まだ見ぬ未来へ駆け抜けて!

小林汐希

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エピローグ

エピローグ ずっと私の先生でいてね

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 昇降口で上履きから通学用のローファーに履き替える。

 こっちの外靴はまだ履く機会が多そうだけど、上履きはもう登場の機会もないだろうな。

 裏返してみると途中まで左足のバランスが悪かった分、足裏の一部が不自然にすり減っていたり、縫い目の糸がほつれてしまっているところもある。踵に書かれている『松本』の字も薄くなってしまっている。

 嬉しいとき、先生の待つ国語準備室に行くために階段を走った。悲しいとき、こぼれ落ちた涙を吸い込んでくれた。悔しいとき、壁を蹴った痛みも覚えている。

 2年生の夏休み中に前のが破れてしまって、お母さんが買ってきてくれてから約1年半。毎週持ち帰って洗ってはいたけれど、さすがに薄汚れて、お世辞にもきれいとは言えない。

 でもそれは私と学校で一緒に過ごしてくれた証拠だよ。役目が終わって学校で処分するから置いて帰っていいとも言ってくれたけど、今日の気持ちを忘れないように、もう一度きちんと洗って私の私物として保管しておこうと思う。

 中3が終わる春、家に届いたばかりの高校の制服を着て、上履きや革靴まで出して、お母さんの帰宅を待っていたことを思い出した。




 川沿いのフェンス際でその人を待っていた。

「ごめんごめん、遅くなった」

「ううん」

「花菜、写真撮ってあげるよ」

「いいんですか?」

「ほら、あの顔で笑え。もう遠慮はいらない」

「はいっ……」

 一度校門に戻って、まだ片付けていなかった卒業式の看板の隣に立ったところをスマホのカメラで撮ってくれた。

 私の高校の卒業式を写した1枚だけの写真。でも、それを写してくれたのは、世界で一人だけの大切な旦那さま。だから涙の光る私じゃなくて、笑った一瞬の顔を逃さずにフレームに納めてくれた。

「ありがとう」

「なに、あとで教室で撮ったやつがいくつか回ってくる」

「だって、あの時は私はドレスですから」

「そうだったなぁ。絶対、来月配られる卒業アルバムのどっかの写真で差し替えられるよな」

「ですね。でも忘れません……」

  二人で夕焼け空の中、手を繋いで歩きながら川沿いの桜を見上げる。

「今年は開花早いかな?」

「また、昔のようにお花見を一緒にしたいです」

「そうだな。弁当持っていこう」

 場所はどこでもいい。あなたが隣にいてくれるなら。

「一昨年の春休みでした。お仕事に行くときに大切な人に再び会えた気がして。帰りにここで泣いてしまったんです。私、あれから強くなれたでしょうか?」

「花菜ちゃんは十分に強くなった。もう泣く必要はないんだ。これからはずっと一緒に歩いて行くんだよ」

「懐かしいね。お兄ちゃんにそう呼んでもらえるの。これからも、ずっと私の人生の先生でいてね」

「そうかぁ。高校を卒業しても俺は花菜ちゃんに先生と呼ばれ続けちゃうんだな」

「そうですよ。結花先生もそれで呼び方変えてないって教えてくれました。それにあと2年、私はまだ学生との掛け持ちです」

「そうだったよな。さて、家に帰ろう。途中で珠実園に報告に行くんだろ? 二人でね」

 差し出された大きな手を再び握る。もう堂々と手を繋いでいいんだ。

「先生はずっと、私に『流してきた涙の数だけ笑顔になれ』と言ってくれました。だから私、さっき約束をしました」

「ほう、誰と?」

 立ち止まって茜色に染まりつつある空を見上げる。

「あのお空にいる、お父さんとお母さんです」

「そうか……」

「大丈夫です。『お父さんとお母さんの娘は大きくなりました。産んでくれてありがとう。必ず幸せになります』って約束したんです」

 結婚式の写真は、もう騒がれる心配もなくなったと、今年のお正月にお母さんから受け継いだあのフレームに入れて、二人でもう一度私の両親のお墓に報告した。

 私が唯一出来た親孝行だったな……。

 本当なら……、今日の写真も、お父さんとお母さんとも並んで撮りたかったよ……。

「花菜、ありがとな」

「はい……」

 右手がぎゅっと握られた。それを握りかえす。この温もりをもう離さない。

「今日の夕ごはん、何がいいですか?」

「多分珠実園で用意してくれてるんじゃないか?」

「じゃあ、疲れてもいいから駅まで競争です!」

「よし、行くぞ!」

 二人で手を繋ぎながら走って行く。

 私の名前は長谷川花菜。

 小さい頃からいっぱい涙を流してきたけれど、最後に最高の笑顔を受け取ることができた高校卒業当日の18歳。

 今の私にはそれで十分なんだ。そしてこれからもずっとね。
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