あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

文字の大きさ
31 / 98
10章 もう一度…素直になってもいいですか

31話 いつもの仕事帰りの道

しおりを挟む



 あれから、私たちは時間を決めずに、先生の食事を終えることを合図に仕事を終えて帰ることが基本になっていた。

 先生だってお仕事があるから、多少の時間の変動はあって当たり前なのだから。

 私の都合だけに合わせていたら、きっと先生がどこかでパンクしてしまう。どちらかが無理をすることで、せっかくの機会が消えてしまうことの方が今の私には怖い。

 菜都実さんにも、改めてきちんと先生を紹介した。

 普通に紹介したたけなのに、菜都実さんは先生と私の関係に単なる「お世話になった先生と生徒という関係」以上のものを感じてくれたみたい。


 私が知らないことを少しずつ話してくれた先生だけど、私が退学した後に学校を辞めたことには驚いた。

 あれは私個人の問題で、先生にはなんの落ち度もなかったのに……。

「原田の居ない学校なんてつまらん。自分を責めるなよ?」

「そんな……。でも、本当に嬉しかったです。覚えていてくださって。名前呼ばれたときに、思わず涙が出ちゃったくらいですから」

 この日もお店からの帰り際、菜都実さんが渡してくれたクッキーを分けて食べながら歩く。

「先生は、私があの後にどうしていたか知りたいですか?」

 ゆっくり歩きながら隣を歩く先生に聞いてみた。


 1年前からの話。いろいろなことがあった。一人きりになった辛さと再び歩き出せるようになった喜び……。今だからこそ話せるようになったこともたくさんある。

 でも、先生は私の気持ちを分かってくれていた。『まだ早い。心の傷が完治していない』と。

「いつか、原田が笑って話せるようになったら教えてくれ。そのときでいい。今は原田と再び会えた。それで十分だ」

「はい」


 店からお家まではこうやってゆっくり歩いても10分ほどの道のり。まさか先生が私の家の近くに引っ越してきていたなんて知らなかった。

 お互いの出勤時間が違うって理由もあるだろうけど、それにしたってお買い物とかで顔を会わせる機会もあったはず。

「男一人の買い物なんか、あまり特売とか関係ないからな。必要なものをカゴに放り込んでおしまいだよ」

「そういうものなんですか? でも、そうかもしれませんね」

 確かに先生が買い物を手に野菜を品定めしているようなイメージはなくて、思わずクスッと笑ってしまう。

「だろ? 男の買い出しなんてそんなもんさ」

 私もよくお使いに頼まれていることを話して、時間を合わせて行こうとか話していたら、いつの間にか家の前に着いてしまった。 

「お帰りなさい、お母さん」

 門のところにもう一人の人影を見つけた。

「結花、お帰りなさい。まぁ、小島先生!」

 お母さんも先生のことを覚えていたんだ。

「覚えてくださっていたんですか」

「忘れるなんて出来ません。結花のことをあんなに支えてくださった方ですもの。結花、お風呂の用意をしてきてくれる?」

「はい」

 これはきっと先生になにかお話しをするに違いない。

 私は自動湯張りのスイッチをつけて、玄関の真上にある自分の部屋に急いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...