喫茶店のマスター黒羽の企業秘密3

天音たかし

文字の大きさ
34 / 38

第34話 第9章 遅すぎた再会③

しおりを挟む
「はあ」
 日はとうに暮れ、隅々まで闇が敷き詰められた店内に、黒羽のため息がこぼれた。
 喫茶店アナザーは、今日も忙しかった。客足は、朝から閉店まで途切れることはなく、たくさんの笑顔に出会えた。
「美味しい」
「来て良かった」
 口々に料理を褒めた客が、幾人いただろう。経営者にとってこれほど嬉しいことはない。
 ……だが、静止した鈴のように、心に喜びの音色は響いてこなかった。
「……コーヒーでも飲むか」
 黒羽はカウンターに入り、コーヒーミルを取り出した。
(豆は、あー、いっかどれでも)
 目についた豆を透明な容器から取り出し、ミルで細かくすりつぶす。
 暗い店内であっても、彼の手は寸分違わずコーヒーを用意していく。
「なあ、彩希。お前もそろそろコーヒーの入れ方を……って、なにいってんだか」
 黒羽は、恥ずかしそうに首を振る。……ずきり、と刺す痛みを胸に感じた。
「ふう、できた」
 黒羽は、やや震えた声で呟く。こぼさないように、慎重にテーブルまで運び、席に座ると、そのまま微動だにせず、立ち昇る湯気を眺めた。
 ――カチコチ。
 時計の音だけが、この空間で唯一自己主張をしている。
 ――コチカチ。
 どれくらいそうしていただろうか。
 雲に隠れていた月の光が、黒羽の席まで光を届ける。
 黒い液体の表面に光が反射し、小さな湖のように見える。
 黒羽は、やっと取っ手に指をかけ、静かに口に含んだ。
「……ク」
 舌に感じる少々酸味のある苦さに、鼻を刺激する甘い果実のような香り。これは、彩希と出会い初めて飲んだコーヒーだ。
 意図的に選んだわけではない。だからこそ、余計に驚いたし、……悲しさが強まってしまった。
 黒羽はコーヒーカップを掴むと、地面へと叩きつけた。情けなさと吐き気にも似た苛立ち、それらの感情に付随するようにあの時の映像が頭を巡る。
 山城が死んで、怒って、無様に負けて。そして、彼女の背を見送ってしまった。
「俺は……また一人なのか」
 ……両親が亡くなり、祖父までもあの世へと旅立った後、孤独には慣れたつもりだった。
 でも、彼女と出会ってしまった。孤独ではない心地良さは、心に力強さと安寧を与えてくれた。それがいまはどうだ。大きな風穴が心に空いてしまった。……塞ぎ方が分からない。
「……ん?」
 悲しみに沈む耳に、スマホの着信音が届く。気だるげにポケットから取り出し、通話ボタンを押した。
「はい」
「あ、お世話になっています。メンソーレ探偵事務所の小島です。お探しの方の行方が判明しましたので、そのご報告です」
 お探しの方? ああ、そうか。疲れ切った頭に理解が広がる。そういえば、山城さんの奥さんを探していたんだっけ。
「ありがとうございます。何時まで営業していますか? これから事務所に向かおうと思っていますが」
「営業時間ですか? 本日は二十二時までの営業です。あ、これからいらっしゃるんですね。かしこまりました。ええ、ええ。それでは」
 黒羽はスマホを仕舞うと、店の戸締りを済ませ、車に乗りこんだ。
 ――一時間後、コインパーキングに車を停めた黒羽は、探偵事務所のドアをノックした。
「はい。ああ、ようこそ」
「すいません。失礼します」
 礼儀正しく頭を下げた黒羽は、勧められたソファに座った。
「何か飲み物でも?」
「いえ、結構です。それよりも、調査の結果を教えてください」
「かしこまりました。まずはこちらの資料をご覧ください」
 黒羽は、小島の差し出した茶封筒を受け取ると、中に入っている資料を取り出した。
「その用紙には、現在住んでいらっしゃる住所と連絡先が記しています。ご本人の写真とお店の外観を撮影した写真も同封しましたので、ご確認ください」
「お店?」
「はい、飲食店を経営なさっているようです。結構にぎわっているようでした。ご自宅兼店舗とのことでしたので、どうやら二階に住んでいるようですね」
 黒羽は、手元の写真に視線を落とす。『お食事処山城』の看板が目立つ、黄色い建物が映っていた。
「……え?」
 資料に書かれた住所を見て、目を疑った。沖縄県琉花町と書かれている。
「りゅ、琉花町にいらっしゃるんですか?」
「はい。私も驚きました。まさか黒羽さんのお店と同じ町にあったとは。ハハ、灯台下暗しですね」
「……ええ、本当に」
 例えるならば、そう、後悔と悔しさが凝縮した苦い液体が、喉を通過した気分だ。もしかしたら、山城と一緒にその近くを通ったかもしれない。
「ありがとうございました。僕はこれで失礼します」
「では、お気を付けて」
 黒羽は代金を支払うと、小島に見送られて、事務所を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜

音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった! スキルスキル〜何かな何かな〜 ネットスーパー……? これチートでしょ!? 当たりだよね!? なになに…… 注文できるのは、食材と調味料だけ? 完成品は? カップ麺は? え、私料理できないんだけど。 ──詰みじゃん。 と思ったら、追放された料理人に拾われました。 素材しか買えない転移JK 追放された料理人 完成品ゼロ 便利アイテムなし あるのは、調味料。 焼くだけなのに泣く。 塩で革命。 ソースで敗北。 そしてなぜかペンギンもいる。 今日も異世界で、 調味料無双しちゃいます!

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく

かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。 ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!? 俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。 第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。 「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」 信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。 賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。 様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する! 異世界ざわつき転生譚、ここに開幕! ※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。 ※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。

【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

処理中です...