あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

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8章 結花の夢物語

24話 みんなは兎で、私は亀です。

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「先生……。今日は私のわがままを聞いてくださって、ありがとうございました……」

 水族館の水槽を回り、イルカたちのショーも行われるセミオープン形式のシアターに出てきた頃。外はすっかり日も落ちてイルミネーションのライトアップが本格化していた。

 そのシアターのベンチに座り、原田は俯きながらに首を横に振った。

「ご迷惑だって分かってました。大切なこんな日のお時間を私のために使っていただくなんて申し訳ありませんでした」

 違うんだ、原田……。

 喉元まで出かかった言葉を彼女にはいつかは話すことになるだろう。

 俺がこの日を一人で過ごしていた理由を。

 でも今はまだその時じゃない。

「原田、そんなことは考えなくていい。おまえはいつも頑張りすぎなんだ。自分への褒美も必要だ。それがこういう時間で、俺が出来ることであれば、言って構わないんだ」

 手すりと俺の肩を使って立ち上がった原田。

 眼下に広がる光の輝きが彼女の瞳に映り込んでいる。



 本当にまだ16歳の少女なのか……。

 これで本当に担任教師と生徒という制限された存在でなければ、男性の本能として抱きしめてしまいそうな儚げな魅力が彼女にはあった。

「私、一つの夢物語があるんです……」

「そうか、話すのが嫌でなければ聞いてもいいか?」

「はい……。私の両親は、高校の先輩と後輩という関係でした。今でも本当に仲が良くて。そんな二人の間に私が生まれたんです。それなのに、病気をして、友達を作るのも苦手で、頭もよくないし、泣いてばかり……。みんなが兎だとしたら、私は亀。それもドジでのろまな亀です。両親にいつも心配をかけてきました……。私、早く大人になりたい……。早く自立して、お母さんとお父さんを安心させてあげたいんです」

「原田……」

 そうか……。

 そんな人間はいくらでもいる。それは誰が悪いわけでもない。

「原田、『兎と亀』で勝負に勝ったのは亀だぞ。それを忘れるなよ?」

「そうですよね。でも、亀の気持ちは兎には分からないでしょう……」

 原田にもプライドはあるはず。でも周囲は彼女が、亀のままでいることを押し付けている。

「理不尽すぎるよな」

 原田は彼女なりに一生懸命生きてきたんだ。それなのに、たまたま表面化してしまった負の面を自分一人で全部背負っている。

 だからこそ、普段は冷静を装って実年齢よりも大人びて見せている。その緊張がほころんだ一瞬に見せる、あのあどけない表情が本当の原田結花の姿だ。

「私、まだ一度も恋愛をしたことがありません。でも、いつか、大切な人と二人で手をつないで……。そこに子どもが生まれて……。本当に普通の、私がみんなの笑顔のために頑張れる……、そんな家庭を築きたい……。おままごとみたいな話ですけど、これが私の夢なんです」

 以前に職員室の雑談で聞いたことがある。俺だって2年2組の中で交際している男女が数組いることも知っている。

 ただ、彼女にはそんな噂ひとつない。いつだったか男子連中に聞いたところ「学級委員じゃなぁ」という声が返ってきた。

 誰も本当の原田結花を知らない。もったいなさすぎるじゃないか。こんな夢を持っているくらい、この少女は純粋な心の持ち主なのに。

 それなのに、その夢さえ否定しようとしている。

「おまえ……。まさか……」

「今のところ転移の心配はないと言われています。でも、これからの検査の結果次第でお薬が強くも弱くもなるそうです。去年までだったと思っていたクリスマスの灯りを、今年もこうやって見ることが出来ました。今度こそ神さまの最後のプレゼントかもしれませんよね……」

「バカなことを言うんじゃない。なんだったら、毎年来てやる。原田さえよければ、いつでも誘ってこい」

 原田は微笑んだ。涙が頬に流れたその顔は淋しそうで、既に何かを諦めてしまっているようで。


「今日はありがとうございました。私、今日のこと忘れません。もし、先生と会えなくなってしまっても、私は先生とお会いできて、生徒であったこと、感謝しています」

 『会えなくなる』だと……。

 彼女はもうそこまで覚悟を決めてしまっているのだろうか。そんな覚悟をするには早すぎる!

「原田……。今日はありがとう。俺からも礼を言わなくちゃいけないな。俺ももう何年ぶりだろう……。また来年、原田を誘ってもいいか……?」

 再びゆっくり歩いて車に戻りながら、隣の少女に聞く。

「私で……、いいんですか?」

 彼女自身に自信が持てないのだろう。そんな声を出すな。自分の魅力を知らなさすぎる。

「あぁ……。断言してやる。他の奴にはこんなことは言わない。来年は担任ではないかもしれないが……。原田が許してくれるなら俺は来年も原田と過ごしたい……」


 帰り道のハンドルを握りながら、俺はほとんど無意識に呟いていた。
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