喫茶店のマスター黒羽の企業秘密3

天音たかし

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第3話 第1章 驚くべき出会い②

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 澄み渡る大河の中を泳ぐように、ルー・バードに乗って空を舞った旅が、もう間もなく終わりを迎えようとしていた。
「あれが、ウトバルク王国か」
 黒羽の呟きに答えるように、ルー・バードが鋭く鳴いた。
 眼下に広がる都市は、驚くほど巨大だ。高くそびえる城壁が真四角に町を囲っているが、端から端までが何十キロメートルもあるのだ。おかげで狭苦しくは感じず、むしろ色彩豊かな高床式の建物が並ぶ景色は、解放的といって差し支えない。
「秋仁、見て。あの段差は何かしら。不思議の塊よ」
「ああ、凄いな」
 黒羽も彼女と同じ気持ちだった。都市のちょうど中央に位置する場所に、まるでウエディングケーキのような形で三つの段差が天へ突き出ている。
 一段上がるごとに建物が豪奢になっていき、一番上の段差には純白の城がそびえ立っている。
「黒羽殿、彩希殿。そろそろ着陸します。下降と着陸の際、多少揺れますので舌を噛まぬようにお気をつけください」
 上から降りかかるキースの大声に頷き、黒羽達は内袋の毛をギュッと握りしめた。
「ラ、ラー(下降しろ)」
 ルー・バードは緩やかに弧を描きながら高度を下げていき、やがて城の最上階に音もなく着地した。
 黒羽は一番乗りで袋から這い出ると、彩希が降りるのを手伝った。
「彩希、しばらくは歩くのに注意しろよ。空を長時間飛んだおかげで、地面が揺れているように感じるぞ」
「一緒にしないで。私は変身能力で鳥に化けることもあるんだから慣れているわ」
 自身の言葉を証明するように、彩希は踊るようにステップを刻む。
 地面がこれほど不確かで頼りなく感じるのに、コイツは良いもんだ。そのようなことを考えながら、彩希を見つめていた黒羽の耳に、ドアが開く音が届いた。
「まあ、やっとお目にかかれましたわ。ようこそ我が城へ」
 視線を向ければ、女性が優雅な仕草で一礼していた。
 壁もドアも床も白い城の風景に、彼女の姿は華麗に存在感を主張していた。
 豪奢な布を体に巻きつけ、大胆なスリットから露わになった足は褐色の肌をしている。背はそれほど高くはなかったが、知的で意志の強そうな瞳によって、儚さと決別した女性像がそこにはあった。
「あなたは?」
「申し遅れました。ワタクシの名は、ソフィア・アリスィース・ウト・バルク。この国の女王です」
 肩口まで伸びた銀髪が、太陽光を反射し、月の光にも似た輝きを放つ。
 手紙の音声から若いだろうと思ってはいたが、まさかこれほどとは。黒羽は内心驚きつつも、なんとか笑みを形作り、深々と頭を下げた。
「本日はお招きいただきありがとうございます。私は黒羽秋仁と申します。隣にいる者は、霧島彩希という名で」
「存じています。お二人の名は、我が魂に刻まれていますわ」
 彩希がニヤリと笑う。
「魂って大げさね」
「大げさではありませんわ」
 ソフィアは彩希に近づくと、手を握りしめ熱にうなされるように語りだした。
「聞けば代弁者なる男は、驚くべき強者であったとか。我が騎士キースでさえも、手玉に取る実力者を捕らえたその技量と勇気。尊敬せずにいられません」
 彩希の顔にははっきりと、「困ったわ」と書かれている。
 その様を傍観したいとも思ったが、あのままではソフィアの熱量に参ってしまうだろう。黒羽は、わざと大きな声でソフィアに話しかけた。
「光栄です陛下。それにしてもこの国は素晴らしい景観ですね。上空から見れば、まるで絵画のような美しさです。特に、三つの段差の上に立つこの城は、ずっと眺めていたいほどお美しい」
 素直な打算抜きの誉め言葉だった。だが、ソフィアの顔はかげりの色に塗りつぶされた。
「美しいですか。……確かに見た目は美しいかもしれませんが、ワタクシは選民思想の象徴のようなこの城が嫌いです」
「それはどういう意味でしょうか?」
 アッと口元に手を当てたソフィアは、取り繕うように咳をして、自身の背後を指差した。
「食事会まではずいぶん時間があります。それまでは、ワタクシのお部屋でお茶会でもいたしましょう。お話の続きは、その時に。キースと騎士の皆様方はお疲れさまでした。どうぞ下がってお身体を休めてください」
 それだけいうと、彼女は踵を返し、自ら黒羽達を城へ招き入れた。
 ※
 カツカツ、と音が残響する廊下には、見るからに高そうな美術品が並んでいる。真っ白い壁を彩るそれらは、肌の白い女が装飾している様を連想させた。
 上を見上げれば、空と見違えるほど高い位置に天井がある。……一言でいえば、庶民には恐れ多い場所だ。
(あ!)
 黒羽は視線だけを動かして、彩希を見た。案の定、彼女は興味深げに美術品を眺めている。今にも、無遠慮に手で触ってしまいそうで、気が気ではない。
「彩希、頼むから触れるなよ」
「え? ……ああ、この綺麗な作品達のこと? いいじゃないケチ」
「け、ケチとかそういうんじゃない。こっちに寄れよ」
 城の雰囲気に加えて、相棒の恐ろしい好奇心にすり潰されて、黒羽の胃は可哀そうなほどの痛みを訴えている。
「フフフ。あなた方は仲がよろしいようですわね。夫婦みたい」
「……」
「……」
 沈黙は二つ。熱が全身に広がっていくような感覚を覚えた。黒羽は、額の汗を拭うとやや早口で言葉を紡ぐ。
「そういえば、捕らえた代弁者からは何か情報を引き出せましたか?」
「いいえ、残念ながらわけの分からない言葉を呟くだけですわ」
 ため息を吐き、今度はソフィアが沈黙する。
 黒羽はしまったと思い、言葉を投げかけようとするが、彩希の方が一足早い。
「そういえば、ニコロはどうなったの?」
 黒羽の頭の中に、赤毛の伊達男が笑う姿が蘇る。
 そういえば彼は、一体どこにいるのだろうか? 
「彼は、代弁者を倒すために服用した麻薬の副作用があまりにきつく、遠方の医療機関で療養中ですわ。回復魔法と薬草のエキスパートがいますので、きっとすぐに良くなるはずです。ええ、きっと。我が国は、英雄を見殺しにするような真似はいたしませんの」
 心強い言葉は、最期まで力強さを伴なって空間を飛び交った。
 彩希は歩みを止め、ホッと息を吐く。
「良かった。じゃあ、今日は思いっきり羽を伸ばせるわね。普段仕事ばっかりで疲れているから、楽しまないと損だわ」
(ウ!)
 彼女に責めるつもりはなかったのだろうが、黒羽の胸に小さな痛みが走った。今度の休みは、どこかへ連れて行ってやろう。そう黒羽が決意した時、ソフィアが廊下の突き当りにある大きなドアを指出す。
「あそこが、ワタクシの部屋ですわ」
 ソフィアは歩調を速め、飛びつくようにドアを開く。キイ、と音が鳴り、現れた部屋の景色が網膜に映った。
 中は落ち着いた色合いの木材に囲まれ、外の白さとは隔絶された世界が広がっている。
(って、そういえば女性の部屋に入るってことか。何か、気が引けるな)
 今更その事実に思い当たった黒羽の焦りを知ってか知らずか、ソフィアは優雅に微笑み、
「どうぞ、お入りください」
 と声をかけた。
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