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41章 夕焼けに染まる制服
第168話 この部屋で終わりです
しおりを挟む「静かになりましたね……」
「そうだな……。もうその制服姿をこの部屋で見ることもできないのか……」
「そうですね。さみしいですか?」
ドレスを脱いで制服姿に戻ったとき、今度こそ本当の最後だからとリボンタイの結びも、ハイソックスの長さも、ブラウスの第1ボタンも全部、3年前の入学式の時と同じように整えてきた。
高校に入ってほとんど身長が伸びなかったから、スカートの丈も成長を見越して少し長くしてある当時のまま。新品の制服だったら1年生と間違われてしまうかもしれない。
「そうだな。でも、それを家で着るのも変だしなぁ」
「確かにただ処分するのはもったいないですし。珠実で後輩になる中3の女の子がいるのでサイズが合えば譲るつもりです。でも、これとは今日、ここでお別れしようと決めてきました」
ブレザーの胸ポケットに付けていた『松本』と書かれているクリップ式の名札に手をやって制服から取り外す。
「先生、本当にありがとうございました。先生のおかげで無事に卒業することが出来ました」
「松本が頑張ったんだ。俺は何もしていない。新人の自分にはもったいない生徒だったぞ……」
先生が職員室で5組の卒業証書にひとりずつ筆で名前を書き入れたとき、私の名前がそこにあったことで、他の先生方からも卒業が惜しいという声がたくさんあったんだって。
あの卒業証書裏のメッセージ、私には『松本さんは最高の生徒でした。ありがとう!』との一言だけ。でも、それは先生の素直な表現だと思う。それ以外のことはお家でいつでも話せるのだから。
「あの……、これはそのお礼です」
私の胸元に3年間ついていたその名札を先生に渡した。2年間、私の胸のドキドキをずっと受け止めて知っていてくれた名札だから。
「松本……、いいのか?」
「はい。私はこれを頂きました」
私にはさっき左手につけてくれた結婚指輪がある。もう外さなくていい。これがあれば私はもう一人じゃないって。
「あの教室では、私はもう長谷川に変わりました。松本と名乗れるのは今日のこのお部屋で終わりです。だから、ここに置いていきます」
「そうか。なら……」
先生はその名札を思いがけないところに置いてくれた。
「その写真……」
「覚えてるか?」
「はい、もちろんです」
2年生の夏、合宿と称して二人だけで行った海辺の旅館。その帰りがけのバスの待ち時間に、宿の女将さんでもある先生の伯母さんに海岸を背景にして二人一緒に写してもらったもの。
もちろん写真に写っているあの時の服は今でも大切に持っているし、今年の夏も現役で活躍してもらう予定。
恥ずかしそうに手を繋いでいる私。二人の関係が一目で分かってしまう写真だよ。それをフレームに入れて職場の机の上に飾ってくれていたなんて。そしてそのフレームの上に名札のクリップを留めた。
「この時、俺は松本花菜を今度こそ一人にしないと決めたんだ。絶対に長谷川花菜にしてやるとな」
「はい。約束通りにしてもらいました」
クラスのみんなには黙っていたけれど、短大の受験票から入学手続きまで全て長谷川姓で書いた。先月送ってある学生証作成の表記もみんなそう。だって戸籍や住民票は修学旅行のあの日を境に変わっているのだから。
だから、松本花菜と名乗れるのは本当にここで終わり。寂しくないかと問われたらきっと違う。でも、この場所で終えるのが一番相応しいと思ったから後悔はない。
夕焼けの中、追い出しのチャイムが校舎に響く。
「いつものところで待っていますね」
「あぁ、すぐ行く」
「長谷川先生、さようなら」
「さようなら、松本さん」
そっと国語準備室の扉を閉めて、静かになった校内を昇降口に降りて行った。
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