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第34話 第9章 遅すぎた再会③
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「はあ」
日はとうに暮れ、隅々まで闇が敷き詰められた店内に、黒羽のため息がこぼれた。
喫茶店アナザーは、今日も忙しかった。客足は、朝から閉店まで途切れることはなく、たくさんの笑顔に出会えた。
「美味しい」
「来て良かった」
口々に料理を褒めた客が、幾人いただろう。経営者にとってこれほど嬉しいことはない。
……だが、静止した鈴のように、心に喜びの音色は響いてこなかった。
「……コーヒーでも飲むか」
黒羽はカウンターに入り、コーヒーミルを取り出した。
(豆は、あー、いっかどれでも)
目についた豆を透明な容器から取り出し、ミルで細かくすりつぶす。
暗い店内であっても、彼の手は寸分違わずコーヒーを用意していく。
「なあ、彩希。お前もそろそろコーヒーの入れ方を……って、なにいってんだか」
黒羽は、恥ずかしそうに首を振る。……ずきり、と刺す痛みを胸に感じた。
「ふう、できた」
黒羽は、やや震えた声で呟く。こぼさないように、慎重にテーブルまで運び、席に座ると、そのまま微動だにせず、立ち昇る湯気を眺めた。
――カチコチ。
時計の音だけが、この空間で唯一自己主張をしている。
――コチカチ。
どれくらいそうしていただろうか。
雲に隠れていた月の光が、黒羽の席まで光を届ける。
黒い液体の表面に光が反射し、小さな湖のように見える。
黒羽は、やっと取っ手に指をかけ、静かに口に含んだ。
「……ク」
舌に感じる少々酸味のある苦さに、鼻を刺激する甘い果実のような香り。これは、彩希と出会い初めて飲んだコーヒーだ。
意図的に選んだわけではない。だからこそ、余計に驚いたし、……悲しさが強まってしまった。
黒羽はコーヒーカップを掴むと、地面へと叩きつけた。情けなさと吐き気にも似た苛立ち、それらの感情に付随するようにあの時の映像が頭を巡る。
山城が死んで、怒って、無様に負けて。そして、彼女の背を見送ってしまった。
「俺は……また一人なのか」
……両親が亡くなり、祖父までもあの世へと旅立った後、孤独には慣れたつもりだった。
でも、彼女と出会ってしまった。孤独ではない心地良さは、心に力強さと安寧を与えてくれた。それがいまはどうだ。大きな風穴が心に空いてしまった。……塞ぎ方が分からない。
「……ん?」
悲しみに沈む耳に、スマホの着信音が届く。気だるげにポケットから取り出し、通話ボタンを押した。
「はい」
「あ、お世話になっています。メンソーレ探偵事務所の小島です。お探しの方の行方が判明しましたので、そのご報告です」
お探しの方? ああ、そうか。疲れ切った頭に理解が広がる。そういえば、山城さんの奥さんを探していたんだっけ。
「ありがとうございます。何時まで営業していますか? これから事務所に向かおうと思っていますが」
「営業時間ですか? 本日は二十二時までの営業です。あ、これからいらっしゃるんですね。かしこまりました。ええ、ええ。それでは」
黒羽はスマホを仕舞うと、店の戸締りを済ませ、車に乗りこんだ。
――一時間後、コインパーキングに車を停めた黒羽は、探偵事務所のドアをノックした。
「はい。ああ、ようこそ」
「すいません。失礼します」
礼儀正しく頭を下げた黒羽は、勧められたソファに座った。
「何か飲み物でも?」
「いえ、結構です。それよりも、調査の結果を教えてください」
「かしこまりました。まずはこちらの資料をご覧ください」
黒羽は、小島の差し出した茶封筒を受け取ると、中に入っている資料を取り出した。
「その用紙には、現在住んでいらっしゃる住所と連絡先が記しています。ご本人の写真とお店の外観を撮影した写真も同封しましたので、ご確認ください」
「お店?」
「はい、飲食店を経営なさっているようです。結構にぎわっているようでした。ご自宅兼店舗とのことでしたので、どうやら二階に住んでいるようですね」
黒羽は、手元の写真に視線を落とす。『お食事処山城』の看板が目立つ、黄色い建物が映っていた。
「……え?」
資料に書かれた住所を見て、目を疑った。沖縄県琉花町と書かれている。
「りゅ、琉花町にいらっしゃるんですか?」
「はい。私も驚きました。まさか黒羽さんのお店と同じ町にあったとは。ハハ、灯台下暗しですね」
「……ええ、本当に」
例えるならば、そう、後悔と悔しさが凝縮した苦い液体が、喉を通過した気分だ。もしかしたら、山城と一緒にその近くを通ったかもしれない。
「ありがとうございました。僕はこれで失礼します」
「では、お気を付けて」
黒羽は代金を支払うと、小島に見送られて、事務所を後にした。
日はとうに暮れ、隅々まで闇が敷き詰められた店内に、黒羽のため息がこぼれた。
喫茶店アナザーは、今日も忙しかった。客足は、朝から閉店まで途切れることはなく、たくさんの笑顔に出会えた。
「美味しい」
「来て良かった」
口々に料理を褒めた客が、幾人いただろう。経営者にとってこれほど嬉しいことはない。
……だが、静止した鈴のように、心に喜びの音色は響いてこなかった。
「……コーヒーでも飲むか」
黒羽はカウンターに入り、コーヒーミルを取り出した。
(豆は、あー、いっかどれでも)
目についた豆を透明な容器から取り出し、ミルで細かくすりつぶす。
暗い店内であっても、彼の手は寸分違わずコーヒーを用意していく。
「なあ、彩希。お前もそろそろコーヒーの入れ方を……って、なにいってんだか」
黒羽は、恥ずかしそうに首を振る。……ずきり、と刺す痛みを胸に感じた。
「ふう、できた」
黒羽は、やや震えた声で呟く。こぼさないように、慎重にテーブルまで運び、席に座ると、そのまま微動だにせず、立ち昇る湯気を眺めた。
――カチコチ。
時計の音だけが、この空間で唯一自己主張をしている。
――コチカチ。
どれくらいそうしていただろうか。
雲に隠れていた月の光が、黒羽の席まで光を届ける。
黒い液体の表面に光が反射し、小さな湖のように見える。
黒羽は、やっと取っ手に指をかけ、静かに口に含んだ。
「……ク」
舌に感じる少々酸味のある苦さに、鼻を刺激する甘い果実のような香り。これは、彩希と出会い初めて飲んだコーヒーだ。
意図的に選んだわけではない。だからこそ、余計に驚いたし、……悲しさが強まってしまった。
黒羽はコーヒーカップを掴むと、地面へと叩きつけた。情けなさと吐き気にも似た苛立ち、それらの感情に付随するようにあの時の映像が頭を巡る。
山城が死んで、怒って、無様に負けて。そして、彼女の背を見送ってしまった。
「俺は……また一人なのか」
……両親が亡くなり、祖父までもあの世へと旅立った後、孤独には慣れたつもりだった。
でも、彼女と出会ってしまった。孤独ではない心地良さは、心に力強さと安寧を与えてくれた。それがいまはどうだ。大きな風穴が心に空いてしまった。……塞ぎ方が分からない。
「……ん?」
悲しみに沈む耳に、スマホの着信音が届く。気だるげにポケットから取り出し、通話ボタンを押した。
「はい」
「あ、お世話になっています。メンソーレ探偵事務所の小島です。お探しの方の行方が判明しましたので、そのご報告です」
お探しの方? ああ、そうか。疲れ切った頭に理解が広がる。そういえば、山城さんの奥さんを探していたんだっけ。
「ありがとうございます。何時まで営業していますか? これから事務所に向かおうと思っていますが」
「営業時間ですか? 本日は二十二時までの営業です。あ、これからいらっしゃるんですね。かしこまりました。ええ、ええ。それでは」
黒羽はスマホを仕舞うと、店の戸締りを済ませ、車に乗りこんだ。
――一時間後、コインパーキングに車を停めた黒羽は、探偵事務所のドアをノックした。
「はい。ああ、ようこそ」
「すいません。失礼します」
礼儀正しく頭を下げた黒羽は、勧められたソファに座った。
「何か飲み物でも?」
「いえ、結構です。それよりも、調査の結果を教えてください」
「かしこまりました。まずはこちらの資料をご覧ください」
黒羽は、小島の差し出した茶封筒を受け取ると、中に入っている資料を取り出した。
「その用紙には、現在住んでいらっしゃる住所と連絡先が記しています。ご本人の写真とお店の外観を撮影した写真も同封しましたので、ご確認ください」
「お店?」
「はい、飲食店を経営なさっているようです。結構にぎわっているようでした。ご自宅兼店舗とのことでしたので、どうやら二階に住んでいるようですね」
黒羽は、手元の写真に視線を落とす。『お食事処山城』の看板が目立つ、黄色い建物が映っていた。
「……え?」
資料に書かれた住所を見て、目を疑った。沖縄県琉花町と書かれている。
「りゅ、琉花町にいらっしゃるんですか?」
「はい。私も驚きました。まさか黒羽さんのお店と同じ町にあったとは。ハハ、灯台下暗しですね」
「……ええ、本当に」
例えるならば、そう、後悔と悔しさが凝縮した苦い液体が、喉を通過した気分だ。もしかしたら、山城と一緒にその近くを通ったかもしれない。
「ありがとうございました。僕はこれで失礼します」
「では、お気を付けて」
黒羽は代金を支払うと、小島に見送られて、事務所を後にした。
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