あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

文字の大きさ
67 / 98
20章 お土産は指輪ひとつだけ

67話 もう生徒さんではないですよ?

しおりを挟む



 さっきの恥ずかしさを埋めるつもりなのか、それとも緊張が解けたのか。

 今朝の原田はよく食べた。

 前日に和食も食べると言っていたとおり、今朝はご飯に味噌汁、目玉焼きに焼き魚、ひじきの煮物におひたしという完全和食のラインナップだ。

「こんなに食べたら太っちゃいますね」

 トレイに乗り切らないどころか、テーブルの端までお皿が広がっている光景には持ってきた自分でも笑ってしまったらしい。

「まだ若い育ち盛りなんだから、気にするな」

「身長は中学で止まってしまったので、これ以上横に育ったら困ります」

 身長は160センチ近くあるから十分だと思う。

 本人は気にしているようだけど、それでも細い方だ。

 彼女が熱を出したあの日、背中の重さは想定をはるかに下回っていたし、いろいろな場面での身の軽さはこれまでにも見ている。

 なにより、何度か両手で抱きしめたときの感触は身長などの見掛けよりもずっと華奢で線が細く感じる。

「ちゃんと食べて、体力つけて病気なんか吹き飛ばしましたって俺に報告してくれよ」

「うん……、頑張ります」

 大丈夫だ。俺には分かる。身体はちゃんと回復している。あとは自分の中での気持ちのリハビリだけなのだから。

「この後、どうするか? フライトは午後3時半だから時間はいっぱいある」

 今日はどういう行動でもとれるように、最初から予定を組んでいなかった。

 時間までホテルにいたければそれでもいいし、どこかに行きたいならすぐにチェックアウトしてもいい。

「そうですね……。国際通り、行ってみませんか? 修学旅行では回らなかったところなので」

「いいよ。ではチェックアウトの用意を始めるか」

「さっき海に入ってしまったので、シャワーを浴びてからでもいいですか?」

「もちろんだ。焦る必要はないぞ。今すぐに出たらまだ店が開いてない」

「それもそうですね。忘れ物しないように確認して出ます」



 俺たちは部屋に戻ってそれぞれの準備を始める。

 原田は本当にシャワーを浴びているらしい。

 さすがにそこに入っていくことはできないので、用意が出来たら彼女の側から呼んでもらうことにした。



「先生……、私この三日間で変われましたか?」

 初日にも着てくれていたあのワンピースに着替えた原田が、最後にとプールサイドを横切りながら聞いてくる。

「間違いないな。修学旅行の時の原田じゃない。随分と大人への階段を上がったんじゃないか?」

「でも、それは先生と二人一緒だったからです。本当にありがとうございました。同じ場所に来たはずなのに、前回と全く違います」

 それはそうだ。

 あの当時にできなかったことを今回はたくさん経験した。二人で一歩ずつ階段を上がってきた実感がある。

「原田、また来ような……」

「はいっ! 今度も二人ですか? それとも……?」

「バカっ、それはまだ早まりすぎだ」

「分かってます。ちゃんとその時は来ますよね」

 イタズラが成功したときの子どものように笑う彼女を見ていると、本当にそのうち真剣に時期を決断しなければならないと思う。


 フロントでチェックアウトをするとき、水谷さんが大事そうに袋を抱えて持ってきてくれた。

「お待たせしました。私たちも驚いたくらい素敵に仕上がりました。事情を知らなければ、本当にお二人の挙式写真ですよ」

「お行儀悪いですけど、ここで見てもいいですか?」

「もちろんどうぞ」

 ロビーのテーブルとソファーのセットに移動して、袋の中身を取り出してみる。

「おぉ……」「わぁ……素敵です!」

 台紙を開いてみて驚いた。チャペルの前と祭壇の前で撮ってもらった写真が入れてある。

 それ以外にも何枚か撮ってもらったスナップも小さなアルバムいっぱいに入っていた。

「これはプレゼントです。今回は『卒業旅行』だとお聞きしました。是非、お二人には本当に幸せになっていただきたいです。今度は『新婚旅行』ですかね? それまでお待ちしていますよ」

「ありがとうございます。頑張ります。ね、先生?」

 こいつ、わざとここでその単語を持ち出したのかと思って、頭にげんこつを軽く落としてやる。

「もうあの日に泣いていたさんの一人ではなく、原田さんは立派で素敵な一人の女性ですよ。ぜひ願いを叶えて幸せにしてあげてください」

 水谷さんは俺の耳元でこう囁いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...