あなたのやり方で抱きしめて!

小林汐希

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27章 生きてきた意味と守りたいもの

92話 似たもの同士なんだ、俺たちは

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 夜中……、ふと目を覚ます。

 隣にはもちろん結花が小さな寝息を立てていた。

 その寝顔を見れば見るほど、彼女の魅力にとりつかれてしまう。

 整った鼻筋に黒く大きな瞳と少し垂れ気味の目尻。

 桃色の唇があんなに柔らかいなんて、あの佐伯ですら知らないだろう。

 布団を跳ねてしまっていて、それを戻す手を思わず止めてしまった。

 静かな呼吸に合わせて微かに上下する二つの膨らみ。

 本人はいつも小さいと言っていたが、その理由がさっきようやく分かった。

 160センチと、女性の中では比較的身長がある結花だから、相対的に小さく見えてしまうんだ。

 実際の彼女は、俺を奮い立たせるには十分な成熟をしていたし、少女から大人の女性へのちょうど中間という危うい魅力まで放っていた。

 お腹にある傷のことを結花は気にしているみたいだ。

 ワンピースをよく着ていることに、嗜好なのかと思っていたけれど、そんな重い理由があったなんて。自由にお洒落も楽しめなかったのか、俺のパートナーは……。

 思い出してみれば、まだ手術前の修学旅行では普通に上下が分かれた服を着ていたじゃないか。仕事用の服はスカートの中にブラウスの裾を入れること、エプロンを着けられること、なにより洗濯のしやすさで選んだと。

 もしあの傷がなかったら、俺は楓と同じことを繰り返し、再び独りに戻っていたかも知れない。それはごめんだ。

 もう恥ずかしがることはない。これからは結花自身にその傷への自信を付けさせればいい。それに内視鏡手術の痕跡など、時間が経つと注意して見なければわからなくなってしまうと聞いている。

 パジャマの上から、そっとその部分に手を当ててやる。

 子供を授かるのは厳しいかも知れないと言っていた。それならそれでもいい。

 結花との子供は可能なら欲しいし、彼女も「陽人さんとの子なら欲しいです。認めてもらえる時が来たら、頑張ってみたいです」と恥ずかしそうに言ってくれた。

 だが無理をして彼女を失うようなことになれば本末転倒だ。

 それに女性にとって大切な卵巣の片方を失うというのは、肉体的より精神的なダメージをより大きく受けているはずで、そこをサポートするようにと結花の新しい主治医となる女医からは言い聞かされていた。

 そんな結花に無理強いはさせたくない。俺の横でいつも微笑んでいてくれれば、それでいいんだ。

結花ゆか……」

 女の子としてはスタンダードすぎて目立たないかも知れない。それでも俺には特別な響きの名前だ。予備校でもつい同じ読みの名前に反応しかけてしまう。

 春生まれということで花の字を使った。花束のように、小さな喜びを一つ一つ結び合わせて幸せになって欲しいという意味で、あの母親がつけてくれたそうだ。

「陽人さん……?」

「ごめん、起こしちゃったか?」

 結花がまっすぐに俺を見つめてくれていた。

「痛かったよな。ごめんな」

「大丈夫ですよ」



 正真正銘、結花には初めての経験だった。

 その瞬間、俺の背中に回してあった手に力が入ったし、顔をぎゅっと胸元に押し付けてきた。それでも最後まで決して苦痛を声にすることはなかった。

 それどころか落ち着いてくると、潤んだ瞳とあどけない声で「ありがとう」だなんて……。

 もう反則もいいところだ。

 それはこっちの台詞なんだから。



「今でも、陽人さんが私のことを選んでくださったのが夢みたいです。夢なら覚めないでほしいです」

「俺だって、結花がOKしてくれる夢ならいくらでも見た。逆に別れる夢を見て、真っ青になって飛び起きたこともある。俺にはもう結花しか考えられない」

 この3ヶ月で何度夜中に飛び起きたことか。それがどうやって伝わっていたのだろうか?

 こちらが夜中にも関わらず、すぐに結花から「私も頑張っているので、先生も負けないでくださいね」とメッセージがいつも届いていた。

「きっと、私たちは似たもの同士なんですね」

「そうかも、いやそのとおりだと思う。本当に結花、辛い病気も乗り越えてくれて……。違うな、生まれてきてくれて。ありがとうな」

「陽人さんがいてくれたから乗り越えなきゃと思えたんです。他の人では私はきっと無理ですから」

「そうだろうな。あの日の放課後から、俺は決めたと同時に恐れていたよ。在学中の結花を誰かに取られたくなくてさ」

 大きな瞳で俺を見る結花。こんな可愛くて心が強い子を絶対に誰にも渡せない。無茶はしたが、間に合ってよかった……。

「先生……」

「おいで」

「はい……」

 俺は決めたんだ。何があっても、この腕の中の温もりと笑顔を守るんだと。

 安心したのか、彼女は微かに微笑んだまま、再び動かなくなっていた。
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