あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

文字の大きさ
54 / 98
17章 先生の過去と私の誓い

54話 私だけへの個人授業は

しおりを挟む



「どうしよう……。失敗しちゃった……。先生になんて謝ろう……」

 部屋の中に広げた荷物を整理して、水に浸けておいた水着を洗剤で洗って一息ついたとき、両方のお部屋をつなぐドアにノックがあった。

「……はい、開いてますよ」

 自分でも声が緊張しているのが分かる。

「よかった。まだ起きててくれて……。まぁ、消灯時間はあのしおりには書いてないしな」

 先生が入ってきた。少し顔が赤い。

 お部屋でお酒を飲んだのかな。でも時間はまだ8時過ぎだから疲れたとしても寝るには少し早いかも。

「すまなかったな、さっきは。ごめんな」

「いえ、変なことを聞いてしまった私が悪いんですから」

 買ってきてくれたジュースを持ってベランダに出た先生に私も続いた。

「なんだ、ここに来ても参考書か? もう要らないだろうに?」

「はい。それなんですけど……。先生に一つ報告したくて。私、この秋の高認(※)を受けます。そうすれば先生が中卒と交際しているという目で見られなくて済みますから」

「おまえ、そんな理由だったのか?」

 先生の目が見開かれる。

「自分でも不純な動機だって分かってます。でも、それが理由で先生が周りから後ろ指を指されてしまうなら、そっちの方が私は嫌です。高認は私の意思で受けるんです。両親も驚いていましたけどね」

 それは私が自分で決めた。

 普通はね、就職とかで中卒だとなかなか仕事先が見つからないとかの理由で受ける人が多い。

 でも私は違う。

 この先、先生の横に立たせてもらえるようになるため、せめて高校卒業の資格は取っておきたい。だって、先生は予備校の講師なんだもん。

 その隣に立つ私が中卒ではあまりにも不釣り合いで申し訳ないから。

「敵わないな原田には……。じゃぁ息抜きだ。少しの時間、俺の昔話をしてやろう。つまらん授業だと思うから、眠たくなったら言ってくれ」

「はい」


 頷いた私に、先生はコップの中を飲み干してから話し始めた。

「原田がさっき言い当てたとおり、俺には大学時代に小室こむろかえでという同級生の彼女がいた。1年生で同じ研究室になったのがきっかけだ。たまたま同郷で、お互い学校近くに一人暮らし。頭もそこそこ、運動音痴に方向音痴、おまけに人付き合いも苦手ときたもんだ。でも話してみれば、とても素直なのと同時に意思が強い子でな。グループ課題にもかかわらず、土曜日に一人でほぼ完璧に調べあげるような奴だった。どっかの誰かとそっくりだろう? 付き合い出したのは、図書館でのレポートを一緒に手分けして進めるようになってからだったな。それが俺たち双方にとって初めての両想いだった」

「はい……」

 「どっかの誰か」って、教室での授業中に先生はそんな言葉は絶対に使わなかった。

 今は私しか聞いていないから。つまり私と同じような人だったんだ。

「そんな付き合い方だったから、どちらの親も反対することはなくてな。双方の家とも、俺と楓は大学を卒業したら、一歩先に進むものだと思っていた。周囲の目も、そして俺たち自身もそうなるんだろうとお互いに思っていたんだ……」

「私もそんなお二人だったらそれが自然だと思います」

 うん、大学生で図書館で一緒にレポートを仕上げるところから交際が始まるなんて、本当にお話みたい、理想的な展開だと思うよ。


 そのうえ、お二人のアパートは偶然にも100メートルも離れていなかったって。夜遅くまで授業やレポートがかかってしまったときは、ちゃんと楓さんのお部屋まで送っていったって。今の私のユーフォリアでのお仕事からの帰り道と同じだよね。


 同じ講義を一緒に受けたり、内容を聞いている限りはとても素敵なお付き合いだと思う。

 学生の頃の先生と一緒にいられた同級生の女の子なんて、ちょっと羨ましく思ってしまう。

「ただな、結局その交際の話を最後まで実らせることは……、できなかったんだよ」

「えっ……」

 もし何かの理由で別れたとしても、周囲どころか両家公認のお付き合いであったなら、どうしてこんなにも長く心に傷が残るような作るようなものになってしまったのだろう。

 すっかり話に引き込まれていた私は、両手を握って唾をゴクリと飲み込んだ。


(※高認:高等学校卒業程度認定試験・旧大学検定のこと)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...