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第6話 第一章 企業秘密の謎解きは開店後に⑤
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物が溢れていた中央広間とは異なり、北へ行くほどお店の数が減っていき、道幅が広くなっていく。
「随分とすっきりとしているな」
「そうですね。組合がある通りですからね」
「ん? どうして組合があると、こんな広く道幅をとる必要があるんだ?」
人差し指を上に向け、得意げな表情になったレアは、一度コホンとわざとらしく咳をすると、学校の先生のような口調で説明をし始めた。
「フラデンで店舗を経営している場合、品は一度組合でチェックを受けてからでないと、自分のお店で販売してはいけない決まりなんです。何でも、盗品や産地を偽装した品などが流れてくるのを防ぐためだとか。そのおかげで、フラデンで販売されている品は信頼度が高いって他国で評判なんですよ。それでですね、ここの道が広い理由が」
「あ、分かったぞ。フラデンのあらゆる店に商品をスムーズに運べるように、北の大通りは道幅が広い。合ってるだろ」
レアは目を丸くしたかと思うと、ムスッとした表情となり、歩く速度を上げた。
「怒った? ごめんごめん」
「怒ってません。それより、もうそろそろ着きますよ」
細くて綺麗な指が差す先に、大きな建物が見えた。お城と呼べるほどではないが、それでも周りの建物よりは二回りほど大きくて立派だ。加えて、大木が建物をぐるりと囲む形で植えられており、葉が天然の日よけとなっていて圧倒される。
「もしかしてあれが」
「はい。組合の建物です。大きくてびっくりしますよね」
誇らしげに語る彼女に黒羽は同意する。本当は、カメラでも持ってきて撮影した後は、しばらく眺めていたい気分だった。が、観光にきているのではない。
黒羽は、ポケットに紹介状が入っていることを確かめると、レアに続く形で組合の建物に入る。ドアはフラデンでは珍しく、ガラスのドアで、木製の枠にはドラゴンをモチーフにした見事な模様が刻まれていた。
「おお。中もすごいな」
見事なエントランスである。良い香りのする花が、壁を鮮やかに彩り、シックな茶色の絨毯が床一面に敷かれている。よほど上質な素材なのだろう。歩いただけで、安物の絨毯とは違う、ふんわりとした感触が伝わってくる。
「良き出会いに感謝を。おはようございます、レアさん。おや、そちらの方は初めまして。私はレミルと申します」
爽やかな声の主は、正面の受付カウンターにいる、黒ぶち眼鏡の男だ。声を聞かなければ、女性と勘違いしそうなほど、中性的な顔立ちで、髪も背中に届くほど伸ばしている。
「初めまして。僕は黒羽秋仁と申します。日本という村で、飲食店を経営しておりまして、フラデンには仕入れに何度か足を運んでいます。以後お見知りおきを」
「ニホン? 聞いたことがないですね」
「く、黒羽さん。ええっと、レミルさん。日本というのはですね……」
「まあ、地図に載っていないような小さな村ですから。それより今日はムーンドリップフラワーについてお話を伺いたくて参りました」
レアのハラハラとした様子とは対照的に、当の本人は堂々としたものである。懐から紹介状を取り出し、レミルに手渡した。
「フム。アルバーノさんが紹介状を書くとは……よほど気に入られているようですね。フーン。なるほど。ここに記載されているように、ムーンドリップフラワーが入手できなくて困っているということですか」
「ええ。本当はフラデン産のものが一番なんですが……厳しいとのことですので、他の生産地のムーンドリップフラワーを手に入れようと考えています。どうでしょう、ありますか?」
メガネのブリッジを人差し指で上げると、レミルはよく通る声で告げる。
「申し訳ございませんが、ご期待には応えられません」
「そんな。どうしてですか?」
苦い虫を噛み潰したかのような顔をする黒羽の前に、人差し指を立てると、レミルは首を左右に振った。
「黒羽さん。ムーンドリップフラワーは、たしかにプレンティファル以外の地域にも生育しています。あの花は鮮度が命。一度咲いてしまえば、数週間で枯れてしまいます。そのため、プレンティファル以外の地方から入荷する時は、陸路は使いません。船で港まで運んで、そこから川を伝って、ここフラデンに速やかに運ばれます。しかし、今、川は枯れてきている。あの浅さでは、小舟でも進まないでしょう。この状態ではとても……」
その続きの言葉は不要だ。フラデンの置かれている状態は、想像以上に深刻で、自身の抱える問題以上にまずいのだと、黒羽ははっきりと自覚する。
レアは、焦った声でレミルに問いかけた。
「どうにかできませんか?」
「フム。川の水がこのままの速度で枯れていけば、いずれ貿易どころか、生活さえ立ち行かなくなる。組合でも対策を講じているのですが……あ、そうだ。川の水が枯れていることに関係があるかは分かりませんが、今朝、妙な報告があって。現在、自警団が調査しているところです」
自警団……先ほど広場で見た一団の姿と物々しい様子を、黒羽は思い出した。レアも思い当たったのだろう。黒羽と目を合わせて頷いた。
「ご存じかと思いますが、プレンティファルでは水のドラゴン『アクア・ポセイドラゴン』が生息していて、フラデンでは縁起の良い存在として慕われているのです。ですが、最近ではアクア・ポセイドラゴンが、川の水を奪っている。なんて噂が流れるほど、印象が悪くなっているんです」
ドラゴンがいることは、噂で知っていたが、実際にいると言われると驚いてしまう。だが、この世界ではそれが常識であり、それに驚いていては不審な人物と見なされてしまう。黒羽は、努めて冷静に話の先を促した。
「そのアクア・ポセイドラゴンが、黒いマントを着た集団と話をしている姿が目撃されたらしいのです」
「黒いマントの集団?」
「実は、ここ最近、旅人が誘拐される事件が多発してまして。もしかしたら黒マントの集団と関係があるのでは、という疑いがあるんですよ。そして、そんな矢先に、アクア・ポセイドラゴンと話をしていたとなれば、調査する理由としては十分でしょう」
自警団のあの様子は、やはりただ事ではなかったのだ。黒羽は、調査に自分も加えるように手を合わせて必死にお願いをする。
「いけません、危険すぎます。ムーンドリップフラワーが、あなたにとってどれほど重要かは分かりませんが、誘拐犯やドラゴンを相手にすることはないでしょう。別の食材でも、十分に美味しい料理はできるはずです。今日のところはお引き取りください。何か進展があれば、憩いの宿アルシェに連絡します」
悔しいが正論を持ち出されてしまえば、何も言えない。黒羽は、お礼を言ってその場を後にする。キィと寂しげにドアを開けて、外の蒸し暑い空気を胸いっぱいに吸い込む。
遅れる形で外に出たレアが気遣うように、黒羽の背中を優しく叩き、彼の前に回ると、「あ!」と声を上げた。
「黒羽さん。もしかして、もしかすると。諦めていませんね?」
「もしかして、もしかすると、諦めていないよ」
不敵にニヤリと笑っている黒羽を見て、呆れてしまうレア。わずか半年ほどの付き合いだが、彼女は黒羽のこういった時の頑固さをよく知っていた。
「じゃあ、俺は今から森に行ってくるから、先に宿に戻っていてくれ」
「冗談でしょう? 私も行きます」
「レア! 危ないと言っていただろう。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない。戻るんだ」
「あなたがそれを言うんですか? 駄目です。土地勘もない黒羽さんが、一人で森に入ったら、あっという間に迷子になりますよ。それに、その……いざという時は守ってくれるんでしょう?」
真っすぐな瞳で見つめてくるレアは、明らかに肯定の返事を期待しているようだ。だが、黒羽としては安易なことを言いたくはなかったので、正直に自分の気持ちを伝えた。
「絶対に守れるとは限らないな。相手は怪しげな集団とドラゴンだしな。痛! レア、何をするんだ」
「知りませんよ。もう、早く行きましょう。あ、置いて行こうとしても無駄ですよ。川の水がなくなって困っているのは黒羽さんだけじゃありませんからね」
「それはそうかもしれないが……で、でもエメさんに一言言った方が良いぞ」
「んーそうですね。ちょっと宿に寄り道してもらえますか?」
しめたと黒羽は思った。あの娘想いの母親なら、きっと同行を許さないはずだからだ。
「随分とすっきりとしているな」
「そうですね。組合がある通りですからね」
「ん? どうして組合があると、こんな広く道幅をとる必要があるんだ?」
人差し指を上に向け、得意げな表情になったレアは、一度コホンとわざとらしく咳をすると、学校の先生のような口調で説明をし始めた。
「フラデンで店舗を経営している場合、品は一度組合でチェックを受けてからでないと、自分のお店で販売してはいけない決まりなんです。何でも、盗品や産地を偽装した品などが流れてくるのを防ぐためだとか。そのおかげで、フラデンで販売されている品は信頼度が高いって他国で評判なんですよ。それでですね、ここの道が広い理由が」
「あ、分かったぞ。フラデンのあらゆる店に商品をスムーズに運べるように、北の大通りは道幅が広い。合ってるだろ」
レアは目を丸くしたかと思うと、ムスッとした表情となり、歩く速度を上げた。
「怒った? ごめんごめん」
「怒ってません。それより、もうそろそろ着きますよ」
細くて綺麗な指が差す先に、大きな建物が見えた。お城と呼べるほどではないが、それでも周りの建物よりは二回りほど大きくて立派だ。加えて、大木が建物をぐるりと囲む形で植えられており、葉が天然の日よけとなっていて圧倒される。
「もしかしてあれが」
「はい。組合の建物です。大きくてびっくりしますよね」
誇らしげに語る彼女に黒羽は同意する。本当は、カメラでも持ってきて撮影した後は、しばらく眺めていたい気分だった。が、観光にきているのではない。
黒羽は、ポケットに紹介状が入っていることを確かめると、レアに続く形で組合の建物に入る。ドアはフラデンでは珍しく、ガラスのドアで、木製の枠にはドラゴンをモチーフにした見事な模様が刻まれていた。
「おお。中もすごいな」
見事なエントランスである。良い香りのする花が、壁を鮮やかに彩り、シックな茶色の絨毯が床一面に敷かれている。よほど上質な素材なのだろう。歩いただけで、安物の絨毯とは違う、ふんわりとした感触が伝わってくる。
「良き出会いに感謝を。おはようございます、レアさん。おや、そちらの方は初めまして。私はレミルと申します」
爽やかな声の主は、正面の受付カウンターにいる、黒ぶち眼鏡の男だ。声を聞かなければ、女性と勘違いしそうなほど、中性的な顔立ちで、髪も背中に届くほど伸ばしている。
「初めまして。僕は黒羽秋仁と申します。日本という村で、飲食店を経営しておりまして、フラデンには仕入れに何度か足を運んでいます。以後お見知りおきを」
「ニホン? 聞いたことがないですね」
「く、黒羽さん。ええっと、レミルさん。日本というのはですね……」
「まあ、地図に載っていないような小さな村ですから。それより今日はムーンドリップフラワーについてお話を伺いたくて参りました」
レアのハラハラとした様子とは対照的に、当の本人は堂々としたものである。懐から紹介状を取り出し、レミルに手渡した。
「フム。アルバーノさんが紹介状を書くとは……よほど気に入られているようですね。フーン。なるほど。ここに記載されているように、ムーンドリップフラワーが入手できなくて困っているということですか」
「ええ。本当はフラデン産のものが一番なんですが……厳しいとのことですので、他の生産地のムーンドリップフラワーを手に入れようと考えています。どうでしょう、ありますか?」
メガネのブリッジを人差し指で上げると、レミルはよく通る声で告げる。
「申し訳ございませんが、ご期待には応えられません」
「そんな。どうしてですか?」
苦い虫を噛み潰したかのような顔をする黒羽の前に、人差し指を立てると、レミルは首を左右に振った。
「黒羽さん。ムーンドリップフラワーは、たしかにプレンティファル以外の地域にも生育しています。あの花は鮮度が命。一度咲いてしまえば、数週間で枯れてしまいます。そのため、プレンティファル以外の地方から入荷する時は、陸路は使いません。船で港まで運んで、そこから川を伝って、ここフラデンに速やかに運ばれます。しかし、今、川は枯れてきている。あの浅さでは、小舟でも進まないでしょう。この状態ではとても……」
その続きの言葉は不要だ。フラデンの置かれている状態は、想像以上に深刻で、自身の抱える問題以上にまずいのだと、黒羽ははっきりと自覚する。
レアは、焦った声でレミルに問いかけた。
「どうにかできませんか?」
「フム。川の水がこのままの速度で枯れていけば、いずれ貿易どころか、生活さえ立ち行かなくなる。組合でも対策を講じているのですが……あ、そうだ。川の水が枯れていることに関係があるかは分かりませんが、今朝、妙な報告があって。現在、自警団が調査しているところです」
自警団……先ほど広場で見た一団の姿と物々しい様子を、黒羽は思い出した。レアも思い当たったのだろう。黒羽と目を合わせて頷いた。
「ご存じかと思いますが、プレンティファルでは水のドラゴン『アクア・ポセイドラゴン』が生息していて、フラデンでは縁起の良い存在として慕われているのです。ですが、最近ではアクア・ポセイドラゴンが、川の水を奪っている。なんて噂が流れるほど、印象が悪くなっているんです」
ドラゴンがいることは、噂で知っていたが、実際にいると言われると驚いてしまう。だが、この世界ではそれが常識であり、それに驚いていては不審な人物と見なされてしまう。黒羽は、努めて冷静に話の先を促した。
「そのアクア・ポセイドラゴンが、黒いマントを着た集団と話をしている姿が目撃されたらしいのです」
「黒いマントの集団?」
「実は、ここ最近、旅人が誘拐される事件が多発してまして。もしかしたら黒マントの集団と関係があるのでは、という疑いがあるんですよ。そして、そんな矢先に、アクア・ポセイドラゴンと話をしていたとなれば、調査する理由としては十分でしょう」
自警団のあの様子は、やはりただ事ではなかったのだ。黒羽は、調査に自分も加えるように手を合わせて必死にお願いをする。
「いけません、危険すぎます。ムーンドリップフラワーが、あなたにとってどれほど重要かは分かりませんが、誘拐犯やドラゴンを相手にすることはないでしょう。別の食材でも、十分に美味しい料理はできるはずです。今日のところはお引き取りください。何か進展があれば、憩いの宿アルシェに連絡します」
悔しいが正論を持ち出されてしまえば、何も言えない。黒羽は、お礼を言ってその場を後にする。キィと寂しげにドアを開けて、外の蒸し暑い空気を胸いっぱいに吸い込む。
遅れる形で外に出たレアが気遣うように、黒羽の背中を優しく叩き、彼の前に回ると、「あ!」と声を上げた。
「黒羽さん。もしかして、もしかすると。諦めていませんね?」
「もしかして、もしかすると、諦めていないよ」
不敵にニヤリと笑っている黒羽を見て、呆れてしまうレア。わずか半年ほどの付き合いだが、彼女は黒羽のこういった時の頑固さをよく知っていた。
「じゃあ、俺は今から森に行ってくるから、先に宿に戻っていてくれ」
「冗談でしょう? 私も行きます」
「レア! 危ないと言っていただろう。君を危険な目に遭わせるわけにはいかない。戻るんだ」
「あなたがそれを言うんですか? 駄目です。土地勘もない黒羽さんが、一人で森に入ったら、あっという間に迷子になりますよ。それに、その……いざという時は守ってくれるんでしょう?」
真っすぐな瞳で見つめてくるレアは、明らかに肯定の返事を期待しているようだ。だが、黒羽としては安易なことを言いたくはなかったので、正直に自分の気持ちを伝えた。
「絶対に守れるとは限らないな。相手は怪しげな集団とドラゴンだしな。痛! レア、何をするんだ」
「知りませんよ。もう、早く行きましょう。あ、置いて行こうとしても無駄ですよ。川の水がなくなって困っているのは黒羽さんだけじゃありませんからね」
「それはそうかもしれないが……で、でもエメさんに一言言った方が良いぞ」
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