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第33話 第9章 遅すぎた再会②
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「こちらへ」
ウルドの言葉に、彩希は硬い表情で頷く。長い廊下を延々と歩かされ、やっと到着したのはカリムの部屋の前だ。シンプルな木製の扉は、豪奢な細工など施されておらず、ただの木の板をドアにしたように味気ない。
(兄さんらしい)
昔から頓着しない人だった。彩希の顔は、笑みを形作ろうとするが叶わず、複雑な色を浮かべた。
「どうぞお入りください。私はここで失礼します」
恭しく頭を下げ去っていくウルドに、彩希は呆気にとられる。
いくら何でも、自国の中だからといって、監視もつけずに捕虜を放置するだろうか?
(舐められたものだわ。逃げてもすぐに捕まえられるってことかしらね)
彩希は、苛立ちを滲ませた拳をドアに叩きつけた。
「入るわよ」
木っ端みじんになったドアの破片を踏みつけながら、部屋に入る。
彩希は眩しさに、一瞬目を閉じた。
血のように赤い夕陽が、入り口の真向かいにある大きなドアから入り込んでいる。
「来たか。それにしてもダイナミックなノックの仕方だ」
窓の近くに設置された大きなウッドデスクに、カリムは座っていた。
「あんまりにも可愛げのないドアだから、取り換える手間を省いてやったのよ」
「フム、そうか。お前は相変わらず、芸術的なデザインが好きなのか。では、デザインに凝ったドアを次からは使うとしよう」
カリムは椅子から立ち上がると、彩希の傍に近寄り彼女の頬に手を伸ばした。
「ああ、やっと戻ってきたか。俺は嬉しいぞ。お前さえいてくれれば、何の憂いもない。後は人間共を滅ぼすだけだ」
(兄さん……)
夕陽を浴びるカリムの手が、まっ赤な血に染まっているように見えて、彩希は手を払い除けた。
「約束を忘れないで兄さん。ウルドから聞いているでしょう」
「……約束? ああ、ウトバルク王国から手を引く件か。まあ、お前が帰ってきたのだから、それくらいは聞いてやろう」
「もう一つあるわよ」
「もう一つ? ……ああ」
カリムは、真横に引かれた目をカッと開いた。
「あの馬鹿げた話か。それだけはならぬ。お前をたぶらかした黒羽秋仁だけは殺す。
四肢を引き裂いて、眼前でくり抜いた心臓を潰してやる。いや、いいや。どんな言葉でも表現できぬほど、残酷で無残に、苦しませて殺してやるとも」
彩希は、頭に血が昇り叫んだ。
「話が違うわよ!」
「黙れ!」
鋭い音が鳴った。彩希は痛む頬を押さえ、カリムを睨む。
「フー、スマンな。俺は頭を冷やしてくる。お前も、頭を冷やすが良い。黒羽秋仁のことは忘れろ。俺があやつの存在を跡形もなく消滅させてやる」
カリムは、黒いマントを風に揺らし、部屋を出て行った。
彩希は、力なく膝から崩れ落ちる。
「約束が違うじゃない!」
考えが甘かった。秋仁を憎んでいたことは知っていたが、想像以上だった。
あの様子だと、秋仁を殺すことに全力を出すだろう。彼が始まりの世界に留まってくれれば、その心配も杞憂で済む。……だが、
「無理よね。世界を股にかける経営者だもの。……経営者馬鹿! 喫茶店の経営中毒!」
罵詈雑言が口から飛び出すが、口元は笑みを浮かべている。
「でも」
大好きだ。愛している。自分の気持ちに嘘はつけない。目を閉じれば思い浮かぶ。
毎朝早くから準備をする時の顔。
客が来た時の微笑み。
一生懸命に汗を流しながら、食事を作る眼差し。
そして、営業終わりに「お疲れ」と嬉しそうに言ってくれる満ち足りた笑み。
色鮮やかな記憶は、思い出というにはあまりにも色褪せておらず、愛おしい。
「何とか、しなくちゃね」
彩希は鼻をすすると、勢いよく立ち上がった。
――私は霧島彩希。喫茶店のマスター黒羽秋仁の相棒。ただでは転ばない。
彩希は拳を握りしめると、夕陽を眺めた。その眼差しは、血塗られた赤を切り裂くように鋭い意志が込められていた。
ウルドの言葉に、彩希は硬い表情で頷く。長い廊下を延々と歩かされ、やっと到着したのはカリムの部屋の前だ。シンプルな木製の扉は、豪奢な細工など施されておらず、ただの木の板をドアにしたように味気ない。
(兄さんらしい)
昔から頓着しない人だった。彩希の顔は、笑みを形作ろうとするが叶わず、複雑な色を浮かべた。
「どうぞお入りください。私はここで失礼します」
恭しく頭を下げ去っていくウルドに、彩希は呆気にとられる。
いくら何でも、自国の中だからといって、監視もつけずに捕虜を放置するだろうか?
(舐められたものだわ。逃げてもすぐに捕まえられるってことかしらね)
彩希は、苛立ちを滲ませた拳をドアに叩きつけた。
「入るわよ」
木っ端みじんになったドアの破片を踏みつけながら、部屋に入る。
彩希は眩しさに、一瞬目を閉じた。
血のように赤い夕陽が、入り口の真向かいにある大きなドアから入り込んでいる。
「来たか。それにしてもダイナミックなノックの仕方だ」
窓の近くに設置された大きなウッドデスクに、カリムは座っていた。
「あんまりにも可愛げのないドアだから、取り換える手間を省いてやったのよ」
「フム、そうか。お前は相変わらず、芸術的なデザインが好きなのか。では、デザインに凝ったドアを次からは使うとしよう」
カリムは椅子から立ち上がると、彩希の傍に近寄り彼女の頬に手を伸ばした。
「ああ、やっと戻ってきたか。俺は嬉しいぞ。お前さえいてくれれば、何の憂いもない。後は人間共を滅ぼすだけだ」
(兄さん……)
夕陽を浴びるカリムの手が、まっ赤な血に染まっているように見えて、彩希は手を払い除けた。
「約束を忘れないで兄さん。ウルドから聞いているでしょう」
「……約束? ああ、ウトバルク王国から手を引く件か。まあ、お前が帰ってきたのだから、それくらいは聞いてやろう」
「もう一つあるわよ」
「もう一つ? ……ああ」
カリムは、真横に引かれた目をカッと開いた。
「あの馬鹿げた話か。それだけはならぬ。お前をたぶらかした黒羽秋仁だけは殺す。
四肢を引き裂いて、眼前でくり抜いた心臓を潰してやる。いや、いいや。どんな言葉でも表現できぬほど、残酷で無残に、苦しませて殺してやるとも」
彩希は、頭に血が昇り叫んだ。
「話が違うわよ!」
「黙れ!」
鋭い音が鳴った。彩希は痛む頬を押さえ、カリムを睨む。
「フー、スマンな。俺は頭を冷やしてくる。お前も、頭を冷やすが良い。黒羽秋仁のことは忘れろ。俺があやつの存在を跡形もなく消滅させてやる」
カリムは、黒いマントを風に揺らし、部屋を出て行った。
彩希は、力なく膝から崩れ落ちる。
「約束が違うじゃない!」
考えが甘かった。秋仁を憎んでいたことは知っていたが、想像以上だった。
あの様子だと、秋仁を殺すことに全力を出すだろう。彼が始まりの世界に留まってくれれば、その心配も杞憂で済む。……だが、
「無理よね。世界を股にかける経営者だもの。……経営者馬鹿! 喫茶店の経営中毒!」
罵詈雑言が口から飛び出すが、口元は笑みを浮かべている。
「でも」
大好きだ。愛している。自分の気持ちに嘘はつけない。目を閉じれば思い浮かぶ。
毎朝早くから準備をする時の顔。
客が来た時の微笑み。
一生懸命に汗を流しながら、食事を作る眼差し。
そして、営業終わりに「お疲れ」と嬉しそうに言ってくれる満ち足りた笑み。
色鮮やかな記憶は、思い出というにはあまりにも色褪せておらず、愛おしい。
「何とか、しなくちゃね」
彩希は鼻をすすると、勢いよく立ち上がった。
――私は霧島彩希。喫茶店のマスター黒羽秋仁の相棒。ただでは転ばない。
彩希は拳を握りしめると、夕陽を眺めた。その眼差しは、血塗られた赤を切り裂くように鋭い意志が込められていた。
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