ここからは私の独壇場です

桜花シキ

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第8幕 求婚される乙女

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 アヴェリアが隣国の王子に求婚されたという話は、フォリオの耳にも届いた。

「そ、それでアヴェリアは、何て……?」
「少し考えてみる、とのことです」

 側近のニアから報告を受けたフォリオは、内心とても動揺していた。

(あのアヴェリアが、「考えてみる」なんて……)

 少しでも気がなければ、そんな返答はしないだろう。
 彼女だって、普通の少女と変わらない。恋だってするだろう。
 彼女の置かれた境遇を考えれば、それを理解した上で一緒にいたいという相手は運命ともいえる。
 しかし、素直に喜ぶことのできない自分に、フォリオは嫌気がさしていた。

(アヴェリアが幸せなら、応援しないと。でも、素直に喜べないのはどうしてなんだろう……)

 自分がまだアヴェリアのことを諦めきれていないからだと、理由は分かっていた。
 だが、代償がある以上、それを解決するまでは想いを伝えることすらできない。
 預言者の使命に関わらないハルサーシャのことを、フォリオは羨ましく思った。

「近く、ルーデアス王国へと向かわれるそうです」
「ハルサーシャ王子の祖国か」

 まずは友人として親睦を深めたい。アヴェリアのことを大切に考えているからこその真摯な姿には、フォリオも何も言えなかった。

(婚約者だと勘違いして舞い上がっていた自分とは大違いだな)

 比較して落ち込む。
 そんなフォリオに対して、ニアは問いかける。

「殿下は何もしなくてよろしいのですか?」

 彼の言葉にはっ、と顔を上げる。
 フォリオが赤ん坊の頃から仕えていたニアには、もしハルサーシャの元へアヴェリアが行ってしまった場合、何もしなければとんでもなく落ち込むであろうことを予想していた。
 長く仕えてきた身としては、フォリオを正式な王太子にしたいという気持ちがある。そのためには、再起不能なほど落ち込まれて、王の器を疑われてはたまったものではないのだった。

 アヴェリアと結ばれることはないにしろ、後悔のないようにしてほしい。
 その思いは、フォリオにも届いた。

「父上に、僕も同行させてもらえないか頼んでみる。ハルサーシャ王子がどんな人物か、しっかり見ておきたい」

 邪魔をするつもりはないが、アヴェリアのことを本当に傷つけることのない相手かどうか、直接確かめたかった。

 断られるかもしれないと思っていたが、他国の情勢を知るのもよい勉強だと国王の許可が下りた。
 ハルサーシャからも、隣国の王子が来てくれるのなら歓迎したいと、よい返事があった。

 フォリオ、アヴェリア、ハルサーシャ、そして王太子候補となってからは初の帰国となるパトリックを加えて、一行はルーデアス王国へと足を踏み入れるのだった。
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