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17章 先生の過去と私の誓い
55話 俺を立ち直らせた一人の生徒
しおりを挟む先生は間の中に缶の中に残っていた飲み物を全部コップに空けて、再びそれを一気に飲み干してから続けた。
「原田、俺はあの日の応接室と病院で必ず教室に戻ってこいと言っていたのを覚えているか?」
「はい。もちろんです」
あの言葉だけを信じて私は毎日を送って来られたんだよ。
絶対に忘れるなんて出来ない言葉で、いつも「先生に治ったことを報告しに戻るんだ」って治療を受けていた。
「楓が部屋で倒れたのは大学3年の夏だった」
「倒れた……」
「アパートの部屋から急患で運ばれたんだ。近くに停まった救急車を呼んだのが楓だとすぐに気づいて。俺も一緒に病院まで乗って、車内からご両親に連絡した」
先生は私の手術当日にも顔を見せてくれた。言葉には出さなかったけれど、あんな不安そうな顔をしていた先生は初めてだったの。
……これだったんだね。
「楓のご両親の同意もあって、俺も一緒に医者から説明を受けたよ。ただな、原田と違って、……手遅れだった」
「手遅れ……、そんな……」
そんな。大学3年生っていえば、今の私より3歳上なだけ。それで手遅れって……。
私は手を口に当てたまま動けなくなった。
「その告知を受けてから、楓は一般の相部屋病室ではなく、病棟最上階にある個室に移った。そのフロアは特別階……。言い換えればホスピスだ。そこに移ったら積極的な治療は行われない。緩和ケアが主になる。楓と俺もその部屋に移る意味は十分に理解していた」
私もまだ大枠では治療中患者の一人だもん。手の施しようがなくなったとき、選択肢の一つとして名前が挙がる。
ホスピス……。それは近いうちに訪れる最期の時間までを自分らしく悔いの残らないように過ごすための空間。
「楓は先が短いからと、自分から『別れましょう。陽人君が傷つかないうちに』と俺たちの恋人関係に終止符を打ったんだ」
「そんな……」
そんな……。いくらお医者さんから予後説明を受けたとしたって……。
それが余命宣告で、病室が一般からホスピスに変わったとしたって……。
そこまで想い合う二人だったら、最後までそれを維持していたいと……、私だったら思ってしまうのに。それはまだ私が子供の考え方だからなの?
『陽人君、あなたはもう自由なのよ。素敵な人と出会って幸せになってね』
「楓の口癖だった。でも、それは強がりだと分かっていた。本当は怖くて一緒にいてほしいのにな。だから俺は授業が終わると毎日病院に顔を出したよ」
『ごめんね、クリスマスも初詣も……』
「そんなもの、どうでもよかった。少しずつ弱っていく楓を見て俺も覚悟を決めた。必ず看取ってやると」
先生は私の時も、お仕事で疲れているはずなのに毎日病室に来てくれた。同じことをここでもしていたんだ。
「入院から半年後、楓は無言の退院をしたんだ。ご両親から危ないと連絡が入って、俺が着くまではと薬を使って持たせてくれた。病室に駆け込んで手を握ったらな、『いつも来てくれてありがとう』と呟いて力尽きた。それが最期の言葉だったよ……」
「先生……、ごめんなさい。私……、酷いことした……」
先生にそんな過去があったなんて……。当時のクラス、いや、あの高校でその事情を知っている人はいないよね。
バレンタインで誰からも受け取らないとか、クリスマスも独りで過ごしていたのも当然のことだと思う。
最愛の人を失ったんだもの。
自分のことのように流れ落ちる涙が止まらない。
そんな私の頭に先生は優しく手を置いてくれた。
「まあ最後まで聞け。俺も楓を失ったことから立ち直るのにしばらく時間もかかった。そして、一人の女性に出会ったんだ」
「よかった……」
「何とか高校教師になって3年目、受け持った2年2組の出席番号31番の原田結花という女子生徒だ。数年ぶりにピンときたよ。間違いなく俺はこいつに熱を上げちまうだろうと。しかもそいつは入院までした。当然昔を思い出した。二度とあんな言葉を好きな女の口から言わせちゃいけない。必死だったよ。あの状況の中でよく戻ってきてくれた……原田……」
泣いている私のことを力一杯抱きしめてくれる。
「おまえが学校を辞めたとき、俺は生きているのが正直嫌になった。どうして俺が惚れる女はみんな不幸になっちまうのかと。でも原田は俺の知らないところで必死に立ち上がってくれていた。嬉しかったよ。ただ、顔を合わせるのも恐かった。また自分が疫病神のように不幸にしてしまわないかと」
違うよ! 先生は悪くない。
先生は私を助けてくれたの。その思いは一生変わらない。
抱きしめられた腕の中で首を振る私に、先生はそっと続けてくれた。
「原田、こんな俺が言うのも申し訳ない。もう、俺の手の届かないところに行かないでくれ。おまえを失ったら、俺も今度こそ分かんねぇ。……さぁ、これでつまらない授業は終わりだ。早く風呂に入って休んでくれ」
最後に先生はいつものように優しく笑って、もう一度頭をなでてくれると、部屋を出ていった。
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