あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

文字の大きさ
22 / 98
7章 誰にも言えない予定

22話 どうせ俺も独り者なのだから

しおりを挟む



 職員室での会話を振り切るのに予想以上に時間を食ってしまい、腕時計を見ると予定よりも少し遅れ気味だ。

 俺は学校を飛び出して、まず自分のマンションに向かった。

 そして、今度は自分の車を運転して市内の病院に向かう。


 さっき誘いをはぐらかすために使った「学生時代の連中」というのが真実かと言えば、真っ赤な嘘ではないものの微妙なものだ。

 今から会いに行くのは現役の学生、しかも自分の担当する生徒なのだから。


 事前に打ち合わせていたとおり、病院の車寄せに停めさせてもらい、正面の自動ドアを開けて中に入ると、彼女は既に外来の待合室で車椅子に座り、看護師に付き添われて待っていてくれた。

「ごめんな原田。遅くなってしまった」

「いいんです。先生、本当にいいんですか?」

「クラスの他の奴らは、もう授業にならないほど浮き足立ってる。原田だけ何もしないで病室にいろというのは不公平だろう?」



 そう、今日の予定の相手というのはこの原田だ。きっかけは、あの手術を終えて療養をしている彼女に、授業のプリントを持っていったときに交わした何気ない会話からだった。

 毎年、一人で近所のイルミネーションを見に行っていたのが、今年は行くことができなくて残念だというもの。

「そうか……。ご両親と一緒にでも見に行けないのか?」

「そうですね……。今年はイブも平日ですし、土日も年末の仕事納めに向けて二人とも出社すると聞いているので、両親にお願いすることも出来ませんし……」

「そうか……」

 淋しそうに俯いてしまった原田の顔を見て思い出したことがある。



 この年の初夏、俺たちは高校の修学旅行で沖縄に向かった。

 学級委員として、このときも朝の集合時間から添乗員顔負けの仕事ぶりで雑用をこなしてくれていた。

 夕食も終え、全ての仕事から解放されている休憩時間にクラスの奴から心ない言葉が飛んだとき、雨の中に飛び出していった彼女。

「私はどこまですればいいんですか!」

 土砂降りの雨の中、俺の腕の中で初めて感情をむき出しにし、大きな声で泣いていた原田を忘れてはいない。

 いつも誰かのため、役に立てるならと自分の感情を押し殺して生きる原田。そんな彼女にだって修学旅行を楽しむ権利は他の生徒と平等にあるはずだ。

「原田、明日はおまえの休日にしてやる。だから、明日の学級委員の仕事は忘れろ!」

 その時は翌朝に熱を出したと彼女に小芝居をさせ、他の生徒には内緒で、事前に提出させた行動計画書に書かれていた国内でも有数の水族館に連れ出して時間の許す限り自由に羽を伸ばさせてやった。



 これまで、俺は特定の生徒を贔屓ひいきしないという原則を持っていたし、「小島先生にはクリスマスもバレンタインデーもイベント仕掛けが通じない」という噂も気にしていない。

 むしろ、教師としてはそれが当然というポリシーだった。


 しかし、原田結花という生徒には、それが通用しなかった。

 いや、気が付けば自分から彼女に手を差し出していたと言う方が正しいかもしれない。


 そこまでして一人の生徒を支えたいと思ったのは彼女が初めてだった。それなのに、現実はなぜ彼女にだけ病気という試練を与えたのか。




 一週間前の帰りがけ、俺はダメもとだと思いながら声をかけてみることにした。

「原田、もし病院からの許可が出たらの話だが……。相手が俺でよければ、修学旅行の時と同じように好きなところに連れて行ってやるが、どうだ?」

「先生、いいんですか?」

「どうせ俺も独り身だ。その日の予定なんか最初から無い。生徒を元気にしてやるなら、担任冥利というもんだろう?」


 原田には俺が独り身でいる理由をあえて説明する必要はないだろう。

 去年まで、俺はこの日は外出もせず、テレビもつけず、息を潜めて時が過ぎるのをやり過ごしていた。


 でも、もし隣にいるのが、この原田という不思議な魅力を持った少女であるなら……。

 解っている。仮に絶対に関係を持つことが許されない相手だとしても、何か一つの転機になるかも知れない。



 だから、本当にこの時の会話が俺たちの人生の1ページに繋がるとは思ってもいなかった。


 翌日、いつもどおりの補習授業が終わった帰りがけに彼女は告げてきた。

「お薬の関係もあるので、6時間。お天気が良くて無理をしないという約束なら、外に出てもいいそうです」

「本当か?」

「はいっ!」

 その時、満面の笑みで返事をしてきた原田を見て、誰が責めることが出来ただろうか。

 天気予報も問題なさそうだ。

 クリスマスイブの夕方、原田を八景島の水族館とイルミネーションに連れて行く。

 これがこの年の俺のスケジュールに決まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...