アルタジア(改訂版)

桜花シキ

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第11章 最終決戦

戦いの先に待つもの①

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 サイモアから提示されたタイムリミットまで、あと4日程となっていた。サイモアから例の連絡が入ったのは、アストルたちがミストクルスにいる間のことで、そこから数えて3日は経過していた。

 その間に何もしていなかったわけではない。その連絡を受けて、アランは即行動に移していた。サイモアへの最適な移動手段や武器、食糧等の確保。マクエラ、グランバレル、陽月国、情報屋、他にも様々な国と協力しながら、出発の準備を整えていた。
 おそらく、それ以前からサイモアを警戒して準備していたのだろうが、さすがは大国レティシアを治める王。その手腕には驚かされる。

 アストルが戦うと決意した次の日の早朝、各国の重役たちがレティシアの作戦室に集結していた。
 レティシア国王アランはもとより、その息子5人もそこにいた。マクエラからは、リベランティスとルル、グランバレルからはジェイドとルアン、陽月国からは京月と京水、そして一閃と天音が。シャンレルからは、ルクトスとアストルが招集されていた。
 それに加えて、情報屋からバドと牛丸が同席している。彼らも力を貸してくれるという。世界からも一目置かれる勢力だ。それは非常にありがたかった。

 中にはアストルが知らない顔もあり、それはレティシアと繋がりのある国の人たちで、アランが話をつけていたらしい。
 ルクトスと面識がある人もいたようで、話している姿を目撃していた。その中には、アストルとも子供の時に会ったことがあると言ってきた人もいたが、アストルはまったく覚えておらず、申し訳ない気分になった。しかし、子供だったから仕方ないよと、その人は気にした様子もなく笑っていた。

 クローリアやほかのみんなには、別の準備を進めてもらっている。とにかく今は、時間が惜しかった。ザイクの提示した1週間という期限は、戦いを仕掛けるにはほとんど無謀な期限だった。反抗させないための手段だったとも考えられる。
 しかし、アストルも戦うという選択をしたことで、勝機はまだ見えている。人、武器、食料……そして、神石。出し惜しみしている場合ではない。持てる力すべてを、サイモアにぶつける。

「すでに、我が国の先行部隊は海路を使用してサイモアへと向かっている」

 アランは卓上に地図を広げ、その海路を示す。

「グランバレルも同様だ」

 ジェイドもそこに加わり、レティシアとは別ルートを指した。全方向からぐるりとサイモアを取り囲み、穴をなくすためらしい。船は約束通りアンヴァートが出したらしく、グランバレルの精鋭たちがそれに乗り込んでいるという。

「空路の方は、俺たちが何とかするぜ。クルッポー三号だけじゃ、そんなに人は運べねぇが、密かに作らせておいた一号機がある。こいつはかなりの数乗れるぜ。出し惜しみしてる場合じゃねぇしな。そいつは与一に操縦させる」

 話を聞いていたバドが、そう切り出した。確かに、それを使用できれば移動時間はかなり短縮できるはずだ。船でも魔力を使えばある程度の加速は可能だが、元の動力が神石ではないため限界がある。
 しかし、クルッポー三号及び一号は動力源が操縦士の魔力であるため、操縦士の体力と機体の強度が持つ限り加速可能だ。
 その操縦士に挙がった与一という名に、一同は首をかしげる。

「与一?」
「あっしですよ。まぁ、牛丸の方で覚えちまってるんでしょうがね」

 牛丸は自分から名乗り出ると、肩をすくめて見せた。ああ、そうだったとアストルは手を叩く。彼がバドお墨付きの実力者であることは、前に聞いていた。

「んで、こいつを使うのが一番最速だ。そこでだ、どう使うかって問題になる」

 バドが話を戻した。その件について、アランが口を開く。

「アストル君は最後まで温存しておきたい」

 アランはちらりとアストルの方を見た。

「じゃあ、あっしの操縦する一号機が先に行って、頃合いを見て連絡入れます。やつらの守りが薄くなったところを、王子に叩いてもらいましょう。王子も、それでいいですかい?」
「それが最善の策なら。でも、無理はしないでくれよ」

 アストルがあっさり頷いたことに、アランは少し驚いたような顔をした。

「随分素直になったね、アストル君。君なら、自分が先に行くと言いかねないと思ってヒヤヒヤしていたんだけれど」

 確かに、前の自分だったらそう言ったかもしれないと、アストルは頭をかいた。

「感情で動いても、サイモアには勝てない。俺ひとりの力じゃ、どうにもならないだろうし。だから、みんなの力を借りないといけない。やっと、それが分かったから。みんなで、世界を守ろう」

 だが、今のアストルは以前とは違う。そのことは、周りにも伝わっていた。
 そんな成長した息子の姿を見て、ルクトスはアストルの頭をぐしゃぐしゃになでた。

「うわ、何すんだよ親父!」
「立派になったと思ってな」

 真面目な顔でそう言うので、アストルは調子が狂った。

「べ、別にいいって言わなくて……それで、他のみんなはどうするんだ?」

 照れ隠しも含め、アストルは話を振る。

「では、陽月国の者たちで、突破口を開こうか。神布術は、なかなかに使えるだろう」

 アストルとルクトスのやり取りを微笑んで眺めていた京月が、一号機に乗ることを申し出る。

「ならば、俺たちも同行する」

 京月が動いたことで、一閃たちも名乗りを挙げた。しかし、一閃たち陽地方の人間に神布術は使えない。そのことには、京月も気がついている。

「一閃殿? しかし……」
「確かに、俺たちに神布術は使えない。禁忌も……なるべく使わずに済ませるつもりだ。だが、今は俺たちも月地方の世話になっている身。そちらの方針に従おう」
「気を遣わずとも良いのだが」
「いいえ、構いません。私たちも、陽月国の人間です。ですから、お願いします」

 それでも2人は引かなかった。覚悟はできているということだろう。それを感じ取った京月は、隣に立つ京水と顔を見合わせてから、分かったと答えた。

「ルルたちマクウェルも、陽月国のみなさんと一緒に行くルル」

 それに続くようにルルも声をあげたが、それはアランに引き止められる。

「サーネル教授、あなたほど魔法を高度に扱える者はなかなかいません。できることなら、あなたにはアストル君と同じく、内部に潜入していただきたいのだが。もちろん、危険は伴う。無理強いはしません」
「ルル、どうする?」

 リベランティスがルルに尋ねる。腕を組んで考えていたルルだったが、しばらくして逆に聞き返した。

「リベランティス様は、どうするルルか?」
「オレ? う~ん……アラン様、ちょっと仲間たちと話してきていいか?」
「リベランティス様、会議の途中で抜ける気ルル!?」

 突然の退出を申し出たリベランティスに、ルルが慌てた様子を見せる。しかし、アランは落ち着いて対応した。

「構わないよ。他にもそうしたい者がいれば、今退出してくれ」
「だってさ。行こうぜ」

 軽い調子でそう言い、部屋を去るリベランティス。ルルは申し訳なさそうに頭をぺこりと下げて、それを追った。
 何ともマイペースなリベランティスの発言だったが、そうしたいと思っていた人たちは案外いたのだと気づかされる。アランの許しが出たことで、ルルたち以外にも他数名が部屋を後にした。
 部屋に残された人たちで話は進む。次に口を開いたのはジェイドだ。

「グランバレルは、すでに戦士たちへ指示を出し終わっているからな。後は、私とルアンだけだ。邪魔でなければ、私たちもアストル王子に同行したい。構わないだろうか?」
「もちろん。ジェイドたちが一緒なら、俺も心強いし」

 ジェイドの申し出を、アストルは喜んで受け入れた。
 それに続くように、ガヴァンが兄弟を代表して歩み出る。

「父上、私たちにも協力させてください」

 ガヴァンはアランに頭を下げる。その後ろを見れば、イアン、ブレイン、グレン、そしてディランまでもがガヴァンと同じ姿勢をとっていた。

「お前たち……分かった。頼んだぞ」

 アランは、そんな息子たちに頭を下げた。

 その後、戻ってきたルルたちとも話し合った結果、一号に乗って先にサイモアへと向かうのは、陽月国の人たちと、頭脳型、戦闘型両方のマクウェルたち。
 三号機で頃合いを見て内部に潜入するのが、アストル、クローリア、シルゼン、ニト、そしてリエルナ。そこに、アランの息子たち5人とリベランティス、ルル、カルラ、グレイ、ジェイド、ルアンが加わる形に決まった。

 シャンレルの国民や、名前の挙がらなかった者たちは、船での移動となる。
 シャンレルの民には水竜という存在も考えられたが、シャンレル侵攻の際に死んでいった水竜たちのことを思うと、誰もがその方法を口にしようとはしなかった。
 ルクトスやアランは、息子たちと一緒に行動できないことに不安を感じつつも、もう若くはない自分たちが足手まといになってはいけないと、船に乗って自国民に指示を出す役に落ち着いた。

 また、国に残る選択をした者たちに関しては、ルルが教えた魔導式を描いて、いつでも強力な防御壁バリアウォールを張れる状態で待機している。いざという時に、国を守るためだ。ルルは先手を打っていたらしく、各国に魔導式を教えられる弟子たちを送り込んでいた。そのため、レティシア以外の国にも防衛手段が整っている。

 そして、アランはアストルの方を向く。

「アストル君、一番大変な役になると思うが、君は何としてでもザイクのいるところまでたどり着くんだ。絶対、あいつを止めてくれ」
「ああ!」

 アストルは力強く答えた。恐怖を感じないわけではない。不安を感じないわけではない。だが、それでも自分はひとりではないと信じていられる。それが、アストルに力を与えてくれた。
 ひと通り必要事項を話し合い、さっそく行動に移す。アランの声が、作戦室に響き渡った。

「さぁ、作戦開始だ!」

◇◇◇◇

 サイモア作戦室。そこにある巨大なモニターには、建物の中、外に関わらず、複数の場所に設置された機器から送られてくる映像がリアルタイムで映し出されていた。
 それをゼロと共に眺めていたザイクは、ひとつの映像に目をとめる。
 サイモアに、レティシアの軍艦が迫っていた。それを追うように、情報屋の白い機体が上空に浮かんでいる。さらに、別の映像を見れば、あのキルディアの貿易船までもが見えた。そして、ザイクはアンヴァートの裏切りを知る。
 戦いの合図を見届けたザイクは、作戦室の椅子から立ち上がり、口角をあげた。その隣に立っていたゼロは、何を言うでもなく、ただザイクの言葉を待っている。

「始まったか……我々も迎え撃つとしよう。サイモア兵に次ぐ! 外部からの侵入者を確認。外敵を迎え撃て!」

 作戦室から発されるザイクの声が、スピーカーを通してサイモア全土に響いた。
 それを受け、サイモアの軍艦が国を取り囲むように配置につく。そして間もなく、神石の赤いエネルギーがチャージされ始めた。

「砲撃がくるぞ! 作戦通りに動け! 何としても、やつらの守りを崩すんだ!!」

 レティシアの軍艦やキルディアの貿易船に乗っていた人たちが、積んでいた神石を一ヶ所に集め、一斉にその力を使用する。船内の床には、ルルから教えてもらった魔導式が描かれていた。その中心に置かれた神石の山を囲みながら集中力を高め、みんなの魔力を増幅させていく。
 サイモアの軍艦から、魔力の砲弾が放たれる。その刹那の時。

「今だ!」

 その掛け声に、船に乗っていた人々は、溜めていた魔力を一気に解放した。その魔力は障壁へと変化し、船の周りを包み込む。
 船に砲撃が当たる寸前に張られた防御壁バリアウォールに、赤い光が直撃する。複数の軍艦から放たれたそれは、ほとんどすべての船に襲い掛かった。そして、轟音と共に赤い光が弾ける。

 しかし、光が消え去った後に残ったのは、無傷なレティシアの軍艦やキルディアの貿易船だった。これには、攻撃したサイモア兵たちも驚きを隠せない。しかし、ならば第二の攻撃をと、サイモアは再び攻撃の準備を開始している。
 レティシアやキルディアの船の中では、サイモアの攻撃を防いだことで歓喜に溢れていた。

「サーネル教授に教えてもらった魔導式、本当に助かったぜ」
「これならいけるぞ!」
「そうだな。だが、気を抜くなよ!」

 自分たちを奮い立たせながら、次なる攻撃に備えて再び魔力を集中させ始めた。

◇◇◇◇

 上空を飛んでいた一号機からも、その様子は確認できた。とりあえず、第一段階はクリアだ。

「下は、上手くやってるみたいですぜ。そろそろ、こちらも準備しましょうか。そしたら、王子にも連絡を入れます」

 牛丸が京月の方を振り返る。京月は、それに頷く。
 厄介だったのは、あの砲撃だ。あれには幾度となく苦しめられてきたが、それが突破できることが分かり、海からの上陸も可能だということが分かった。

 そして、第二段階。
 それが、一号機に乗った人たちと、今、海から上陸を試みている彼らとが協力して、アストルたちの進む道を作るということだ。アストルたちの乗る三号機は、サイモアからは確認できない位置だが、その近くを飛んでいる。牛丸からの連絡があれば、すぐに駆けつける算段だ。

「一閃殿と天音殿は、我々の術が発動した後に続いていただきたい」
「分かった」

 京月の言葉に、一閃と天音が頷く。

「それから、マクウェルの皆さんは魔法で我々を助けていただけるとありがたい」
「それは任せろ」

 ロロが率いるマクウェルたちは、すでに手のひらや腕などに魔導式を描いていた。
 それを確認してから、京月はタイミングを計る。下では、二発目の砲撃が間もなく開始されるところだった。狙うのは、その砲撃の後。
 軍艦が防御壁バリアウォールを魔導式で強化しつつ、着実に前進しているのを上空で確認しながら、マクウェル、そして陽月国の人間たちはその時を待っていた。
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