら言えよ。俺にできることなら、何でもするからな」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、この子を……アストルを守ってあげてね」
「アストル……名前、決めたのか?」
「未来を、その手に掴み取れますようにって。嫌かな?」
「いや、いい名前だ」
ルクトスはそう言って笑う。ユナもそれにつられて笑ったが、不安を拭い去ることはできなかった。
アストルの未来。ユナには、それがまったく見えなかった。誰であっても、何かしらの運命が嫌でも見えてしまう。それが、今までの経験で分かっていた。
ここまでは、まだ産まれていないのだから……とも思っていたのだが、ヴェインズの時は彼が産まれる前から、なんとなく見えていた覚えがある。
だとすると、もうすぐ産まれるであろう段階にあるにも関わらず、アストルの未来が何ひとつ見えないことに恐怖を感じずにはいられなかった。
それから数日経っても、アストルの未来が見える兆しはない。悩んだ挙句、ユナはひとつの手段をとることにした。
「ねぇ、ルクトス。私と初めて会った場所、覚えてる?」
「ああ、そりゃあんな海のど真ん中だったらな」
ルクトスは出会った日のことを思い出す。どうしてあんなところにいたのかは、未だに分からない。久しぶりにその話題が出たので考えていると、次の瞬間、ユナの口から思わぬ言葉が飛び出した。
「あそこに、私を連れて行ってほしいの」
「いや、でも……」
体調を考えれば安静にしていた方がいいのではと心配したのか、ルクトスはすぐにうんとは言わなかった。
それでも、ユナは引き下がらない。
「お願い」
「……分かった。ただ、無理はするなよ」
何か深い事情があるのか、とても真剣なユナの様子にルクトスは仕方なく頷いた。それを見届けると、ユナはふっと表情を崩す。
「ありがとう。なるべく早い方がいいから、今から行けないかな?」
「今から!? 船の用意もあるし、今からは……」
「ザナルカスには頼めない? あんまり、人は多くない方がいいな」
どうしても今すぐ行きたいようで、簡単には諦めそうにない。
「でもな……みんな心配するぞ?」
「ルクトスらしくないね。お城はしょっちゅう抜け出してるんでしょ?」
「お前、ジギルたちに黙って行く気かよ」
ユナに痛いところを突かれ、ルクトスは困ったように頭をかいた。
「たまには2人きりで出かけるのもいいでしょ?」
ユナの満面の笑みに、ルクトスも嫌とは言い辛くなってしまった。そうでなくとも、ユナはルクトス以上に頑固なところがある。
しばらく2人は見つめ合っていたが、ついにルクトスが折れた。
「……ザナルカスが協力してくれるかは、まだ分からないからな」
「うん。私からも、お願いしてみるね」
その後、ルクトスがザナルカスを呼び出し事情を話すと、思った通りの答えが返ってきた。
【またつまらん理由で我を呼ぶとは……いい加減にせんか!】
かなりの苛立ちが伺える。それもそうだ。ただでさえプライドの高い水竜なのに、その中でもザナルカスは王。さすがのルクトスも、これ以上怒らせては手が付けられなくなると思った。
「ごめんなさい。でも、今回だけはどうしてもお願いしたいの」
しかし、いくらザナルカスが怒っていても、ユナは怯むことなく頼み続けた。
【ふん、誰がお前の言うことなど……】
ザナルカスはユナと視線を合わせようともしない。このままではユナが危ないと、ルクトスが止めようとするも、ユナはザナルカスの向いている方へ移動して頭を下げた。
「お願いします」
深く頭を下げるユナを、ようやくザナルカスは見た。睨みつけるという表現の方が正しいかもしれないが、とにかくその眼中には入ることができた。
水竜は勘が非常いい。ユナの様子から何かを感じ取ったのか、また視線をそらすと吐き捨てるように言った。
【ふん……何を焦っているのか。よいか、これが最後だ。乗れ】
「ありがとう」
ユナは、ばっと顔をあげた。そして、ルクトスの手を引いてザナルカスの元まで連れていく。
「行こう、ルクトス」
「あ、ああ」
どうして、あんなに不機嫌だったザナルカスがユナの頼みを聞いたのか。その理由は、ルクトスにはさっぱり分からなかった。
穏やかな波の音に包まれながら、ザナルカスは青い海を渡っていく。果てしなく続く水平線を、ユナは黙ったまま見つめている。何もないはずの場所に、まるで何かがあるように。
しばらく進んでいくと、ザナルカスが急に動きを止めた。さすがにルクトスも、何の目印もないところで正確な位置を記憶していたわけではない。しかし、海を住みかとする水竜には、はっきりとあの日の場所が分かるのだろう。
ユナはじっと水面を睨むと、後ろで支えてくれていたルクトスを笑顔で振り返った。
「ルクトス、ごめんね。私、少し行ってくる」
ルクトスの手を振りほどき、ユナは海にダイブする。すると、ほぼ同時にあたりが光に包まれた。
「ユナ!?」
あまりの眩しさに、ルクトスは目を瞑る。再び目を開いたとき、海から立ち昇るまばゆい光に飲み込まれたユナの姿は、跡形もなく消えていた。
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