33 / 38
第33話 第9章 遅すぎた再会②
しおりを挟む
「こちらへ」
ウルドの言葉に、彩希は硬い表情で頷く。長い廊下を延々と歩かされ、やっと到着したのはカリムの部屋の前だ。シンプルな木製の扉は、豪奢な細工など施されておらず、ただの木の板をドアにしたように味気ない。
(兄さんらしい)
昔から頓着しない人だった。彩希の顔は、笑みを形作ろうとするが叶わず、複雑な色を浮かべた。
「どうぞお入りください。私はここで失礼します」
恭しく頭を下げ去っていくウルドに、彩希は呆気にとられる。
いくら何でも、自国の中だからといって、監視もつけずに捕虜を放置するだろうか?
(舐められたものだわ。逃げてもすぐに捕まえられるってことかしらね)
彩希は、苛立ちを滲ませた拳をドアに叩きつけた。
「入るわよ」
木っ端みじんになったドアの破片を踏みつけながら、部屋に入る。
彩希は眩しさに、一瞬目を閉じた。
血のように赤い夕陽が、入り口の真向かいにある大きなドアから入り込んでいる。
「来たか。それにしてもダイナミックなノックの仕方だ」
窓の近くに設置された大きなウッドデスクに、カリムは座っていた。
「あんまりにも可愛げのないドアだから、取り換える手間を省いてやったのよ」
「フム、そうか。お前は相変わらず、芸術的なデザインが好きなのか。では、デザインに凝ったドアを次からは使うとしよう」
カリムは椅子から立ち上がると、彩希の傍に近寄り彼女の頬に手を伸ばした。
「ああ、やっと戻ってきたか。俺は嬉しいぞ。お前さえいてくれれば、何の憂いもない。後は人間共を滅ぼすだけだ」
(兄さん……)
夕陽を浴びるカリムの手が、まっ赤な血に染まっているように見えて、彩希は手を払い除けた。
「約束を忘れないで兄さん。ウルドから聞いているでしょう」
「……約束? ああ、ウトバルク王国から手を引く件か。まあ、お前が帰ってきたのだから、それくらいは聞いてやろう」
「もう一つあるわよ」
「もう一つ? ……ああ」
カリムは、真横に引かれた目をカッと開いた。
「あの馬鹿げた話か。それだけはならぬ。お前をたぶらかした黒羽秋仁だけは殺す。
四肢を引き裂いて、眼前でくり抜いた心臓を潰してやる。いや、いいや。どんな言葉でも表現できぬほど、残酷で無残に、苦しませて殺してやるとも」
彩希は、頭に血が昇り叫んだ。
「話が違うわよ!」
「黙れ!」
鋭い音が鳴った。彩希は痛む頬を押さえ、カリムを睨む。
「フー、スマンな。俺は頭を冷やしてくる。お前も、頭を冷やすが良い。黒羽秋仁のことは忘れろ。俺があやつの存在を跡形もなく消滅させてやる」
カリムは、黒いマントを風に揺らし、部屋を出て行った。
彩希は、力なく膝から崩れ落ちる。
「約束が違うじゃない!」
考えが甘かった。秋仁を憎んでいたことは知っていたが、想像以上だった。
あの様子だと、秋仁を殺すことに全力を出すだろう。彼が始まりの世界に留まってくれれば、その心配も杞憂で済む。……だが、
「無理よね。世界を股にかける経営者だもの。……経営者馬鹿! 喫茶店の経営中毒!」
罵詈雑言が口から飛び出すが、口元は笑みを浮かべている。
「でも」
大好きだ。愛している。自分の気持ちに嘘はつけない。目を閉じれば思い浮かぶ。
毎朝早くから準備をする時の顔。
客が来た時の微笑み。
一生懸命に汗を流しながら、食事を作る眼差し。
そして、営業終わりに「お疲れ」と嬉しそうに言ってくれる満ち足りた笑み。
色鮮やかな記憶は、思い出というにはあまりにも色褪せておらず、愛おしい。
「何とか、しなくちゃね」
彩希は鼻をすすると、勢いよく立ち上がった。
――私は霧島彩希。喫茶店のマスター黒羽秋仁の相棒。ただでは転ばない。
彩希は拳を握りしめると、夕陽を眺めた。その眼差しは、血塗られた赤を切り裂くように鋭い意志が込められていた。
ウルドの言葉に、彩希は硬い表情で頷く。長い廊下を延々と歩かされ、やっと到着したのはカリムの部屋の前だ。シンプルな木製の扉は、豪奢な細工など施されておらず、ただの木の板をドアにしたように味気ない。
(兄さんらしい)
昔から頓着しない人だった。彩希の顔は、笑みを形作ろうとするが叶わず、複雑な色を浮かべた。
「どうぞお入りください。私はここで失礼します」
恭しく頭を下げ去っていくウルドに、彩希は呆気にとられる。
いくら何でも、自国の中だからといって、監視もつけずに捕虜を放置するだろうか?
(舐められたものだわ。逃げてもすぐに捕まえられるってことかしらね)
彩希は、苛立ちを滲ませた拳をドアに叩きつけた。
「入るわよ」
木っ端みじんになったドアの破片を踏みつけながら、部屋に入る。
彩希は眩しさに、一瞬目を閉じた。
血のように赤い夕陽が、入り口の真向かいにある大きなドアから入り込んでいる。
「来たか。それにしてもダイナミックなノックの仕方だ」
窓の近くに設置された大きなウッドデスクに、カリムは座っていた。
「あんまりにも可愛げのないドアだから、取り換える手間を省いてやったのよ」
「フム、そうか。お前は相変わらず、芸術的なデザインが好きなのか。では、デザインに凝ったドアを次からは使うとしよう」
カリムは椅子から立ち上がると、彩希の傍に近寄り彼女の頬に手を伸ばした。
「ああ、やっと戻ってきたか。俺は嬉しいぞ。お前さえいてくれれば、何の憂いもない。後は人間共を滅ぼすだけだ」
(兄さん……)
夕陽を浴びるカリムの手が、まっ赤な血に染まっているように見えて、彩希は手を払い除けた。
「約束を忘れないで兄さん。ウルドから聞いているでしょう」
「……約束? ああ、ウトバルク王国から手を引く件か。まあ、お前が帰ってきたのだから、それくらいは聞いてやろう」
「もう一つあるわよ」
「もう一つ? ……ああ」
カリムは、真横に引かれた目をカッと開いた。
「あの馬鹿げた話か。それだけはならぬ。お前をたぶらかした黒羽秋仁だけは殺す。
四肢を引き裂いて、眼前でくり抜いた心臓を潰してやる。いや、いいや。どんな言葉でも表現できぬほど、残酷で無残に、苦しませて殺してやるとも」
彩希は、頭に血が昇り叫んだ。
「話が違うわよ!」
「黙れ!」
鋭い音が鳴った。彩希は痛む頬を押さえ、カリムを睨む。
「フー、スマンな。俺は頭を冷やしてくる。お前も、頭を冷やすが良い。黒羽秋仁のことは忘れろ。俺があやつの存在を跡形もなく消滅させてやる」
カリムは、黒いマントを風に揺らし、部屋を出て行った。
彩希は、力なく膝から崩れ落ちる。
「約束が違うじゃない!」
考えが甘かった。秋仁を憎んでいたことは知っていたが、想像以上だった。
あの様子だと、秋仁を殺すことに全力を出すだろう。彼が始まりの世界に留まってくれれば、その心配も杞憂で済む。……だが、
「無理よね。世界を股にかける経営者だもの。……経営者馬鹿! 喫茶店の経営中毒!」
罵詈雑言が口から飛び出すが、口元は笑みを浮かべている。
「でも」
大好きだ。愛している。自分の気持ちに嘘はつけない。目を閉じれば思い浮かぶ。
毎朝早くから準備をする時の顔。
客が来た時の微笑み。
一生懸命に汗を流しながら、食事を作る眼差し。
そして、営業終わりに「お疲れ」と嬉しそうに言ってくれる満ち足りた笑み。
色鮮やかな記憶は、思い出というにはあまりにも色褪せておらず、愛おしい。
「何とか、しなくちゃね」
彩希は鼻をすすると、勢いよく立ち上がった。
――私は霧島彩希。喫茶店のマスター黒羽秋仁の相棒。ただでは転ばない。
彩希は拳を握りしめると、夕陽を眺めた。その眼差しは、血塗られた赤を切り裂くように鋭い意志が込められていた。
0
あなたにおすすめの小説
異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました
黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。
彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。
戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。
現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと!
「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」
ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。
絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。
伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進!
迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る!
これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー!
美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。
人生、逆転できないことなんて何もない!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
追放料理人とJKの異世界グルメ無双珍道中〜ネットスーパーは最強です〜
音無響一
ファンタジー
わーい、異世界来ちゃった!
スキルスキル〜何かな何かな〜
ネットスーパー……?
これチートでしょ!?
当たりだよね!?
なになに……
注文できるのは、食材と調味料だけ?
完成品は?
カップ麺は?
え、私料理できないんだけど。
──詰みじゃん。
と思ったら、追放された料理人に拾われました。
素材しか買えない転移JK
追放された料理人
完成品ゼロ
便利アイテムなし
あるのは、調味料。
焼くだけなのに泣く。
塩で革命。
ソースで敗北。
そしてなぜかペンギンもいる。
今日も異世界で、
調味料無双しちゃいます!
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
50代無職、エルフに転生で異世界ざわつく
かわさきはっく
ファンタジー
就職氷河期を生き抜き、数々の職を転々とした末に無職となった50代の俺。
ある日、病で倒れ、気づけば異世界のエルフの賢者に転生していた!?
俺が転生したのは、高位エルフの秘術の失敗によって魂が取り込まれた賢者の肉体。
第二の人生をやり直そうと思ったのも束の間、俺の周囲は大騒ぎだ。
「導き手の復活か!?」「賢者を語る偽物か!?」
信仰派と保守派が入り乱れ、エルフの社会はざわつき始める。
賢者の力を示すため、次々と課される困難な試練。
様々な事件に巻き込まれながらも、俺は異世界で無双する!
異世界ざわつき転生譚、ここに開幕!
※話数は多いですが、一話ごとのボリュームは少なめです。
※「小説家になろう」「カクヨム」「Caita」にも掲載しています。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる